ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女   作:たこやき

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亀裂

校内でのグレンさんの評価は最低なものだった。真面目に授業を行わない、魔術師としてありえない行動。ろくでもない大人というもの。

 

あの決闘騒ぎから数日が経過し、いつものようにグレンさんは遅れて授業にやってきた。いつもならシスティーナさんが文句を言うのだが、最近ではもうそれもない。

 

クラスの皆はもうグレンさんには期待しておらず、各自に自習に励んでいる。

 

いつものように昼寝を始めるグレンさんに一人の女子生徒が近づいていく。

 

「あ、あの……先生。今の説明に対して質問があるんですけど……」

 

その生徒は少し前にグレンさんに質問をした生徒だった。

 

「なんだ?言ってみろ?」

 

「えっと……その……この呪文の訳がよくわからなくて……」

 

そう言って教科書を見せてくる生徒に、グレンさんは溜息を吐き、辞書を渡し、私のほうを見る。

 

「ほい、ルーン語辞書な」

 

「……え?」

 

「三級までのルーン語が音階順に並んでるから。あ、音階順ってわかるよな?それでもわからなかったら、ステラに聞いてくれ」

 

「前も思ったんですけど、私を巻き込まないでほしいんですが……」

 

「でもめちゃくちゃ詳しいだろ」

 

「確かにそうですけど……」

 

私はグレンさんの便利道具じゃないんだけどな……そう思っていると、システィーナさんが立ち上がった。

 

「無駄よ、リン。その男に何を聞いたって無駄だわ。その男は魔術の崇高さを何一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしてる。そんな男に教えてもらえることなんてない」

 

「で、でも……」

 

「大丈夫よ、私とステラさんが教えてあげるから。一緒に頑張りましょう?あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」

 

私も立ち上がり、生徒のほうに歩を進める。

 

「私もお手伝いします。どこがわからないですか?」

 

「いいの?」

 

「いいですよ。自分の復習にもなりますし」

 

システィーナさんは笑っている。とりあえず落ち着いたかなとほっとしていたときだった。

 

「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

ぼそりと、グレンさんが私たちに聞こえるような声でつぶやく。

 

「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう?もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」

 

刺々しい物言いでばっさりとシスティーナさんは切り捨てた。

 

「何が偉大でどこが崇高なんだ?」

 

いつものグレンさんなら特に気にすることもないことなのだが、今日は違う。

 

「……え?」

 

グレンさんの反応に私たちは戸惑っている。

 

「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ?それを聞いている」

 

「そ、それは……」

 

「ステラ、お前にも聞いてる。答えてくれ」

 

魔術が崇高な理由は思い当たる限りでは少ないが、私は思いついたことを口にすることにした。

 

「この世界の心理を解き明かすための手段……ですかね」

 

「ほう……」

 

「ほら。ステラさんはあなたと違って、魔術の偉大さや崇高な物なものに気づいているわ」

 

「じゃあ、それって何かの役に立っているのか?」

 

「え?」

 

「魔術が何かの役に立つのか?」

 

確かに魔術が何かの役に立つことは少ない。

 

「魔術は……人々の役に立つとか、立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ。魔術は、人と世界の本当の意味を探し求めるもので………」

 

「でも、なんの役にも立たないなら実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元できない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。違うか?」

 

システィーナさんの論理は正しい、一方でグレンさんの意見も正しい。

 

「悪かった、嘘だよ。魔術は立派に人の役に立っているさ」

 

「……え?」

 

グレンさんの突然の意趣返しにシスティーナさんはもちろん、固唾を呑んで私たちの様子を見守っていたクラスの生徒一同も目を丸くする。

 

「あぁ、魔術は凄ぇ役に立つさ……人殺しにな」

 

私は始めてグレンさんが怖いと感じた。それくらいに表情が恐ろしかったからだ。

 

「剣術で人を一人殺してる間に、魔術は数十人を殺せる。戦術で統率された一個師団を魔導士の一個小隊は戦術ごと焼き尽くす。ほら、役立ってるだろ?」

 

「ふざけないでッ!魔術はそんなんじゃない!魔術は――」

 

「お前、この国の現状を見ろよ。魔導大国なんて呼ばれちゃいるが、他国から見てそれはどういう意味だ?帝国宮廷魔導士団なんていう物騒な連中に毎年、莫大な国家予算が突っ込まれているのはなぜだ?」

 

その理由は答えなくても、ここにいる全員がそれを理解している。

 

「グレンさん。言いたいことはわかりましたから、そのくらいで……」

 

「いいや。最後まで言わせてくれ。それにお前がそうなったのも魔術が原因かもしれないだろ?」

 

「それは……」

 

私はそれはないですとは言い切れなかった。

 

「お前だって本当はわかっているだろ。魔術の怖さを魔術がもたらす意味を……」

 

「わかってます……でも、私は!」

 

「自分の運命から逃げないために魔術を選んだ。それは正しいことなのか?」

 

「それは……」

 

私の選択は間違ってない……間違っているはずがない。

 

「俺は魔術で多くを失ったお前がいていい世界だとは思わない」

 

「それでも……私は」

 

「たくっ……俺はお前らの気が知れねーよ。こんな人殺し以外、なんの役にも立たん術をせこせこ勉強するなんてな。こんな下らんことに人生費やすなら他にもっとマシな」

 

グレンさんが言葉を言い切る前にと乾いた音が響いた。歩み寄ったシスティーナさんが、グレンさんの頬を掌で叩いた音だ。

 

「違う……もの……魔術は……そんなんじゃ……ない……もの……」

 

気付けば、システィーナさんはいつの間にか目元に涙を浮かべ、泣いていた。

 

「なんで……そんなに……ひどいことばっかり言うの……?大嫌い、貴方なんか」

 

そう言い捨てて、システィーナさんは袖で涙を拭いながら荒々しく教室を出て行く。後に残されたのは圧倒的な気まずさと沈黙だった。

 

グレンさんはガリガリと頭をかきながら舌打ちする。

 

「あー、なんかやる気出ねーから、本日の授業は自習にするわ」

 

グレンさんはそう言って教室を出て行った。

 

「ステラさん……グレン先生が言っていたことはどういうことなの?」

 

ルミアさんは悲しそうな眼差しを私に向けている。

 

「話さないと駄目……ですか?」

 

「辛いなら話さなくていいよ。でも、私たちは同じ教室で学ぶ仲間。ステラさんのことを理解したいから」

 

クラスの大半は私のほうを向いている。どうやら話さないといけないらしい。

 

「わかりました」

 

私はグレンさんの代わりに教壇に上がると、皆のほうを向いた。

 

「私は生まれてから、15歳までの間の記憶がないんです」

 

「それって記憶喪失ってことか?」

 

「そうです。私が覚えていたのは名前だけ。生まれてから、15才までどこで生活してきたか、どんな両親がいたのかもわからない。15のときに記憶を失い、それから二年の間はグレンさんの家でお世話になってました」

 

「つまりここ二年の記憶はあるってこと?」

 

「はい。ここ二年の記憶はあります。ないのは生まれてから、15歳までの記憶と自分のこと。後は自分が関わった周りの人に対する出来事や記憶もなく、記憶をなくしてからは自分のことも他人のことも何もわからない状態でした」

 

私はクラスメイトたちからの質問に対し、状況を丁寧に伝えていく。

 

 

 

「お世話になっている人の話によると、私の家族は魔術によって亡くなったらしいです。私の今の状態も魔術によるものが高いって言われてます」

 

「それって儀式的なもの……それとも」

 

「それは私にもわかりません。絶対にそうだという確証がありませんから」

 

私が記憶を失った原因の一つと考えられているものが魔術による記憶の封印。

 

「そんな私を何も言わずに家族として扱ってくれたのがグレンさんでした」

 

「前にステラさんが先生との関係を家族と言ってましたわね……そのときは気にしませんでしたが、そんあ大きな意味があったなんて……」

 

「私には本当の家族の記憶がありません。だから……グレンさんのことを家族と言ったのは私にとってそれくらいの価値があるものだからです」

 

記憶のない私を家族として二人は受け入れてくれた。

 

「私は大事なものを確かに魔術で失いました。家族も大事な記憶も……何もかも魔術で失った。本来なら足を踏み入れる場所じゃないのかもしれない」

 

「それならどうして?」

 

「自分の運命から目をそむけたくないからです」

 

私には魔術師としての才能がある。生きていくだけの素質は充分にあるとセリカさんからもいわれた。

 

「私にはこの世界で生きていくだけの才能や力もある。グレンさんが言っていたように人を殺す力も私にはあるかもしれない……」

 

「才能や素質があるなら……なおさらじゃないか」

 

「でも駄目なんです……魔術はそんなことに使っちゃいけない。魔術は人と人をつなぐもの……人殺しになんかに使えない」

 

自分の力で人を殺める……そんなことは絶対にあってはならない。

 

「今の私は一人じゃ何も出来ない……それくらい弱い人間。だから皆さんと一緒に勉強することで何かしらを見つけたいと思った。それは強さや魔術だけじゃない……本当に大切なものを見つけたいと思った」

 

「私たちと一緒に……」

 

「はい。私は皆さんと一緒ならきっと自分にないものが見つけられる。そう思ってます。そして、私と皆さんがグレンさんの希望になれると」

 

「私たちが先生の希望……」

 

「過去の私が絶望し、後ろしか見ていなかったときにグレンさんは背中を支えてくれた。だから今度は私があの人の背中を支えてあげたい。魔術が嫌いなら、好きだと感じさせるような、魔術のことを認めてあげられるようなそんな存在になりたいんです」

 

話している途中で私は泣いていた。感情が抑えられず、涙があふれていた。

 

「私の話は以上です。皆さんが今後どう判断するかは皆さんに任せます」

 

私は袖で涙をぬぐうと、教壇を降りると、ルミアさんが近づいてきた。

 

「ごめんね……何も気づいてあげられなくて」

 

「大丈夫ですよ。私がそういう風に振舞っていただけでルミアさんは悪くないです」

 

記憶のことはセリカさんからはなるべくいわないように進言されていた。

 

本当なら黙っていたほうが正解なのかもしれないが、私は話した。

 

話すことでお互いに分かり合えると言ってくれる人がいたから、この人たちから信じられると思ったから。

 

「今の話、システィにもしてあげてね」

 

「それはかまいませんけど……システィーナさんが今どこにいるかわかりません……」

 

学園内にいる可能性は低い。すでに学園の外に出ている可能性もある。

 

「多分家だと思う。家の場所を教えるから、行ってあげて」

 

「わかりました」

 

私は授業が終わると、ルミアさんの書いてくれた地図を手にシスティーナさんの家に向かった。


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