ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女 作:たこやき
グレンさんが講師を務めるようになって一週間が経過した。
グレンさんの授業は主に自習が中心でたまにまじめに授業を始めたかと思うと、すぐにめんどくさい感じるようになったのか、グレンさんが黒板に教科書を釘で直接打ちつけ始めた時、とうとうシスティーナさんの怒りは頂点に達した。
その日、最後の授業となる第五限目のことである。
「いい加減にして下さいッ!」
システィーナさんは机を叩いて立ち上がった。
「だから、お望み通りいい加減にやってるだろ?」
「子供みたいな屁理屈こねないで!」
肩を怒らせ、システィーナさんは教壇に立つグレンさんにずかずかと歩み寄っていく。
「こんなこと言いたくはありませんが、私は学園にもそれなりの影響力を持つ魔術の名門、フィーベル家の娘です!私がお父様に、貴方のことを進言すれば、貴方の進退を決することもできるでしょう」
「……マジで?」
「マジです! 本当はこんな手段に訴えたくありません! ですが、貴方がこれ以上、授業に対する態度を改めないと言うならば――」
「お父様に期待してますと、よろしくお伝え下さい!」
どんだけ講師をやめたいんですか……私はグレンさんのやる気のなさを思うと、頭が痛くなってきた。
「いやー、よかったよかった!これで一ヶ月を待たずに辞められる!ありがとう!」
「貴方っていう人は……!」
システィーナさんの忍耐は限界にたっていたのか、左手に嵌めた手袋を外し、それをグレンさんに投げつけた。
「痛ぇ!?」
システィーナさんのなげつけた手袋はグレンさんの顔面に当たって床に落ちる。
これは魔術決闘の合図で、私とルミアさんは驚きのあまりに声が出ない。
「貴方にそれが受けられますか?」
静まり返る教室の中、システィーナさんはグレンさんを指差し、言い放った。
「お前……マジか?」
グレンさんは眉をひそめ、柄になく真剣な表情で床に落ちた手袋を注視している。
「私は本気です」
私は本格的にやばいと思い、固まっていた体を動かし、教壇に向かった。
「ストップ!ストップです!なんでそんなことになるんですか!」
「そうだよ!システィ、早くグレン先生に謝って、手袋を拾って!」
私はグレンさんにルミアさんはシスティーナさんにそれぞれ駆け寄った。
「お。ステラ……ようやくきたか。固まってるから、ロボットに見えたぞ」
「ロボットって……それよりも生徒相手の決闘はまずいですって!」
「だって、俺が申しこんだわけじゃないし」
前から思ってたけど、この人めっちゃ屁理屈だわ!
「悪いな。今回はステラの頼みでもひけねぇわ……それで何が望みだ?」
「その野放図な態度を改め、真面目に授業を行ってください」
「忘れてないよな?俺が勝ったら、こっちの要求を呑まなきゃならないんだぜ?」
「承知の上です」
「本当にいいのか?」
「それでも……私はフィーベル家の次期当主として、貴方の様な魔術を貶める輩を看過する事は出来ません!」
フィーベル家といえば、魔術の世界ではかなり大きい力を持つ家だ。
「まったく、未だにこんな古臭い儀礼を吹っかけてくる骨董品が生き残ってるとはね……いいぜ。その決闘、受けてやるよ。ちなみに俺の要求は、俺に対する説教禁止だ」
何でこうなるんだろう……決闘を行う両者を見ると、私は再び頭が痛くなった。
こうして、決闘が行われる中庭にクラス全員が移動した。
「ごめんね。こんなことになっちゃって……」
「こうなってしまった以上は仕方ありません……私たちは見守ることしかできませんから」
私とルミアさんとクラスメイト達が見守る中、グレンさんとシスティーナさんは向かい合う形で対峙していた。
勝負の形は黒魔【ショック・ボルト】だけのものでほかの魔術は禁止。
よって、勝負の分かれ目は呪文の詠唱の速さで決まる。
グレンさんは余裕があるのか、システィーナさんを挑発している。私としたら、その態度が絶対に裏目に出ると思った。
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
決闘が開始されると、システィーナさんの指先から放たれた輝く力線が真っ直ぐグレンさんへ飛んでいき、グレンさんは得意げな顔でそれを……受けていた。
「ぎゃあああああ――っ!?」
グレンさんはびくんッと身体を痙攣させ、あっさりと倒れ伏した。
「あはは……ある意味予想通りですかね」
痙攣しているグレンさんを見ると、私は自分の予想が当たっていたことに安堵した。
「わ、私……なんかルール間違えた?」
助けを求めるようにシスティーナさんは困ったようにこちらを見た。
「あ。間違えてませんので、大丈夫です」
「そ、そう……なら、この勝負は私の勝ちね!」
術を受けたグレンさんがよろよろと起き上がる。
「まぁいい。この決闘は三本勝負だからな。一本くらいくれてやる。いいハンデだろ?」
「そうでしたっけ!?」
「さぁ行くぞ!二本目!いざ尋常に勝負だッ!」
強引に二本目の勝負が始まった。あっけに取られるシスティーナさんの前で、今度はグレンさんが先に動いた。
「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃――」
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
グレンさんの呪文が完成するより早く、システィーナさんの呪文が完成した。
「うぎょぉおおおおお――ッ!?」
先ほど見た光景と同じ光景が目の前で繰り返されている。
この後、グレンさんは強引に勝負の回数を増やしていくが、結果は同じだった。
システィーナさんの一説に対し、グレンさんは3説で唱えている……あれじゃあ、やる前から結果が見えている。
「お、おい……ステラ」
「は、はい……」
5回目の勝負が終わったあと、私は倒れているグレンさんのもとに駆け寄った。
「選手交代だ。後は頼む」
「えっ!?これって決闘ですよね!?」
「俺の代わりってことで。これ以上続けたら、何かに目覚めちゃいそう」
決闘で選手交代するなんてきいたことないんですけど……。皆のグレンさんを見る目が明らかに駄目なやつとして見ているのがわかる。
「ステラさんに交代するんですか……ステラさんはあなたのことを慕っているようですが……私にはステラさんの話を聞いても、あなたをそれだけの人物だと信じることはできません」
「い、いくらでも言え。勝負はステラにの手にゆだねられた」
これほどやりたくない決闘は初めてだよ。
「一回だけですからね。後は知りません」
「一回でいいんだ。そうしたら俺の勝ちにもっていける」
「どうなっても知りませんからね……」
グレンさんがよろよろと立ち上がると、私に近づき、耳打ちをする。
「お前のことだ。あいつの動きを全部見てて、分析もしたんだろ?」
「一応考えはまとめてありますけど、実践だとイメージと違うかもしれません」
「まとめてあるなら大丈夫だ。行ってこい」
「はぁ……」
グレンさんに手のひらで軽く背中をたたかれる。
「本当にごめんなさい……一回だけみたいなので……この回数だけ私が代理ということで」
「いいわよ。ステラさんの実力がどんなものか見たかったし」
これまでのことで感じたことはシスティーナさんはかなり優秀な人で、魔術も知識も私よりも上なのかもしれない。
「ふぅ……」
自分を落ち着かせるように、小さな息を吐いた。焦らないように、自分の頭に両手を当てて、目を閉じる。集中力を高め、最高のコンディションにもっていく。
「《雷精の紫電よ》――ッ!」
「《雷精の》」
決闘が再開されると、両者が打ち出す呪文を詠唱し始まる。
「きゃっ!?」
私のほうが詠唱が早く、雷撃はシスティーナさんに直撃したし、さっきまでのグレンさんと同じように地面に倒れる
クラスメイトたちは勝負の結果を受け、静まり返っていた。
「さすがステラ。無駄に早口言葉が得意なだけある」
「無駄っていうのやめません……」
勝負が決まると、グレンさんはぼろぼろの格好で拍手を送っている。
「な、なんでよ!私のほうが早かったはずなのに……」
倒れこんだ状態でシスティーナさんが私を見る。
「ごめんなさい。私、術の詠唱の速度には自信があるんです。それにさっきの決闘を見ている間に、システィーナさんが一説詠唱を唱える時間やタイミングなどをいろいろと頭の中で分析してたので」
「分析って……あの短い時間で!?」
「そういう部分に関しては得意なほうなので……」
私は魔術を学んでいる間に相手の動きをよく観察するようになった。
相手がどう動くのか、どのタイミングで術を撃つのか。術の詠唱の速度や力はどれくらいなのか、全てを見た後に自分がどうすれば相手に勝てるのかそれを考えるようになった。
今回の場合は単純に魔術のスピードで決まる勝負。だったら、システィーナさんより早く撃ってしまえばいい。幸いなことに勝負の前にグレンさんとの決闘でシスティーナさんの動作は見ることが出来た。
システィーナさんの動作よりも早く撃ち出すには一節での詠唱が必要。それも彼女よりも早く撃ち出さなければ負けてしまうものだった。
「それなら……私はステラさんを超えるだけの……」
「たぶんですけど、何度やっても結果は同じです。さっきも言いましたけど、私は術の詠唱の早さには自信があります。例え、私を超える速度で出したとしても、私はその上を行くと思うので……それに対策も出来ている状態で私と勝負を続けるのも時間の無駄かと……」
「くっ……」
それに勝負は一回きりという約束で私はこれ以上争いごとはしたくない。
「これで勝負は俺たちの勝ちだな」
「はぁっ!?だって私が負けたのは一回だけなんだけど!」
「いっただろ。選手交代って。それにステラの言うとおり、何度やっても結果は変わらないと思うぞ」
屁理屈を重ねるグレンさんにシスティーナさんの怒りを通り越してあきれているように見えた。
「納得していないようだから、引き分けでいいぞ」
「もうそれでいいわ……」
「システィーナさん……」
その後、自習といってグレンさんはその場を去っていった。
クラスメイトはそれぞれにグレンさんに対する不満を口にすると、その場を去っていき、残ったのは私とシスティーナさんとルミアさんの3人だけだった。
「ごめんなさい……やっぱり私が介入しなければよかったですかね」
「いいえ……ステラさんは悪くないわ。悪いのはあの教師なのだから……」
システィーナさんは怒りを抑えるように言葉を吐き出す。
「それにしても、ステラさんすごいね。あれだけ早く詠唱できる人、始めて見たよ」
「それだけの練習はしてきましたからね。」
今日のことでまたクラスメイトたちの反発は強くなった。
私は何も起こらないことを祈るしかなかった。