ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女 作:たこやき
次の日の早朝のこと。
「うぉおおおおおおお!? 遅刻、遅刻ぅうううううううううううッ!?」
どこかで見たような光景が、学院へと続く道中で展開されていた。叫び声の主は言わずもがな、グレンさんである。その後ろを私は遅れないように走っている。
しかも今回ばかりは時計のズレはない。正真正銘の寝坊による遅刻だった。
「ごめんなさい……今日が授業って知らなくて……」
「やけにのんびりしているなって思ってたら、それでか……。伝えなかったやつが悪い!」
私たちは必死に足を動かし、時間に間に合うように走る。
「つーか、なんで休校日にわざわざ授業なぞやんなきゃならんのだ!?だから働きたくなかったんだよっ!」
「前任の方の影響ですよね……しょうがないといったらあれですけど」
本来なら今日は学校は休みなのだが、前任者が抜けている間の授業が遅れていることから、今日は補修という形で学校があった。
私たちは路地裏を通り抜け、表通りを通り、学院への目印となるいつもの十字路に辿り着いた。そのとき、グレンさんが足を止めた。
「きゃっ!?」
私は急に止まったグレンさんにぶつかりそうになったことで小さな声を上げる。
「どうしたんですか?グレンさん」
「おかしくないか?この空気」
私はグレンさんに指摘されてから周りを見る。確かに不自然なまでに誰もいない。早朝とはいえこの時間帯なら、この十字路には行き交う一般市民の姿が少なからずあるはずなのだ。
今日に限っては辺りはしんと静まりかえり、人っ子一人いない。周囲に人の気配すら感じられない。明らかに異常と感じる状況だった。
「いや、そもそもこれは……」
「人払いの結界……ですよね」
周囲の要所に微かな魔力痕跡を感じるし、間違いなく人払いの結界だった。
「ステラ。俺から絶対に離れるな」
「は、はい!」
私はグレンさんの服の袖を握る。
「……なんの用だ?」
グレンさんは静かに威圧するように問う。
「出てきな。そこでこそこそしてんのはバレバレだぜ?」
グレンさんは十字路のある一角へ、突き刺すように鋭い視線を向けた。
「ほう……わかりましたか? たかが第三階梯(トレデ)の三流魔術師と聞いていましたが……いやはや、なかなか鋭いじゃありませんか」
空間が蜃気楼のように揺らぎ、その揺らぎの中から染み出るように男性が現れた。
「グレンさん……この人」
「わかってる。俺から絶対に離れるなよ」
「いえ、そうではなく……」
「アナタ、どうしてそっちを向いているのです?私はこっちですよ?その少女が困ったようにあなたを見てますが……」
「別に」
グレンさんは気まずそうに男性のほうを向く。
「ええーと、どこのどちら様でございましょうかね?」
「いえいえ、名乗るほどの者ではございません」
「用がないなら、どいてくださいませんかね?俺たちは急いでいるんですけど?」
「ははは、大丈夫大丈夫。急ぐ必要はありませんよ?アナタたちは焦らず、ゆっくりと目的地へとお向かい下さい」
「あのな……話を聞いていたか?急いでるって言ってるだろ」
「いいえ、急ぐ必要はありませんよ。なぜなら……アナタたちの新しい行き先は……あの世です」
「!?」
《穢れよ・爛れよ・》
男性が詠唱している呪文は致命的な威力を持つ、二つの魔術の複合呪文。それが出来るのは超一流の魔術師である証だった。
まともに直撃していたら、おそらくは死んでいただろう。
<霧散せよ>
私は男性が詠唱を終える前にスペル・シールを早口で詠唱し、男性の魔術起動を無効にした。
「……ほう、私の魔術を打ち消しましたか。高速詠唱に加え、周りが良く見えている。素晴らしい状況判断ですね」
私のスペル・シールによって、男性の打ち出そうとしていた魔術は発動しなかった。
「私は詠唱の速さには自信があるんです」
「悪い、ステラ。助かった」
「私はたいしたことはしてません。それよりも……どうやら相手をしなきゃいけないみたいですね」
「面倒だが、そうしないと通してもらえないからな」
「早くおわらせて、学院に向かいましょう。なんだか胸騒ぎがします」
「そうだな」
男性を目にした時から、私の中で嫌な予感が漂っていた。
………それから少し経った後の広場では人々が騒いでいた。
「アイツ、生きてるのか?」
「生きてたとしても、このまま死んだ方が本人にとってマシだろ……」
「酷い……酷過ぎる……見るに耐えられん………!」
「悪魔だ……悪魔の所業だ………」
人だかりの、その中心には一人の男がいた。
全身をボコボコに殴られ、素っ裸にひん剥かれ、亀甲縛りにされ、体中に悪意に満ちた落書き、そして、股に張り紙を張られ、気絶している男がいた。
男性を社会的に抹殺するという意味で広場にオブジェと飾った後、私たちは急いで学園に向かった。
「くそっ!どうなってる!」
私たちは何かしらの力が働いている結界により、学院の中に入ることができなかった。
「グ、グレンさん……」
「どうした?」
「警備員さん……息してません……死んでます」
私は近くに倒れていた警備員を見つけ、状態を確認するが胸に傷跡があり、すでに息はない。
「これは軍用魔術だな。反撃した様子もないし、容赦なく殺されたってところか」
「でしょうね……なんてひどいことを……」
私は警備員さんの遺体の前で手を合わせ、合掌する
「これは俺たちの手には負えないな。一度、応援を呼びに戻って」
そのとき、学園の壁をひとつの光が貫いた。
「あれはライトニング・ピアス!?」
ライトニング・ピアスは軍用魔術と呼ばれ、軍に属する魔導士が使用する戦争用の魔術。それを生徒が扱えるはずはなく、中にいる人物が使用した可能性が高い。
「グレンさん……」
「応援を呼ぶ。ステラ、警備員の詰め所にいくぞ」
「……いやです」
私は警備員の詰め所にいこうとするグレンさんを止めた。
「俺たちの手におえる相手じゃない。お前だってわかるだろ?」
「わかってます……でも、あそこには私の大事な友達がいます。だから……見捨てることはできません」
さっきのライトニング・スピアを見る限り、相手は相当の使い手であることはわかった。
「俺たちに何ができるって言うんだよ」
「できます。いや、やらなきゃいけません。今の状況を考えても、助けが来る可能性は低いです。だったら……私たちがやらなきゃいけないんです!」
はっきりいうと、私は怖い。グレンさんと同じように逃げたい気持ちもある。
でも……あそこには私を友達と思ってくれる人がいる。受け入れた仲間たちがいる。
初めてできたつながりを私は失いたくない!
「学園は危険かもしれないぞ?」
「それでもやります」
「怪我をするかもしれないぞ?」
「覚悟はできてます」
目の前の大切なものを見逃すことはできない。いくら自分が傷を負うことになっても、必ず助ける。
「わかった。俺がいいって言うまでは俺から離れないこと。何があっても、絶対に無茶はしない。この二つは必ず守ると約束してくれ」
「わかりました」
グレンさんの出した条件に私は深くうなずき、それを見たグレンさんは割符に書かれている呪文を読み上げる。私たちはそろって学園内に入った。
(皆……どうか無事でいて)
私は焦る気持ちを抑えながら、グレンさんの後をついていった。