ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女   作:たこやき

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大切なもの

グレンさんが授業を終えると、クラスメイトたちは放心していた。

 

「なんてこと……やられたわ」

 

システィさんが顔を手で覆って深くため息をついた。

 

「まさか、あいつにこんな授業ができるなんて……」

 

「そうだね……私も驚いちゃった」

 

隣に座るルミアさんも目を丸くしていた。

 

「私は信じてましたよ。いつかこの日が来るって」

 

「悔しいけど……認めたくないけど……あいつは人間としては最悪だけど、魔術講師としては本当に凄い奴だわ……人間としては最悪だけど」

 

「あ、あはは、二回も言わなくたって……」

 

大事なことなんですね。わかります。

 

「でも……あいつ、なんで突然、真面目に授業する気になったのかしら? 昨日はあんなこと言っていたのに……ステラ、何か知らない?」

 

「さぁ。私よりルミアさんのほうが知ってると思いますよ」

 

何気なくルミアさんに目を向ける。

 

「ルミア……貴女、どうしてそんなに嬉しそうなの?なんか笑みがこぼれてるわよ?」

 

「ふふ、そうかな?」

 

「絶対なにかありましたよね……」

 

私たちはルミアさんのほうを見る。

 

「それよりも私はシスティとステラさんがすごい仲良くなっていることに驚いてる」

 

「当然よ。私たちは友達なんだから」

 

「そうですね。私たちは友達です。なので仲良くするのは当たり前です」

 

友達だから仲良くするのは当たり前だし、その理論は間違っていないと思うから。

 

その日からグレンさんの評判は変わった。今までの駄目講師という評価から一転し、グレンさんの授業は多くの学院の生徒から人気となり、それから少し経つ頃には教室に授業を立ち見に来る生徒が増えていた。

 

講師の中にも、今までの授業に疑問を持つものも現れ始め、また若く熱心な講師の中にはグレンさんの授業に参加して、グレンさんの教え方や魔術理論を学ぼうとするものまでいた。

 

もっとも、本人はこんなことを気にすることもなく、いつものようにやる気がなさそうにしているけどね。

 

「魔術には汎用魔術と固有魔術(オリジナル)の二つがある。お前らは誰でも使える汎用魔術を馬鹿にし、魔術師にとってオンリーワンである固有魔術(オリジナル)を神聖視している。だが、固有魔術(オリジナル)は俺のような三流魔術師にだって作れる。大事なのは自分一人で術式を組み、かつ、それら汎用魔術の完成度をなんらかの形で超える必要があるってことだ。じゃねーと固有魔術(オリジナル)の意味がないからな」

 

グレンさんの言ったことをメモを取り、クラスメイトは真剣に授業を受ける。

 

「一方、汎用魔術は見ての通り隙も改良の余地もない。それもそうだ。大昔に、お前等の何百倍も優秀な何百人もの魔術師たちが、何百年も掛けて、少しずつ改良・洗練させてきた代物なんだからな。それを独創性がないだの、古臭いだの……もうね、お前らアホかと」

 

チョークで黒板の魔術式を突きながらグレンさんはにやりと笑う。

 

「この領域の話になってくると、センスや才能の問題になる。だが、先達が完成させた汎用魔術の術式をじっくり追っていくことには意味がある。自身の術式構築力を高める意味でも、ネタかぶりを避ける意味でもな。将来、自分だけの固有魔術(オリジナル)を作りたいって思っているなら、なおさらだ」

 

グレンさんが懐から取り出した懐中時計を見る。

 

「……時間だな。じゃ、今日はこれまで。あー、疲れた……」

 

 授業終了を宣言するとクラスに弛緩した空気が蔓延し始める。グレンさんは黒板消しをつかんで、黒板に書かれた術式や解説をおもむろに消し始めた。

 

「あ、先生待って! まだ消さないで下さい。私、まだ板書取ってないんです!」

 

システィさんが手を上げる。すると、グレンさんは露骨にニヤリと意地悪く笑って、腕が分身する勢いで黒板を消し始めた。

 

「あー!?」

 

「ふはははははははは――ッ!もう半分近く消えたぞぉ!?ザマミロ!?」

 

「子供ですか!?貴方はッ!」

 

あはは……ああいう性格は元のままなんだよね。

 

システィさんとルミアさんのやり取りを横で眺めながら、私はグレンさんはこのままでいいと思った。

 

そして、放課後のこと。私とルミアさんとシスティさんは図書室に集まっていた。

 

「まったくもう。あの先生は……」

 

「まぁまぁ……最初のころと比べると、授業もかなりましになってきましたし……」

 

憤慨しているシスティさんの横で私は苦笑を浮かべる。

 

「ステラ。あなたはあの先生に甘すぎ。もう少し厳しくしないと」

 

「そうですかね?」

 

「そうよ。先生がステラに頼っているのもきっと甘えているからなのよ」

 

グレンさんから甘えてもらう……うーん。あんまり想像できない。

 

「私もステラさんのことを呼び捨てでよんでいい?」

 

「いいですけど、どうかしたんですか?」

 

「ううん。システィが仲良くしているから、私も仲良くなれたらいいなって思うから」

 

私としたら友達が増えるのは大歓迎だった。

 

「かまいませんよ。むしろ大歓迎です」

 

「うふふ。ありがとう。ステラ」

 

こうして友達の輪が広がっていく。私はそのことが幸せに感じた。

 

「それにしても、この部分がわからないわね……」

 

「どこですか?」

 

「ほら。ここよ」

 

システィさんの指差した内容は今日の授業で習ったところだった。

 

「私たちじゃわからないですね……」

 

「そうだね」

 

「あの先生に直接聞きに行くしかないってわけね。どこにいるのかしら?」

 

今の時間帯、グレンさんがいる場所といったら……想像はつく。

 

「大丈夫です。場所の把握は出来てますから。この時間ならきっと……」

 

「わかるの?」

 

「はい」

 

「言っておくけど、あいつに私が聞こうって言ったことは内緒だからね!」

 

「隠すことないのに……」

 

私たちはグレンさんがいるであろう場所に移動した。

 

「やっぱりここにいましたね。グレンさん」

 

私たちは屋上に移動すると、私の予想通り、グレンさんはいた。

 

「お前ら、帰ったんじゃないのか?」

 

「あ、私達、学院の図書館で板書の写し合いと今日の授業の復習をしていたんですけど、どうしてもわからないところがあるので先生に聞きに行こうって……システィが」

 

「ちょ、ちょっと!?それは言わないって約束でしょ!?裏切り者ッ!」

 

「そうでしたっけ?」

 

「ステラまで……あなたも言うつもりだったのね」

 

真っ赤になってシスティさんが怒鳴り立てる。

 

「ほーう?つまりなんだ?システィーチェ君。まさかまさか、君はこの稀代の名講師、グレン=レーダス大先生様に何か質問があるとでも言うのかね?んー?」

 

うわぁ……めちゃくちゃ腹の立つ顔で言ってるよ……この人にお世話になってなければきっと殴ってるよ……

 

「だからアンタにだけは聞きたくなかったのよ!後、私はシスティーナよ!いい加減覚えてよ!?」

 

「なーんか覚えにくいから、やっぱ、お前は白猫でいいや」

 

「ああ、もう――っ!」

 

とうとうシスティさんは涙目になってしまう。

 

「先生、今からお時間少しよろしいですか?私もその部分、後で考えてみたら実はよくわかってなくて……」

 

「ああ、悪かったな、ルミア。俺も今日の授業に関しちゃ少し言葉足らずな所があった気もしたんだ。多分、そこだろ。見せてみな」

 

「私もわからないので……教えてもらってもいいですか?」

 

「お前もか。いいぜ。どこがわからないんだ?」

 

「私とルミアとステラの扱いの差はなんなの…ッ!?」

 

「ルミアは可愛い。ステラは素直で可愛い。お前は生意気。以上」

 

「む、ムキィイイイイイ――ッ!」

 

二人のやり取りを見ていると笑みがこぼれる。

 

「ステラ。学校は楽しいか?」

 

グレンさんと一緒にいたセリカさんに聞かれた。

 

「はい。最高に楽しいです」

 

「友達は……出来たようだな。大切にしろよ」

 

「はい!」

 

私はこの学園で通うことで出来た友達を大事にしようと心からそう思った。


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