ロクでなし魔術講師と記憶喪失の少女 作:たこやき
最初に見た光景は自分の周りで倒れている人たちがおり、遠くには火の海が見えた。
「ここは……どこ?」
辺りを見渡すと、崩壊している天井や建物の柱が見えることから、どこかの建物にいることはわかった。
「私は……何でここに?」
私は今の状況を整理しようとするが、何も思い出せない。覚えているのは、自分の名前だけ。他には何も思い出せない。
「ステラ!」
自分の名前しか思い出せず、困惑している私の元に一人の男性がやってきた。
「無事だったか……よかった」
男性は私の手を握ると、安堵する。
この人は誰なのだろう。
この人は何故私のことを見て安堵するのだろう。
この人と私はどういう関係だったのだろう。
いくつもの疑念が頭の中を回っているが、その答えを見つける方法は今の私にはない。
「あなたは誰ですか?」
「何を言っている?いつもの冗談にしては笑えないぞ」
「あなたは私を知っているかもしれませんが……私は記憶がありません。だからあなたが誰なのかもわからない」
私が今の自分の状態を伝えると、男性は悲痛な表情を浮かべ、こんなのありかよとつぶやいている。
「本当に俺のことがわからないのか?」
「ごめんなさい……本当にわからないです。あなただけじゃない、何で私がここにいることもわからない……」
「それじゃあ、自分の名前は覚えているか?」
「は、はい。私はステラ。ステラ=フィールドです」
男性は悲しそうな表情で私の頭をなでた。
「俺はグレン=レーダス。お前の家族だ」
「私の家族?」
「ああ……今は何も思い出せないかもしれないが、俺とお前はそれと同じくらいの関係だったんだ」
この人と私は家族。何故だろう……とても大事なことなのに、何も思い出せない。
「ごめんなさい。家族といわれても……私は何も思い出せなくて」
「そうだよな……」
「ごめんなさい……」
私は目の前で悲しそうにしている男性に対して、涙を流す。
「お、おい……」
「ごめんなさい。何もわからないです。あなたのことも……自分のことも」
「……」
「あなたが私を家族といってくれているのは信じたい……でも、私にはそれを信じるだけの確証がないんです。私はどこで生まれて、どこで生きてきたかもわからない……」
私は過去の自分に関する全ての記憶を失っていた。
「そのペンダントのことは覚えているか?」
私の首には青色のペンダントがかかっていた。
「ごめんなさい……覚えてません」
「それはお前が俺にくれたものなんだよ。そのときの俺は恥ずかしくて、お前がつけろっていっちゃったけどな」
「そうだったんですか……」
大切なことなのに、何も思い出せない自分が腹立たしい。
「ごめんなさい……何も覚えてないから、そのこともわからないんです」
「今はそれでいい……お前が生きていてくれただけで」
「グレンさん……」
「やっと名前で呼んでくれたな」
初めて呼ぶ名前なのに、すごく懐かしい気がする。
「これから私はどうなるんですか?」
「そうだな……記憶喪失のお前をおいておく場所はないし、とりあえず、一緒に暮らすか」
「いいんですか?」
「いいも何も……少し前までは一緒に暮らしてただろ」
グレンさんと私が一緒に暮らしてた?
「私っていくつなんですかね……結婚はしてないと思うんですけど」
「15だ」
思った以上に自分は若かった。
「さてと……これ以上ここにいてもしょうがない。一度家に帰るか」
「そうですね」
これ以上ここにいても、何も思い出すことはないだろうしね。
「グレンさん」
「何だ?」
「これからよろしくお願いします」
「お、おう……なんか改めて言われると恥ずかしいな」
グレンさんは私から顔を隠すようにそっぽを向いた。
過去の私がグレンさんにどういう感情を抱いていたかはわからない。
それでも一つだけいえることがある。
私はこの人をとても大切に思っていたということだ。記憶を失っても、思いだけは失うことはない。
このときの私は自分の記憶が失ったことに絶望しつつも、新しい生活で希望を見つけようとしていた。