俺の目的は何だったか。
勇者として名をあげることか?
金を儲けてウハウハ生活を送ることか?
それとも、世界を征服することか?
どれもこれも遠い道のはるか先にありそうな望みだな。
何で俺は旅をする破目になったんだっけ?
「勇者よ、姫のことはどうなってる?」
「姫?」
ああ、ああ、そういえば、そんな事も言ってたな。
すっかり、忘れてた。
「まさか、忘れていたとは言うまいな」
腰の剣に手をかけながら、オッサンが凄む。
「は、ははは、そんな事あるわけないだろ、オッサン。情報収集中だよ」
「むう、それならば良いが」
オッサンは手をおろした。
ヤバイヤバイ、危うく殺されるところだった。
しかし、オッサンの娘か。
どんな顔してんだろな。
その時、ふと気付いた。
顔知らねーから、助けても分かんねーんじゃないか。
「なあ、オッサン。姫ってどんな顔してんだ?」
失言だった。
鬼の顔というのは、あんな顔なんだろう。
真っ暗になる意識の中で、その顔だけが印象に残っていた。
「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」
あん? 何だ? 視界が暗い。
いつもなら、オッサンの顔が見えるはずだが。
ん? 後頭部に圧迫感がある。
顔にはじゅうたんのふかふか感が。
「くぉら! オッサン! 足どけろ! 足!」
俺は、オッサンに踏まれていた。
「全く、なんて事しやがる」
玉座に戻ったオッサンにぶちぶちと文句を言う。
「お主が余りにも阿呆なことを言うのでな。全く、姫はどうしてこんな男に……」
オッサンの言葉が引っ掛かる。
「ん? ひょっとして会ったことあるのか、俺?」
「覚えておらんのか? なんと薄情な男よのう。 烏の君と言えばわかるかの」
烏の君……?
あっ! 思い出した。
6年前に会った、美少女の事だ。
黒髪が余りにもきれいだったんで、そう呼んでたんだっけ。
あれ? 何で俺、会ってんだ?
「6年前、お主はこの玉座の間に突然現れたのじゃ」
オッサンが突然、昔話モードに入る。
だが、聞く気は無いので自力で思い出すことにしよう。
あれは、6年前のある晴れた日のことだった。
俺は朝から武器屋で働いてたんだが、仕事が思ったよりも早く終わったんだ。
んで、メシでも調達しようと、川に魚釣りに行った。
結局、見事に落ちて、溺れて、気が付いたらココにいたんだ。
「おお! 勇者よ、死んでしまうとは情けない!」
起きた時の第一声はオッサンの声だった。
今、思えば、あの時に目を付けられたんだろう。
俺の勇者人生があの時から始まったと言ってもおかしくない。
何故、自分が勇者と呼ばれているのかは分からなかったが、悪い気はしなかった。
勇者さま、勇者さまと、懐いてきた少女の姿があったからだ。
当時15才だった俺は、10才のお姫様に一目惚れしていた。
あれが、年下好きの始まりだったのかもしれない。
名前を呼ぶのが気恥ずかしくて、髪の色にちなんで「烏の君」と呼んでいた。
……当初は「濡れ羽の君」と呼んでいたのだが、オッサンにしこたま殴られて改名したことも思い出した。どうやら、音が濡れ場を連想させたらしい。
なるほど、彼女が姫だったのか。
どうして忘れていたんだろうか?
こんな大事な思い出を。
「ということで、姫の情報が詩人の街にあることがわかった。 ……勇者よ、聞いておるか?」
オッサンの声に我に返る。
「あっ、スマン! 聞いてなかった」
再び白刃が閃き、俺の意識は闇に閉ざされた。
「で、あるじよ。詩人の街というのはコチラの方角でいいのか?」
城に入るとき、門番ともめたので、仕方なく城門の外に待機させたシアちゃんと共に、詩人の街を目指している。
詩人の街とは言っても、詩人が住んでいるからではなく、有名な詩人の墓があるかららしい。
「ああ、城から北西に真っ直ぐって話だ」
シアちゃんは、どうも機嫌が悪い。
少なくとも、城に着くまでは鼻歌を唄うほど気分が良かったはずだ。
「シアちゃん、何かあったのか?」
「お主、あの門番とどういう関係じゃ?」
どういう関係って、勇者と門番以外にどういう関係が……。
はっ! まさか、奴か!
「無い! 無いったら無い! 俺は無実だ!」
「それほど必死になるとは……やはり」
やはりって何さーー?!
「俺は、ただアイツに刺されただけで……」
「な?! もうそんな関係なのか!」
ああ、どんどん誤解が広がっていく。
「俺は、シアちゃん一筋だから……」
「あるじが両刀とは知らなんだ。だが! それでもあるじはあるじ。わらわはどこまでもお主と一緒じゃ!」
少しは、話を聞いてくれ……。
オッサン、スマンかった。
今ならあんたの気持ちがわかる。
次に会った時は、何時間でも付き合ってやるから、この仕打ちは勘弁してくれ。
いまだ熱弁を振るうシアちゃんの横で、俺の心はどん底まで沈んでいった。
「さあ! 着いたぞ、あるじ!」
一人の世界に閉じこもっていた俺は、その声で戻ってきた。
視界に広がる町並みは、城下町と比べると少し閑散としていた。
しかも、城下町と決定的にある部分で違っていた。
「でかい石だなあ」
「うむ、わらわも見るのは初めてじゃが、これほど大きいとは……」
街の中心部に、巨大な石が鎮座していた。
どうも、これが詩人の墓らしい。
「さて、観光に来たわけじゃないんだ。 情報収集といこう」
手分けをして、街の人間に片っ端から話を聞いたが、たいした情報は得られなかった。
手に入れた情報といえば、竪琴の音色が魔物を呼び寄せるだとか、ゴーレムは笛の音が苦手だとか、チョット逝っちゃってるんじゃないかと思えるような内容ばかりだった。
シアちゃんと合流して話を聞いたところ、裏の情報屋なる者がいるらしい。
早速行ってみることにした。
「アンタが情報屋かい?」
それらしい男に声を掛けると、黙って右手の手のひらを突き出す。
握手かと思って手を握ったが、違うらしい。
「50」
さすがにそんな俺を見かねたのか、男は声を発した。
どうやら金を要求しているようだ。
「せめて、45」
値切ってみた。
すると、シアちゃんに殴られた。
「恥ずかしい事をするでない」
仕方ない。おとなしく50ゴールドを手渡した。
「遥か南の街が、魔物に滅ぼされたそうだ」
「ふむふむ、他には?」
また、黙って手を差し出す。
結局、200ゴールドも取られてしまった。
領収書を切るように頼んでみたが、無理だと言われてしまった。
ついでに、またもやシアちゃんに殴られた。
みっともないことをするなということらしい。
手に入れた情報は、4つ。
魔物に滅ぼされた街があること。
勇者ロトの着ていた鎧がどこかにあること。
姫をさらった魔物が東の方向に飛んでいったこと。
姫がどこかの洞窟に捕らわれているらしいこと。
正直、最初の2つは役に立たない情報だが、後の2つは、まさしく欲しかった情報だった。
……だが、俺はあることに気付いてしまった。
最初の3つは街の噂で片付けられることかもしれないが、最後の一つは間違いなく、魔物と接触を持たなければ手に入らない情報ではないかと。
ひょっとしたら、奴は魔物とつながりがあるのかもしれない。
俺は、近くで警備していた兵士に、人相や場所などを詳しく通報しておいた。
シアちゃんのいない所で、こっそりと。
決して、金を取られた腹いせではない。
断じて、無い。
良い事をした後は、気分が良いなあ。
そんな事を思いながら、俺達は詩人の街を後にした。