ああ、無情。   作:みあ

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第二十四話:エリザ

 この海の向こうは竜王の領域。 

 そこに最も近い岬に立ち、虹のしずくを掲げる。 

 途端に辺りに霧が広がり始める。 

 それが晴れた時、目の前には虹の橋が架かっていた。 

 

 

「おとぎ話の主人公になった気分ですわ」 

 

 虹の橋を見た、姫の第一声は明らかにこの状況を楽しむものだった。 

 ……怖くは無いのだろうか? 

 俺は、正直怖い。 

 これを渡るくらいなら、揺れるつり橋を全速力で走り抜ける方がましだ。 

 

「あるじ、何をしておる?」 

 

 シアちゃんが不思議そうに俺を見る。 

 

「こ、これを渡るのか?」 

 

 及び腰の俺を見て、ふたりは不思議そうに首をかしげる。 

 前に渡った事のあるシアちゃんはまだしも、初めて渡る姫にも恐怖心はないようだ。 

 

「先に行きますね」 

 

 姫はスタスタと歩いていく。 

 意外と虹の表面は硬いらしい。 

 姫は、虹のアーチの頂点部分、橋の真ん中に立って、俺を呼ぶ。 

 

「大丈夫ですよー! 勇者さまー!」 

 

 大丈夫って言われても……。 

 

「ほれ、さっさと行かぬか」 

 

 シアちゃんに後ろから押される。 

 仕方なく歩き出すも、橋に差し掛かったところで足が止まってしまう。 

 なにしろ、幅が両手を広げた程しかなく、高さに至っては城の屋上よりも高いのだ。 

 そして当然、欄干など無い。 

 さらに後ろから押され、思わず地面に手をついてしまう。 

 

「ふう、仕方あるまい」 

 

 シアちゃんが前に回って、俺の首に何かを付ける。 

 こ、これはまさか……? 

 

「さっさと行くぞ」 

 

 言いながら、縄を引っ張る。 

 当然のことながら、それは俺の首から伸びている。 

 

「何でまだ持ってんの?!」 

 

「せっかく買ったのに、捨てるわけにもいくまい」 

 

 俺の抗議に、至極当然のような口振りで言う。 

  

「ほれ、はよう来ぬか」 

 

 引っ張られるが、俺は必死で抵抗する。 

 静かな攻防がしばし続いた。 

 姫は、後にこう語った。 

 その様は、まるで、飼い主の少女と散歩を嫌がる犬のようだったと。 

 

 

 その戦いは唐突に終わりを告げた。 

 虹の橋が消え始めたのだ。 

 空を見上げると、厚く立ち込めた雲に太陽が隠れようとしていた。 

 

「おぬしがモタモタしておるせいじゃ!」 

 

「シアちゃんが、首輪なんて付けるから!」 

 

 俺達は言い争いをしながら、必死に走る。 

 走る後ろから、橋が消えていく。 

 

「勇者さまーー!! もう少しですー!」 

 

 向こう岸で叫ぶ姫の姿がだんだん大きくなってきた。 

 到着、と思った瞬間、足場が消えた。 

 とっさに傍らのシアちゃんを姫に投げ渡す。 

  

「あるじ?!」 

 

 俺は、やっぱり落ちるのかと思いながら重力に身を任せた。 

  

「がふっ!!」 

 

 首に衝撃。息が詰まる。 

 見上げると、俺の首から伸びた縄を腕に絡めているシアちゃんの姿。 

 姫は、そのシアちゃんを必死で支えている。 

  

「ぐっ、ふぐぅ……」 

 

 手を離すように言おうとするが、息が詰まって声にならない。 

 縄がシアちゃんの細い腕に食い込んでいる。 

 何とかしなければと思うのだが、意識がだんだんと暗くなっていく。 

 素直に落ちるのと、窒息して死ぬのとどちらが良かったのか。 

 どっちにしても、死ぬんだけどな。 

 

 

「……さま! 勇者さま!」 

 

 姫が呼ぶ声が聞こえる。 

 オッサンの声じゃないってことは、死なずに済んだらしい。 

 後頭部に暖かくて柔らかい感触を感じる。 

 膝枕かな? 

 もう少しこのままでいたい。 

 

「うーん、あと5分」 

 

 甘える俺を、神様は許してくれなかった。 

 

「寝ぼけるでないわ」 

 

 シアちゃんの声と同時に、何か棒状の物で顔面を痛打された。 

 

「乱暴はいけませんわ!」 

 

「この阿呆に現実を教えてやったまでじゃ!」 

 

 目を開けると、ひのきの棒を振り上げるシアちゃんと、羽交い絞めにする姫の姿が見えた。 

 あれ? じゃあ、この膝枕の持ち主は? 

 振り向く俺の眼前には、巨大な目と口。 

 ソレは、真っ赤な色でと弾力性に富んだ身体を持つ生き物。 

 俺の生涯のライバル、スライムベスの姿だった。 

 

「うぉわむgyccせzjp!?」 

 

 意味不明の叫びが口をつく。 

 

「その方が、助けてくださいましたの」 

 

 姫の言葉に呼応するかのように、奴の身体が揺れ動く。 

 お、俺はコレを膝枕と間違えたのか?! 

 中型犬並みの大きさの軟体動物を見やる。 

 何てことだ……。 

 よりによって、ライバルに助けられる日が来ようとは。 

 

「そうか、ありがとうな。……お前、名前はあるのか?」 

 

 ひざまずいて視線を合わせて問いかける。 

 スライムベスは首を振る。 

 多分、首だろう。正確にはわからないが。 

 シアちゃんが翻訳してくれる。 

 

「出来れば名付けてほしいと言うておるぞ」 

 

 スライムベスだしな。 

 ベスじゃ、安直過ぎるな。 

 よし、決めた。 

 

「エリザってのはどうだ?」 

 

「安直よのう」「エリザベス、ですか?」 

 

 間髪入れず、ふたりが突っ込んでくるが無視。 

 奴は、満面の笑みを浮かべてうなずく。 

 常に、笑みを浮かべているような気もするが。 

 

「よしっ! お前は今日からエリザだ。っと、女の名前付けちまったけど、いいのか?」 

 

「スライムに雌雄は無い。卵で殖えるわけでは無いからの」 

 

 どうやって殖えるのかは疑問だったが、問題は無いようだ。 

 俺達は、固い握手を交わした。 

 多分、手だろう。伸びてきたし。 

 

「種族を越えた友情ですわね。さすが、勇者さまです」 

 

 姫は素直に感心していた。 

 

「今のあるじと、どちらが強いのかのう?」 

 

 シアちゃんは4戦目を期待しているようだ。 

 では、期待に応えるとしよう。 

 

「やるか?」 

 

 エリザと目を合わせる。 

 向こうも戦う気があるらしい。 

 互いに間合いを取る。 

 俺はひのきの棒を水平に構える。 

 エリザも体当たりの姿勢だ。 

 

 申し合わせたように走り出す。 

 と、何かに足を引っ掛ける。 

 

 勇者の攻撃。 

  

 勇者は何かにつまずいて転んでしまった。 

 

 しまった! やられる?! 

 しかし、同時に攻撃しようと間合いを詰めていたのであろう。 

 転んだ拍子に、手に持った武器がエリザに直撃した。 

 

 会心の一撃。そして、痛恨の一撃。 

 

 エリザはひのきの棒の一撃で、俺は地面に顔面を叩き付けた衝撃で、仲良く気絶していた。 

 こうして、4戦目は引き分けに終わったのだった。 

  

「やはり、こうなるのじゃな……」 

 

 目覚めた俺を待っていたのは、シアちゃんの冷たい視線だった。 

 その視線から逃れるように、エリザと顔を合わす。 

 

「別に、狙ってるわけじゃないんだけどな……」 

 

 エリザは同意するように首を振っている、多分。 

 

「運も実力のうち? 馬鹿な事を言うでない」 

 

 そんな事、言ってんのか? 

 さすが、親友。 

 俺達はさらに固い友情を誓い合った。 

 

 

「さよーならー!」 

 

 エリザは、俺たちを竜王の城へと案内すると、何も語らず去っていった。 

 姫は、そんな後ろ姿に手を振っている。 

 

「これで良かったのか?」 

 

 シアちゃんが俺に問いかける。 

 

「竜王を倒すために力を貸してくれなんて言えないよ」 

 

「そうじゃな。スライムベスの力を借りたなど自慢にもならぬわ」 

 

 遠く見える竜王の城を見上げる。 

 空にはいつの間にか暗雲が立ち込め、不気味な様相を見せていた。 

 決戦の時は刻一刻と近付いていた。 

 


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