ああ、無情。   作:みあ

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第二十三話:ロトの印

 ロトの印。 

 伝承にのみ語られ、ロトの仲間の手によって歴史の闇に葬られた遺物。 

 これを見た人間が今もなお生き続けているとは考えにくい。 

 ならば何故、聖なるほこらの老人はロトの印を知っていたのだろう? 

 一つ、試してみるとしよう。 

 

 

「おお! それはまさしくロトの印!」 

 

 勝った! 

 老人が、コレをロトの印だと認めた瞬間、俺はそう思った。 

 

「そんなバカな……」 

 

 シアちゃんは言葉を失っている。 

 

「アリシアさまの負けですわ」 

 

 姫がうなだれるシアちゃんに追い討ちをかける。 

 

「さて、何をしてもらおうかな?」 

 

 うさみみバンドをつけてもらおうか、それとも……。 

 色々な想像が頭をよぎる。 

 

「楽しそうですわね、勇者さま」 

 

「もちろん!」  

 

 話を始めるタイミングを失って、口をパクパクさせる老人を置いてきぼりにしたまま、俺達の会話は続く。 

 

「あの格好で旅をするのはどうですか?」 

 

「あの格好って、ゆきうさぎ?」 

 

 それもいいなあ。 

 

「シアちゃんは、どう…………、アレ?」 

 

 さっきまでそこに居たのに、どこに行ったんだ? 

 首をかしげていると、姫が袖を引っ張る。 

 

「止めた方がよろしいのでは?」 

 

 指し示す方向には、老人の胸倉を掴んで前後に激しく揺らす、シアちゃんの姿。 

 

「おぬしが! おぬしが、しっかりしておれば!」 

 

「あが、あががががが……」 

 

 老人は、泡を吹いて失神している。 

 これ以上は、命に係わりそうだ。 

 

「姫は、シアちゃんを!」 

 

「ハイ!」 

 

 なんとか2人を引き離す。 

 シアちゃんは、姫が気絶させたようだ。 

 俺は、未だ意識の戻らない老人を見やる。 

 老人の手の中には、原因となった紙製のメダルがしっかりと握られている。 

 

 全ての発端は、昨日の夜へとさかのぼる。 

 

 

「何をしておる?」 

 

 夕食を終え、明日に備えて眠るだけという時間。 

 俺は、かねてからの疑問を解消するため、工作にいそしんでいた。 

 

「ロトの印を作ってるんだ」 

 

 紙を何枚も貼り合わせて、円形に切り取る。 

 そして、本物を見ながら、紋章を模写する。 

 出来上がった紙製のメダルは、大きさだけは本物と同じ。 

 しかし、明らかに子供の工作としか思えない代物だった。 

 案の定、シアちゃんは呆れている。 

 

「ソレで、何をするつもりじゃ?」 

 

「もちろん、聖なるほこらの老人に渡すんだけど?」 

  

 俺は、シアちゃんに語った。 

 老人もおそらく、伝承でしか知らないのではないだろうか? 

 ひょっとしたら、偽物でも騙し通せるかもしれない。 

 全てを話し終えた時、シアちゃんは大きなため息を吐いた。 

 

「馬鹿じゃ、馬鹿じゃとは思うとったが、まさかここまでとは……」 

 

「思い立ったら、即行動。それが俺の信念だ!」 

 

 そんな俺のセリフも、ただの開き直りにしか見えなかったらしい。 

 また、大きなため息を吐いた。 

 

「まあ、どうなさいましたの?」 

 

 部屋に入ってきた姫に、一部始終を話す。 

 

「試す価値はありますわ」 

 

 姫は、賛成派に回ってくれた。 

 シアちゃんだけが、そんな俺達に抗議する。 

 

「そのような事に、何の意味がある!」 

 

「俺が満足する!」 

 

 しかし、俺の答えに、シアちゃんは満足しない。 

 そんなシアちゃんに、姫が提案を持ち掛けた。 

 

「では、賭けをしてみてはどうでしょう?」 

 

 俺達は、当然、だまされるに賭けた。 

 シアちゃんは、その反対。 

 負けた者は、勝った者の言う事を何でも一つ聞く。 

 ただ、それだけの事のはずだった。 

 

 

 意識を取り戻した老人に、事の顛末を洗いざらい白状した。 

  

「確かに、ワシは本物を見たわけではない。ただ、その形状を知るまでに過ぎぬ。……じゃが、聞けば済む事ではないか? まったく、要らぬ恥をかいたわ」 

 

 俺は、ただひたすらに頭を下げるだけ。 

 そして老人に、太陽の石と雨雲の杖を手渡し、本物のロトの印を見せる。 

 シアちゃんは未だ意識を取り戻さず、姫はそんな彼女を背負っている状態だ。 

 老人は、そんな俺達を見て、深いため息を吐き、祭壇へと向かった。 

 

「神よ! この聖なる祭壇に雨と太陽を捧げます」 

 

 太陽の石と雨雲の杖が光になり、やがて一つに溶け合った。 

 光がおさまった時、そこにはちいさな宝石があった。 

 

「さあ、勇者よ! 祭壇に進み、虹のしずくを持っていくが良い!」 

 

 手に取ったそれは、ほのかに暖かく、不思議な色合いをしていた。 

 まさに、虹のしずくの名にふさわしい。 

 

「ここには、もう用はあるまい。さあ、行くのじゃ。これは、記念にもらっておこう」 

 

 老人は、紙製のメダルを示し、笑って見せた。 

 俺は、老人にもう一度深く頭を下げると、その場を後にした。 

 

 

「はあ、シアちゃんのおかげで、とんでもない目にあった」 

 

「おぬしが、妙なことを思いつくからいかんのじゃ!」 

 

 意識を取り戻したシアちゃんは、早速俺にかみついてくる。 

 確かに、元々の原因は俺にあるけど、手を出したのはシアちゃんだよなあ。 

 そう思いながらシアちゃんを見ると、睨みつけてくる。 

 俺はため息を吐くと、こう切り出した。 

 

「おわびに、シアちゃんの頼みを一つだけ聞くよ」 

 

 これが悪夢の始まりだった。  

 

 

「あのさあ、シアちゃん。コレ、なに?」 

 

「首輪と縄じゃ。見て判らぬのか?」 

 

 いや、それは判るんだけど。 

 

「どうして、俺の首につけるのかな?」 

 

「首に縄を付けておかんと、何をしでかすか判らぬからの」 

 

 湖畔の街へと戻った俺達は、早速シアちゃんに雑貨屋へと連れて行かれた。 

 そこで、コレを付けられたのだ。 

 言っておくが、ここは街中、しかも繁華街の中心部だ。 

 恥ずかしい事、この上ない。 

 

「首に縄を付けるってのは、言葉のあやって奴で……」 

 

「問答無用じゃ。わらわにも、この格好を強要するのじゃ。覚悟は出来ておろう?」 

 

 そう言って、今までに無い気迫で凄むシアちゃんの頭上には、2本の長い耳が揺れている。 

 例の賭けの結果だ。 

 服装はいつもと同じローブ姿だが、うさみみが可愛らしさを際立たせている。 

 一方、俺はというと、いつもの服装に首輪と縄。 

 しかも、縄の端はシアちゃんが握り、先導している。 

 姫は、いつもの格好でシアちゃんの隣りを颯爽と歩いている。 

  

 蒼い鎧を着込んだ凛々しい女性。 

 隣りには、うさみみを付けた少女。 

 そして、その少女に引っ張られる首輪付きの男。 

 明らかに怪しい組み合わせだった。 

 

 街の人間の視線が痛い。 

 老若男女を問わず、厳しい視線を投げかけて来る。 

 当然だ。俺も当事者でなければそうする。 

 やがて、奇妙な行進は終わりを告げ、今日泊まる宿が見えてくる。 

 やっとこれで解放される。 

 そう思ったのも束の間、目の前の扉から老婆が出てきた。 

 その姿には見覚えがある。以前に会った、自称予言者の婆さんだった。 

 

「おお、久しぶりじゃな、勇者よ」 

 

 コラ、身元をばらすな。 

 案の定、それを聞いていたであろう周囲の人々から、失意と感嘆の声が聞こえてくる。 

 

「ねえママ、あの人、勇者だって」 「ダメよ。あんなの見ちゃいけません!」 

 

「さすが、勇者ともなると、やる事が違うねえ」 「確かにありゃあ、ある意味、勇者だな」 

 

 俺は地面に両手をついて突っ伏した。 

 そんな俺を見て、自称予言者はのたまった。 

 

「ずばり、おぬしらは、女王様と犬じゃろう!」 

 

「違うわ!」 

 

 俺は即刻抗議した。 

 しかし、この場に俺の味方はいなかった。 

 

「まあ、勇者さまったら、こんな所で四つん這いにならなくともよろしいですのに」 

 

「あるじ、そんなに犬になりたかったのか?」 

 

 周りの喧騒に気付いているのかいないのか、ふたりしてひどい事を言う。 

 さすがに、この状況に耐えかねた俺はキレた。 

 

「くっくっくっくっ……」 

 

「……まさか、泣いておるのか?」 

 

「……少し、やりすぎてしまいましたか?」 

 

 姫の言動を聞く限り、どうもふたりの策略だったらしい。 

 何が目的なのかは知らないが、もう、どうでもいい。 

 

「……マホトラ」 

 

 姫とシアちゃんから、魔力を少しばかり分けてもらう。 

 

「なんじゃと?!」 

 

「勇者さま?!」 

 

 呪文屋のお姉さんの説明を思い出す。 

 俺は、魔力の上限が高いが、なぜか最大まで回復する事が出来ないのだそうだ。 

 そして、生命力も著しく低い。 

 理由は簡単。シアちゃんとの契約のせいらしい。 

 元魔王と契約して、死なない事が奇跡だと言われた。 

 まあ、それに関してはどうでもいい。 

 彼女と共に生きる事を決めたのは、俺自身だからだ。 

 それに、魔力を補いさえすれば、魔法が発動することが証明された。 

 その前段階が、この魔力吸収呪文、マホトラだ。 

 そして、次に唱えるのは、最低最悪最凶の呪文。 

 出来れば使うな、と忠告を受けたが、今この場で使わせてもらう。 

 俺は万感の思いを込めて、その言葉を叫んだ。 

 

 

 勇者はパルプンテを唱えた。 

 

 どこかで何かが壊れる音がした。 

  

 宿の建材の一部が落ちてきて、勇者の頭を直撃した。 

 

 20のダメージ。 

 

 勇者は死んでしまった。 

 

 

「おお、勇者よ! 死んでしまうとは、情けない!」 

 

 もう、笑うしかない。 

 俺は、どうやってもこうなる運命から逃げられないらしい。 

 

「ど、どうしたんじゃ、勇者よ」 

 

 慌てるオッサンを尻目に、俺は声が枯れるまで笑い続けた。 

 

 

 あの後、街は大混乱に陥ったそうだ。 

 勇者が自滅した上に、その場から消え去ったからだ。 

 泣きながら謝るふたりに聞いた。 

 首輪を付けたのは、俺を戒めるためだったらしい。 

 俺のためにしたことなので、結局、許す事にした。 

 

 その代わり、俺の言う事を一つずつ叶えてもらったが、内容については割愛させてもらう。 

 ただ、出発が1日延びることになったとだけ言っておこう。 

 


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