王城とは海をはさんだ向こう側。
そこが最終目的地、竜王の城。
一体、竜王とは如何なる姿をしているのか?
どれほどの強さを誇るのか?
何も判らないまま、俺達は進まなければならない。
……旅の終わりは近い。
俺は、海の向こうに見える竜王の城を見つめている。
全てのアイテムは揃った。
太陽の石と雨雲の杖、そして、ロトの印。
これを聖なるほこらに持っていけば、竜王の城への道が開ける。
シアちゃんがそう教えてくれた。
聞けば、ご先祖様も同じ道を辿ったらしい。
道理で、太陽の石を知っていたわけだ。
「あるじ、どうした?」
城の屋上に立っている俺が気になったのだろうか、シアちゃんが声を掛けてくる。
「シアちゃんこそ、今日は姫と買い物に行ったんじゃなかった?」
明日の朝に出発する予定なので、今のうちに必要な物を買い揃えると、ふたりして出かけて行ったのを見送ったはずだ。
「衣装合わせとか言うて、仕立て屋で着せ替え人形じゃ。面倒じゃったので、途中で逃げて来た」
顔をしかめながら話す。
余程、嫌だったらしい。
「衣装合わせ?」
「祝勝会で着るんじゃと」
「気の早い事だな」
「そうじゃな」
ふたりで示し合わせたかのように、声を上げて笑う。
ひとしきり笑ったところで、シアちゃんが再び問いかけてくる。
「で、わらわの質問には答えてもらえぬのか?」
やっぱ、ごまかせないか。
俺は、観念することにした。
「……ずっと、不安なんだ」
「不安? おぬしは死んでも生き返るのじゃぞ?」
「俺の事なんてどうでもいいんだ。ただ、ふたりを失う事になるかも知れないのが怖い」
幼い頃に両親を失った。
親代わりの人は居たが、どこか寂しさは拭えなかった。
でも、旅に出て、シアちゃんに出会って、姫に再会して、俺は幸せだった。
この幸せを失うのが、また独りになるのが、たまらなく怖い。
「何じゃ、そのような事で悩んでおったのか」
しかし、不安にかられる俺を、シアちゃんは笑い飛ばす。
「そんな事って、俺は本気で!」
「あるじが本気なのはわかっておる。わらわとて、別れを体験しておる。ずいぶん昔の事じゃがの」
その言葉で、熱くなった頭が急速に冷えていく。
「ごめん」
「良い。わらわとて、魔王の城に臨みし時、同じように悩んだわ」
「シアちゃんも?」
「うむ。まだ14の小娘じゃぞ。当然ではないか」
自分が死んだら、親兄弟は悲しむだろうか。
仲間達が死んだら、自分はどうなってしまうのか。
色々な思いが駆け巡って、その場を動けなくなってしまったそうだ。
「その時、アルスが笑いながら言うた。『大丈夫だ。俺達は強い!』とな。思わず笑ってしもうたわ」
ご先祖様。やっぱスゲーよ、アンタ。
達者なのは、夜だけじゃねーんだな。
「故に、我らも先代に倣うとしようぞ」
「でも、俺は……」
「気にせずとも良い。わらわも、姫も、おぬしを強いと思うておる。力の大小ではない。おぬしの心が、じゃ」
「俺の心……?」
いきなり何を言い出すんだ?
「アルスは、死ぬ事を恐れていた。死を恐れ、死にたくないがために強くなった」
おぬしとは、正反対じゃなと笑う。
「おぬしは、仲間を失う事を恐れておる。自らの死を厭わず、仲間を失わぬために強くなろうとする」
「でも、俺は弱い」
「だからこそ、わらわ達も強くあろうと願う。仲間を失いたくないという、おぬしの想いに応えるために」
正直、シアちゃんの言っている事はよくわからなかった。
ただ、俺がふたりを想うのと同じくらい、ふたりが俺を想ってくれていることが、とても心強かった。
「ありがとう、シアちゃん」
「礼を言うのは、わらわの方じゃ。おぬしに愛される事を、わらわは誇りに思う」
俺達は、どちらからということもなく、自然に抱き合い、唇を重ねようとした。
「見つけましたわ!」
突然響いた大音声に、咄嗟に離れる。
「アリシアさま、続きが待っておりますわ」
姫は素早く駆け寄ると、シアちゃんの腕をとる。
「では、勇者さま。アリシアさまは、お借りしていきますわ」
俺はうなずくしかできない。
姫は、そんな俺を見つめると、おもむろに唇を重ねた。
「あーーー!! 何をしておるか!!」
シアちゃんが姫の腕の中で暴れている。
目を白黒させている俺に、姫はいたずらっぽく笑う。
「私も、勇者さまの愛をいただきました。これは、そのお礼です♪」
えっ? それって……。
「さあ、行きますわ」
姫は、俺が問い返すより早く、シアちゃんを抱き上げながら去っていく。
「おぬし、どこから聞いておったんじゃ?!」
「さあ? 何の事でしょう?」
言い争いながら遠ざかって行く彼女らを眺めながら、俺は心が軽くなっているのに気付いた。
「俺達は強い!!」
海の向こう、竜王の城に届くように、思い切り叫んだ。
どこか遠くで、ふたりが笑ってるような気がした。