ああ、無情。   作:みあ

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第二十話:勇者ロト

 勇者ロト、俺のご先祖様だ。 

 この世界で知らぬ者はいない、伝説の勇者だ。 

 だが、勇者とはいってもやはり、一人の人間。 

 知られざる真実が今、白日の下にさらされる。 

 

 

 俺は今、呪文屋に通じる道を歩いている。 

 一人で街を歩きながら、あの時の事を思い出す。 

 シアちゃんは一言、許せなかったからだと言った。 

 アルスとの間に何があったかはわからない。 

 けれど、俺も姫も、何も聞かなかった。 

 一人、異議を唱えた者もいたが、姫が力で黙らせた。 

 あの頃の強かったオッサンはどこに行ってしまったのか……。 

  

 姫とシアちゃんは、場所の特定をすると言って、地図とにらめっこしている。 

 俺は、その間にパワーアップを図ろうと考えている。 

 やはり、メラとルーラだけでは限界ではないかと思い立ったのだ。 

 思えば、俺が受けたのは勇者コース。 

 魔法使いコースを受ければ、ヒャドくらいは覚えられるかもしれない。 

 そして、再び門をくぐった。 

 

「おや、勇者様ではありませんか」 

 

「久しぶりだな、プラス5才」 

 

 女は拳を握り締めている。 

 

「それで、今回はどんなご用件で?」 

 

 必死に抑えているようだが、声が震えている。 

 

「呪文を覚えに来た」 

 

 そう伝えると、彼女は営業スマイルで料金表を差し出してくる。 

 

「勇者様ですもの。もちろん、勇者コースですよね?」 

 

 魔法使いコース――250ゴールド 

 

 僧侶コース――200ゴールド 

 

 勇者コース――20000ゴールド 

 

 相変わらず、勇者コースだけ桁が違う。 

 でも、今回は魔法使いコース。 

 しかも、オッサンのお墨付きだから、支払いは100分の1。 

 

「いや、魔法使いコースだけど」 

 

 俺がそう告げると、彼女は料金表を奪い取る。 

  

「申し訳ありません、勇者様。こちらは、先週までの料金表でした。こちらが本日の料金表ですわ」 

 

 魔法使いコース――25000ゴールド 

 

 僧侶コース――200ゴールド 

 

 勇者コース――200ゴールド 

 

 待てやコラ。 

 

「ほほう、もしや前回もこの手口だったんじゃあるまいな」 

 

「さて、何の話でしょう?」 

 

 プラス5才女は、そっぽを向いて口笛を吹いている。 

 上等だ。そっちがその気なら、こっちも目に物見せてくれる。 

 

「さっきのは冗談で、実は勇者コースだ」 

 

「またまた、ご冗談を」 

 

 そう言いながらも、彼女の手は、俺が持つ料金表に掛かっている。 

 

「はっはっはっ、勇者の俺が魔法使いコースなわけがないだろう?」 

 

「ふふふふ、勇者様もご冗談がお上手ですわ」 

 

 彼女の手が料金表を再度差し替えるのを確認する。 

 

「だけど今回は、魔法使いコースなんだ」 

 

 手元の料金表は、250ゴールドに戻っている。 

  

「くっ、謀りましたね」 

 

 いや、アンタには言われたくない。 

 彼女は悔しそうだ。 

 俺は、しばし勝利の余韻に酔いしれた。 

 

「仕方ないじゃありませんか。このご時世、女が一人で生活するのは大変なんです」 

 

 うぐっ、そう言われると反論しにくい。 

 あっさりと、ぼったくりを認めた女の言葉に俺は声を詰まらせた、がしかし。 

 

「それで、前回の罪を逃れられると?」 

 

 更に追求すると、彼女は開き直った。 

 

「仕方ないでしょ! この一ヶ月、アンタしか客が来ないんだから!」 

 

 まだ2回目だが、言われてみれば、他の人間を見た事が無い。 

 

「王様には、庶民の気持ちなんて分かんないのよ! 久しぶりに客が来たと思ったら、100分の1に負けろだなんて、馬鹿にするにも程があるわ!」 

 

 それで、相手を見越して料金表の改ざんかよ。 

 

「仕方ない。有り金全部出すから、それで勘弁してくれ」 

 

 俺がそう言うと、途端に笑顔に戻る。 

  

「まあ、さすが勇者様! 太っ腹ですわ」 

 

 また騙された、そう思いながら金をカウンターに置いた。 

 

「……あの、それで全部?」 

 

 女が訝しげに俺を見る。 

 

「俺の全財産だ」 

 

「ごめんなさい。下には下がいるのね。私、甘えてたわ」 

 

 どういう意味だ。 

 

「うん、これだけで良いから。今回はサービスしてあげるから」 

 

 そう言って、5ゴールドだけ取った。 

 なんで、憐れみの表情を浮かべる? 

  

「ちょっと待て。俺は、有り金全部渡すって言ったんだが」 

  

「だって、15ゴールドしかないじゃない!」 

 

「衛兵のおっさんに借金返したら、そんだけしか残らなかったんだよ!」 

 

「どうして、勇者なのにそんなに困窮してんのよ!」  

 

「しょうがねーだろ! 王様は最初の50ゴールドしか出さねーし、金の管理はシアちゃんがやってんだから! しかも、小遣い制なんだぞ!」 

 

 死んだら、所持金が半分になる人間に財布を預ける馬鹿はいない。 

 つまりは、そういうことだった。 

 

  

 事情を説明すると、彼女は言った。 

 

「……わかった。全部受け取る事にするわ。そのかわり!」 

 

 何だよ? 

 

「全てのコースを受けてもらうわ!」と。 

 

 ついでに、これからはお姉さんと呼びなさいとも言われたが。 

 

 

 新しい呪文をいくつか手に入れた俺は、待ち合わせている宿へと戻った。 

 シアちゃんと姫は、既に特定を終えたようだ。

 

「廃墟の街の南東に、城塞都市がある。ロトの印はそのさらに南の沼地にある」 

 

 地図を見せてもらったが、半端じゃなく遠い。 

  

「廃墟の街までルーラで行って、あとは歩く事になりますわ」 

 

 あれ? シアちゃんはどうやってそこまで行ったんだ? 

 

「シアちゃんのルーラで飛べないの?」 

 

 俺は当然の疑問を口にした。 

 

「何せ200年以上前の話じゃ。イメージが固まらぬ」 

 

 そりゃそうか。 

 わざわざ地図を見るくらいだしな。 

 

「では、行きましょうか」 

 

 姫が音頭をとり、俺達は城下町を後にした。 

 

 

 まずはルーラを使い、廃墟の街まで飛んだ。 

 姫が、俺をお姫様抱っこするという屈辱的な体勢で、だ。 

 

「勇者さま、もっとしっかり抱き付いて下さい」 

 

 残念な事に、鎧のせいで感触が硬い。 

 それでもシアちゃんには腹立たしいようで、少し機嫌が悪い。 

 

「着地の衝撃で落ちても、生死に関わるような傷は負うまい。捨て置け」 

 

 酷い言い分だった。 

 

 さらに、そこから南東へと歩き始める。 

 道中、シアちゃんにご先祖様の事を聞いた。 

 誰に話すとでもなく、突然、語り始めたのだ。 

 

「……あの後、わらわはアルスとリィネの元で暮らしておった」 

 

 あの後とは、魔王になったシアちゃんと勇者アルスとの戦いの後のことだろう。 

 

「やがて、2人の間に子どもが生まれての。そんな折、突然アルスが失踪しおった」 

 

「失踪、ですか?」 

 

「うむ、後にはリィネとわらわ、それぞれに宛てた手紙と聖なる護りだけが残されておった」 

 

「聖なる護り?」 

 

「大魔王の手から精霊を救い出した折、勇者へと授けられた物じゃ。アレがロトの印じゃとは、思いもせんかったがの」 

 

「で、手紙には何て?」 

 

「リィネ宛ての手紙は見ておらぬ。ただ、わらわ宛ての手紙に書かれていた内容は、実にふざけたものだった」 

 

 シアちゃんは手を力一杯、握り締めていた。 

 魔力が込められているのだろう、とてつもない力を感じる。 

 俺は、おそるおそる内容を聞く事にした。 

 

「な、なんて、書いてあったの?」 

 

「『俺は、一人の女に縛られるような生き方はしたくない。新しい人生を探しに行く』と書かれておった」 

 

 最低だった。 

 

「アルスは、勇者としての能力は高かったのじゃが、如何せん性癖に問題があった」 

 

 シアちゃんいわく、街ごとに複数の女がいて、それを隠そうともしなかったらしい。 

 しかも、ある一つの信念というべき物の下に行動していたそうだ。 

 

「女と呼べるのは、18才から。18才未満の少女達は全て俺の妹だ!」 

 

 そう公言してはばからなかったらしい。 

 

「わらわに向かって、『お兄ちゃんと呼べ』と言った事もあったの」 

 

 最悪だ。 

 アルスの名が残らなかったのも納得がいく。 

 当時の人々は、勇者ロトの偉業とは切り離してしまったのだろう。 

 世界を救った勇者ロトと、女遊びの過ぎる勇者アルスとを。 

 

「俺は、そんな奴の血を引いているのか……」 

 

 無性に恥ずかしかった。 

 

「あるじの趣味も、自分の年齢マイナス2才以下でなおかつ10才以上ではないか」 

 

 確かにその通りなんだけど。 

 

「でも、勇者さまは決して浮気などなさいませんわ」 

 

 よく考えたら、姫もアルスの子孫なんだよな。 

 まあ、俺なんかに惚れるんだから、変わってるといえば変わってるか。 

 

「俺には、ふたりが居てくれれば充分だよ」 

 

 シアちゃんも姫も、俺がそう言うと真っ赤になってうつむいてしまった。 

 何か妙な事言ったか? 

 

「あ、あるじは、何ゆえそのようなセリフをさらっと言えるのじゃ」 

 

「勇者の血筋ですわ、きっと」 

 

 2人がひそひそと話をしているのを見ながら、そういえば、気になってた事があったのを思い出した。 

 

「なあ、シアちゃん?」 

 

「な、何じゃ?」 

 

「シアちゃんって、いくつの時にその姿になったの?」 

 

「14の時じゃが、どうしたんじゃ?」 

 

「14?!」 

 

 てっきり、12才かと思っていた。 

 でも、そうすると、アレは? 

 

「何をそう驚くことがある」 

 

「えっ、いや、だって、生えてな……」 

 

 俺の視界を真っ赤な炎が覆い尽くした。 

 

「まったく、デリカシーの無いのもあやつ譲りじゃ!」 

 

「その辺りは、個人差もありますし」 

 

「やかましいわ!」 

 

 姫とシアちゃんの会話を聞きながら、俺は意識が闇へと落ちるのを感じていた。


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