雨雲の杖は雨のほこらにあるらしい。
そんな噂を聞いて、俺達は急行した。
そこは、温泉の村の北にあるそうだ。
俺は迷わずルーラを唱えた。
「相変わらず、お約束よのう。あるじ」
呆れ果てるシアちゃんの声がくぐもって聞こえる。
「大丈夫ですか?! 勇者さま!」
慌てる姫の声がくぐもって聞こえる。
何だか視界が暗い。
口の中に泥の味が広がる。
それに、息苦しいし、首が痛い。
「アリシアさま、そちらを持ってください」
「ふう、仕方あるまい」
「いちにの、さん!」
視界が明るくなった。
同時に、息苦しさも霧消する。
「お主は、ほんに期待を裏切らぬのう」
「勇者さま、無事で良かった……。地面に垂直に突き刺さった勇者さまを見た時は、息が止まるかと思いましたわ」
また着地に失敗したらしい。
しかも、地面が泥だったために、そのまま頭から減り込んだようだ。
かなりシュールな光景だったことだろう。
「ごめん、ふたりとも。ありがとう、助かったよ」
「本当に良かったですわ」
ホイミをかけながら、笑う姫。
「その格好でほこらに行くわけにもいくまい。温泉に行くぞ」
シアちゃんは、顔の泥を拭ってくれている。
「何を笑っておるのじゃ? あるじ」
無意識に、俺の顔には笑みが浮かんでいたらしい。
「いや、俺は幸せ者だなと思って。本当にありがとう、ふたりとも」
「と、突然、何を言っておるか」
「私達は家族ですわ。家族なら当然の事です」
照れるシアちゃんと、満面の笑みを浮かべる姫。
俺は本当に幸せ者だ。
温泉に入り、準備を整え、俺達は雨のほこらに向かった。
そこには、一人の老人がいた。
「そなたが勇者じゃな。雨雲の杖を取りに来たのであろう」
「ああ、そうだ。竜王を倒すためには必要な物だ。早く渡してくれ」
それが人に物を頼む態度か、とシアちゃんに背中を小突かれる。
「勇者よ。竜王は強い。倒されるとわかっていて、みすみす行かせるわけにはいかん。」
「では、どうすればよろしいのですか?」
姫が問う。
「この地のどこかに、魔物を呼び寄せる銀の竪琴があると聞く。それを持ち帰ったとき、そなたに雨雲の杖を授けよう」
なんだか面倒な話になった。
俺達は、老人から離れて話し合いを始めた。
「銀の竪琴って知ってる?」
「うーん? どこかで見たことがあるのじゃが」
悩むシアちゃん。
「考える必要はありませんわ」
何故か自信に満ち溢れた姫。
「どうするんです?」
「あの老人にお願いをすれば良いんです」
そう言って、剣に手をかける。
「却下じゃ」
「そんな……、勇者さま」
姫のお願いって危険だからな。
そういえば、あの宿の主人は元気だろうか。
この間行った時は、何故か息子に代替わりしていたが。
「まあ、竪琴を渡せばくれるって言うんだから……、ん、竪琴?」
そういえば、どこかで竪琴の話を聞いたような……。
「あっ、思い出した。詩人の街だ」
「うむ、そういえばどこぞの詩人が持っておったな」
「では、次の目的地は詩人の街ですね」
俺達は、再びルーラで飛ぶことにした。
「なあ、シアちゃん。本当にこの格好じゃなきゃ、ダメ?」
「ダメじゃ!」
俺の問いに、シアちゃんはきっぱりと断言する。
「姫は?」
「本当は、私がして欲しいところですけど、これもまた趣があって良いですわ」
俺以外に反対意見は無し。
「せめて、おんぶ……」
「往生際が悪いわ! いいかげん諦めよ!」
結局、俺はよりにもよって本当のお姫様にお姫様抱っこで運ばれることに。
男として、この扱いはどうかと思う。
「では、行くぞ! ルーラ!」
こうして、俺達は詩人の街へと文字通り、舞い戻ったのだった。
「まあ、大きな墓ですわね。お父様にもこのくらいの墓を造って差し上げたら喜ばれるでしょうか」
いや、今から殺さないであげてください。
さすがにまだ2、30年は生きると思いますよ。
内心、姫に突っ込みを入れながら、俺達は門をくぐった。
「えらく警備が物々しいが、何かあったのか?」
シアちゃんがそんな事を言う。
言われてみれば、前に来たときよりも兵士の数が多い。
「勇者様!」
その時、どこかから呼びかけられた。
「誰だ?」
目の前に、警備兵の一人が走り寄ってくる。
そして、おもむろに頭を下げた。
「申し訳ありません!」
へ? 俺、なんかしたっけ?
「先日、情報を頂きました、魔物と内通している情報屋の件です」
あー、あー、あー、そういえばそんな事もあったっけ。
……ヤバイ。シアちゃんにばれる。
「ほほう、魔物と内通してる? そんな話は初耳だのう、あるじ? 宿に泊まらずに帰った訳がやっと判ったわ」
は、はははは。面倒ごとに巻き込まれたくなかったから、さっさと帰っちゃったんだよねえ、あの時は。
アレ? それで何で俺が謝られるんだろう?
「兵士数人で捕縛に行った所、奴が本性を現しまして、逃げられてしまいました」
「えっ?! 本当に?!」
「さすが勇者さまですわ! ひと目で魔物のスパイを看破されるとは!」
「わらわとしては、『えっ?! 本当に?!』という発言が気になるのじゃが……」
姫からは素直な賞賛が。
シアちゃんからは疑惑に彩られた視線が。
そして、兵士からは謝罪の念が向けられる。
正直、居たたまれない。
「それで、死人とか出たのか?」
俺は話を進めることにした。
「逃げおったわ」と呟く声が聞こえた気もするが、無視。
「いえ、どうやら奴も逃げるのに精一杯の様子で。けが人は出ましたが、死人はおりません」
「不幸中の幸いだったな」
俺の嫌がらせで死人が出たらたまらない。
胸を撫で下ろす。
「そういう訳で、兵士を増員して目下捜索中であります」
俺達は、兵士に礼を言い、詩人の墓へと向かった。
兵士の話によると、墓には秘密の入り口があるのだそうだ。
「こういうのって、大抵裏側になんかあるんだよなあ」
回りこむと、扉があった。
そして、その前に立つ一人の老人の姿も。
「よう、爺さん。ここが墓の入り口か?」
爺さんは俺たちを値踏みするように見ると、口を開いた。
「ここに入るつもりか?」
「ああ、銀の竪琴を探しにな」
「そうか。確かに銀の竪琴はここにある」
よっしゃ! 大当たり!
だが、爺さんの話には続きがあった。
「だが、ここに入って生きて帰った者はおらぬ。死にたければ、行くが良い」
なかなか物騒な事を言う爺さんだ。
爺さんは扉から離れると、姿を消した。
そう、文字通りだ。
「お、お化け……」
シアちゃんが震えながら抱きついてくる。
ああ、幽霊が怖いんだった、シアちゃんは。
姫はというと、無性に感心している。
「こんなハッキリした幽霊は初めて見ましたわ」
この人に、怖いものは無いんでしょうか?
真っ暗な地下を、シアちゃんの魔法で照らしながら降りていく。
まだ怖いのか、俺の手をつないだままだ。
出てくる魔物は、姫が片っ端から斬り倒していく。
最深部の扉を開くと、ちょっとした広間になっていた。
中央の祭壇のような場所に、棺が置かれ、傍らには竪琴が立てかけられている。
そして、その前には人影があった。
「よくぞここまで来たな、勇者よ。今こそ、我が恨みを晴らしてくれん!」
例の情報屋だった。
「当代の勇者はボンクラという話だったのだがな。まさか、我が隠形を見破られるとは思っても見なかった」
いや、俺もまさか本当に魔物だったとは思っても見なかった。
金を取られなきゃ、今でも裏路地にいたんじゃなかろうか。
でも、そんな事は口にしない。
「ふん、俺の眼力の前では、貴様の隠形など物の役にも立たんわ!」
「さすが勇者さまですわ!」
姫の賞賛が快い。
「ならば、喰らうがいいわ! 我が隠形の真髄をな!」
そう言って、奴は姿を消す。
足音すらも聞こえない。
「きゃっ」
姫の悲鳴が響く。
「姫!」
「大丈夫です。勇者さま」
辛うじて、剣で受け止めたらしい。
奴の姿は完全に見えなくなっている。
しかし、確実にここにいるらしい。
「くくっ、怖かろう怖かろう。我が力の前にひれ伏すが良いわ!」
部屋に声が反響するせいで、位置が読み取れない。
だが、俺の頭には名案が思い浮かんでいた。
「姫、こちらへ!」
姫に、作戦を小声で話す。
同時にシアちゃんにも。
「ピオリム!」
シアちゃんが姫に、素早さを増す呪文をかける。
姫は、全力疾走で祭壇に向かう。
その動きは疾風の指輪とも相まってまさに一陣の風のごとく。
俺は、いかづちの杖を姫に当たらないように四方八方に撃ちながら、シアちゃんと入り口に戻る。
「ふははは、どこを狙っている!」
良く耳を澄ますと、祭壇の向こうから聞こえるようだ。
確かに、その後ろなら当たるまい。
けれど、それが狙い。
姫が竪琴を持って戻るのを待ち、俺達は広間を出た。
「ふははははは……は?」
未だ高笑いを続ける奴を残して。
そして、俺達は、扉の前でその時を待つ。
「卑怯だぞ! 貴様ら!」
そんな声と共に扉が開く。
俺達は、そこにありったけの攻撃呪文を叩き込んだ。
「ライデイン!」「メラゾーマ!」「いかづちよ!」
沈黙が辺りを包み込んだ。
そこには、黒焦げになった男が一人。
「く、な、何故?」
魔物ってのは、意外と耐久力があるらしい。
まだ息があるようだ。
「お前の敗因は、限られた空間で勝負を挑んだことだ」
そんな言葉を奴にかけ、ロープでぐるぐる巻きにすると、地上に出た。
そして、兵士に引き渡すと、そのまま街を出た。
「まさか、お主があのような作戦を立てるとは、見直したぞ」
「さすが、私の勇者さまですわ!」
いや、実は沼地の洞窟で思いついたんだけどね。
シアちゃんに焼き殺された時に。
扉を開けた瞬間に攻撃して、倒せなかったら、シアちゃんにイオナズンで部屋ごと吹き飛ばしてもらおうとか思ってたんだけど、一段階目で倒せて良かった。
「まあ、たまには俺だって良い所を見せることもあるさ。さあ、雨雲の杖をもらいに行こう」
そして、俺はルーラを唱えた。
「やっぱり、あるじはあるじじゃのう」
「こちらの方が、勇者さまらしいですわ」
再び、地面に頭から垂直に突き刺さった俺の上で、2人が勝手な事を言う。
そんな事はいいから、早く助けてくれ。
俺は、抗議の意味を込めて、足を激しく動かした。
ああ、苦しくなってきた。
オッサン、俺、もうすぐそっちに行くかも。
慌てて引っ張り上げようとする気配と共に、俺は意識が遠くなるのを感じた。