こんな俺にも、色々と悩みがある。
魔物にまで知られている、男好きという噂。
噂の元となった門番の始末をどうするか。
パトリシア強奪事件。
そして、その犯人が姫である事。
だが、一番の悩みは先日の戦利品をどうするかだった。
俺は、悪魔の騎士コレクションをベッドの上に並べた。
「何をやっておるのじゃ?」
シアちゃんと姫が部屋に入ってくる。
さすがに街中なので、うさみみは断固拒否されてしまった。
非常に残念にならない。
「それは、先日の……」
「まだ持っておったのか」
悩むのは止めた。
俺は俺らしく生きる事にしよう。
「2人に頼みがあるんだ」
「……なんじゃ?」
「まあ、なんでしょう?」
意を決して、口にした。
「これを着て見せてくれないか?」
「……おお、勇者よ。死んでしまうとは情けない」
気付いた時には、オッサンの前にいた。
まだ立ち直ってないのか、覇気がない。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
おそらく、いや、間違いなく、シアちゃんの仕業だろう。
どうやって殺されたのかはわからない。
だが、それよりも気になる事があった。
……燃やしてないだろうな? シアちゃん。
城を出る時、門番に会った。
「ああ、コレ、返しとくわ」
俺は、山彦の帽子を手渡した。
シアちゃんいわく、諸刃の剣なのだそうだ。
再発動を予測できないのが欠点らしい。
「えっ?! お役に立てませんでしたか?」
いや、充分役に立ったんじゃないかな。
俺以外の魔法使いなら。
「いや、何か相性が悪いらしくてな」
連続ルーラはもう勘弁して欲しい。
「……そうでしたか。申し訳ありません」
あまり落ち込まれると罪悪感がわいてくる。
「まあ、ソレのおかげで悪魔の騎士っていうゴツイ魔物が倒せたんだ。それについては礼を言うよ」
「勇者さま……、いえ、お役に立てて光栄です」
無くても倒せたけどな。
というか、無い方が格好がついた。
「じゃあ、俺は急ぐから」
「お気をつけて!」
何にだ?
シアちゃんにか?
それとも、姫にか?
心に問いかけながら、俺は宿へと急いだ。
部屋に辿りつくと、シアちゃんが縛られていた。
手は背中側で、足は束ねるように。
そして、口には猿ぐつわがはめられていた。
「何だ? 何があったんだ?」
俺は、シアちゃんの口を解放した。
次に、手の縄を解きにかかる。
「なんだ、コレ? メチャクチャきつく結んである」
「王女の仕業じゃ! アレを処分しようとしたら……」
アレ? ベッドの上を見る。
良かった、全部無事だ。
姫が機転を利かせて、守ってくれたらしい。
「まあ、勇者さま。お戻りになられていたんですか」
続き部屋の扉を開けて、姫が入ってくる。
「姫、いくら何でもやりすぎでは?」
「そんな、ひどい……。私、勇者さまのために、必死でお守りいたしましたのに……」
瞳に涙を浮かべて、じっと見つめてくる。
か、可愛い……、じゃなくて、俺をそんな目で見つめないでーーー!
ううう、降参です。
「ありがとうございます。姫のおかげで助かりました」
「裏切り者ーーー!」
「仕方ないだろう? 悪いのは、シアちゃんなんだし。アレを燃やそうとしたのが悪い!」
「ということですわ。諦めてくださいませ、アリシアさま」
部屋の中に、シアちゃんのすすり泣きが静かに響いていた。
「ところで、勇者さま? どれを着て欲しいんですか?」
姫の問いかけに、俺は悩んだ。
全部と言いたい所だが、さすがにシアちゃんが可哀想だから一着だけにしようと2人で決めたばかりだ。
……踊り子の服にしよう。
お姫様とのギャップが一番大きい。
「どうですか? 似合いますか?」
「うん、最高」
16才という、俺に言わせれば、最も女性が美しく輝いている年代。
しかも、普段は隠している、他人に見せた事の無い肢体がこの眼前に。
恥ずかしそうに、胸を隠す仕草が初々しくてたまらない。
しかも、ふとももが何とも言えない魅力を醸し出している。
触りたい。
無意識の内に、ふらふらと手が伸びる。
「おさわり禁止ですわ、勇者さま」
手を叩かれて、正気に戻る。
危ないところだった。
シアちゃんが睨んでいる。
ここで事に及んでいたら、申し開きもできないところだった。
胸を撫で下ろす。
「もうよろしいですか?」
さすがに姫も恥ずかしそうにしている。
いつもの服に着替えてもらうことにした。
「ふう、眼福、眼福」
シアちゃんの視線を感じる。
だがそちらを向くと、ふいと顔を背ける。
んー? これはひょっとして?
「シアちゃんも着てみる?」
「な、何を言っておるか!」
「アリシアさまも着られるんですか?」
いつの間に出て来たんですか、この人は?
姫の方に振り向く。
「な、何て格好してるんですか?!」
真っ白の下着姿で微笑む姫の姿。
さっきの踊り子の服よりも面積が広いところを見ると……じゃなくて!
目の毒どころではない。
「いいではありませんか。私達は夫婦なんですから」
そう言いながら、俺に寄り添ってくる。
「ななな、何をするつもりでありやがりますか?!」
「何って、夫婦の営みですわ。ちょうど、邪魔もありませんし」
そう言って、シアちゃんの方を見やる。
そして、俺の頭を固定して、顔を近づけてきた。
「こら、離れんか、お主等!!」
いや、そうしたいのはやまやまなんだけど、がっちりホールドされて逃げられないんだ、これが。
腕に当たる柔らかな感触がさらに俺の抵抗力を奪っていく。
「アリシアさまが、私の選んだ衣装を着て下さるなら、止めてさしあげますわ」
「な!?」
言葉を失うシアちゃんを横目に、姫の唇が迫ってくる。
あと3センチ、2センチ、1センチ……、付くか付かないかの所でシアちゃんが声を上げた。
「わかった! 着る! 着るから、止めよ!」
「素直でよろしいですわ」
姫が離れていく。
俺としては、もったいないような気がする。
が、シアちゃんが怖いのでこれ以上はやめておこう。
シアちゃんの縄を解き、姫と共に続き部屋に入ってから15分。
俺は、じっと待っていた。
「勇者さま、準備ができました」
姫が扉から顔を出して、そう告げる。
待ってました!
「……やはり、わらわにこのような衣装は似合うまい」
扉の向こうから、声が聞こえる。
いつになく、気弱そうだ。
「とても似合っておりますわ。自信を持ってくださいませ」
そして、扉が開いた。
そこに居たのは、女神さまだった。
「うおーーーー!! 女神さまが、女神さまが降臨なされたーーー!!」
「さ、騒ぐでないわ!」
「あらあら、勇者さまったら」
まだまだ発展途上の身体を包む、必要最低限の布。
幼い魅力を振りまく美しい肢体。
あぶないみずぎを身に着けたシアちゃんは、正に世界に降臨した女神さまだった。
「このような服装をするのは、もっとスタイルのいい女ではないのか?」
「否! 胸の無い少女がビキニを着るのと同じように、これはこれで、味わい深いものがある! いや、むしろこの方がイイ!!」
「まあ、色々と危ない発言ですわ」
そんなこんなで、ファッションショーは幕を閉じた……はずだった。
「次は、私のリクエストに答えていただきますわ」
それは、姫のこんな言葉から始まった。
「何を言っておる? 先程、着たではないか」
「それは、アリシアさまの意思ですわ。わたしは、約束を果たしていただけておりません」
「……あー、そういえば、あの時確か、私の選んだ衣装って言ってたっけ」
「なんじゃと!! 騙しおったのか?!」
シアちゃんが怒る。
まあ、当然なんだけど。
ていうか、俺も言われるまで気が付かなかったし。
「私としましては、約束を破ってもらわれてもいっこうに構いませんが……」
この辺の交渉技術はさすがだなー。
案の定、シアちゃんは歯ぎしりしながら、姫を睨んでいる。
さっき、シアちゃんはほとんど抵抗できずに、姫に拘束されたみたいだし、接近戦じゃ姫の方に分があるのか。
「……わかった。仕方あるまい」
「ありがとうございます。せっかくの衣装が無駄になる所でしたわ」
あれ? 姫が衣装を準備したのか?
「では、しばらくお待ちくださいませ」
姫の後をシアちゃんがしぶしぶついていく。
やがて、2人の姿は扉の向こうに消えた。
十数分後、再び姿を現したシアちゃんは、ゆきうさぎになっていた。
「アレは、冗談ではなかったのか?」
「私、冗談なんて言いませんわ。ただ、サイズは目分量になってしまいましたけれども」
先日のバニースーツ発言を現実の物としたらしい。
白いうさみみにあわせて、白いレオタードに白いタイツ、おしりにはフワフワうさしっぽまで。
「シアちゃん、頼みがあるんだ」
「なんじゃ? また、妙な事を言い出すんじゃなかろうな」
「抱っこしてもいい?」
俺は、答えを待たずにシアちゃんを抱きしめた。
「な、何をする?! あ、こら、変な所を触るな!」
俺は、頬ずりをしながら、撫で回す。
うさしっぽがいい。
何とも言えないこの肌触り。
もう、可愛くて可愛くて仕方が無い。
「王女! 見てないで助けぬか!」
シアちゃんが姫に助けを求める。
「勇者さま!」
ふと、手を止めて姫を見る。
シアちゃんがその隙に手足をばたばたさせて逃げようとする。
「勇者さまばっかり、ずるいですわ。私にも抱っこさせてください」
そう言って、抱きついてくる姫。
「王女まで、なにをするか?!」
「アリシアさまがいけないんです。こんな格好で私を誘うんですから……」
「誘ってなぞおらぬわーーー!!」
朝が来た。
俺達は、旅立ちの準備をして宿を出た。
「勇者さま、昨夜はお楽しみでしたね」
姫がそう声を掛けてくる。
姫は、後はおふたりで、とか言って早々に退散してしまった。
もちろん、存分に楽しませてもらいました。
「えーと、聞こえてた?」
「ええ、とっても。今度は、私にもお願いしますね」
姫はそう言い残して、離れていく。
シアちゃんはというと、俺の背中におぶさって、まだ眠ったままだ。
「あるじ……、あ、愛しておるぞ」
寝言のつもりだろうか?
シアちゃんが耳元で呟いた。
「俺もだよ。シアちゃん」
そう返すと、俺は先に行った姫に追いつこうと走り出した。
次に目指すは、雨雲の杖。
今日は、絶好の旅日和だった。