彼女は、一人にするなと俺に言った。
俺は、彼女のために強くなると誓った。
けれど、彼女はたった独りで行ってしまった。
俺は彼女と共に生きると約束した。
ならば、俺のする事はただ一つ。
どこまでも、彼女を追いかける事だ。
俺は走った。
姫が引き止めるのも無視して。
街を出て、ただひたすら南へと。
息が切れる。
足が震える。
俺の体力の無さが恨めしい。
彼女は今、一体何処にいるんだろうか。
嫌な想像が頭に浮かぶ。
ダメだ。
余計な事は考えるな。
ただ、足を動かせばいい。
「勇者さま!」
振り切ったはずの、姫の声が聞こえた。
振り返るとそこには、白馬に乗った彼女の姿。
「早くこちらへ!」
彼女の乗った馬に、無様に這い上がり、姫の腰に手を回す。
「しっかり、つかまっていてください」
馬は駆ける。
風景が、どんどん後ろへ流れていく。
当然、俺が走る速さとは比べ物にならない。
情けない。もっと冷静になれ。
俺は、シアちゃんの事しか頭に無かった。
姫が助けてくれなければ、シアちゃんの所まで辿りつけなかったかもしれない。
そう思ったとき、自然に言葉が漏れた。
「ありがとう」
「勇者さま? 何かおっしゃいまして?」
聞こえなかったらしい。
でも、それでいい。
俺は、姫を抱く腕をそっと強めた。
もう誰も失いたくない。
その決意を込めて。
疲れ果てた馬を放し、徒歩で滅びた街へ向かう。
だいぶ距離を稼いだはずだ。
もしかすると、目の前にひょっこり現れるかもしれない。
そう願いながら、ただひたすら歩き続けた。
「勇者さま、アレではないでしょうか?」
姫の声に、顔を上げる。
既に廃墟と化した街の残骸が見える。
残念ながら、ここまでに出会うことは無かった。
最悪の想像が頭をよぎる。
ん? 何か聞こえる。
立ち止まり、耳をすませる。
話し声?
物陰に身を潜めながら、声の聞こえる方を覗く。
「久しいな、アリシア・フォン・クローベル。いや、鮮血の魔女と呼ぶべきか?」
「ふん。そんな昔の事は忘れてしもうたわ」
見つけた! 良かった、無事だった。
飛び出そうとする俺を、姫が引き止める。
「もっと、状況を確認してからですわ」
また、やっちまった。
冷静になれ。
そう自分に言い聞かせ、姫に礼を言い、もう一度確認する。
シアちゃんの前に、黒い小山のような物が見える。
恐らくアレが、悪魔の騎士なのだろう。
洞窟で戦ったドラゴンよりは一回り程小さいが、きっとドラゴンよりも強いんだろう。
そんな風に思える。
「今は、人間に飼われているのだったな。その姿は、そいつの趣味か?」
「飼われているつもりは無い。わらわとあるじは対等の関係じゃ」
シアちゃん……。
「ふむ、当代の勇者は男好きと聞いておるぞ?」
ぶふぅ! 何で、魔物にまで知られている?!
「……それは否定せぬ」
そこは否定しろよ! まだ信じてなかったのか。
ん? 姫、なんですか?
「本当、なんですか?」
「断じて違います」
姫に断言すると、再び注意を向ける。
「世間話をするために呼んだのではあるまい。一体、何用じゃ?」
「そうだな。単刀直入に言おう。竜王様の部下となる気はないか?」
「断る」
「ふん。あの男との約束がそんなに大事か?」
約束? そういえば、前にそんな事を言ってたな。
「貴様には関係ない」
シアちゃんの瞳が冷たく輝く。
「あの男、確かアルスとか言ったか?」
「黙れ! 貴様がその名を口にするな!」
あれほど怒ったシアちゃんは初めて見る。
でも、俺はアルスという名前が気になった。
シアちゃんにとって、大切な名前らしい。
少し、胸が痛む。
激昂したシアちゃんは両手を広げ、詠唱を始める。
そのわずかな隙に、悪魔の騎士は懐から何かを取り出すと、シアちゃんに投げ付けた。
ソレは、彼女の眼前ではじけ、光を発する。
目くらましのつもりかと思った。
しかし、その効果は次の瞬間にわかった。
「ベギラゴン!」
詠唱が完了した。
しかし、何も起こらない。
シアちゃんの顔に焦りが浮かぶ。
勝ち誇ったように笑う、悪魔の騎士。
「ふはははは! 竜王様謹製の魔封じの玉だ。これで、しばらく呪文は使えまい!」
「おのれ! 卑怯な!」
叫ぶ、シアちゃん。
「いつまでも呪文などに頼るからこうなる。これで、お前との戦いも終わりだ。アノ約束を守ってもらおうか」
そう言いながら、懐から何かを取り出そうとする。
「くっ、わらわがそのような辱めを甘んじて受けると思うな!」
何をさせる気だ?
シアちゃんがこれほど取り乱すなんて。
そして、取り出した物を見た俺は驚愕した。
「今こそ、300年の宿願を果たす時! さあ、おとなしくこれを着てもらおう」
悪魔の騎士の右手に握られた物。
それは、メイド服だった。
俺は、メイド服は嫌いだ。
女性を従属させるような気分になるからだ。
シアちゃんも最初は下僕だと自称していたが、改めさせたほどだ。
俺は、あくまでも対等の関係でいたいと思っている。
そういう意味でも、奴は許しがたい敵になってしまった。
いかづちの杖を構える俺に、姫が何かを手渡してくる。
ま、まさか、これは……! どうして姫がこんな物を。
「アリシアさまに似合うと思いまして、事前に買っておりました」
さすが、姫。
「ありがとう。シアちゃんも喜ぶよ」
姫をそっと抱きしめ、それを受け取る。
「じゃあ、行くよ」
「はい、いつでも」
右手に構えた杖を、奴の手元に向ける。
そして、俺は叫んだ。
「いかづちよ!!」
杖から放たれた光は、狙いをあやまたず、メイド服を直撃する。
燃え上がるメイド服。
「ま、魔法のメイド服が……。おのれ! 何者だ!」
「俺のシアちゃんにメイド服を着せようとは、不届き千万! この勇者ア……」
「あるじ?!」
いや、シアちゃん。まだセリフの途中だから……。
「私もおりますわ」
姫が悪魔の騎士に斬りかかる。
奴は意外と機敏な動きで後ろにさがる。
「王女?!」
シアちゃんが驚く。
俺達は、シアちゃんを庇うように立つ。
「何故、ここにおる?」
俺は、姫と目配せをする。
「もちろん……」
「シアちゃんを助けに来たに決まってんじゃねーか」
姫の言葉を、俺が継ぐ。
「お主等……」
シアちゃんの声に涙が混じる。
「くっ、勇者め。我がコレクションを、おのれ!」
悪魔の騎士が吼える。
「ふん、シアちゃんにメイド服など似合うはずも無い。シアちゃんに相応しいのはこれだ!」
俺は、シアちゃんの頭にソレを付ける。
「銀の髪、白い肌、そして、赤い瞳とくれば、これしかない! そう、うさみみバンドだ!」
「私が選ばせていただきました」
シアちゃんの頭に2本の長い耳が揺れる。
「お主等……」
シアちゃんの声に怨嗟が混じる。
「な、なんと、さすが勇者よ……。我もそこまでは至らなかったわ」
悪魔の騎士は感服したように言う。
だが、次の言葉には俺もさすがにキレた。
「なれば! 我が勝った暁には、うさみみメイドとして迎えることとしよう!」
「させん! うさみみシアちゃんは俺のだ!」
叫びながら、俺は突っ込む。
「おお、勇者よ! 死んでしまうとは情けない!」
当然の結果だった。