【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
カルデア内にある青い中央管制室。
閉鎖的な寒色の広い管制室はいま、沈黙に満ちていた。
初のグランドオーダーは無事遂行。15世紀フランスの修正は完璧にし、七つの内の一つをあるべき人類史に戻すことが出来た。
それなのに、なぜ今はこのような雰囲気になっているかというと。
「ほう、ここがカルデアという場所か」
ランスロットが六華たちとこの場にいるからである。
霊子化していない、肉体を持っている筈の彼がこのカルデアに来れるというあり得ない出来事。
それに戸惑いと動揺を隠せずにいるロマンが声を荒げた。
「いやいやいや!? ちょっと待ってっ、なんでランスロット卿がこちらにっ!?」
「六華たちの近くに居たら、一緒にここに来たのだが?」
「えっ、どういうこと!? 何で霊子化していないランスロット卿がここに来れるんだ? それともトリスメギストスが六華ちゃんたちと同じように自動的に……? いやそもそも――」
思考の海に沈んでいくドクター・ロマンを目に、ランスロットは中央管制室を見渡す。
懐かしい現代の匂いだ。
神秘時代特有と自然の空気と匂いもよかったが、やはり現代特有の生活臭と自然交じりの空気と臭いが不思議と心地よく感じる。
(失ってから分かる大切さってこういうことか?)
内心苦笑しながら、ランスロットは首筋を撫でて六華たちに振り向く。
「――というわけだ。 どういうことか知らんが、俺もカルデアの一人として迎え入れてもらえないか?」
ランスロットは口元に笑みを浮かべて握手を求め、二人に手を伸ばす――その言葉に対して、六華とマシュの答えは決まっている。
『よろしくお願いします!』
二人の手とランスロットの手が重なり、お互いの手を軽く握りあった。
「御免ちょっと待って!? 空気が読めないと分かっているんだけど、やっぱり納得というか理解が追い付かないんだけど、一体全体どういうこと何だい!?」
ロマンの言葉も尤もなので説明しよう。
この場にいる全員は知らないだろうが、ランスロットはあの場所――時の流れが外れた世界に閉じ込められた際。
彼はそこで何かを探していた訳ではなく、特に意味もない散歩を行い、襲い掛かってくる幻想種――時には人間に好意的な幻想種もいたため、それは助けていた――を斬り食べていた。
ワイバーン、ドラゴン、リザードマン、魔人を喰べ、また飲み物としてスライム――ランスロット曰くメロン味だった――も飲んでいた。それを当たり前のように食していった結果……彼は幻想種の仲間入りをしたのだ。
それがサーヴァントと互角以上に闘える理由の一つである。
最も神秘時代より数多くの魔獣や人ならざる者たちを斃したことが一番の理由となるが。
その結果、六華たちの傍らの近くにいた際でレイシフト反応に身体が勝手に適応され、同じように霊子化して後を追うようにここに辿り着いたのだ。
因みにそれが判別するまでは、相当な時間がかかることはまた別の話。
守護英霊召喚システム・フェイト。
一つ目の特異点でシステムに異常が発生したために出来なかったが、ようやく修理が完了した。
これを起動させ、二つ目の特異点に行く前に戦力増強の為にも何人かの英霊を召喚する必要性がある。
幾らランスロットが仲間になったとしても、あまりにも火力が足りない上に少な過ぎる。何よりサーヴァントを相手にするにはマシュとランスロットだけでは決定打が欠けていた。
その為、二つ目の特異点に行く前に戦力増強の為にも英霊を召喚する運びとなった。召喚のためにはカルデアの電力と聖晶石――高純度の魔力結晶――と呼ばれる石で魔力を精製するだけで良い。
……しかし、カルデアの倉庫も残ってる聖晶石は少なく12個ほどしかなく、三回しか英霊召喚システムが起動できない。
またこの召喚システムでは英霊だけでなく、偶に武具や礼装といった魔力が込められたアイテム――概念礼装が召喚される。しかもどちらが召喚されるかもランダムなので、完全な運任せである。
「それじゃあ、皆。始めるよ――えいっ」
そう言って4つの聖晶石を六華が召喚サークルの中央に投げ入れた。
すると召喚サークルが発光を始め、やがては光が魔方陣の外周を描くように回り出し、次第に円を作り出す。
光は1つに収束し天に突き刺さるように伸びていった。そこから光は再び強くなり、光の帯となっていく
やがて光は収束し人影が見え始めた。そしてマスター権限で六華にはそのクラスが見えた。
「あっ、ライダーだよ」
「ほう。それは助かるな……」
「どういうことですか、ランスロット卿?」
「移動するにしても脚だけでは行けない場所もある上に、移動速度も倍に変わる……それに偵察にも役立てるからな。今後の特異点には必要な存在だ」
そして光が消え、人影が完全に人として姿を見せた。
その姿は白いローブと十字架を司った杖を持った黒髪の女性。
纏う雰囲気は穏やかなものである。
雰囲気は違うが、姿形はフランスに行った全員が見に覚えがあった。
「私はマルタ……ただのマルタです。 ふふっ、今度はちゃんとしたマスターですね」
「あっ、あの時の」
「安心してください、今の私は狂化されていないサーヴァントです。 マスター……共に世界を救いましょう」
「……うん! よろしくね!」 「よろしくお願いします、マルタさん」
マルタの表情と雰囲気からして、あの時とは違うと察した六華とマシュは笑顔で迎え入れた。それに対してマルタも笑顔で対応し、そしてランスロットにも微笑みを向ける。
「今度は味方としてよろしくお願いします」
「……こちらこそ頼む。 だが、もう少し砕いてもいいと思うが?」
「え?」
「いや、余計な世話かもしれんが。少々堅苦しそうにみえたもんでな……いや忘れてくれ」
ランスロットはそう云うとマルタから顔を逸らし、六華に「次を頼む」と伝える。
そんな彼の言葉にマルタは若干だが悔しそうに顔を歪め、「手強いわね」とぼやいていたが、それには誰も気づいていない。
「それじゃあ二回目! えぇい!」
そう言って再び、4つの聖晶石を召喚サークルの中心に投げた。
マルタと同じように光の帯となり、やがて光は収束し人影が見え……。
現れたのは鎧とマントを纏う少女だった。
「サーヴァント・ルーラー。ジャンヌダルク、六華、マシュ、そしてランスロット卿、お会いできて本当に良かった!」
『ジャンヌさん!』
まさかのジャンヌ・ダルクの召喚。そして再開に喜びの声を上げるのは六華とマシュ。
それに対して驚愕の表情を浮かべるのはランスロット……まさかたった二回の召喚で、マルタとジャンヌという聖女二人を召喚するとは思ってもいなかったのだ。
「ランスロット卿、また貴方と共に戦えるだなんて、光栄に思います」
「あぁ、そうか……しかし何故君が俺のことを」
「その話は、また今度でいいですか? たぶん、長い話になると思うので……」
「そうか、それならばそうしてくれ」
今は召喚システムの真っ最中だ。 その話は後程、何時でも出来る。
「ランスロットさん、最後の一人だけどどんなサーヴァントが良いかな?」
「運良くバランス良く揃ってる……これと云って要望はないが」
(……この勢いであいつも召喚されればいいんだけどな)
それはあり得ないかとランスロットは苦笑してしまう。
それを見た六華は決意を込めた表情で最後の4つの聖晶石に願いを込めて投げた。
「来てっ! パロミデス卿!」
『え?』
まさかの要望に全員が唖然する。
光が辺りを照らしたのと同時に強い光の帯が生まれ、周囲を光に満たす。
やがては収束し、人影が見えてくる。
黒が掛かった金髪で黒人の厳つい巨体を全身に漆を塗りたくった様な漆黒の肌を持つ男。身体には白銀の鎧を纏い、腰には一振りの剣を差していた。
その姿を一瞥してランスロットは口元に笑みを浮かべて、六華に告げた。
「ありがとう、六華」
「へっ、まさか本当に召喚されるとはな。 セイバー・パロミデス、参上した。 これより俺は一人の騎士としてマスターの命に従う! 友であるランスロットと共になっ!」
男――サーヴァント・セイバー、パロミデスは笑って応えた。