【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
「邪竜ファヴニールはお前らが何とかしろ。俺は一切手を出さん」
ランスロットの一言にその場は一気に静まり返った。
そんな場を気にすることなく、ランスロットは鉄の剣を抜いてメンテナンスを施そうとする。
『い、いやいやいや! ちょっと待った! なにを仰ってるんですか、ランスロット卿!? 貴方も手を貸してくださいッ!』
「……別にロマンの云う通りに闘ってもいいんだが、本当にそうするべきか?」
そう云ってランスロットは六華とマシュに視線を向ける――二人の答えを求めるように。
マシュは迷っているのか視線を落とし、六華は答えようとするも言葉が上手く紡げられない。
サーヴァント一同は特に声もかけず、二人を見守っている。
分かっているのだ、ランスロットの言い分が。
このまま
そしていま彼は見極めようとしているのだろう。
二人を一瞥し、ランスロットは布と拾った砥ぎ石を取り出して、刀身の調整を行う。
「別に俺は構わんさ……ただ待ち受ける試練を乗り越えられるかどうか、な」
(俺が戦うことになったら、邪竜の肉はどんな味か確かめたいな……ワイバーンは意外と脂乗ってたし、邪竜はもしかしたら硬くて歯ごたえの良い高級肉かも)
邪竜の味を想像しながら刀身の汚れを取り、砥ぎ石で磨く。
すると……。
「ランスロットさん」
六華の声でランスロットが振り向くと、その顔に先ほどまでの迷いはなかった。
臆面もなく堂々とした強い眼差しで言ってのける。
「邪竜は私たちが何とかします……貴方は黒いジャンヌのサーヴァントを相手にしてください」
「……恐ろしくないのか、逃げたくはないのか?」
「正直かなり怖いです。でも私には、マシュがいて力を貸してくれる仲間もいます……一人だけ怯えて逃げちゃうなんてそんなのしたくない」
六華の表情と口調にランスロットは笑った。
その顔つきは嘗て付き従った王と同じもので、必ずやり遂げる強いものだったからだ。
これなら大丈夫だろうとランスロットはそう捉えた。
(まあ危なかったら、介入するから心配すんなよ。 あー、でも邪竜の肉はお預けか……そこだけはちょっと後悔)
ランスロットが持っているのは宝具でも何でもない、一般の鉄の剣。たかが鉄の剣だ。
しかし、全く折れない。ランスロットだけの魔力を通しているだけの凡庸武器だ。
それなのに何故……たかが鉄の剣を折ることすらできないっ。
焦りでシャルル=アンリ・サンソンの刃は鈍くなっていき、徐々に粗くなっていく。
このギロチンはあのマリー・アントワネットと王の首を断ち切ったもの――それが何故たかが鉄の剣如きを叩き切ることが出来ない!
「くそっ、なんでっ!?」
「答えを教えてやろう、薄幸な処刑人」
ランスロットはサンソンの剣を強く弾き、蹴り飛ばす。
そして、鉄の剣を突きつけ、あくまでもランスロットが感じ取れた彼の剣からの想いを語る。
「今のお前の剣は死という概念に囚われ、そしてその概念を全てマリー・アントワネットや処刑した人々全てにぶつけている……そんな個人の感情しか宿らない刃では罪人はおろか、虫すら一匹も殺せんぞ」
マリー・アントワネット、ギロチン、処刑人。
様々な感情がサンソンの中で駆け巡り、再度彼に狂化が強く付加される。
「黙れ、黙れッ、黙れっ、だまれだまれだまれぇぇええええええ! 僕の刃には、曇りはないぃいいいいいいいいいい!」
「貴様の闇に付け込んだその狂化。俺が断ち斬らせてもらうっ!」
ランスロットは鉄の剣を強く振り払い、サンソンの刃と噛み合わせた。
いない。いない。いない!
奴はどこだ、どこにいるっ!
我の剣はお前の血を欲している!
何の因果でここに召喚されたかは不明。しかし、唯一決めたことは、この手でお前を斬ることっ!
主である黒き聖女の言葉などどうでもいいっ!
いま、この場で決着をつけるっ!
それが望みなのだっ!
周囲にいる有象無象な連中――ワイバーンやゾンビ兵――など歯牙にもかけず、その騎士は外套を翻しながら城内を駆ける。
頭の中に響く黒き聖女の怒鳴り声と同時に、身体中に掛かる令呪が掛かるも、騎士はそれを力づくで破って駆ける。
邪魔をするならば狂気に侵されている同業者(サーヴァント)でも斬り捨てる。
……感じたっ!
忌々しくも、そして憧憬を抱く輝かんばかりの光をっ!
それは城外――目の前にある門の先である外にあるっ!
見つけたっ! 我が敵よっ!
今度こそっ、その首を、宝剣を、我が頂くっ!
「Laaaaaaaannnnnnnnnssssssssssssuuuuuuuuuuu!」
* * * * * *
「っ離れろ!」
「きゃっ!」
サンソンそして、ファヴニールを倒し、監獄城に逃げ込んだ黒いジャンヌを追跡しようとしたとき。交差する斬撃が見えたランスロットが六華とマシュを抱き、即座にその場から離れた。
それと同時に門は四等分に斬られ吹き飛ぶと同時に、そいつは弾丸の如く飛び出し現れた。
「Laaaaaannnnnsuuu……!」
漆黒と赤黒に染まった魔剣、黒闇に染まった蛇を模造した兜と鎧を纏った騎士。その身に正常さと知性は感じられず、憎悪、嫉み、怨嗟等の負の感情しか漂わせていない。
その姿は正しく暗黒と邪悪を極めた騎士そのものだった。
「な、なに……?」
六華はその騎士に恐怖を感じ、ランスロットの腕の中で震えていた。それはマシュも同様である。
デミサーヴァントであり、ファヴニールやサーヴァントと戦ってきた彼女も、目の前にいる騎士に恐怖を抱いている。
そんな二人をジャンヌの傍に置く。
「すまんが、二人を頼む――どうやら俺は付き添いが出来ん」
「……任せてください、マシュさん!」
「っは、はい! ランスロット卿、ご無事でっ!」
ジャンヌは頷き、立華を受け取ったのと同時に監獄城に駆けて行った。
その間も騎士は特にジャンヌたちに襲い掛かることなく、ただランスロットだけを見る――彼にしか興味がないように。
そんな騎士の熱い視線にランスロットは怯えることなく鉄の剣を抜いた。
「久しぶりだな、パロミデス」
ランスロットは目のにいる騎士――嘗ての同僚で円卓の騎士の一人であったパロミデス卿に云った。
鎧と兜で隠され、くぐもった声でしか聞こえない。
しかし、その鎧を見たとき、声音を聞いた時――彼は理解したのだ。
唸る獣を討伐した騎士の一人。そしてその血を強く浴びたことで、その獣の囁きに屈し、暗黒の道に奔った騎士。
目の前にいる暗黒騎士が、嘗ての仲間であり、円卓騎士であったパロミデス卿であることを。
「Laaaannnsuuuuu……!」
「サーヴァントになってもその身に宿る獣の血と闇を振り切れないか……同僚のよしみだ、もう一度そこから断ち斬らせてやるっ――そして誇り高い円卓の騎士に戻って来い!」
「Uuuuu,Laaaaaaaaaaaaannnnnnnnnssssssssssuuuuu!」
暗黒騎士――パロミデスは魔剣を振り上げて、ランスロットに斬りかかった。
最後の人物、パロミデス卿は実際に存在する円卓の騎士です。
アーサー王物語を調べていく中で、個人的に好みな騎士で、非常にライバルキャラとして見映えるなと思いましたv