【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
「さあ、次は貴方よ。騎士様」
「……」
召喚サークルを確立した森のなか、マリー・アントワネットとモーツァルトは六華たちに自己紹介を終えた。
そして最後となったのは、恐らくあの場で一番の番狂わせを見せたこの騎士。
騎士――ランスロットは木にもたれ掛っていた身体を起こし、全員の視線を浴びながら答えた。
「ランスロット、ただの騎士だ」
(ジャンヌダルクがいるということは……もうアーサー王もあいつらはいないはずだから、俺は普通の騎士に――あぁでもNTR騎士扱いされるかも)
既に掠れている記憶を探っている中で、まずランスロットという人物でまず一番に思い浮かんだのはそれだった。
実際ランスロットとして生きた中で不義の愛をした覚えはない。
しかし、アーサー王物語ではランスロットはそういう立場であると確立されている可能性が高いので何とも言えない――果たしてどうなのだろうか。
『ラ、ララ、ランスロットォ!?』
画面の向こう側でロマニ・アーキマンことロマンは驚愕に満ちた声で叫んだ。
あぁ無情。アーサー王物語ではやはりNTR騎士としての立場なんだろう。
今後の己の扱いと呼ばれ方をどうしようかと遠い目を仕掛けた瞬間。
『あの、キャメロットに数々の伝説を創った最強騎士っ!?』
* * * * *
「……んっ?」
ロマンの叫びに呆気に捉えるランスロット。
なんだそれは、というより伝説を創ったとは一体何のことだ。
しかし彼がその言葉を紡げる前にロマンが興奮気味に語る。
『アーサー王が最も信頼し唯一の理解者で、アーサー王物語では決して外せない伝説を作った最高の騎士っ!』
「僕も聞いたことがあるよ……数々の伝説を創った立役者――特に有名なのは暗黒騎士と冥界の剣を持つ王との闘いだっ。ああ今でも胸をときめかせてくれる、君の武勇伝は!」
「私もよ! フランスでもあなたの武勇伝は語られていて、貴族や民たちの心を奮わせていたわ!」
「あ、あの、その、私も、です」
興奮を隠せないロマンとマリー、そして感慨深く頷いているモーツァルトに、憧れの人物と会えた所為か感動を隠せない様子のジャンヌ。
それに対して置いていかれているのは藤原六華と、自らに湧き上がる不思議な感情に戸惑うマシュだった。
マシュの中に宿る感情――それはランスロットを敬愛する思いと、物寂しさが湧き上がっていた。
目の前にいる彼とは初めての筈……しかしこの思いは一体何なのだろうか。
『あぁ、そうだ! 是非とも聞きたいことが、なぜ貴方程の人が裏切りの騎士と呼ばれているのですか?』
そのとき、マシュの胸が大きくうたれた。
『裏切りの騎士』?
目の前にいる、
「違うっ!」
マシュは叫んだ――胸の中に湧き上がった強い想いに押されるように言葉を紡げる。周囲が唖然とした目で見つめようが関係ない。
「彼はッ、私たちの騎士は裏切ってなどいないっ!」
生きて帰ってきてくれた英雄の汚名を雪げるのならば、喩えどんな目で見られても構わない。
「我が名はマルタ……こんばんは、皆様。寂しい夜ね」
巨大な亀らしき生物――大鉄甲竜タラスクが、森の木々を薙ぎ倒して、凄まじい地揺れを起こして着地した。
それと同時に白い人影が舞い降りるのは神々しい輝きを放つ白き聖女だ。
「生憎、こちらは愉快な夜を過ごしていたのだがな。 お引き取りを願おうか」
ランスロットはそう云うと、地面に突き刺していた鉄の剣を引き抜き、正眼に構える。
「それは無理な相談です。これより貴方方に襲い掛かる災厄に立ち向かえるか試練を与えるために私は来ました。私ごときを乗り越えられなければ、彼女と究極の竜種に騎乗する災厄を打ち倒せるはずがない。だから、私を倒しなさい」
狂化されているにも拘らず聖女マルタは試練を与えようとしている。そのことにランスロットは「見事」と彼女を讃える。
「ならば俺が相手になろう……後ろの連中は疲れているようでな――鳳吼破!」
先手必勝と云わんばかりに、ランスロットの闘気は一気に高まりを見せる。
ランスロットの闘気によって、敵を焼き尽くさんばかりの炎を纏う一匹の鳳凰が召喚される。
鉄の剣を勢いよく振るわれると、鳳凰がそれに続くように飛翔しマルタとタラスクを襲いかかる。
「タラスクッ!」
「ギュッオオオオオオオオッ!」
幻想種最強ともいわれている竜種・ドラゴンであるタラスクの咆哮にも鳳凰は怯むことなく、突き進み、一人と一匹を飲み込まんとばかりに鳳凰は翼を拡げる。
しかし、それはマルタの持つ杖が放たれる光によって呆気なく吹き飛ばされてしまう。
「……見事です。しかし、この程度では傷つけられませんよ」
「だろうな。 ならば次の一手をやるまでっ、朱雀衝撃破!」
ランスロットは後方に跳躍し、炎の闘気を纏うのと同時に自らを炎の鳥と化して、マルタへと突撃する。
それを防ごうとタラスクは尻尾で彼の攻撃を防ごうとするも、炎の闘気が混ぜ合わせた斬撃に耐えられず、肉が斬り裂かれる音と焦げる臭いが同時に響いた。
「っタラスク!?」
「おおおおおおおっ!」
一刀両断と云わんばかりの斬撃がマルタに襲い掛かる。
「憧れの聖女と騎士の為に…… いえ、友達のジャンヌとランスロットの為にこの命を使えるのなら、約束は守れそうにないけれど、これが私の生き様―――誰かの為に命を捧げる、フランス王妃の使命!」
「――約束を守ってこその、王妃だと思うが?」
悪竜・ファヴニールの業火がマリーを吞み込まれる前に、ランスロットの放った風の傷によって相打ちとなって消えた。
「嫌な予感がして屋根の上を走ってきた甲斐があったな……大丈夫か、王妃よ」
マリーの前方に降ってきたのと同時に、彼女を護るようにランスロットはファヴニールと対面する。
その背中はとても暖かく、そして大きく感じたマリーは知らずのうちに安堵の息を吐く。
「まあっ、貴方に命を救われるなんて、なんて運がいいのかしら」
微笑を浮かべるマリーだったが目じりには涙が若干浮かんでいる。彼女の救出に間に合ったようでランスロットは笑みを浮かべるのも一瞬。即座に剣を構える――ファヴニールの頭上に乗っかっている黒きジャンヌに向けて。
「貴様っ、あの時の!」
ジャンヌはランスロットの姿が目に入ると、忌々しいと云わんばかりにつり上がり旗を強く握りしめて舌打ちをする。
「……憐れな黒き聖女よ。 俺の剣で眠るがいい」
「格好つけるな、青二才っ! ファヴニール、やってしまえ!」
耳障りで邪悪に満ちた方向が響いたのと同時に、ファヴニールは業火を放つのと同時にランスロットも風の傷を放つ。
しかし、威力が業火の方が強かったのか、風の傷は呆気なく吹き飛ぶ。
そのまま業火はランスロットたちに襲い掛かるのかと思いきや――。
「それを待っていたのだ」
ランスロットは再び剣に風の傷を放つために、魔力を込める。
そして業火が己の目と鼻の先の距離になったのと同時に、剣を振り下ろし魔力を放った。
「爆流破!」
ファヴニールの業火を己の魔力と攻撃を上乗せし巻き込んで撃ち返す必殺の奥義――爆流破を放った。
風の傷が業火を呑み込んだことで炎を纏う竜巻状の衝撃波がファヴニールと黒きジャンヌに襲い掛かった。