【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝)   作:春雷海

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ランスロット, 脱出,風の傷,

まだ世界に神秘が溢れていた、アーサー王の時代。

円卓の騎士の中で最も名を挙げられている騎士がいた。

 

その騎士は自らの愛を全て王に捧げ、己に恋慕を抱く乙女に目を向けなかった。

 

騎士は円卓の中で最強と謳われていた。

 

騎士は王よりも信頼が厚かった。

 

騎士は養子を愛し、時に業務よりも養子を優先にしていた。

 

騎士が振るう宝剣と纏う鎧に曇りなき純粋な想いが込められていた。王のために、そして民の為に蛮族を討った。

 

他にも天下が取れるまた冥界の扉を開く剣をもつ王を、悪鬼羅刹の国を創造を目指した魔人を、力を求め闇に目覚めし同僚であった暗黒騎士を。

 

様々な悪を闇を、彼は討伐していった。

 

彼は誰よりも騎士として生きた――しかし彼は消えてしまった。養子も、国も、王も、仲間も騎士としての役目を全て残して。

 

 

なぜ彼が消えたのかはいまだに不明だが、彼は消えて裏切った。 故に彼はこう云われている。

 

 

裏切りの騎士――サー・ランスロットと。

 

 

 

 

 

 

しかし、それはあくまで歴史を探りし者たちの見解であり、本来は異なったものである。

 

 

 

 

 

 

そして、歴史を探りし者たちも、その時代に生きた騎士や民たちも知らなかった。 ランスロットは生前の記憶を引き継いでいた転生者であることを。

 

 

* * * * *

 

 

混じり気無しの白砂に覆われた大地を、空にかかる虹色のグラデーションが不気味に染め上げられたその空間に、マントを羽織った若者が歩いていた。

細身ながらも偉丈夫まで鍛え抜かれたその身体と落ち着いた顔立ち。腰には一本の剣を差し、纏っている漆黒の鎧は汚れている――所々に掛かっている泥や更には血痕もこびりついて、衛生上あまり良くない上に鎧から発せられる臭いも凄まじかった。

 

しかし、そんなこともお構いなしに若者は歩く歩く――見えない出口に向かって。

 

「暇だ……」

 

若者はぽつりとつぶやいた……変わらぬこの景色には厭き、嫌気も差していた。

しかしそんなことは問題ではなかった、若者にとって最も悩ましくそして今もなお苦しんでいるものがある……それは。

 

「暇すぎる」

 

暇を潰せるものが何もないのだ、この空間は。

見渡す限り、砂、砂、砂、砂、砂だらけ――時折出てくる魔獣も一振りの斬撃で切り伏せてしまうため、暇を持て余す限りだ。

大きなため息をつきながらも歩き進める若者はやがて何を考えたのか。

 

「引越し」 「シマウマ」 「マントヒヒ」 「肘」 「婆並みの年齢若作り魔術師」 「躾が必要な騎士」

「シルバニアファミリーナイト」 

 

一人しりとりを始めた。空間に響く若者の声が虚しく響く。

 

「虚しいな」

 

はあと再度ため息をついた若者は砂で汚れるのも構わずに座り込む――だって暇なのだもの。

 

若者は腰に差した剣を抜いた。それは黒曜に美しく輝き、幅広・両刃で大型で、束頭と刀身に紋様のついた剣。刀身から迸るオーラ、鋭い切先、芸術品と謳われそうな美しさがそこにはあった。

この剣の名は、アロンダイト。

 

長年付き添ってくれている相棒に笑みを送り、鞘に納める。

この空間に来てからどれ程経ったのだろう……途中で数えるのが面倒くさくなったからだ。

 

魔獣討伐にも飽きた。 楽しみも何もないこの空間でいったい何をしようかと、数千にも及ぶだろう思考に入ろうとした瞬間。

 

 

 

ひび割れた音が聞こえた。

 

 

 

「ん?」

 

若者――サー・ランスロットは思わず目を見開いた。

それもそのはず。この空間は魔獣が出現するか若者が立てる音以外、殆どが無音でしかないこの空間に皹割れという珍しい音が響いたのだ。

視線を向けて音が立てられただろう方向に視線を向ける――上空に皹が入っていた。いや空(そら)に皹が入っているのではなく空間自体に皹が入っているのだ。

 

今までにない出来事に驚愕し目を見開くランスロットに構うことなく、その皹は裂け目となり道が出来る。

 

「……行ってみるか」

 

己の直観に従い、裂け目に足を踏み入れ姿を消した――これにより時の狭間に閉じ込められた男は偶然にも抜け出すことが出来た。

 

そして、ランスロットが抜け出したと同時に一人の少女が人理修復による時空の旅が始まりを告げ、第一の特異点に赴いていた。

 

 

そこで彼は少女と出逢うことで、停止していたランスロット物語は再臨する――。

 

 

 

 

 

 

 

 

空に光の環が展開されているフランスにあるラ・シャリテの街はすでにゴーストタウンと化していた。火が燻り、立ち昇る煙。瓦礫と煤にまみれた家並み。血が飛び散った壁。

 

その場には人理修復の旅をする少女兼マスター、藤丸 六華とデミサーヴァントであるマシュ。

そして二人のジャンヌダルク――片方は聖女、もう片方は竜の魔女という正反対の二人。 そして竜の魔女が持つ聖杯で召喚された五体のサーヴァントと。

 

「どうやら、面倒なことに巻き込まれたようだな……」

 

ランスロットがため息をつきながら、片手には先ほど拾った鉄製の剣ともう片方は先ほど焼いたワイバーンの肉をムシャムシャと緊張感なく食べていた。

 

「あ、あの、あなたは?」

 

「話はあとだ――とりあえず逃げろ、俺が片付ける」

 

「はっ。 たかが人間如きに何を言って――」

 

戸惑いを見せる六華に出来るだけ優しく云い、嘲る黒いジャンヌ・ダルクを無視してランスロットは剣を無造作に振るう。

相手側から無駄に漂う魔力とランスロット自身の魔力をぶつけ合わせたことで生まれた風の裂け目が、強烈な広範囲の衝撃波となり放たれた。

 

『なっ!?』

 

たかが鉄製の、しかも人間の武器如きになぜそんな攻撃が出来たのか――竜の魔女であるジャンヌ・ダルクとそのサーヴァントたちは驚愕に満ちつつ、その衝撃波に吞まれて吹き飛ばされた。

 

 

「……久々にやったが、出来るもんだな『風の傷』」

 

 

背後にいる六華たちも呆気に捉えている中で、ランスロットは飄々と鉄製の剣を見つめてそうぼやいた。

 

 


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