【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
潮風とともに爆撃と爆風が巻かれ、船を焦がす匂いと生ぬるい風が吹く中――。
『折れろ、折れろ、折れろ、折れろ!』
船の甲板で男女の叫びと同時に剣激が響き渡る。
「陰茎と一緒に折れろっ!」
メアリーの怒声と同時にカトラスによる激しい斬撃が振るわれる。
「骨と一緒に折れてしまえっ!」
対するパロミデスはその斬撃を受け流しや受け止めで、メアリーの斬撃を防いでは返す刃で反撃を繰り出す。
互いの剣の腕は拮抗し、中々攻めの一歩に入ることが出来ない――やがて剣激が止むと同時に鍔迫り合って押し合う。
互いの力が均衡であることを理解した二人は、一度刃をはじき返しては距離をとった。
激しい剣戟と鍔迫り合いを行った為か、肩で息をする二人は互いに息を整えてから――。
「さっきの骨と一緒に折れろってどういうことっ!? 男のくせに言うことが陰険すぎないかっ、だからモテないんだろっお前!」
「てめぇなんか、さっき陰茎と一緒に折れろって言っただろうがっ!? 表現が過激すぎんだよ、てめぇは男の弱点をどれだけ甘く見てんだっ、ああん!?」
罵倒しあった。戦闘中にもかかわらず互いを指さしては悪口に対しての批判を行う。
正直どっちもどっちのため、あまり変わりはないが、それは互いが納得しないことなのか言い合いは止まらない
……既に海賊や騎士という称号を忘れての罵倒となっていく。
「この黒髭以下の糞野郎っ、生前モテなかったろ! どうせ童貞でチェリーボーイのまま死んだろ!」
「馬鹿じゃねぇの!? 俺はちゃんと生前に男になったからぁ、チェリーじゃないからなぁ!」
「はっ、君に抱かれた女はかわいそうだね! こんな野蛮でデリカシーゼロのサル男に抱かれたんだからねぇぇぇっ」
「んだとごらあああああぁぁぁ、このチビ女がぁぁ!」
罵倒がようやく収まった後、お互いの武器が振るわれて刃を交えて、鍔迫り合う――――。
そしてそれを、戦いながらも離れて聞いていた仲間たちと相棒はというと。
「まぁまぁ! パロミデス卿と女海賊さんはすっかりと仲良くなっているわ! ねぇ、みんな――あらどうしたの?」
『は、恥ずかしい…………』
マリーの言葉に応答せず、パロミデスの仲間である六華たちと、メアリーの相棒であるアンは顔から火が出る程に恥ずかしい思いをして、顔を背けていた。
騎士や海賊という称号を持っているにも関わらず、傍目を気にせずの罵倒の浴びせ合いは……正直仲間と相棒と認めたくないほどだった。
アロンダイトとマルミアドワーズによる二振りの斬撃を、サーベルの刀身と鍔で受け流すか弾き飛ばすことで、ランスロットの攻撃を防いでいく。
剣戟を繰り返すごとにヘンリーは段々と力が抜けて腰が引いていく。
ランスロットの卓越した剣術と力強い斬撃を、これまでカンと経験で何とかこなせてきたものの、そろそろ限界が近かった。
そもそもヘンリーは剣士ではなく海賊。
戦場の状況次第で武器を変えていったことで、ほとんどの武器を適度にこなせるが、ランスロットのように極めたものはない。
今使っているサーベルは他の武器と比べて上手く使えるから選んでおり、今ランスロットについていけるのが奇跡だ――そんなヘンリーがなぜついてこれるか。 彼もランスロットと同じように幻想種らを食べてきた為に身体能力を向上したからだ。
ランスロットのスキル『幻想種の加護』程ではないが、それでも並みのサーヴァント相手を引けに取らないの腕前は持っている。
「ちっ、相変わらずのバケモノじみた剣の腕だな」
「そっちこそ、相変わらずのど根性だけでよくついてこれるものだ」
「ははっ、俺様は海賊だからな――騙し騙され、殺す殺される根性がなきゃやってられねぇんだよ! クラちゃん!」
ヘンリーの叫びに応え、クラーケンは船にダメージを与えないように触手を薙ぎ払う。
対するランスロットは二振りの剣を交差するように斬撃を振るう。触手はあっけなく四等分に斬り分けられて、船の甲板に触手が転がるが、前方にいるはずのヘンリーの姿がいなかった。
薙ぎ払われた触手の陰に隠れてどこかに移動したのだろうが、いったいどこに向かったのだろうか。
即座にランスロットはヘンリーを探すもすぐに発見した――上空に漂う影を。
「むっ……!?」
ヘンリーは帆柱を支えるために巻かれているロープを掴んでは跳躍し、縄梯子に足を掛けては昇っていく――まるで猿芸道のようにロープを伝い、飛び、渡って行く姿を。
そんな彼をランスロットは舌打ちをして、追いかけようとするが、それを邪魔するようにクラーケンが次なる触手を振るった!
「……っ!」
襲い掛かってくる触手を斬り分けるも、クラーケンの触手はランスロットに襲い掛かっていく――次いで次いで触手を斬り捨てているのにもかかわらず途切れることはなく、何度でも襲い掛かってくる。既に十本以上斬り捨てているのにもだ。
ランスロットは海面をのぞき込むと、そこにはクラーケンが淡い緑色の光に包まれており、その光が触手を生やしては再生させていた。
よく見ると、その光の発生源はクラーケンの頭に乗っかっている赤い髪に二本の角と悪魔の様な羽としっぽが付いている人型の女性――ピクシーがいた。
どうやらあのピクシーがクラーケンの触手を生やさせている原因のようだ。
「ちっ、いつの間にあんな幻想種をっ!」
「お前と別れた後だよぉ! 漂っていたところを、俺様が抱いてやったんだ――膣がいい締まりだったぜぇ、クラちゃんと楽しんだんだ!」
…………何故夜の営みを言う必要があるのだろうか、だれもそんなことは聞いていない。
ヘンリーが大声で笑い、ランスロットは呆れてため息をつくなか。
ピクシーが顔を真っ赤にして伏せていた――そんな彼女をクラーケンが慰めるように頭を撫でて、二本目の触手は厭らしく腰を撫でた。
「ぴぃッ!?」と悲鳴を上げるピクシーだったが。すでにヘンリーとランスロットの視線は互いに拮抗していた。
「はっはぁ! こっこまでおいでぇ、地面の這いつくばることしかできねぇ騎士様よぉ! 俺の優雅なロープ芸を見て、少しは崇拝しやがれっ!」
「ふん、嘗めてくれる……っ!」
炎牙天衝を放てば簡単に焼け捨てることが出来る。だが今この船は爆撃で焼かれている上に更なる引火は望まない。これ以上やってしまえば、海賊たちは愚か自分たちも焼かれて仕舞いになってしまう。
……ランスロットは『幻想種の加護』を持っているので特に問題ないが、六華たちを守るためにはそれは防がなければならない。
マルミアドワーズを鞘に納めて、中腰となってアロンダイトを脇構えにするランスロット。
その構えに首や触手をかしげるクラーケンとピクシー、そしてロープの上で嘲りを見せる高みの見物のヘンリー。
「おい、ヘンリー!」
「あぁん!? なんだぁああ!?」
「炎の斬撃は見せたが、飛ぶ斬撃をお前にはまだ見せていなかったよな」
ニヤリと悪童めいた笑みを浮かべたランスロット。そして嫌な予感を感じるヘンリー……あの笑みをあの世界で何度か見たことがある、それこそ決まって悲惨でボロボロな目に合うのが前提に。
ヘンリーがクラーケンとピクシーに命令を繰り出す前に、ランスロットが先に動いた。
アロンダイトが脇構えから勢いよく薙ぎ払われると同時に、刀身から黒曜の真空波が生じてヘンリーに向けて飛翔した。
「んなっ……!?」
あっちのせかいでもふざけた技を繰り出すわ、炎を飛ばす斬撃を見せるわで規定外染みた力を持つ男だとは理解していた。
そのつもりだったが、これは想定外だった! 魔力でも何でもないただの斬撃を模っての衝撃波を飛ばす騎士がどこにいる!?
ヘンリーは悲鳴を飲み込みながら躊躇なくロープから飛び降りる――下手したら10メートルを超える高さをバンジーなしで。
黒曜の衝撃波はロープや縄梯子を見事に真っ二つに且つ散り散りにして、最終的には帆柱も半分以上を斬り抉った……。
「技名は裂空斬といったところか……。 しかし俺も腕が落ちたな、真っ二つに斬れなかったか」
「……ふざけんじゃねぇぞ、おい」
帆柱の半分を斬り抉った挙句にロープや縄梯子のすべてを斬り捨てたのを見て、腕が落ちたというこの
ヘンリーは曳きつく頬を必死に抑え込んでは、ランスロットを睨みつける――海のほうをよく見るとピクシーが触手に抱き着いており、クラーケンは顔の半分が海に沈めそして……『がんばれえ』と言わんばかりに触手を左右に振っていた。
「クラちゃああああああああああああん! てめぇらも一緒に戦えよぉおおおお!」
クラーケンとピクシーは一斉に顔を逸らして拒否をした。