【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
海が大きく荒れる。それは天候による自然災害の物ではない。
それは三体の巨大生物――鮫、蛸、亀と竜の合いの子がお互いの巨体や触手をぶつかり合わせ、噛みつき合うことで、海の上で暴れていることで生じていた。荒波が立てられ、両船が大きく傾く。
船に乗っている船員たちは悲鳴を上げて、マストにしがみついて落ちないようにする。
しかし、そんな荒波や船員の様子など巨大生物らはそんなこと気にせず敵を見据えて攻撃を繰り返す。
鮫――メガトロンは亀と竜の子を噛みつく、蛸――クラーケンは触手で巻き付かせて動きを防ごうとする。
亀と竜の合いの子――タラスクはそれに臆することなく、己が武器である牙と爪をふるって攻撃を図る。
巻き付いているクラーケンの触手を、角を生やしている甲羅を身を捻らせれて引き千切り、噛みついているメガトロンの身体を爪で切り裂いて飛ばす。
「―――――!」
メガトロンは裂けられた部位の痛みを感じるよりも、まず怒りの心情が強い。
再度タラスクを睨みつけては噛みつきを図るも――タラスクは頭部に突き出た二本の角を、メガトロンが大きく開けた口内に突っ込んだ。
そして、メガトロンの口から頭部までタラスクの角が生えて、血しぶきが上がった。
「―――――ィィィィィッ!」
メガトロンは悲鳴を上げ、タラスクの角から逃げ出そうとして大きく身を捩らせる。
しかし、それが更なる地獄を呼び寄せることになる――何故ならば捩らせることで更に角がメガトロンの口内と頭部を抉って傷は広がっていく。
悲鳴を上げ苦痛を訴えるメガトロンに、タラスクがとどめを刺そうと、まだ損傷していない脳に爪を入れ込もうとしたとき――。
「ガァッ!?」
突如、タラスクの視界が闇に染まり、何も見えなくなった。焦りと混乱でタラスクが落ち着きを失い、両爪や頭部を振り回す。
そんなタラスクの頬面に強い衝撃が奔った――それと同時に足元を踏ん張ることができずに、吹き飛んだ海面に叩きつけられる。その衝撃で海水がタラスクの顔面を濡らすことで、闇が晴れて視界がクリアとなった。
視界が開けたタラスクが周囲を確認すると、負った傷で喘いでいるメガトロンが空中に浮かんでいた。
いや違う、浮かんでいるのではなく持ち上げられていたのだ――ほかならぬクラーケンの触手によって。
「シュー……ッ」
クラーケンの口端から垂れる墨とそれで黒く染まる海を見て、タラスクは理解した――あれが自分の視界を奪った正体であることを。
持ち上げたメガトロンを投げ捨てて、クラーケンは次いで触手をシャドーボクシングのごとくに打ちだす。
そしてその触手はタラスクに向けたかと思いきや――クイクイと挑発的に何度も曲げてきた。かかってこいと挑発行為をしてきた。
「グルゥ――グオオオオオオオッ!」
タラスクはその挑発に対し、気合を込めた雄たけびが響き渡る。
傍目から見ればまさしくそれは怪獣戦争といえるべき戦場であった――。
……だが、それは姿形での争い。仮に声が聞こえていれば幻滅するだろう。
クラーケン『ほらほら、亀ちゃん。 その貧弱ボディで私の触手と戦ってみなさい! 女サーヴァントを触手で味わう前に先にあんたからやってやるわよぉ!』
タラスク『ざけんな! この変態女――だよな? えぇい、どっちでもいい! てめぇなんかに姐さんに指一本も触れさせねぇぞぉおおおおおお!』
クラーケン『性別は女よ、見た目で判断すんな! はんっ何想像してんのよ、変態! 私はただこの触手で、女の子たちの身体をネチョネチョすんのが好きなだけよっ――あっでもヘンリーにもやりたいかも』
タラスク『余計に立ち悪りいわああぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁ!』
……言葉でのやり取りは置いといて。彼らには彼らの戦いを見ていこうと捉えてほしい。
怪獣らの動きによって波が荒れ、船は大きく揺れ動く。
波の流れによって左右に傾き、また横揺れや縦揺れが激しく不安定となっている船。それに乗船している海賊や六華、サーヴァントたちは体制を整えることで手一杯だ。
それこそ生前女海賊として有名なアン・ボニー&メアリー・リードもそれぞれの武器で船の部位に突き刺し、身体を支えているのが証拠だ。
「っ大丈夫、メアリー?」
「問題ないよ、アン―……だけどすごいねあれは」
「えぇ、まさか目の前で伝説と謳われている怪物たちの対決が見られるなんて……これだから海賊はやめられませんわっ!」
アンは輝かんばかりの目で怪獣らの戦いを見つめ、そんな子供のような相方にメアリーはため息をつきながらも微笑ましく見つめる。
そんな二人と違い、六華たちは――。
「ウップ……ッ」
「せ、先輩っ、大丈夫ですか!?」
「えぐっ、こ、これは想像以上につらいです……」
「タ、タラスクッ! もう少しこっちの負担がかからないようにしてっ!?」
「まぁっ、船ってこんなに揺れるものなのね! とても楽しいわっ!」
急激な波の変化で起こっている船の揺れに耐えきれず嗚咽したり、案じたり、また己が宝具に文句つけたり、騒いだりとパニックな状況となっていた。
「あらあら、情けないですわ。 この程度で酔うだなんて……」
「仕方ないよ、僕たちでも結構きついんだから。寧ろここまでよく頑張ったと思う」
「それもそうですわね。それじゃあ、楽にさせるためにも――ここで撃っちゃいましょう」
船の傾きが戻ったのを体感的に感じたアンは武器であるマスケット銃の銃口先を六華に捉え、トリガーを引こうとしたが――。
「おっと、マスターを狙うのは俺を倒してからにしてくれや」
パロミデスの剣がマスケットの銃身を薙ぎ払った。予期しないその攻撃と衝撃にアンは耐えきれず、たたら踏んだところを隙として見て剣を再度振るうも――。
「させないよ」
アンの相棒であるメアリーがカトラスの刀身で受け止めることで防いだ。
「ほう、ちびっ子の癖にやるじゃねぇか――剣の腕も悪くなさそうだしな」
「……ムカッとさせるね、その上から目線。 しかも、デリカシーもなさそうだし、昔のジョン船長を思い出すよ――あぁ、ムカムカさせるよ。お前のセリフで余計にねっ!」
カトラスの柄が強く握りしめられて、ギシッと軋んだ鈍い音がたつのと同時に、メアリーは我武者に振るい始める。
無茶苦茶な剣筋ながらも正確で、確実に首を狙っている切っ先をパロミデスは防いでいく。そして、パロミデスの剣とメアリーのカトラスの刀身が競り合うと――。
「そもそも僕は君みたいなのが嫌いだっ! デリカシーもないうえに人が気にすることを言ってっ、傷つけるなんてさっ! 海賊よりも悪質なやつを、今ここで叩き斬ってやる!」
「上等だっ、俺はてめぇら海賊とは相性が悪いってことを今ここで分かった! てめぇらを今ここで英雄の座に返してやらぁ!」
「えっ、ちょ、落ち着きなさいっ、メアリーッ!」
戸惑うアンをよそに、二人はすでに互いの敵の顔しか見ておらず、剣を振るっては再度ぶつかり合う――。
唐突に始まったパロミデスとメアリーの対決。
なぜパロミデスが女性海賊に対しての軽口をたたくと、このような状況になるのだろうか。
因みにどうでもいい話になるが、女性海賊のみならず、円卓騎士時代でも女性騎士に対してもこのような軽口を叩いたために、目の敵にされることも屡あった。
まさか英霊となってもパロミデスの軽口が女性海賊にも及ぶとは誰も思わないだろう。
「……パロミデスさんってどうしてこうも女性海賊との仲を悪くするんだろうね――うぷっ」
「あぁ、先輩、無理はなさらずに――」
「全く、少しは女心が分かればいいのに……」
「で、でも、パロミデスさんは強いですし気軽に話せるじゃないですか」
「駄目よ、ジャンヌ。 ああいう人はアマデウスのような残念さんになるの、時に厳しく優しく言うことが大切よ!」
――そしてまさか六華や女性サーヴァントたちにも駄目だしされるとも思わなかったろう。
ランスロットはフリントロック銃の銃弾を魔剣マルミアドワーズで起こした炎で溶かす。腹部に斬りかかろうとするサーベルはヘンリーの手首を抑えることで防いだ。
ヘンリーは左手の銃弾のないフリントロック銃を腰に差し込むのと同時に、ランスロットのマルミアドワーズを持っている手首を掴んで抑えた。
ランスロットとヘンリーの両手は互いに防がれ拮抗するかと思いきや、互いの頭と頭をぶつけ叩き込んだ。
「ヒュウ♪ 鈍っているかと思ったぜ」
「鈍るわけがない。それとお前との戦いはあそこで千回ほどやりあっただろうが、忘れるわけもない」
「それもそうか! んじゃ、今度は俺が勝ち越してやらぁ!」
「ふん、早々に勝ち越させるかっ!」
互いにそう軽口を告げたのと同時に、拮抗していた両腕を互いに離しては距離をとる。
ヘンリーはサーベルを投げつけ、フリントロック銃に弾を装填させたのと同時に数発撃ちこんだ。
対するランスロットは飛んできたサーベルを炎で全て溶かす。そしてマルミアドワーズを上段から下段まで勢いよく振るうと、三日月状の炎の斬撃を飛ばし、ヘンリーを切り裂こうとする。
(名付けて、
心中で技名を叫ぶランスロットに対し、銃弾をすべて溶かされるヘンリー……であったが。
「カモン、メガちゃん頼む!」
「―――――ッ!」
ヘンリーの叫びに応えるように傷を負ったメガトロンが現れ、上半身を乗り上げて炎の斬撃を受け止めた。
「―――――――ィィィィッ!?」
肉を抉り焼け焦がす音とメガトロンの悲鳴が響き渡る。メガトロンは白目をむいて力なく海の中に入った。
「……わりいな、メガちゃん」
ヘンリーは苦痛に満ちた表情で謝罪したのと同時に、フリントロック銃をランスロットに向けた。
「ちっ、相変わらず反則めいた実力だこと」
「これはマルミアドワーズだからこそできる技だ、そう易々とできるか」
「ふざけやがって……何でテメェは力を身につけられて、こっちは食べた相手を服従させるとかどういうこった。理不尽だ」
あの世界で神獣・幻獣らを食したことで身に着けたそれぞれの能力は異なっている。
ランスロットは『幻想種の祝福』を身に着け、そしてヘンリーは彼のように『幻想種の祝福』はなかったが代わりに彼らの召喚を可能――ただし最大二体のみ。
「はっ、まぁテメェが理不尽な存在だってことは重々理解しているがなっ! それでも男として負けられねぇんだよっ!」
「その意気込み買ってやるが……勝つのは俺だ」
「抜かせっ、堅物偏食騎士が! テメェが勧めたスライムは糞不味かったぞ!?」
「貴様も俺に勧めたクラーケンの触手も酷かったぞっ、せめて調味料を用意しろ!」
……いつの間にあちらの世界での食事に対する文句の言い合いとなっていくも、ヘンリーは銃で牽制し、ランスロットはマルミアドワーズで銃弾を焼き落としていった。