【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
ドレイク船長自慢の黄金の鹿号に乗船し、航海へ乗り出した六華たち。
その甲板にて。六華は潮風を含む風を気持ちよさそうに受け、マシュは瞳を輝かせて周囲を見渡しては海原に視線を向けると。
「はあ……」
見渡す限りの海にマシュは息を吐いた。
彼女にとっての世界はカルデアしか知らず、晴天や潮香る海、そして乗船しているこの船も彼女にとっては初体験ばかりだ。
波立つ音、風邪と共に運ばれる潮の香り、カモメの鳴き声――マシュはその全てに感銘を受けた。
「気持ちいいねぇ、マシュゥ」
「そうですねぇ……あっ、先輩、あちらにカモメが大きく羽ばたいていますよっ!」
マシュは隣にいた六華が大きく反応し「ほんとだっ!」と同意する。緊張感が薄いその様子を、見張り台から見ていた二人――ランスロットは微笑ましそうに、マルタは若干呆れてため息をついた。
「まったく、気が緩み過ぎなんじゃないかしら」
「そう云うな。 マスターとデミサーヴァント等言うが、まだ年頃の娘だ。 少しばかりは優しくしてやれ」
「別に厳しくしているつもりはないわよ。 でも、やっぱり人理修復の旅をしているわけなんだから……気が緩むと危ないって云いたいの」
「そんな目に合わせないようにするのが、俺たちの仕事だ――本来ならばあの子たちにそんな重荷を背負わせるわけにはいかなかったのだがな」
ランスロットはため息をつき、少しばかり遠い目をする。
彼女らはまだ十代後半だというのに、人理を救え修復せよ、挙句の果てには世界を背負わせるなど……。
世界はいつも残酷で厳しく、そして理不尽だ。
ランスロットもあの出来事がなければ、王の傍で円卓の騎士として戦い支えたのに――それを台無しにしたのが世界だ。だが、ランスロット自身も例えいなくなったとしても、崩壊したキャメロットを救えたかと聞かれれば「分からない」としか言いようがない。
己がいれば救えた等過信はしない……だがそれでも最後まで王の傍には居たかった。
それを無残にも引き裂いた世界を仮に相手にすることとなったら。
(ぶった斬ってやる……)
ギリッと歯を食いしばって、掌を強く握りしめると――――頭に軽い衝撃が奔った。
「ちょっと、力んでいるのよ。 もう少し肩の力を抜きなさい」
「むっ、いきなりなにをする」
「あんたがそんなんじゃ、皆が落ち着かなくなるわよ。 仮にもあんたはあの子たちの保護者的立場なんだから、不必要に乱れちゃ困るのよ」
「…………それをいうなら、最近お前とブーディカもだぞ。 最近じゃ、俺たちがあいつらの両親だとカルデアで噂になって――」
ブハッとせき込むマルタを見て、思わず「おぉっ」と驚き、唾を避けるランスロット。そんな彼の反応を気にせずにマルタは苦しそうに呻きながらも咳き込んでいる。
やがて彼女もようやく落ち着いたのか、咳き込みが収まると同時に噛みついてきた。
「い、いい、いきなり何を云うと思ったらっ! なんで、私たちもっ!?」
「いや、お前もあの子たちを声援したり、褒めているだろう? それに食事関係もきっちりしている上に、叱る時は叱るからな……ロマン曰く『君たちって両親みたいだね』と云っていたぞ」
「あ、あの軟弱男っ、そういう他人事の恋愛事より自分の方に目を向けなさいよっ」
マルタは悪態つきながら木製の手摺に両腕を乗せて、顔は両手で覆った後に呻き声を上げ始めた。
そんな彼女の両手の隙間から見える顔が見えた――頬が若干赤く染まっているのを。それを恥ずかしさと捉えたランスロットは言葉を掛ける。
「そうか、やはりそうなるよな」
彼の言葉に思いきり肩を震わせるマルタ。そんな彼女の様子を見て、ランスロットは優しく肩を叩いて言葉を掛けた。
「いくら保護者扱いされても、気を落とすな。 子持ち扱いされてもお前の美しさは変わらん、ロマンたちの言葉はあくまで喩えだ。若々しい俺たちが本当に親扱いされることは流石にきつい――」
――所謂年寄り扱いされたことへの内容の慰めであった発言を聞いた瞬間。マルタは聖女とは思えないほどの見事な掌底を放ち、ランスロットの腹部から凄まじい打撃音が海原に響いた。
後に六華たちはこう語った『大砲が放ったんじゃないかっていうぐらい凄い音だった』と。
茂みから続く山林地帯に、人や魔物はいなかった。あったのは、石板が一つ。刻んであるのはルーン文字。
その内容は「一度は眠りし血斧王、再びここに蘇る」と。
《け、血斧王は9世紀のノルウェーを支配したヴァイキングの王だよ!》
最近ダヴィンチに出番を取られ、焦りを覚えているロマン。
そしてその言葉通りに、血斧王エイリークのサーヴァントが存在し、ランスロットたちに襲い掛かってきた。
エイリークのクラスはバーサーカー。ご狂化を付与されていて対話は不可能だった為に、迎え撃った。
「はっはっは! どうしたんだい、全然大したことないねぇ!」
地面に倒れ込んだエイリークを見たドレイクは両手にある銃を回転させて再度銃口を向ける。
エイリークの身体中に銃痕、そして銃痕による穴から血が噴き出している。無論銃痕だけでなく、剣で切り裂かれての出血も見られ、虫の息状態だ。
そしてそのエイリークの傍らには、肩に剣を置いているパロミデスの姿があった。そして、ドレイクの発言を聞いて躍起になって大声を上げた。
「おまっ、俺が斬り裂いた所を銃弾で上乗せしただけだろうがっ!」
「はんっ、目が悪いのかい!? あんたの場所以外にも撃ち抜いたよっ、ったくこれだから小さい男は目も悪いのかい!?」
「んだとぉお!?」
「まぁまぁ! お二人は仲良しさんね。 アマデウスとシャルルを思い出すわっ!」
「というより、どうしてこのような些細なことで喧嘩が出来るのでしょうか……」
「放っておきましょう、ジャンヌ。 もうあの二人にとってこれが平常運転みたいですし……」
最早恒例となりつつあるパロミデスとドレイクの口喧嘩が絶えず、マリーは楽しそうに、そしてジャンヌとマルタは呆れていた。
そんな和やかな空間の中で六華はランスロットに話しかける。
「ねぇ、ランスロットさん。 この時代のドレイクさんって私と同じ人間だよね? それなのにどうして……」
「以前彼女から聞いただろう? 彼女はポセイドンも倒した挙句にアトランティスを再度沈めた実力者だ。 さらに聖杯に認められた英雄が、サーヴァントを倒せないで如何する」
「えぇ……」
ランスロットの理屈は一応は理解できるも呻き声を上げてしまう。
確かにドレイクは魔術も知らない、ただの海賊である彼女が航海技術と銃、仲間たちそして自分の力――人間の力のみで幻の大陸であるアトランティスと共に復活し、オリンポス十二神の名である海神と名高いポセイドンを打ち倒した。
だが、それでも人間がサーヴァントを打ちのめすなど、やはり信じられない光景だ。それこそ宝具と云われるサーヴァントの切り札を目の前で見てきた六華にとっては尚更のこと。
――傍らにその力を発揮し続けているランスロットがいるのだが、六華たちにとってはすでに彼は常識範囲外の存在として捉えているので、そこはご愛嬌。
「……しかし、流石はドレイクさんです。 私なんて重撃を受け流すので精一杯だったのですが」
「それはお前の実力がおぼつかないだけだ。 技術は少しだけマシになったかと思ったら、この始末……帰ったら盾の使い方について指導してやる」
「は、はい! 宜しくお願い致します!」
ランスロットの申し出にマシュは嬉しそうに答える。
エイリークを倒せずに苦戦したことは悔しかった。しかし最近は食堂のキッチンに入ることが多くなって、訓練指導を受けられなかったので、ある意味で怪我の功名である。
「むぅ、何かランスロットさんってマシュに甘くない?」
「別に優劣つけているつもりはないがな」
「それをいうなら、先輩だってランスロット卿とマリーさんでお茶会したじゃないですか」
「うっ、そ、それはそうだけど、それでもズルいって思っちゃうんだよ」
和やかな話題で盛り上がっている三人組と喧嘩と見守り組が、この空間を支配している最中。
「グッ、ウウッ。ウウウッ………!」
エイリークは痛みに堪えながら呻き声を上げてはその光景を見る、しかし誰にも気づかれず各々の会話をしていた。そんな光景をエイリークは涙を、血涙を流しては聞こえない程の小さな声で「オ、オレ、ヲ、ミロ、ヨ」と云ってから消滅した。
そして場所は変わり、ヘンリー・エイヴリーに。船の甲板でのんびりと過ごしている中、水しぶきが大きく上がっては彼の前方に降り立つ一つの影。
それを見つけたヘンリーは笑みを浮かべて近づいた。
「グッ、ゥゥゥウウウオオオオッ!!!!」
「おっ、帰ってきやがったな。 どれ、何か報酬があったか?」
「ナイッ! アッタノハ、アイ、ト、ケンカ、シカ、ナカッタッ!」
悔しさを口にして血涙を流す彼――エイリークの姿を見つめて、ヘンリーは頭に手をやってため息をつく。
「…………やっぱ黒ひげに人選任せたのが間違いだったか?」
訳の分からないことをいうエイリークを、ヘンリーは放って船内に入ろうと扉に向かって歩き出した。