【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
ガリアの野営地に入り、ネロが来たことにより兵士達の士気も上がったところで、手前にあるテントから二人の男女、いやサーヴァントが前に現れた。
それを見たランスロットたちは六華を隠すように前に出た。
二騎の片割れ――赤毛の女性は問題ないが、もう片割れの、拘束具を全身に装着したマッスルな男のせいだと思われる。
「遠路はるばるこんにちは。あたしはブーディカ。ガリア遠征軍の将軍を務めてるよ」
「戦場に招かれた闘士がまた一人。喜ぶがいい。此処は無数の圧政者に満ちた戦いの園だ。あまねく強者、圧政者が集う巨大な悪逆が迫っている。叛逆の時だ、さあ共に戦おう。比類無き圧政に抗う者よ」
「え? うわあ、珍しいこともあるもんだ。スパルタクスが他人を見て喜んでるのに、襲いかからないなんて、滅多にないわ」
「襲い掛かった瞬間、首を斬る予定だがな」
ランスロットは柄を手に沿えていつでも抜けられるように構えをとる。そんな彼にブーディカは両手を上げて苦笑する。
「待ってよ。君たちと対峙するつもりは――うん?」
ブーディカはランスロット、パロミデス、そしてマシュに目を入れると、三人の顔を様々な方向から眺め廻す。
「……うんっ、うんうんっ! やっぱり君たちだっ! いやー、こんなところで会えるなんて、嬉しいなぁ!」
ブーディカは、両腕を精いっぱい拡げて三人を纏めて抱きしめた。
マシュは戸惑いを隠せない様子で混乱した様子で。
パロミデスはブーディカの柔らかい感覚と香りに役得と云わんばかりに笑みを浮かべ。
対するランスロットは(……脂肪の塊が何だとか陛下は云ってたが、柔らかいしやはり悪くないな)と心中で、ある部位の柔らかさを語っていた。
――その後、実力を試させてもらうと模擬戦を繰り出されたが。
云うまでもなく、圧勝だったのは語らずとも分かるだろう。
その夜はブーディカによって完成したブリタニア料理に舌鼓を打った。
しかしながら夜が来るまでに、六華やマシュがブーディカに全力で可愛がられて揉みくちゃにされていた。
食事会が終わり、すっかり夜も更けた頃、闇夜の中でランスロットは周辺の見回りにあたっていた。いつ敵がやってくるかわからないからである。
時間をおいているものの、見回りも終わり野営地に戻ると、焚火の前に人影を見つける。
「六華、まだ眠っていなかったのか」
「あっ、おかえりなさい」
その影の正体はカルデアのマスターである藤原 六華。彼女は笑顔を浮かべているものの、何処か疲労した様子が隠せずまた表情に乾いたものを感じた。
「……何かあったのか?」
ランスロットは彼女の隣に腰掛ける。
「ん……ううん、お風呂は気持ちよかったし、ご飯も美味しかったよっ! 特に何も問題なんて――」
六華が慌てて言葉を紡げ、また表情の笑みにはどこか引き攣っている――下手糞な笑みを浮かべていた。
その様子をランスロットは何度も見たことある、それは神秘の時代で仕えていた陛下の顔に似ていた。
陛下もよく無理難題の執務に悩み苦しみ、取り組んでいた。休むように促しても六華と同じような笑みを浮かべて拒否していた。
そんな陛下にランスロットは何時も厭きれた。己が全てを背負い込み、決定しようとするその姿勢に。
今の彼女もそれだ。それならば――。
「こっちにこい」
「へっ、うきゃっ」
彼女の腕を引っ張り、ランスロットは自らの膝に彼女の頭をのっけた。所謂膝枕というやつだ。
こうなれば徹底的に休ませ、甘やかせてやろう。
因みに陛下に対しては簡単な食事を提供し、リフレッシュをさせていた。
「あの、ランスロット、さんっ?」
「膝を貸してやる。男ので申し訳ないが……少しは気分が和らぐだろう」
緊張気味になっている六華に対して、特に気にも留めずランスロットは六華の髪やおでこを優しいタッチで撫で始める。
次第に六華は緊張がほぐれ、次第に意識がぼんやりしだし口が動き出す。
「ブーディカさんの、お母さんの味がしたんだ。暖かくって、優しい味」
「美味しかったんだぁ。 ランスロットさんのも美味しいけど、お父さんっぽいんだ」
「二人の味大好きだったんだ…………もういないし、食べれないから寂しいなぁ」
「人理修復、頑張らないとなぁ。でも、出来るかなぁ……怖い、な、っ」
ポツリポツリと紡がれる六華の言葉に頷き答えながらも、撫でる手を止めないランスロット。
彼女の言葉が止み、見るとすっかりと寝息をたてて眠っていた。
眠ってしまった六華に優しく微笑み、ランスロットは聞こえないだろうが言葉を紡げた。
「大丈夫だ、お前には聖女と騎士がいるんだ……一人じゃないよ、お前は」
「それで、何時まで見ているつもりだ。 ブーディカ」
「あ、あははは、バレてた?」
「気配を隠していたようだが、俺にバレるようなら、まだまだだな」
比べる相手が違うのではないかという突っ込みは閑話休題。
ブーディカは膝枕をしているランスロットの隣に座り、六華の頭を優しくなで始めた。
「あたしが創った料理の所為で寂しい気持ちを思い出させちゃって、何だか申し訳ないな」
「いや、寧ろ感謝する……貴方の包容力は今の六華にとって必要だ、十代で人理修復という責任を負わされたんだ。甘えられる人が欲しい」
ブーディカは昏い表情を浮かべて俯かせてしまう。
ランスロットはそんな彼女に敢えて何も云わないように口を閉ざした。
「……復讐のために嘗てローマの人々を襲って殺したあたしは、そんな人間に相応しくないよ。客将として協力しているのも、ただの罪滅ぼしだよ――」
「だったら、何故守る側に廻っている……敵を倒すという名目で廻ればいい話だ――復讐という心に従えばいいだろうに」
ランスロットの容赦ない言葉にブーディカは苛立ち唇を噛み締め、睨みつける――お前如きに何が分かるのかと云わんばかりに。
そんな彼女の視線に気にも留めず、ランスロットは言葉を紡げる。
「だが、それをしないということは本当は分かっているんだろう。 自分が、そちら側の人間に成れないことに」
国を蹂躙され、娘らを凌辱されて決意して復讐者となった彼女。
しかし、現界した時に見たもの――それは連合に食い荒らされる帝国。彼女は一目散に行動を開始した、生きる人々を護るために盾と剣を構えて戦いに赴くことを。
復讐するのではなく、ただ守るために走り出したあの時のことを思い出すブーディカ。
彼女の心に宿っていた苛立ちは不思議と消え去り、やがて落ち着きを取り戻していく――そして。
「そうなんだよね……やっぱりさっ、私は守るために戦うのが向いているんだ。君の言う通りでね」
女王として優しい顔を浮かべたブーディカに、ランスロットは笑みを浮かべて頷いた。
「そっちの方が、先輩として相応しい――優しくて好い顔だ」
「そ、そうかな? やさしくて好い顔か、あたし、そういう経験ないしなぁ……」
「寧ろ、無いのか。 あるように見えたんだが……経験してないのか?」
「は、初めてだよっ。もうっ、意地悪だなぁ、ランスロットはっ」
恥かしがるブーディカに不思議さを覚えてランスロットは首を傾げるも、六華の頭を撫でることは止めずに動かしていた。