【停滞】湖の騎士 異聞録 (旧題偽・湖の騎士伝) 作:春雷海
その背中に迷いは見られず。剣を片手に己が定めた道を歩むその姿に、僕たちは尊敬と憧れを抱いていた。
自分の生き方を決して曲げず、後悔するよりもそれを繰り返さないようにする努力を続ける彼に。
助けが間に合わず民に罵倒されても、どんな苛酷な戦場でも生き残り、騎士としての使命を果たし続けた。
王に、国に勝利をもたらす史上最高で最強の騎士――だけど騎士としての資質だけじゃない、あの人には不思議な魅力があった。 王は勿論彼に忠誠を誓った騎士も多い。
あの人がいたからこそ騎士になったという多くの人がいた。
僕もその一人だ。 ■の傍にいて、騎士という生き方を学び、そして共に駆け抜けたいと思った。
どれだけ遠くてもいい、生涯追いつけなくてもいい。
あの背中を見つめ追えれば、騎士として……いや■■として僕は幸せを感じた。
『■■■■■■、背中は任せたぞ。 あいつらに次いで、背中を任せられるのはお前位だからな』
はい、■■。 貴方の期待に応えられるように僕は――。
カルデアの一室にあるベットで、マシュは目覚めた。
「今のは、夢?」
しかし、あれは誰かが経験した古い夢。マシュが経験したことも感じたこともないものだ。
サーヴァントと契約している、マスターは稀に夢を共有してしまう事がある……しかしマシュはマスターではなくデミサーヴァント。
マシュが夢を共有することなどありえない――いや。
「もしかして……」
いるではないか。マシュと夢を共有する人物が……故となって英霊となっている人物、憑依融合してくれて自らの命を救ってくれた存在が。
その英霊が経験し、想いを馳せていた夢だったのだろうか。あの夢は切なくも、どうしようもない位の高揚感が沸きただせる……不思議さが彼女の胸に拡がる。
「よしっ、マシュ・キリエライト! 行きます!」
マシュは次なる特異点に向けて気合を込めて叫んだ。
訓練ルームと呼ばれるもので室内で、剣戟が響き渡る。
訓練用の剣を交差し合うランスロットとパロミデスの姿がある。パロミデスは如何にも満身創痍といった具合で、ランスロットが圧しているという具合だった。
「ここまでにするか」
「はあっ、くそっ、また一発も喰らわせなかったかっ」
悔しそうに呻いてパロミデスは剣を地面に突き刺し、ランスロットは律儀に訓練用の剣を鞘に納める。
本来はマスター達が基礎鍛錬・サーヴァントとの連携を鍛えるのために常時解放されている。腕に自信があるサーヴァント達がお互いに技術を磨き合ったり、筋トレをしたりと思い思いに過ごせる空間である。
第二特異点に向かう前に、少しばかりの運動といわんばかりに二人は特訓を行っていたのだ。
「ったく、こっちはサーヴァントだぞっ。 なんで、人間であるお前に負けるんだが」
「一応、鍛えてるからな俺も」
「はっ、鍛えてりゃ、
「主に幻想種を斬り殺せば」と答えようとしたが、一蹴されるのがオチなので云うのを止める。
ランスロットは訓練用の剣を壁に立て掛けて、訓練場の扉に向かって歩き出したと同時に扉が開いた。
「あっ、おはようございます。ランスロット卿、パロミデス卿」
「おぉ、嬢ちゃん」
訓練ルームに新たに少女、マシュ・キリエライトが入ってきた。
「あぁ、マシュか。随分と遅い起床だな」
「はい、何か不思議な夢を見て、それがなぜか後押しされてやる気が出ているんです――その勢いのまま訓練をしようと思いまして」
「ふむ……ならば俺も付き合おう。ただ時間があまりないから、少しの間だけだがな」
「っ! 是非ともお願いします!」
そう云うとマシュは魔力を変換し、大きな盾と随分と露出が多い紫色の格好になる。それを見たランスロットは立て掛けていた訓練用の剣を抜き、構える。
「っ、参ります!」
「言葉を発する暇があったら掛かって来い」
マシュの叫びを両断し、ランスロットは容赦なく床を蹴って駆ける。中段から大きく左上段に振りかぶる構えを見たマシュは一瞬で突き出した――が。
「きゃっ!?」
剣を受け止める甲高い音が響かず、響いたのは鉄が叩かれる音。その強くも弱くもない衝撃に、力んでいたマシュの身体をたたらを踏む。
見るとランスロットの剣は中段に戻され、振るわれたのは中段による足刀蹴りだった。
「剣を振るうからって、必ずしも刃が襲うとは限らん。先読みの力が少々甘いな」
「っまだです!」
マシュはそう叫ぶと盾を構え直し、ランスロットに接近した。
(その盾を使うんだから少しはマシにしとかないと……俺にとって大切なものだから厳しくするか)
すると今度は剣による凄まじい衝撃で、マシュは吹き飛んだ。
「あいつ、嬢ちゃんとの訓練に力込めてんな……それほどあの子に期待してんのかね」
パロミデスは頭を掻きながら、二人の訓練を見つめる。
正直、パロミデスから見てマシュは未熟者だ。
しかし、いずれはこのカルデアの要になる人物にはなると思っている――それをランスロットも感じているだろう。
それでも何故ランスロットがマシュに対して力を入れているのかが分からないが。
「まっ、期待しておくかね。あいつが気に掛ける程の実力ってことで」
カルデアは裏切者――レフ・ライノールの手による爆発、総動員でレイシフト等の作業をこなさなければならず、徹夜も当たり前であった。
無論、それによりカルデアの食堂に凝った料理はほとんどなく、職員は栄養補給のために食事をとるだけで楽しむ余裕などなかった。
「うむ、簡単なものだが出来たぞ。 ほら、食べろ」
「あっ、ど、どうも」
その現状を見て聞いたランスロットは即座に行動を開始した。
クリーム色のエプロンを着用して包丁を片手に具材を切り捌いていき、卵焼きやベーコン焼き、炒飯、鮭等を創っていく。
しかも機器の使い方もお手の物、戸惑いもなく扱い、スタッフたちに料理を振るっていた。
「味は保証は出来ない、気に入ればいいのだが」
「い、いえそんな、ありがとうございます」
まさかの、最強で伝説の騎士がエプロン着用の元で料理を提供してくれるなんて、まさしくカルデアしかないだろう……。受け取った女性スタッフは緊張気味に受け取り、テーブルの椅子に座って一口食べると。
「!?」
黄金色に輝くパラパラの炒飯、その味はとても美味だ。全体的にぱらっとして米粒も丁度いい焦げ目がついて、味付けも炒飯全体に馴染んで、とても美味だ。
久々に食べる料理に女性スタッフは目尻に涙がこぼれる。周囲を見ると女性スタッフと同じように、また男性女性関係なく涙をこぼしていた。
ビタミン剤や簡単なもので済ませていた食事が、今ランスロットの手作り料理で変わろうとしていた……。
(やべっ、余りにも庶民すぎる上に男臭い料理だから呆れてるのかも……洋食料理にすればよかったか)
そんな感銘を受けているスタッフなど露知らず、ランスロットは次に創る料理はスクランブルエッグにしようと考えた。
「あー。やっぱ、あいつの料理は美味いな、もう一杯食お――しっかし、あいつのこのスキルどうやって磨かれてんのかねぇ」
「今度教えてもらおうかしら。 手間がかからなそうだし」
「はふっはふっ、美味しいです」
因みに、六華に召喚された三人のサーヴァントも美味しそうに食べていた。