理想の出会い~THE IDOLM@STER~ 作:まちゅもと
天に星 地に花 人に愛。
誰か昔の偉い人が言ったのだったか。
僕は本当に幸運だ、まさにその言葉を絵に書いたような美しい光景を見られたのだから。
ただ、天には星より明るい未確認飛行物体と、地には花を避けるように突き立てられたスコップがある。
なにより僕の愛した女の子は泡を吹いて倒れているのだ。
星を見に行こうかなんて、言わなければよかったのだ。
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公園の砂場をスコップで掘り返すとひんやりとした黒っぽい砂が露わになる。
僕はそこに手を突っ込むのが好きだった。
暑い夏の日、日に焼けて土煙を上げる黄色の地面を見ながら、優越感に浸るのがたまらなく贅沢な気がして好きだった。
僕は毎日公園に行った。
ある日、白いワンピースと白いつば広帽子に身を包んだ女の子と紺色の着物を着たガタイのいい男が公園に入ってきた。
少女は砂場の僕に目を止めると手を振り、ひとことふたこと何かを男に話すと僕の方へ駆けてきた。
「一緒に遊んでもいい?」
「いいよ」
僕はあまり話をするのが得意な方ではなかったし、彼女もそのようで、ふたりして黙々と穴を掘っていた。
時折僕が手を止め砂の湿り気を手のひらで味わっていると、彼女も真似をして砂を触った。
その日はもうさようならのひと言しか言葉を交わさなかった。
次の日からも、彼女は毎日公園に来て僕と一緒に砂場をほじくりかえしていった。
相変わらず僕らにこれと言った会話はなかった。
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彼女と初めて会ってから二週間ほど経ったころ、彼女は初めて1人で公園に来た。
僕はいつもなぜか圧力を感じていたあの男のことが気になった。
「あの、いつも一緒に来てる人は?」
彼女は話しかけられたことに心底驚いたようで、答えを探して周りを見回すように首を振った。
「ええと、お父さんのことかな?
今日は一日お仕事があるから...」
「そうだったんだ。あんまり似てないね」
「そ、そうかな?うちの若い人達はお父さんによく似てるっていってるんだけどな…」
僕には触れれば折れてしまいそうなこの女の子とあの男とは全く似ても似つかないように思えるのだが。
「アイス食べに行かない?暑いし」
ズボンの後ろポケットにある百円玉3枚を確認し直して誘ってみた。
今日は彼女ともう少し一緒に居たい気分だった。
「いいよ」
後の会話はよく覚えていない。
照りつける太陽が暑くて口の端に付いたアイスクリームがバニラの甘ったるい匂いを長いこと鼻に届けたことと、白い帽子の下の笑顔が陰になっていたのに眩しかったことは鮮明に覚えている。
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それ以来僕達は砂場を掘り返しながらよく話すようになった。
彼女の名前は萩原雪歩、隣の小学校の同学年らしい。
同じ学校だったらよかったのにと言うと、彼女は笑いながらそうだねと言った。
ほかにも取り留めもないことをたくさん話した。
僕は少し、砂場の外の雪歩が気になった。
「あのさ、今度神社でお祭りがあるから、一緒に行かない?」
彼女は少し驚いた様子で、それから、
「ちょっと待ってて」
と言ってお父さんの方へ歩いていった。
また歩いて砂場まで帰ってくると、
「いいって。一緒に行けるよ」
「うん」
他に何を言っていいかわからず、手を冷えた砂に突っ込んだ。
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空が橙と紫のちょうど中間の色をしている。
昼の熱を吸ったアスファルトがむしむしとサンダルを焙り、僕を居心地悪くさせる。
小さい石ころを排水口に蹴飛ばし、神社の階段横の石垣を指でなぞる。
「まだかな」
「おまたせ」
誰かわからなかった。
彼女があの白いつば広帽子を被っていないのだ。
加えていつもの白いワンピースでなく、紺色に花柄の浴衣を着ていた。
「...おう、いこうか」
詰まらずに言えただろうか。
「あ、りんご飴食べたいな」
「じゃあ俺もその小さいやつ食べよう」
二人で座って食べた。
彼女が食べているのを横で見るのもいいなあ。なんて。
人がまばらになり、屋台が完売の札をいくつかかけるようになった。
「もう帰る?」
僕はもう少し彼女と居たかった。
「星を見に行こうか」
====公園====
「星を見るなんて、したことなかった」
「僕もあんまりないよ」
「じゃあ、なんで誘ったの?」
「なんでだろう」
彼女は笑った。
「あ、あれなんだろう?」
光を発しながら飛んでくる、円盤状の物体。
UFOにしか見えない。
どんどん近づいてくる。
僕も彼女ももう声を出すことも忘れてそれを見つめていた。
彼女の上で、それは動きを止めた。
頭の奥がきーんと鳴ってくらくらする。
ソレは彼女に向けて光を放った。
彼女が僕に助けてと言うのが見えた。
耳は未だに聞こえない。
僕はもう無我夢中で砂場のスコップをソレに投げつけた。
それからどうなったのかはわからない。
気づけば彼女が倒れ、ソレがゆっくりと上昇していった。
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結論から言うと、彼女は僕のことだけを忘れてしまっていた。
夏休みが開けると僕の公園に行く頻度も減った。
自然と僕達が会うことはなくなった。
====数年後====
「なぁおい。今度近くの公園で映画の撮影がワンシーンあるんだってよ。見に行こうぜ」
「おう行く行く!
あ、お前も行くぞ!」
なんで俺まで...。
高校生とはかくもミーハーな生き物なのか。
「たしか、萩原雪歩ってアイドルが来るらしいぞ」
ああ、彼女か。
そういえば彼女は最近アイドルを始めたらしい。
あれ以来僕達は会っていない。
彼女は会っていたことを覚えてもいない。
不思議なものだ、物静かな彼女がアイドルになるとは。
====公園にて====
「ハイ、カットォーー!!
お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」
撮影が終わったらしい。
本当に彼女の演技は素晴らしかった。
「一目だけでも見られないだろうか...」
公園の裏に停めてあるバンの近くに彼女を見つけた。
「プロデューサーさん!きょ、今日はどうでしたか?」
「おう!バッチリだ!やっぱり雪歩はすごいなあ」
「ふふふ、ありがとうございます」
彼女はプロデューサーと呼ばれた眼鏡の青年に恋をしているのだ。
直感的にそう思った。
「ああ、本当に、星を見に行こうかなんて言わなければよかった」
お腹の底から笑いながら呟いた。
SF記憶喪失END
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