貧しい家に生まれ、父は浮気し母は病に倒れ仕事も見つからずに途方に暮れる一人の青年。

やむを得ず青年は悪党の仲間入りを果たすが、その次の日、彼は"あるモノ"に遭遇する。



*この小説は、ゆっくり犠牲さん執筆の「東方犠牲録」に登場予定の、とあるキャラクターの生態を描いた(?)小説です。
そのキャラクター視点ではなく、一般人の青年の視点で体験談風に書いています。

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狩るモノ

俺の家は昔から貧しかった。

どうにかギリギリ一週間飯を食えれば良い方で、時々丸一日何も食べれない日もある程に。

そんな状況にとうとう嫌気がさした親父は上手いこと金のある女を捕まえ浮気をして逃げた。

母親は畑仕事をしていて、俺も勿論手伝ってはいたが、なかなか上手くいかず、とうとう数日前に病気にかかってしまった。

息子である俺はどうにか、家を保ち母親に負担をかけない為に、仕事を探した。

 

だが、貧乏故の身なりのせいか、どんな所でも相手にされずに門前払いを受ける始末。

 

「ちくしょう....せめて身なりさえどうにかなれば....。」

 

落ち込んで帰る俺に後ろから声がかかった

 

「よう、若いの。」

 

振り替えれば、そこにいたのはガタイの良い背の高い男だ。(180cmくらいか?)

 

「なんでしょうか?」

 

「俺達の所に来ねぇか?」

 

話を聞くに、どうやらこの町の悪党の様な連中らしい。

変なのに捕まった。

 

「すみません、俺は家の事もあってお金が必要なのであなたみたいな人達と関わるつもりは....」

 

「だからだよ。」

 

「え?」

 

「俺達の所に来れば、まともな金が手に入る。

勿論それ以外もだ。」

 

「でもそんな....」

 

「断りゃ他はねぇぞ?」

 

「うっ....。」

 

どうしようか悩むに悩んだ。

こんな連中と関わりたくない。でもコイツら以外は門前払いで働く為の相談すら出来ない。

おそらくこの連中と悪事を働く事を母親が知れば、ショックを受けるだろう。

だが....。

 

「分かりました....背に腹は返られません。」

 

「決まりだな。」

 

ニヤリと目の前の男は笑う。

そのあと、溜まり場に仲間が居ると言うことで、ついていった。

 

 

溜まり場は、一軒ただの木造の家。

中に通される。

そこで見たのはまさに「悪党」。

ドイツもコイツも目に光はなく、荒みきっている。

ざっと数えて30人程か。

世の中、こんな目をした奴らがいるのかとつくづく思う。

 

「よぉ!お頭、そいつは誰だい。」

 

部屋の隅の方に胡座かいて酒を飲んでいた出っ歯の男が反応した。

 

「拾ってきたんだ。」

 

お頭と呼ばれた男が短く答える。

すると出っ歯の男は「へぇ」とどこが興味深げにこちらに近寄ってきた。

よく見たら出っ歯汚い。

 

「へぇ~、なんだか貧相なヤツだなおぃ....。

良いかい優男な兄ちゃんよ、お頭の言うことは絶対だ。

歯向かった場合の覚悟はしておくんだぜ?

指の1本くらいは考えとくこったな」

 

臭い息を撒き散らしながら、出っ歯の男が絡んできた。

他の連中もそれに便乗するようにニヤニヤ笑っている。

 

「甚六、あまりイビるな」

 

「へへ、イビっちゃいねぇ。

ただ、こんな優男に俺達の仲間入りたぁお頭もどうしたんだ?」

 

なるほど、この出っ歯。

甚六と言うのか。

 

「まぁ、じきになれるだろう。」

 

「ふん、子ども一匹も殺せなさそうな奴がこれからどう化けるのかね。」

 

また甚六が横目でチラチラと見てくる。

不愉快だ。

 

 

「おい、若いの。明日またここに来い。

最初の仕事は山だ。修行僧を襲う。」

 

「修行僧!?」

 

おいおいおいおいおい、それはヤバイんじゃないか!?

 

「金の為なら相手が誰だろうが関係ねぇんだよ、その気になりゃ子どもからだって殺して引ったくるぜ?」

 

そんなこと軽々しくいう甚六。

それに続けてお頭も

 

「修行僧達も勿論殺す。

後になって問題になっても面倒だからな。」

 

と。

やっぱりイカれてやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日。

 

重い足を引き摺りながらやってきた、奴らの溜まり場。

 

「約束通りだな。」

 

「本当は来たくないです....。」

 

「まぁ、とりあえずお前はこれを持っていけ。」

 

手渡されたのは棍棒に釘がついたモノだ。

他の連中もやっぱり引ったくったのだろうか、日本刀やら、鎖鎌、短刀など持っていた。

 

「へへっ、この前仕入れてきた薙刀だ!」

 

甚六は薙刀を持って仲間に自慢している。

仲間もそれを見て盛り上がっている。

人を殺しに行くのにあんなに楽しそうにしてるなんて....よそう。

考えるのも疲れた。

 

「出発だ。」

 

お頭の一言で皆溜まり場を出ていき、俺もそれに続く。

しばらくいった山のなかで俺は横にいた男(名前が分からないので、この男を1とする)に質問をする。

 

「あなたたちは何故こんなことを?」

 

すると1はこう言った。

 

「楽する為さ、毎日汗水垂らして働くなんてアホくせぇ。

そんなことするくらいなら他人から奪って自分のモノにしちまった方がずっと楽だからな。」

 

「....罪悪感はないようですね?」

 

「ないね。」

 

即答だった。

ついでに他の事も聞いてみる。

 

「その武器なんかはどこから?」

 

「武器職人を脅して作らせたのさ、人の良さそうな老いぼれジジイだったから"軽く組伏せる"だけで簡単に言うこと聞いてくれたよ。」

 

嫌な笑みを浮かべて答える1。

何故かは分からない、でも確実に俺はイラつきと後悔を感じた。

今からでも引き返せるものなら引き返したい。

 

「見つけたぞ。」

 

そんな事を思っているとお頭が皆に声をかけた。

見てみると、前方に修行僧達が列をなして歩いている。

今からあの人達を襲うのか。

あぁ、やっぱり嫌だ....。

 

「へへへ、ちゃっちゃと殺して、荷物ひったくって帰るぞ」

 

甚六は相変わらず楽しそうだ。

そのまま俺たちは修行僧の一行に近づく。

そして、お互いにすれ違おうかとした時、お頭を中心に連中が輪を作って修行僧達を囲む。

 

「あっ、あの....何かご用でしょうか....?」

 

困惑した修行僧達の中で先頭に立っていた者が尋ねてくる。

(以下この者を2とする。)

 

「なぁに、あんたらの荷物がほしいだけさ。」

 

得物の切っ先を向けお頭が言う。

 

「組伏せろ!」

 

お頭の指示により、一斉に連中が飛びかかり次々に修行僧達を組伏せ、縄で手を縛りあげて荷物を奪い取って行く。

おそらくこれまで何度も悪事を働いて来たのだろう。

かなり手慣れている。

 

「ひぃ!やめてくれ!」

 

「あぁ、大事な荷物が....!!」

 

修行僧達が悲鳴をあげている。

 

「よし、止めろ。」

 

お頭の静止の声で、連中が手を止める。

修行僧全員分の荷物を奪ったあと、1が中身を確認し、お頭に何やら報告している。

満足げに頷くお頭。

"これでもう帰れるのか"思いの外あっさり終わり、修行僧達には悪いと思いながらも、少し安心していた。

すると、

 

「よし、殺せ。」

 

「!?!?」

 

まさかの指示に驚きを隠せない。

正気なのか!?

 

「盗るものは盗った、あとは用無しだ。」

 

「いくらなんでもそれは....!」

 

「もしもここで生かしたら後々何があるか分からんからな。

大丈夫だ、殺した後は焼いて捨てる。証拠も残らんだろ。」

 

顔色一つ変える事なくお頭が言う。

縛られた修行僧達の中には涙を流し命乞いをするものや覚悟を決めたように目を閉じる者、必死に何かにすがるように呟く者、様々な反応が見てとれた。

悪党に身を寄せるとはこういう事なのか....。

このとき、初めて現実を知った。

 

「言ったろ?"ちゃっちゃと殺して帰る"ってなっ!」

 

目をギラつかせた甚六がニヤニヤと笑っている。

 

「せっかくだ、若いの。

最初の一人はお前がやれ。」

 

お頭がまたしても指示を出してくる。

やるしか無いのか....嫌だ、やりたくない....だが、やらないと俺もどうなるか分からない。

そんな事を考えていると、目の前に縛られた修行僧の一人が引き摺られて俺の前に投げ出される。2だ。

俺はしばらく立ち尽くしていた。

2は悔しそうに目をつむり、俯いている。

 

「....。」

 

「....。」

 

「....。」

 

「....。」

 

「....。」

 

「....。」

 

「....。」

 

続く沈黙。

俺は棍棒を持つ手がだんだん震えてきているのが分かった。

 

「ヒュー....ヒュー....。」

 

息も荒くなってきている。

これからやるのは人殺しだ。

目の前の何も悪くない修行僧を殺さなければいけない。

俺が殺したのを合図に、周りの連中も他の修行僧達をあっという間に殺してしまうだろう。

だが、本意ではないとは言え既に悪党の仲間入りをしてしまった。

 

「一思いに........やるが良い....。」

 

2が重々しく言う。

 

「....!....すまないっ!」

 

震える手をどうにか抑え、棍棒をゆっくりと頭上に掲げる。

....やっぱり駄目だ、後は思いっきり降り下ろすだけなのにそれが出来ない。

降り下ろせない....!!

 

「でぇぇい!どきやがれ!」

 

痺れを切らしたのか、甚六が怒鳴り散らす。

俺を突き飛ばし、睨み付けながら罵声を浴びせる。

 

「てめぇ、いつまで待たせる気だ!?

俺達の"仕事"を遅らせやがってこのボンクラが!!」

 

そして、2の方へと向き直り薙刀を構える。

ほかの連中も修行僧達に獲物を構え、今にも斬りかかろうとしている。

お頭は俺達の後ろで腕を組んでじっと様子を見ている。

 

「悪いね、お坊さんよ。

俺がちゃっちゃと殺してやるからよ....!

嬉しいだろ?これで仏様に会えるんだからな、感謝しやがれやぁ!」

 

躊躇いなく薙刀を叩きつけるように降り下ろす。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!!!!」

 

見たくなかった光景が繰り広げられるのが嫌で、耐えられなくて、俺は思わず叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブシャァァア

 

 

 

 

鮮血が舞い上がる音。

 

「ギャアア!?」

 

そして響く悲鳴。

思わず目を瞑る。

しかし、それは一度きりだった。

 

「....お、おい。なんだ今のは....?」

 

さっきまで、ギラついた目で怒鳴り散らしていた甚六が呆けた様に言う。

俺は目を開けて様子を見た。

どう言うことだろうか。

今にも殺されそうになった修行僧達は、誰も殺されていない。

それどころか傷すらついていない。

むしろ、不可解だったのが....

 

「う、腕が....俺の腕がぁぁあ!?」

 

連中の中の一人が喚き散らしていた。

なんと両腕の肘から先が、まるで刃物でスッパリ切り落とされたかの様に無くなっており、断面から血が吹き出ていた。

それから、しばらくしてソイツの肘から先が得物を握ったまま空から降ってきた。

それを合図にするかの様に、今度はソイツのが胸にザックリと切り裂かれる様な傷が作られたかと思えば、鮮血が舞い上がり、ソイツは断末魔もなく息絶えた。

 

「なんだぁ!?」

 

「何が起こったんだ!!」

 

「畜生、化け物だぁ!」

 

当然、一同大混乱状態。

その隙を付くかの様に、今度は修行僧達を縛っていた縄が「バスッ、バスッ」と切れていく。

自由の見になった修行僧達は皆、一心不乱になって今まで来ていたであろう道を引き返し逃げていった。

 

「何もんだ!姿を現せや!!

俺がぶった斬ってやらぁ!!!」

 

「待て、甚六!」

 

お頭の制止の声も聞かず、無茶苦茶に薙刀を振り回している。

すると、

 

カツンッ

 

甚六の振りかぶった薙刀が何かに当たった。

何も無い空間なのに、明らかにそこに誰かが立っているような感じで。

 

「そこか....そこに居やがるんだな!?

覚悟しやがれ!」

 

その空間に薙刀を付き出した。

が、薙刀は途中からまるで掴まれた様にそこで動かなくなり、そのままボッキリと折られてしまった。

 

「なっ!?」

 

驚きを隠せない、甚六。

すると、その直後に甚六の腹から背にかけて体を貫通するように血が吹き出た。

口からも大量に吐血している。

 

「あ"ぁ"....あ"がっ....。」

 

全身を痙攣させる甚六。

そこにいる何かによって、甚六の身体は中に浮かせられ、そのまま近くにあった木の根もとに投げ飛ばされた。

人が投げつけられたとは思えない程の爆音を立てて木が倒れる。

爆音に混じって「ゴシャ」という嫌な音が聞こえた。

 

「皆、逃げるぜ!」

 

1が独断で連中に指示を出す。

賢明だろう。

見えない相手に武器を振るったところでどうにもならない。

皆、一目散に逃げようとした。

 

 

....が。

 

「ギャアア!」

 

「ぐわ!?」

それも空しく次々と鮮血を撒き散らしながら倒れていく連中。

俺はとにかく走った。

走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走りまくった。

後ろから連中の悲鳴がまだ聞こえてくる。

ヤバイ。

マジでこれはヤバイ。

この森に何が居るんだ!?

 

「畜生がぁ!」

 

一緒に逃げていた1が懐から何かを取り出し、それを後ろに思いっきり投げた。

 

ドガン!

 

爆弾だ。

逃げ遅れた連中を巻き添えに、爆発を起こし周りの木々さえも吹き飛ばした。

そして、後に残る砂ぼこりと煙の向こうからからは爆発に巻き込まれた奴らの内臓が大量に飛んできた。

 

「ははっ、どうだ化け物め!

これで焼かれてくたばりやがれ!」

 

恐怖でおかしくなったのか、1が笑いながら叫ぶ。

俺も流石にこれでは"見えない何か"も無事では無いだろうと思った。

だが....。

 

「がはっ....!」

 

立ち昇る煙からとてつもない早さで何かが飛んできた。

それは1の喉に突き刺さった。

薙刀だ。

甚六の物とは違う。

別の薙刀だ。

たまげた俺は再び煙へと視線を移す。

よく見てみると、煙が少し蠢いている。

そして中から明めの赤みを帯びたものが何メートルも高く飛び上がりこちらに向かってきた。

よく見るとそれは赤みを帯びているのではない。全身が燃えているのだ。

"ソイツ"はこちらに飛びかかりそのままの勢いで1を蹴飛すついでに薙刀を引き抜いた。

 

「ひぃ....!」

 

先程にもまして、恐怖がます。

"ソイツ"は火に纏われているにも関わらず、呻き声すらもあげずに、右手に薙刀をもって静かにそこに立っていた。

身長は2mを超えるのではなかろうかと思うくらい異様なまでに高い。

そして腰まで長く伸びた艶のある銀色の髪。

ソイツの身体に纏わりつく炎のなかで確認できるのはそれだけだ。

何故髪が燃えていないのかはよく分からないが、今はそれどころではない。

 

「悪は狩る。」

 

"奴"はボソリと呟いた。

そしてまるで獣を思わせるような凄まじく獰猛な動きでここまで逃げ延びてきた連中に斬りかかる。

連中は成す術もなく次々に殺され、30人は居たのが今では片手で数える程しかいなかった。

ましてや、今は完全に戦意喪失している状態。

勝敗など決まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、俺は森の中にひっそりと建てられた小屋の中に隠れている。

お頭が"奴"に斬りかった隙をついて、右も左も分からないくらいに必死に走って逃げたのだ。

あの時、お頭以外の連中は一人残らず斬り伏せられていた。

後ろでお頭と"奴"が得物を打ち合わせる音だけが聞こえていた。

その時に覚えているのは、"奴"の身体を纏っていた炎がもう3分の1程にまで消えており、ほとんど姿を認識出来なくなっていた事だ。

 

「助けてくれ....助けてくれぇぇ....!!」

 

小屋の隅で膝を抱ながらガタガタと震えていた。

すると....

 

ザッ....ザッ....ザッ....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

足音が聞こえた。

俺はここで助かるかもしれない。

そう思い声をかけた。

 

「おい、そこの人!

助けてくれ!化け物に襲われたんだ!」

 

ザッ....ザッ....ザッ............。

 

足音が止んだ。

が、それからなにも動きが無い。

こちらに声をかける訳でもない。

近づいてくるような気配も感じない。

なんとも居心地の悪い静けさが小屋の中に充満する。

おかしい。

どうしたもんか。

何故何も返事がないのか?

そう思い俺は、小屋の扉へと近づいた。

その時だった。

 

バァン!

 

扉が蹴破られた。

直後、俺は何者かに首を鷲掴みにされてそのまま壁に押し付けられた。

間違いないだろう、"奴"だ。

とてつもない衝撃が走る。

よく骨がが折れなかったと思う。

 

「....。」

 

「....ッ!」

 

無言のまま首を鷲掴みにし続ける透明の"奴"。

どうにか離させようと必死にもがき、姿が見えないにも関わらず"奴"を睨み付ける俺。

しばらくじたばたともがき続けるていると、奴が唐突に手を離した。

 

「痛って....ッ」

 

手を離されたあとに残る痛みに思わず四つん這いになり、むせかえる。

 

しばらくすると、床についている方の手のちょうど指と指の間に何かが凄い勢いで突き刺さった。

 

もう言うまでも無いだろう。

"奴"の薙刀だ。

見てみると、なんと薙刀の刃が全部床にザックリと刺さっており、床がひび割れていた。

 

"とうとう俺もここまでか。"

 

そう思うと同時に、これこら病気の母を一人家に残して何も助けになることが出来ない事が頭によぎった。

お頭の誘いを強引にでも断り、もっともっとマトモな仕事を見つけるために足掻いていれば、こうはならなかったのかもしれない。

悔しさで涙が溢れる。

 

「お前は....悪では無い。」

 

意外な一言。

 

「え?」

 

思わず涙でぐしゃぐしゃの顔をあげる。

やっぱり何も見えない。

でも、声は聞こえる。

確かに目の前に居る。立っている。

気配がなくとも、目の前の薙刀のお陰で分かる。

 

「眼を見て分かった。」

 

「....!!」

 

 

俺は息を飲んだ。

まるで何もない空間から浮き出るように"奴"は姿を現したのだ。

その姿は全身に漆黒の細身な甲冑を纏い、顔の上半分を隠すような角の生えた仮面を被っている。

そして、先程見た腰までもある長く艶のある銀髪をなびかせながら、凛として立っていた。

出で立ちは禍々しいのに、どこか神々しい。

そんな存在だった。

そんな"奴"に、いやそんな"彼"を目の前に呆気に取られていると

"彼"は何が可笑しかったのか、「ふふっ....」と小さく微笑み、床に刺さった薙刀を引き抜いて優雅に踵を返しながら、最後に一言

 

「去れ。」

 

と言い残し、空間に溶け込む様にして消えていった。

俺は一目散に小屋から逃げ出し、何度も転びながら家へと帰りつき、早々に寝た。

 

 

 

 

翌日。

 

「なんだこりゃ!?」

 

なんと家の前にお金が袋に入れられてドッサリと置かれていた。

それも両手でやっと持てるくらい。

完全にパニックになった俺は、人里の役所に行くなり自警団に届け出るなりすれば良いものを、何故か博霊神社へと向かった。

また、母親をおいてけぼりにしてしまった。

すまぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博霊神社にて....。

 

「なるほどねぇ。」

 

慌てて神社の階段をかけ上り、巫女様に事の次第を全て話した。

ついでに今朝のお金の事も。

巫女様の表情から見るに、何かを知っているらしい。

 

「アレは何者なのでしょう....?もしも悪いやつだったら....」

 

「大丈夫よ。」

 

「え?」

 

「あなた達を襲ったソレは神様よ。」

 

「そんなバカな!

あんな恐ろしいものが神様だって!?

そんな訳ない!

あの大人数をたった一人で葬り去った様なヤツが!?」

 

思わず取り乱した俺とは対照的に、冷静に巫女様は言う。

 

「本当よ。

神様と言ってもちょっと特殊なの。」

 

「特殊....ですか....?」

 

「えぇ、"戦神(いくさがみ)"って知ってるかしら?」

 

「はい、話には聞いたことありますが....」

 

「それなの。」

 

「え....」

 

「"彼"はこの幻想郷でたった一人の戦神。

ただ、ちょっと他の戦神とは違って異質だったのが災いして最終的に同族殺しをしてこの幻想郷に身をおいてるんだって。」

 

呑気に欠伸をしながらそんなことを教えてくれる巫女様。

確かに姿を消したり出来る時点で人間ではないとは思っていたが、まさか神様だったとは....。

 

「しかし、特殊な神の中でもさらに異質というのはどういうことですか?」

 

「戦神ってのは、要するに戦場に乱入して敵味方関係なく混沌に陥れ、場をかき乱すのを生業にする神なの。

だから人間は勿論、他の神々からも敬遠される存在。

しかも大概が気性が荒くて好戦的なのよ。」

 

うわ、質が悪いな....。

 

「でもね...."彼"は違った。

とても静かな性格をしていて、必要以上に戦いたがらない。

勿論その時になれば本領発揮で、貴方達を襲ったみたいに大暴れするみたいだけど。

そして何よりも"彼"は神そのものとしての実力がかけ離れていたの。」

 

「つまり....他の戦神よりも強かった?」

 

「"強すぎた"のよ。

戦神って名前からして強そうだけど、実際はただの荒くれ者なだけで、戦闘能力自体はどれも大したことない。

けれど、"彼"は違った。

他の戦神よりもずば抜けて強かったの。

出鱈目に暴れるだけじゃない、ちゃんとした自分の戦い方とスタイルを持っていた。

そして、元からの能力の高さも相まって誰も"彼"に寄り付かなかった。

もしも"彼"が他の戦神と同じ様に荒くれ者なら英雄だったんでしょうけど....。」

 

「性格も真逆で必要以上に戦いたがらないってなると....」

 

「そう、他の戦神にとって"彼"は邪魔者以外のなんでもなかった。

だから、"彼"を消そうと何人もの戦神が束になって襲いかかった。」

 

「それをたった一人で返り討ちにしたと....。」

 

「そう言うことよ。

同族殺しとしての烙印を押された"彼"は行く宛も無くなったんだけど、そんな時にどういう訳かひょっこりと迷い混んだのがこの幻想郷って訳。」

 

「壮絶ですね。」

 

「えぇ、私も聴いたときにはビックリしたわよ。

予想の斜め上を行く過去を背負ってるんですもの。」

 

「え、巫女様は"彼"と合った事があるんですか?」

 

「そうね、一度だけ。

ある日の夜、外から口笛が聞こえて来たの。

誰だろうと思って外に出てみたら、鳥居をくぐってすぐの所に居たのよ。"彼"。」

 

「何の用だったんですか?」

 

「うーん、幻想郷の実力者達への挨拶巡り....って言ってたわね。」

 

「そうですか....。」

 

意外と律儀なんだな....。

 

「まぁ、挨拶って言ってもただの戦闘だけどね。」

 

「!?」

 

なんだそりゃ!?

戦闘で挨拶ってどんな神経してるんだよ!?

いや、"戦神"っていうからそんなもんなのか....??

 

「巫女様....よくご無事で....」

 

「過激な攻撃の割には私には傷ひとつつけなかったのよ?

多分そんな風な立ち回りをしてくれたのかも知れないわね。」

 

「な、なるほど....。やっぱり強かったですか?」

 

「強いなんてもんじゃないわよ。

デカイ癖にすばしっこいし、一撃は重いし気がついたら姿消してて、いきなり予想もしない所から現れるし....」

 

「は、はぁ....。」

 

「何が厄介って、姿を消してるときは気配も一緒に消えちゃうのよ。

だから、探しようが無いの。

もう"彼"とは二度とやりあいたくないわ....。

まぁ、最後はどこからか取りだしたお酒を勧められて一緒に晩酌して....色んな話を聞いて。

その頃には突然戦闘になったときのモヤモヤはなくなってたわね。

ちなみにお酒を飲む"彼"の仕草は私も見習いたいくらい本っ当に優雅だったわ。」

 

と、懐かしむ様に笑いながら話す巫女様。

"彼"と晩酌か....あぁ見えてお酒を飲むんだな....。

そんな事を思ってると、おもむろに

 

「貴方が"彼"に殺されなかった理由、分かる?」

 

「いえ....分かりません、ただ運が良かったとしか....」

 

「外れよ。

貴方が根っからの悪党じゃないからよ。"彼"が狩るのは見下げる程に腐った外道だけ。」

 

「だから、あの時"お前は悪じゃない"って言ってたのか....」

 

「あら、声を聞いたの?」

 

「はい、少しだけですが....それと"目をみれば分かる"とも。」

 

「まぁ、4000年以上も生きてりゃそれくらいは分かるんじゃない?」

 

「....( ; ゜Д゜)」

 

 

「それと貴方、姿を見れた上に声まで聞けるなんて一般人にしてはとても貴重な体験じゃない?」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ。

基本的に姿どころか声すら出さないのよ。

言ったでしょ?とても静かだって。

よく聞いても"彼"が戦闘を始める前の口笛の音くらいじゃないかしら?

"彼"は実力を認めた者にしかマトモに姿を現さないから。」

 

「え、俺....凶器すら生まれて初めて持った様なヤツなのに....。」

 

「"彼"なりのサービスだと思えば良いんじゃない?」

 

「は、はぁ....。」

 

あっそういえばもう一つ。

 

「俺達を襲うときは口笛の音なんか聞こえなかったですよ?

いきなり来ました。」

 

「....口笛吹く程の価値も無かったんじゃない?

あんたが身を寄せてた悪党達。」

 

巫女様はケラケラと笑って答える。

なるほどそう言うことか。

お頭は最後に男気を見せて斬りかかった。

(その後どうなったかは分からないが。)

でも他の奴らは騒いで喚いて逃げるだけだったもんな....。

 

 

 

 

俺も人の事言えないが....。

 

「あー、それとそのお金も"彼"からの贈り物だと思うわ。

根拠は無いけど、私の勘がそう言ってる。

大事に使いなさいな。」

 

なんと....!

でも、どうやって俺の家を??

まさかあの後、姿を消して付いてきてたのか....??

まぁ、良い。

考えるのは止めよう。

せっかくの贈り物だから有り難く頂くとしよう。

 

「分かりました、巫女様。

お話を聞かせて頂きありがとうございます。

では、これにて失礼しま....あっ、そうだ」

 

ここにきて聞こうと思っていた事を思い出す。

 

「ん?」

 

「巫女様は"彼"と晩酌までしたんですよね?」

 

「えぇ、そうよ?」

 

「それなら、"彼"の名前は分かりますか?」

 

そう、名前だ。

昨日、確かに俺は"彼"に恐ろしい思いをさせられた。

しかし、そんな"彼"の過去を知り本性を知った。

遠回しに俺をあの悪党達から抜け出させてくれて、殺し屋になるのを未然に防いだのも"彼"だ。

巫女様に話を聞いて、急に"彼"に対して感謝の念が溢れてきた。

駆除神様なんていう風には呼びたくない。

正真正銘、ちゃんした名前を知りたい。

ただそれだけだ。

 

「随分と真剣ね。」

 

「はい。」

 

「でも私から聞かずとも直ぐに分かるんじゃない?」

 

「え?」

 

巫女様はニヤリと笑いながら

 

「だって....

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

貴方のすぐ後ろに居るもの。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

慌てて振り向く。

が、誰も居ない。

巫女様は何故かゲラゲラと笑っている。

 

「ごっ、ごめんなさ....い....っ!

あははは....ははっ....!

あー、....。貴方があんまり驚いてるからそれが可笑しくて、つい。ね??」

 

巫女様....冗談は程々に........。

 

 

 

 

博霊神社を後にし、人里で仕事探しにも恥ずかしく無いような服を買って、母親に食わせる飯を買って、そのあと永遠亭で病気の診断予約と入院手続きを済ませて、その他買えるものはその日のうちに全部買って....。

そして用事が済んだ後には両手で荷物を抱えて帰路に着いていた。

もうすぐで我が家だ。

結局、"彼"の名前は聞けなかったがまぁいい。

他に十分知ることが出来た。

あとは、家の事に集中して取り組もう。

それにしても、袋の中にはまだ半分ほどのお金が残っているのだが....

どんだけ金持ちなんだ?

あの神様....。

 

「....れは....つ..ぃだ。」

 

ん?

後ろから声が聞こえた。

荷物を抱えたまま振り替えるも誰も居ない。

気のせいかと再び歩きだそうとしたとき。

 

ガシッ

 

肩を掴まれた。

さっきまで誰も居なかったハズなのに。

まさか....と思っていると耳元で........。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我は"月影(げつえい)"だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巫女様....冗談じゃなかったんですね....??

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~後日談~

 

あれから母親は永遠亭に入院し、順調に回復に向かっている。

親父は浮気していた女に捨てられ、また俺達の所へ戻ってきた。

必死に永遠亭の病室で母親に向かって土下座していたのは記憶に新しい。

あと、ずっと気になっていたお頭だが、

つい先日、人里まで川に流されて気絶して居るのを自警団の船に発見され、そのまま捕まった。

風の噂によると、満身創痍でボロ雑巾みたいな状態だったとか。

そして、俺は無事仕事も決まり毎日バリバリ働いている。

まだまだ分からないことばかりだが、毎日充実していて、以前とは大違いだ。

 

あの"月影様"

との出会いがこれに関係しているのか分からないが、

とにかく、今俺は円満(?)な家庭と楽しい毎日で幸せに過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

―――おしまい。

 

 




はい、日頃の息抜きに書いてみました。
本命の小説は後日となります。

ちなみに、博霊の巫女様は皆さんご存じの霊夢さんです。
霊夢が主人公をゲラゲラ笑ったのは実は、あの時主人公が振り向くタイミングにあわせて月影が姿を消したから、という裏話をここで暴露します。
外見とは裏腹にお茶目な一面を見せた月影に思わず笑ってしまった。
でも、あえて主人公を納得させる為に「あんまり驚くからそれが可笑しくかった」なんて嘘をつたという解釈でお願いします。


では、ありがとうございました!


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