サルベージ   作:かさつき

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――あぁっ。響がカッコつけて切っちゃったクマ。

 

――――え、あ、ごめん。球磨さんも話したかったの?

 

――そりゃまぁ、そうだクマ。久しぶりに声を聞こうと思ったのに……まったく。

 

――――ごめんね。でも、居場所は判ったし、幾らでもかければいいよ。

 

――うぅん。ひーさん、ちょっと困ってたクマ?あんまりとっかえひっかえ連絡するのは迷惑だクマ。

 

――――なんというか……球磨さんは、やっぱり長女だよね。そういうところ。

 

――ふふーん。意外に気遣いの出来る球磨ちゃんって、よく言われるクマ。暁にもよく言っておくクマ。

 

――――それは、まぁ、うん。一応、言っておくよ。いずれ。

 

――そういえば、川内はどこ行ったクマ?アイツも長女のくせに、落ち着きがないクマ。

 

――――どこかへすっ飛んで行ったよ。問い詰めに行ったんじゃないかな。

 

――確か、寝るっていってたような?

 

――――目がさえたんじゃないかな……見物に行ってみようか。

 

――球磨はやめとくクマ。聞く限り、川内は向こうの事情を知ってたクマ?

 

――――そうだね。訳知り顔だった。

 

――部外者が居たら話しにくいこともあるクマ。相談されたら受け止めてやればいいクマ。

 

――――うん。やっぱり長女だ。

 

――ふふーん。

 

――――あの人も、たまには叱られたほうが良いと思う。

 

――叱られる程度で直るなら、誰も苦労しないクマ。

 

――――かも知れないね。

 

 

 

***

 

 

 

「おっす」

 

 重低音が懐かしい。大島海慈海将、我が偉大なる人生の先輩は、非常に生ぬるい挨拶で私の呼び出しに応じた。

 

「おっす、ではありません。どういうことですか」

 

 何故か、彼は吹き出した。続き、電話の向こうからヘラヘラとした笑い声が聞こえて、私の神経を逆撫でした。不平を漏らすと、彼は弁解した。

 

「すまんね。まるっきり、淀ちゃんの予想通りだったから思わず。ひと言目は、どういうことですか、だってな」

「大淀さん……何のことです。予想通り?」

「なに、こっちの話だ。彼女は優秀だからさ。俺が其処の初代だってすぐ突き止めてな。この間、問い詰められちゃったんだよ。あの娘恐いわ」

 

 私が優秀でないことも大淀さんが優秀であることも承知しているが、彼の言葉の1つ1つが勘にさわった。私はいま、普段以上に卑屈になっているのである。ただし、大淀さんの恐さを語らせれば、私が日本一だ。そこは譲らない。

 

「まさか、津田翁がアプローチかけてくるとは思わなかったけどもな。よく聞いてないが、今、大変なんだって?そっち」

「大変……ええ、まぁ。しかしそれは今、いいんですよ、どうでも」

 

 聞きたいのは、ただ1つだ。

 

「どうして、教えてくれなかったんですか?」

「そうさな……例えば、何を?」

「諸々です。特に此方の艦娘のことを、ですね。貴方が初代基地司令官ならば、そのことを知っていて当たり前じゃありませんか」

「おうとも。勿論、知ってたよ」

「だったら、答えてください。どうしてです?」

 

 少し考えるように、言葉に間が空いた。そして悪びれもせず、彼は言ったのだった。

 

「4分の3くらいは……そうだな。そうしておけば、樋口っちゃんは、きっと存分にテンパってくれるだろうな、と思って」

「て……テン、パ…っ……そ、そんな。そんな理由でっ!」

 

 「4分の3くらい」という意味深な言葉に反応する余裕もなかった。あまりに下らない理由に、頭に来るやら情けないやら。端から見れば今、私の顔は茹でダコの如くであろうと推察される。電話に向けて怒声を放った私に、津田さんがアイコンタクトを取る。両掌を私に向けて〝落ち着け〟のポーズだ。

 

「それさえ知っていたらっ……私も、もう少し効率よく――」

「効率だぁ…?じゃあやっぱり、教えなくて正解だったかもな」

「どういうことですか…っ」

「効率なんて、お前さんの対極くらいの言葉だろうよ。効率どころか、手際も要領も悪いが、諦めも悪いのが樋口っちゃんの良いところじゃないか」

「そっ……まぁ、そうなのかも、ですが」

 

 わかってねぇな、と鼻で嗤われた。徹底して理不尽を咎める意気でいた私は、妙に理解のある言葉に困った。胸か喉の辺りで、感情がいさくさを起こす。

 津田さんは、大層居心地が悪いらしい――気まずそうに頭を掻いて私に背を向け、コーヒーを入れ始めた。

 

「もう少し真面目に説明するとな?一切の先入観をもたない、正真正銘初対面の奴が、あの娘らを受け入れられるなら、それが一番だと思ったんだよ。色々悩んで…そのうえで、お互い歩み寄る。そういうプロセスが必要だった。〝効率よく〟仲良くなってもダメなんだ」

「だから、教えなかったと言うんですか?……何度となく、めげそうになりましたよ?」

 

 また、鼻で嗤われた。倒れるまで頑張っちまう奴がなんか言ってるよ、と。

 

「あと、もう1つ。君は人付き合いに奥手だろう」

「……悪うございましたね」

「まぁ、怒んなよ。それを補うくらいに愚直だから、不思議と信頼もされる。この場合、そういう距離感がむしろ良い作用を起こすと思ったんだ。他人行儀な雰囲気なのに、じわじわとナマコみたいに距離をつめて、知らないうちに懐まで踏み込んでるーーそういうのを期待したのさ。……あの娘らは多分、知られることを怖がるから」

 

 だからこそ、予備情報はなくて良かった、と彼は結んだ。頷ける部分がないでもない……なんとまぁ、心のうちには、早くも懐柔されかけている私がいる。こういうところが情けないのだ。所詮は言い逃れ、とりもなおさず即興で考えた理由なのだと、眉に唾をつけた。

 

「それで納得するとでも?全部、希望的観測、或いは結果論だ」

「かもな。だが事実、そう考えてたさ」

「聞きましたよ。神通さんに点字本だの、眼帯だのを贈るくらい、仲が良かったそうですね?そもそも、貴方がこの職務を全うすれば良かったんです」

「まぁ……色々あるんだ。俺にも」

 

 いつも堂々とした大島海将には珍しく、歯切れの悪い様子だが、すぐに言い返してきた。

 

「しかし、そっちに送ったこと、ちっとは感謝してほしいんだがな。あの若造を伸しちまって、あの偏屈野郎に目をつけられたのは事実なんだ。根回し、気ぃ使ったんだからな」

「そ、それは……はい。軽率だったと、反省しています」

「まぁ、あれが無くても、初めっからそっちに行ってもらう気でいたんだが」

「……は?」

 

 またもや新事実だ。私が気色ばむより先に、彼の言葉が続く。先刻、意味ありげに前置きした「4分の1くらい」の話を、彼は始めたのだ。

 

「説明を省いたのは、ある意味、言っても仕方なかったからだ」

「仕方なかった?そんなこと、解らないじゃありませんか」

「いいから聞きなさいって。君の未来に関わることだ」

「み、未来?私の?……大袈裟な」

 

 背を向けていた津田さんが、振り返った。手にはマグカップを3つ持っている。1つを自分のデスクに置いた。あと2つを持って慎重に部屋を出て行ったのは、多分、赤城さんたちに差し入れする為だろう。

 

「そう焦る話でもないから、鷹揚に構えてくれれば良い。何とも、これは伝えづらいんだ。君はあるキーワードを聞くと、精神の防衛機能みたいなのが働いて、記憶を飛ばしちまうみたいだから」

「き、記憶?精神の防衛機能?……解りません。なんの話です?」

「ああ。ま、実感湧かないのは当然だな。ちょっと不躾な質問するがよ、仲良くなった娘はいるかい?もう少し突っ込むと、指輪、渡せそうな娘はいないのかい」

 

 指輪――私は呆れた。急になんだ?高々数週間で、指輪を渡すの渡さないのって、先走りが過ぎるのではなかろうか。そも、此方の艦娘は皆、練度は高くないのだから渡す意味さえない。だいたい、私は人間関係に奥手だとか、自分で言っていたくせに。

 

「本当に、なんの話です?例のカッコカリとかいうヤツのことですよね?」

「それだ。君も良い年だろ?」

「艤装との馴染みが良くなるとか……。なんと言いますか、苦手なんですよ、あの形式」

「ほう…?初耳だ」

 

 なんと言ったものか。限定解除の一種にしては、どうにも〝重い〟ような気がしてならない。わざわざ婚姻に似せなくてもいいのに、と前々から感じていた。大切な人を戦場に出すーー自らは司令を下す立場で。どう言い訳しても、後ろめたさを覚えてしまう私がいる。

 

「まぁ、限定解除ってほど、システマティックな代物でもないんだがね。よく解ってない部分もある。ただ少なくとも、それで気合の入る人間は大勢居るし、艦娘にも利点があるってことなのさ」

「悪いと言っているわけではないですよ?私個人が受け入れがたく思うだけで」

「お堅いねぇ…。しかしだな、思い返すに、こっちでも水雷科の艦娘らとは、プライベートも結構仲良くやってたじゃないか」

「ほぼ、移動手段としてでしたが。よしんばそういう関係になったとて、相手の見た目はほぼ中高生ですよ?マズイでしょう、世間的に」

「そりゃ、こっちじゃそうだな。でもよ、そっちの顔ぶれは、また違うんじゃないのか?」

 

 航空母艦1、水上機母艦1、軽巡洋艦2、駆逐艦1、潜水空母1。ギリギリ、機動部隊と言えなくもないかも知れない。他の一切を無視して世間体だけを考慮するなら、赤城さんや瑞穂さんの容貌は、十分許容されることだろう。だが、そういう問題ではない。私の一存で解決することではないのだ。

 

「それで?……何故、そんなことを」

「まぁ、さっきも伝えた通り、詳しい話はしづらいんだがな。要するに、君の事を覚えていてくれる娘がいれば良いのさ」

「覚えている…?まぁ、思い出話に上がるくらいの人間にはなりたい所存ですが」

「いや、そんな程度じゃなくてよ。魂にこびりつくくらいまでな」

「そ、それはなんと言うか。そこまでされると、怖いんですが」

「だろうと思う。しかしな、先も言った通りこれは君の為だ。だからこそ誰かに指輪を……ん?」

「どうしました?」

「ああ……すまんね。来客が」

「そうですか。いま何処に?」

「執務室だけどな……すこし待っててくれ」

 

 中途半端なところで、彼は言葉を切ってしまった。受話器が机に置かれた音。その後、大島海将の気配が遠ざかって、少し離れた場所で、会話が聞こえる。2分ほど経ったころ、漸く戻って来た。

 

「大丈夫でした?もし急用なら……」

「んー……ちょっと、日を改めていいか。川内がな……なんか怒ってて」

「あぁー。さっき、話しました。彼女から電話があって」

「げぇ……そういうことか」

「……では、私はこれで」

「え。ちょ、ちょっと待ってくれよ。事情知ってるなら、とりなしてくれって」

「しかしほら、鷹揚に構えていろ、と先ほど」

「いや、言ったけどもね?これは違うだろ、これは……うぉあ、入ってきた」

 

 遠いところで、また川内の声がする。電話中だからといって引き下がるほど、穏やかではない様子だ。少しだけ溜飲を下げる。一応、しばらくは繋いだまま待機していたが、幾何もないうちに向こうから電話を切られてしまった。

 




クマクマ。


節分ですね。

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