サルベージ   作:かさつき

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 当時川内は神通さんと並び、基地でも古手の艦娘だったという。哨戒部隊の旗艦に抜擢され、神通さんの捜索に出たのは必然であるし、宿命でもあった。

 

「提督は、もう聞いてる?……神通はあの時、海に逃げてさ。それで、その…。見つけた時には……目が」

「ああ、聞いたよ。……その後、入渠はさせなかったのか?高速修復材とか…君たちの怪我の多くは、早めに正しく処置すれば治ることが殆どだろう」

「勿論させたよ。でも、神通は見えないって言うんだ。もう目蓋が上がらない、ってさ」

 

 川内の声が苦しそうにひずんだ。彼女にとって、かなり苦しい記憶を語らせてしまったようだ。

 

「そうか……すまないな。嫌なことを思い出させて」

「ううん、こっちこそゴメン。湿っぽくなっちゃったね」

 

 彼女は明るい声を出そうと努めている。ふと、川内が思い出したように指摘した。

 

「あれ。ねぇ、待ってよ。なんで神通には『さん』付けなの?私は呼び捨てなのに」

「ム?それは…。あまり深い意味は無いが」

「私の方が姉だからね?」

「もちろん知っているさ」

「ズルくない?提督はもう少し私を敬ってもいいのでは?」

「ほら…、あれだ。親しみやすさの顕れと思ってくれよ」

 

 別に敬意が皆無なわけでもない。しかしどうにも、この期に及んで、川内に敬語を使う意気が湧かない。裏表が少ない人に独特な気安さが、彼女にあるからだ。本人は納得しないであろうが。

 

「じゃあ逆に、神通とはあんまり親しくしてないってこと?それはそれでどうなの。そこまで悪い奴じゃないでしょ、あいつ」

「いや、解っているつもりだぞ?だがそもそも、此方に来た当初から、あまり良く思われていなかったみたいなんだよ。理由は知らないんだが」

「ええー?嘘だぁ。そっちに話いってない筈ないと思うけどなぁ。さっき取り次いでくれたの、津田さんでしょ?」

 

 共通の知人をもっていることが、こうも安心感を与えるものか。彼女の口から、自然と津田さんの名前が出たことが、不思議と私を感動させた。向こうから此方は見えないが、大いにうなずいて答えた。

 

「そうだ。しかし、大島海将から話が来ていることは……ないだろうさ。なにせ、私本人にさえ教えてくれなかったわけだし」

「そうかなぁ……だとしたら、なんかそれ、やな感じ」

 

 川内の声が険を帯びる。自分の為に怒ってくれる者がいることに、なんとなく、自惚れ半分の嬉しさがある。

 ところで、と前置いて、私は先程からの素朴な疑問をぶつけた。

 

「君は誰から私のことを聞いたんだ。霞か?」

「うん、当たり。なんかプリプリ怒ってたからさ。訊いてみたら、今月になって提督と電話で話したとか何とか」

「確かにそうなんだが。その程度で、よく居場所までわかったな…?」

「提督あのとき、一般用の固定電話使ったんでしょ?霞、電話番号の頭が07だったって言ってた。市外局番だとして、北陸か近畿辺りだよね。で、あんまり人に話したくない所……これはもしかして〝流刑〟なのかなってね」

「ああ……なるほどな」

「で、何やらかしたのさ?」

「それ、は。あー……その、情けないことを、だ」

「当てて見ようか。提督なら、そうだなぁ……頭に血が昇った、とかそっち方面かな」

「……川内、本当は知っているんじゃないのか?」

 

 彼女は笑ったが、それ以上追及しなかった。大島海将に訊けば判ると踏んだのだろう。夜が好きで頭が切れる川内は、忍者にでもなるとよい。大層お似合いだと思うが、本人は嫌がりそうだ。こそこそしてばかりで存分に夜戦が出来ない、等と言って。

 

「それはともかく、何年も前の所属の電話番号など、よく覚えていたな。君は此処で長かったのか?いつ頃まで在籍していたんだ?なんでも、この基地の艦娘たちは、全国へ散り散りになっていったと聞いた」

「空母の赤城さんが来て…。そこからすぐくらいだね。今も元気?やっぱり食いしん坊?」

 

 いかにもだ、と返す。私の炊き込みご飯は、彼女に好評だった。

 

「その後は、何処へ行ったんだ?今の所には、まだ着任して1年と半年くらいだったな?」

「神戸だね。……そういえば其処でも1人見つけたっけ。陽炎型の」

「こ、神戸…!?ああ…そういえば、萩風さんの話に川内が登場していたな。あれも、君だったのか」

「そうそう。萩風だ、萩風。つくづく、縁があるね私」

 

 川内は珍しく、不安そうな声で訊いた。

 

「やっぱり…私のこと恨んでた?」

「いや?そんな雰囲気でもなかったぞ。神戸の川内は事情を知っている風だった、とか、それくらいだ。いやはや、漸く合点がいったよ」

「……神戸でずっと隠れて過ごすより、せめて、そこに異動したほうがいいかも、って思ったんだ」

「大丈夫さ…そう、不安がるな。決して悪い判断ではなかった。むしろ、見つけたのが君で良かったと思うくらいだ」

「うん……そういって貰えると、安心する」

 

 那珂さんや神通さん、ヒトミさんなどの例がある。少なくとも川内のお陰で、萩風さんがあれ以上酷な目に遭うことは阻止されたのだ。勿論、こちらに来て良かったかどうかは、まだ萩風さん本人にも判らないだろう――それは私の仕事である。

 

「むー……。ゴメン、やっぱり湿っぽくなる。ダメだなぁ、色々思い返しちゃうよ」

「そういうときは、眠るに限る。少しは昂りも和らいだか?」

「うん。そろそろ休むよ」

「そうするべきだ。じゃあな…話せて良かった」

 

 あくびを1つかまして、いつもの彼女が戻ってきた。お開きの合図だ、と私は思った。

 

「じゃあ、元気でね。また電話するから」

「また……あ、いや、その。他の皆には黙っていて欲しいんだが…」

「……本当に?ろくにお別れ言ってないのに?」

 

 私が口止めしようとすると、しかし、川内はしぶい反応を返した。尤もな指摘だが、やはりこの基地の存在を、みだりに広げない方がいいと判断する。一歩間違えば、パニックが起きないとも限らない。瑞穂さんの一件で、私は一層その思いを強くした。知らなくて良いことを知ってしまった者が、どんな目に遭うのか予測できないことも、気がかりだ。

 

「どうか、頼むよ。私の口が軽いせいで、誰かが迷惑を被るのは避けたいんだ」

「わかった。なるべく誤魔化しておくよ。これ以上広がらないように努力する」

 

 心強くもそう宣言した川内は、しかし、暖簾をくぐるくらいの軽い調子で言を翻した。

 

「でも、もう知られちゃった分は許してね」

 

 言葉の意図を捉えかねて、尋ね返す。彼女は少し笑って言った。結局私は最初から、その術中に嵌まっていたのだ。

 

「だからさ。今の電話に聞き耳立てて、一から十まで聞いちゃった娘の分は、許してね」

「…………今、周りに?」

「うん、居た。日曜だからね。非番の娘たちが」

「それは……あー、何人くらいだろうか…」

「2人。響と球磨」

 

 閉口するしかなかった。何か言葉を継ごうとしたら、聞き慣れた、しかし川内ではない声が電話口から聞こえた。

 

「こんにちは。元司令官」

「その声は……響か」

「ううん?響は此処にはいないし、何も聞かなかったよ」

「……すまない。気を遣わせるな」

「司令官らしい、と響は思うんじゃないかな。きっと」

「ありがとう」

「うん。またね、司令官」

「いや……さよなら、だ。その方がきっと良いんだ」

 

 響は少し黙った。もう通話を切ってしまったのかと誤解するくらいには時間が経過して、やっと彼女は呟いた。

 

「そうでもないさ。そっちは何かキナ臭い様子だし、触らぬ神に祟り無しとも言う。でも、縁まで切る必要は、あるのかな?」

 

 電話口の彼女は、思い出したように付け加えた。

 

「響なら、ない、って答えるんじゃないかな」

「私に関わると、ロクなことにならないぞ……?」

「そうでもなかったよ。……じゃあまたね。元司令官」

 

 そして、通話を切った。

 ふ、と力が抜けて、椅子に腰かけた。壁の染みをなぞって視線を上へ上へと動かし、そのうち突き当たる。何もない、薄汚れた天井をなんとなく見つめた。

 少し嬉しくもあるが、同時に決意を強くした。親しいならばこそ、余計に巻き込むことは出来ない。携帯電話の番号は、早急に変えてしまおう。

 何度かまばたきをするうち、また目蓋が重くなる。視覚情報を遮断したことで、背中の肌寒さに気がつく。事務室のドアが半開きになっていて、その隙間に人影がちらついて見えた。

 

「津田さん。盗み聞きしないでくださいよ」

 

 扉の向こうから、本基地のお喋り好きが現れた。いつものような薄ら笑いを浮かべているかと思ったが考え違いで、彼にしては神妙な面持ちである。

 

「これは失礼を。興味深い話だったので、つい」

「貴方は知っていたんですか?」

「はぁ、何をです?」

「……なんでもありません。私の思い過ごしでした」

 

 津田さんは目を丸くし、私の顔をまじまじと見た。そして、困ったように頭をポリポリ掻きながら、ため息を吐いた。もう少し追及してくれると助かります、とこぼし、彼は白状した。

 

「少なくとも、貴方の着任時点では、知りませんでした。時安さん……今は大島さんでしたか。彼と貴方に面識があることは」

「へぇ……どんなものだか?」

「本当です。昨日、歴代の司令官たちに電話をした、とお伝えしましたよね。そのときに私も初めて知りました。彼が名字を変えていたことも、そのときに。携帯電話にかけたんですが、大島と名乗るものだから間違えたかと思いましたよ」

 

 今の私は疑心暗鬼になっているから、津田さんの弁明にも、疑いで応えた。

 

「妻と娘に誓って、嘘は言ってません。切り出すタイミングを伺っていただけです。それは私の仕事ではなくなってしまいましたが」

「そのとき、先せ……大島海将は、何と?」

 

 津田さんは流し目で、私を一瞥する。

 

「やっとか、と言っておられました」

「〝やっと〟……あの人、今の状況を予見していたのですか?」

「さぁ。私にも解りません……それから、言伝てです。時間のあるとき連絡をしてくれ、と」

 

 彼にどんな思惑があったのかは知らない。ただ今度ばかりは、私にも言いたいことがある。いままでもサプライズパーティーのダシに使われることは間々あったが、流石にあんまり、この仕打ちは意地が悪いのではないか。これもまた貴方の掌の上なのか、と少しばかり文句を垂れてやりたいところだ。

 

 先ほど休めと言った筈の津田さんは、私が再び受話器を取るのを制止しなかった。

 




光陰矢の如し。




皆さん、良いお年を。

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