サルベージ   作:かさつき

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まだ寒いですね。


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「今日の夜は……誰かと居たほうが良いと思います。何も無いと思いたいですが、何かあってからでは遅いですもの」

 

 夕食時、赤城さんが真剣な顔つきで言った。那珂さんも同じく頷いた。

 

「うん。予防は大事だと思う。何か起きてから慌てるより、何も起きないように気を付けよう?」

「……ヒトミさんにも、同じことを」

 

 昨晩、ヒトミさんと談話室で過ごして、結局何も無かった。精々、不自然な体勢を続けた為に起こる首や腰の痛みを得ただけである。瑞穂さんが何かの行動を起こすとしても、全く気取られずに私の寝込みを襲うことが可能であろうかーー私には想像がつかない。いざとなれば、大きな声を出せば誰かには届くだろうと思う。

 

「大丈夫だと思うんですが。そこまでせずとも」

「いえ、そこまでするべきです。遅すぎたくらいですよ?」

「大きな声出させてくれるとは限らないからね?……人間の喉なんて簡単に潰せるから、私たち」

 

 2人は厳しい表情で私の言を否定した。いずれも有無を言わさない様子で、那珂さんに至っては半分脅しにかかっている。このままでは、また私室に押しかけられることになるかも知れない。

 

「わ、解りました。取り敢えず、今日のところは此処で」

「解決するまでは、ですよね?」

「ええ、ええ、勿論です」

 

 毛布を取りに行くからと言い訳して、私は談話室から逃げ出した。

 

 

***

 

 

ーーなんだろう。危機感とかないのかな。私だけ?

 

ーーーー……。少し不自然な気もしますね。

 

ーー優しい人なのは分かるけど、でも今回ばっかりは、さ。

 

ーーーー誰かと一緒だと、眠れない、とか?

 

ーー1人だと眠れないのは、なんか想像つくけど、1人じゃないと眠れない、って……?

 

ーーーー何でしょうね、過去のトラウマとか。

 

ーーえ、どんな?

 

ーーーーさ、さぁ?

 

ーーそういえばさ、萩風ちゃんの時も、眠れてなかったかも。なんか、もぞもぞしてた。

 

ーーーー確かに、寝苦しそうだったわね。まぁあれは、足を固定されていたせいではないかしら。

 

ーーそれは……確かにそっか。

 

ーーーーいえ、流石に想像力が豊かすぎますね、私。

 

ーー考えすぎ?

 

ーーーーええ。何といいますか、避けられたように感じてちょっとムキになってしまいました。

 

ーーん……。私、ちょっと、ヒかれたかな。……いや、でも、あれは。うん。

 

ーーーー事実ですし。

 

ーーだよね。

 

ーーーー私も、部屋からひざ掛け持ってきます。

 

ーー解った。待ってるね。

 

 

***

 

 

 私室で押し入れの中を漁っていると、ふと、背後で床が軋んだ。気配を感じて振り返ると、瑞穂さんが訪ねてきていた。

 

「こんばんは。申し訳ございません。ノックもせず」

「……こんばんは、瑞穂さん」

「そんなに、警戒なさらないで。何もしませんよ」

 

 彼女は、目を細めて柔らかな微笑を作った。怪しまれている自覚はあるらしい。表情を崩さず、彼女は言葉を続ける。

 

「少し、お話したいことが御座います。この基地の今後について。とても大切な、お話です」

 

 1人で来たことを、少し後悔する。警戒心を隠しもせず、瑞穂さんに尋ねた。

 

「それは、一対一でなければならない話……でしょうか」

「いいえ?決してそのようなことは」

 

 瑞穂さんは首を横に振った。内心、胸を撫で下ろす。

 

「では、談話室で良いですか?赤城さんと、那珂さんもいるので、一緒に聴いてもらいましょう」

「ええ、勿論です」

 

 瑞穂さんは微笑みを崩さぬまま首肯く。毛布を引っ掴んで、談話室へと向かった。

 

 

***

 

 

 瑞穂さんと連れ立って戻った私を見て、2人は目を丸くした。居心地の悪い沈黙が、談話室に流れた。瑞穂さんは何を言うでもなく、お茶を淹れ始めた。彼女の目を盗んで、那珂さんがこっそり話かけてきた。

 

「大丈夫……?」

「ええ、別に、なんとも」

 

 瑞穂さんが振り向いて、銘々に湯呑を差し出した。多少渋みが強いが、神通さんの淹れてくれたものにも劣らぬ味。赤城さんは少し躊躇ったようだが口をつけた、那珂さんは飲みづらそうにしている。苦いものが嫌いらしい。

 

「それで、話と云うのは?」

 

私が話を切り出すと、瑞穂さんは薄く笑って答えた。

 

「少し伺ってみたいのですが。提督は、ご自身の状態をどう捉えておられるのかしら」

 

 全員の視線が私に集まる。何度聞かれても、私の答えは変わらない。この間からずっと言っているように、現実感がないのである。まるで他人事のような、不思議な感覚が先日来、ずっと続いている。

 

「その、現実感の欠如は何が原因だとお考えでしょうか」

「………判りませんよ、そんなことは」

 

 自分が、自分でないような感覚。別の誰かを傍観しているような感覚。テレビで見た幽体離脱とか、臨死体験とか――荒唐無稽だが、それらに近いのかも知れない。かといって、その原因など考えてわかるものだろうか。

 

「とても大切な点を突いていると、私は思いますが」

「……?」

「貴方であって、貴方でない。貴方以外の何者かが貴方として、今、此処にいる」

「怖いこと言わないでください…。ドッペルゲンガーってやつですか?」

 

 瑞穂さんは、クスクス笑った。痺れを切らした那珂さんが、かなり突っ込んだ問いを投げかけた。

 

「ねぇ、瑞穂さん。もう訊いちゃうんだけどさ。海佐のこれ、瑞穂さんがやったの?」

「これ……では少し、漠然としていますね」

「髪の毛が白いこと。肌が白いこと。ここ数日行方不明になってたこと。海佐の言ってる、現実感がないってこと。全部だよ」

 

 瑞穂さんは、笑みを崩さずに答えた。

 

「ええ、その通りです」

 

 全員の表情が、曇った。

 

「……と、言ったら、どうするのかしら」

「そうなれば貴女を拘束するしかありません。然るべき処置を下す必要もあるかも知れません」

「艦娘を拘束?どのように、かしら」

「私たちも艦娘……いえ、中間体です。こういえば、解りますね。彼が数日前、どのような状態であったか、覚えていますよね?他ならぬ貴女が運んだのですから」

 

 瑞穂さんは、虚空を見上げてつまらなさそうに答える。

 

「そうね、その通りです。私など弱い艦ですもの、簡単に動きを止められるでしょう」

 

 手足も潰してみますか、と瑞穂さんは自嘲気味に笑った。赤城さんの顔が険しくなる。静かだが、確かに怒っているのだと判った。

 

「勘違いしないでください。誰が、そんなことしたいと思うのです。もしこれが、本当に貴女の差し金なら。もし今すぐ行動を改めるのなら。もし……」

 

 もしまた、今まで通りの仲間に戻れるのなら。赤城さんは、そう言葉を紡いだ。

 

「少なくとも私は、貴女を守る方に付くつもりです」

 

 瑞穂さんは目を瞑って、少しだけ顔を歪めた。小さく溜息を吐いたようにも見えた。

 

「そう……ありがとう。では、提督。私の話はこれだけです。お時間ありがとうございました」

「待ってください……!私はまだ――」

 

 赤城さんと那珂さんが引き留めようとしたが、瑞穂さんは我々に背を向けた。足早に去ろうとする彼女に、私も声を掛ける。

 

「瑞穂さん……!大切な話、出来ませんでしたよ?」

 

 彼女は、体半分だけで振り向いた。

 

「また、後で」

 

 瑞穂さんの出て行った後には、我々3人と、度し難い沈黙が残された。

 

 

***

 

 

 3人は暫く無言でいた。瑞穂さんの淹れてくれた茶を飲み干し、那珂さんが欠伸交じりに溜息を吐いた。

 

「ふぁ…あ。なんか……疲れちゃった」

「交渉決裂、というか……」

 

 彼女は意気消沈している。赤城さんは気が抜けたのか、こくりこくりと船を漕いでいた。なにせ今日、寒い中で艦載機整備に励んでくれたのだ。夜も遅いし、無理からぬことだろう。

 

「んー……。眠い……」

「どうぞ、休んでください」

「ん、んー。……でもさ。私、言い出しっぺだし…」

「何かあれば、声をかけます」

「ごめん……限界、だー……」

 

 那珂さんは、机に突っ伏して夢の世界へ旅立った。流石に、瑞穂さんも直ぐさま行動を起こすことは無かろう。取り敢えず、眠気覚ましにコーヒーでも飲もうか。椅子を立って流しに向かう。ふと背後で、談話室の扉が開く音がした。

 

 

「こンばンハ」

 

 

 背筋に、ぞくりと寒気がのぼる。瑞穂さんが、再びこの部屋を訪れた。

 

「お早いお帰りで……」

「すみマせん。どうしテモ、今夜のうちに済ませたイの」

 

 明らかに、様子がおかしい。彼女の顔つきはどこか、先ほどとは違っている。思いつめたような――いや、違う。吹っ切れたような――それもしっくりこない。これは……。覚悟を決めた顔、というのが近いか。

 

「済ませる。とは、何を」

「全テを」

 

 壁を背に、そろりそろりと距離をとる。この部屋は袋小路だ。逃げるのは不可能――せっかく眠ってもらったが、2人を起こすしかないか。

 

「起きナイわ。艤装を着ケていナい時は、睡眠薬だっテ効きマすよ」

「……!」

「2人トも、優しイわネ。私が、薬を盛るとまデハ思わなカったミタい」

 

 那珂さんがやたらと苦そうにしていたのは、そういうことか。これは、非常に、まずいのでは……。汗がこめかみを伝った。

 ぱちん、という軽い音と共に、部屋の電気が消えた。瑞穂さんが電灯のスイッチを切ったらしい。ほぼ完全な暗闇。瑞穂さんの瞳だけが、煌々と赤い光を放っている。その赤い光が、急に目の前まで近づいた。

 ぞぷ、と耳慣れぬ音が聞こえ、腹に少しの衝撃、何か冷たい感触が内臓を通り抜けた。

 視線を下げる――暗くてよく見えないが、何かが刺さっているらしかった。その何かが瑞穂さんの「爪」だと理解してすぐ、制服に温かく湿った感触が広がる。これは、血だろうか。

 

「痛……く、ない?」

「でハ、参りマシょう。2人が起キないうチに」

 

 瑞穂さんは、私を軽々と持ち上げ、何処かへと歩きはじめた。

 

 




ありがとうございました。

豆任務なかなか大変ですね。

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