サルベージ   作:かさつき

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 ヒトミさんと那珂さんの異能――思考の受信――が発揮されたきっかけは、あの白昼夢であろうことは明白だ。那珂さんは、中間体の誰かの過去、記憶、経験等といった本人に関する情報を知ることが、異能発揮のトリガーになるのではないか、と考えていた。その媒体が妖精さんの見せる夢であるか、人づてであるかは関係ない、と。

 しかし、「情動」をも思考の一部として捉えるなら、萩風さんの身に起きた2つの経験を踏まえ、その説には幾らか疑問を感じる。

 

 1つは、迎撃部隊の面前で激昂したこと。

 萩風さんの衝動的な感情――怒りと憎しみ――が迎撃部隊の面々の抱いていたものだとして、納得できなくもない。複数名の感情がなだれ込んだせいでカッとなった、と。だからと言って、過去だの記憶だのを悠長に語らう時間が、あの緊迫した状況下にあったとはどうしても思えなかった。そもそも迎撃部隊の艦娘らは、萩風さんを萩風さんだと認識してすらいなかったのではないだろうか?

 1つは、前任の神戸の司令官に対して感じた怒り。

 萩風さんは、自分自身を嘘吐きだと卑下した。つまり、かの司令官に対して、自分の身に起きたことを正しく伝えていない、と解釈できる。それこそ、中間体に出会った直後の私と同じだ。那珂さんもヒトミさんも、初めから私の思考を読み取れた訳ではない。

 

 萩風さんは、自らの過去や為人を知られていないのにもかかわらず、誰かから思考を〝受信〟していることにならないだろうか。私がヒトミさんらの過去を知ったから、彼女らに私の思考が伝わるようになった……という那珂さんの考えから外れているようだ。

 

 そろそろ赤城さんたちに声をかけねば、と思いつつ、何時まで経っても私は、ない頭を回転させて思考に耽っている。萩風さんに聞いた話が、いつまでも脳味噌の中央を占拠しているのだ。

 

 いや、しかしな――。

 感情というのは、本能や生理に直結している気がする――。

 身を守るために恐怖がある、領分を守るために怒りがある、心を守るために悲しみがある――。

 反して思考というのは……本能から多少離れた所にあるような――。

 物事の効率化・最適化を図るため――。

 云わば〝より巧く〟本能を満たすための手段が思考だとするなら――。

 やはり前提からして…「情」を思考の一部と考えるのは間違いか――?

 もっと原始的で、根源的なもの――?

 

「む……むぅ」

 

 もうこんがらがって来た。赤城さんの説を信じるならば、そもそも彼女ら中間体は、自分を覚えておいてもらうこと、自分を知ってもらうことに、この上ない喜びを感じるとのことだ。心の動き――何に喜び、何に怒り、何に悲しむのか――感情とはアイデンティティの外構えである。1人の人間を説明するとき、無視のできぬ大切な要素だと思う。確かに、自らを覚えておいてもらおうと企図するとき、感情的な場面は相手の印象に残り易そうでもある。仮に中間体たちが、自分の感情を誰かに植え付けようとするなら理解は早い。そうであれば、私の身に起きたアレや、過去の司令官たちの精神の不調にも説明が付きそうだ。

しかし、こと萩風さんの身に起きたのはまるきり逆の現象ではないか。彼女が他者から感情を受け取ったようにしか、思えなかった。中間体が他者の考えや感情をそのまま受け取って、何かメリットがあるのか。

 

「おぉ…くあぁあ…」

 

 思わず欠伸がでて、私の大脳活動は遮断された。流石に疲れた、酸素とブドウ糖と休息が足りないようだ。そう云えば、マシュマロを買ってきて貰ったのだった。マシュマロには単に砂糖だけでなく、水飴も使うと聞く。ブドウ糖だって入っていそうなものだ。もとは妖精さんに配る気でいたのだけど、暫く格納庫に近づきたくない。自分で食べても問題無かろう、と妥協した。とりあえず、赤城さんたちに声をかけよう。

 

 

***

 

 

「あれ!歩いてる…」

「お陰様で…」

 

 健常にも自らの足で宿直室へ赴いた私を見、那珂さんが目を丸くした。香ばしい香りが鼻腔を撫でる。3人はちゃぶ台を囲み、ほうじ茶で一服していた。

 

「萩風ちゃんは…」

「帰ってもらいました。疲れているようだったので」

「何とかなったんだ…?それなら、良かったけど」

「皆さん、どうもご迷惑をおかけしました」

 

 3人に、先ほど脳を混乱させた話題を振ってみた。夜も遅いのに申し訳ないことだ。3人はそれぞれがそれぞれに、思索を巡らせていたが、最初に口を開いたのは赤城さんだった。

 

「それは興味深いです。すごく、興味深い。つまり、感情や思考のやり取りに双方向性があるということですよね。今までの人たちの不調も、ひょっとして……」

「しかし、赤城さん。貴女の言ったことと少しズレませんか?中間体は、誰かに自分を知って欲しい…じゃあ、その人を知ってどうするのか、とか…」

 

 顎に手をあて彼女は黙りこんでしまったが、その言を継いだのは那珂さんだった。

 

「それってさ、そんなに変なことかな?自分のこと知って欲しいのと、その人のこと知りたいのって、似たようなものじゃない?」

 

恋と愛のちがい、みたいに、のっぺりとして結論の出なさそうなことを那珂さんは言った。私があまり納得していないのが顔に出ていたのだろう、彼女はさらに続ける。

 

「ま、それとは別に、さ。無線使う時って、向こうもこっちも、話せば声が相手に伝わるじゃない?それは当然、マイクとスピーカーが一緒になってるからだと思うんだけど…」

「……人の脳もまぁ、出力装置と入力装置の総体と云えなくもない、か。確かに」

「あ、でも、そっか。海佐は私たちの思考までは解んないのか。むぅ」

 

 那珂さんが唸ったのと同じに、津田さんが声を発した。

 

「その、海佐の見た夢?でしたか。それがなにか、発振器、兼アンテナの様なものになっている、とかどうでしょう」

「発振器兼アンテナ」

「ええ、はい。先ほどおっしゃっていた通り、感情の方が本能に近い。で、思考は少し……何と言うか、複雑だ」

「そう云いました。……私の推測ですが」

「中間体の皆さんが、自分の考えを送ったり他者から受け取ったりは自然に出来る…が、複雑なのを送受信するのは少々難しい、と。何か特別なチューニングや、より能く電波を送受信するための道具が要る。それを貴方に植え付けたきっかけが、あの夢だった…とか」

 

 胡散臭いテレビ番組で見たUFOの話を思い出す。地球外生命体に連れ去られて、体にチップを埋め込まれたとかなんとか。そう云えば、あの夢を見た後には強烈な頭痛を催す。夢を見ているとき、同時に何らかの異物が私の脳に埋め込まれている…?薄ら寒さを、から笑いで誤魔化した。

 

「発振装置が、私の頭に…?はは、まさか、そんな…」

「海佐は、那珂さんやヒトミちゃんの思考は読めないわけでしょう?彼女らにはそのチューニングが施されていない。だからまだ、思考の双方向通信は出来ない」

 

 津田さんの言葉が合図になって、場に沈黙が下りた。その沈黙を破ったのもやはり津田さんだった。

 

「いや、待てよ……記憶。感情。信号…か」

「信号?」

「あ、いや。少し逸れるんですが。古い古い記憶装置、ご存じでしょうか。現代みたいな半導体メモリなどよりずぅっと古い…。水銀を使っていたやつがあるんですが」

 

 彼は水銀遅延管、と説明した。不勉強ながら、私は知らない。なんでも、圧電素子だか何だかと水銀を利用して、電気的なアナログ信号を保存する装置なのだとか。彼お得意の寄り道話だと、最初は思った。

 

「保存、というか同じ場所をグルグルと循環させるんですが」

「は、はぁ…。それは、何の関係が。発振器…ではないんですね?」

「その話ではなくて、ですね…。似てませんか。ずうっと同じ感情が、いったり来たり。大抵、数秒後には消えてしまうものが、残り続けるんです。いつまでも衰えない感情が、自分の脳から供給されるものと混じりあって、増幅していく」

「増幅…」

「萩風さんが作戦中にプツンときたのは…四方八方から同じ感情――怒りだの憎悪だの――を叩っこまれて、とか、考えていたんですがね?それだと貴方の感情的になったこととか、いままでの司令官たちのことは、ちょっと説明が付かないような気が。多人数に囲まれていたんじゃなしに」

 

 彼の言わんとすることを、ゆっくり咀嚼する。増幅、重なり、共振、反響。妖精さんの住処で大声をあげたとき、長い間その場に居座った龍の声があった。あれは、相向き合う2つの面――少し湾曲した天井と床――が無ければ存在し得なかった。

 そうか。確かに、萩風さんがかの作戦中に激昂したとき、そして私が先日彼女の前で激昂したとき、どちらの場合も、目の前には同じ感情を――怒りの感情を共有する者がいた。

 

「と、まぁ、脳の中身は覗けない訳で。そんなもの確かめようがないんですがネ」

 

 身も蓋もなく、カラリとした口調で云い放たれた彼のひと言に、一瞬耳を疑った。私としてはわりと深刻に考えていたのに、ですがネ、とは。カジュアルな結び句もあったものである。そこまで言っておいて、と内心口を尖らせた。

 

「そ、そこまで言っておいて…?」

 

 間髪入れず、赤城さんが私の思いを代弁してくれた。私の思考など毫も知らぬ赤城さんであったことが、私を勇気づけた。何につけても連帯感が大切である。本当ですよ、と便乗した。彼はばつが悪くなったと見えて、頭をぽりぽり掻いた。

 

「失礼しました、つい。病院でレントゲンを撮ってみるのはどうでしょう。丁度明日はお休みだ。とにかく、今日はもう寝ませんか。夜更かしは毒です」

「まったくもう…。ただ、妖精さんに貴方を害する意志があるとは、思えません。あまり不安に思わないほうが良いでしょう」

 

 無理な話だ――害意のない猛獣にじゃれつかれたら、人は簡単に死ぬ。でも、確かに疲れた。2人の言に、那珂さんも私も相頷いて、自室へ帰る流れとなった。さっさと歯を磨いて寝るとしよう。

 

 

==============

 

 

ーーあれ…響?こんな遅くに何やってるクマ。

 

ーーーーこんばんは。

 

ーー休養日にも、規則正しい生活が大切だクマ?夜更かしする悪い子のところには川内がやって来て、連れていかれてしまうクマ。

 

ーーーーうん。少ししたら寝るよ。球磨さんこそ、何やってるの?

 

ーーその川内から逃げてきたクマ。流石に炊事場までは探しに来ないクマ。

 

ーーーー1回くらい良いのに。球磨さんなら、負けないでしょ?

 

ーーこんな風の強い日に、わざわざ自主訓練とかあり得んクマ。球磨は寒いのダメだクマ。

 

ーーーーふぅん?川内さん元気だよね、最近。

 

ーー息を吹き返しつつあるクマ。このところ、ずっと静かだったのに。

 

ーーーー何年か前に、司令官が倒れてるのを見つけてからだよ。夜は静かにしようと反省したみたい。

 

ーーまぁた、夜戦バカの発作が出始めたクマ。新しい人もあんまり強く言わないクマ。

 

ーーーー篠田さん……たまに、視線を感じるよね。

 

ーーんん?視線?

 

ーーーーうん。この間、妙なことを訊かれたよ。君は暑がりだったりしないか、ってさ。

 

ーー…よくわかんないクマ。

 

ーーーーうん、解らない。髪色の薄い娘はどれくらいいるだろう、とかも訊かれたよ。

 

ーー暑がりで髪色の薄い……島風かクマ?

 

ーーーーよくわからないけど。司令官といい、篠田さんといい、水雷屋には変な人が多いね?

 

ーー響。ひーさんはもう、司令官じゃないクマ。

 

ーーーー……うん。そうだね、分かってるよ。

 

ーー引摺りすぎは、良くないクマ?

 

ーーーー引き摺ってるわけじゃないよ。でも、さ。

 

ーーでも?

 

ーーーー理解するのと、受け入れるのとでは、ちょっと違うんだ。後者は時間が要るんだよ。

 

ーー……。

 

ーーーー駄々こねたって変わらないのも知ってる。でもそれで、ハイそうですかって簡単には思えない。寂しいものは寂しいよ。

 

ーーよっし、響。今日は一緒に寝るクマ。

 

ーーーーえ、なんでそうなるの。

 

ーー決めたクマ。大人しくするクマ。さもないと、篠田さんに響は暑がりだって報告するクマ。

 

ーーーーわ、わかった。いや、わからないけど。

 

ーー寒いときは、独りでいるともっと寒くなるクマ。誰かといなきゃダメだクマ?

 

ーーーー別に、1人じゃないよ?相部屋の子たちも…。

 

ーー1人で抱え込んでるうちは誰と居たって独りだクマ。因みにこれは、ひーさんの受売りクマ。

 

ーーーーふぅん…そっか。そういえば司令官は、結構寒がりだったね。

 

ーーそうそう、北国の出なのに珍しいクマ。

 

ーーーーいま、何処にいるんだろう。

 

ーーわかんないクマ。訊いても濁されたクマ。

 

ーーーー私もだよ。知らないほうが良い、って。普通、報道にも載るから隠す意味は無いんだけど。

 

ーー言いたくないクマ?……なんでも大淀は、知ってるらしいクマ。ちょっと探り入れてみるクマ?………拳で。

 

ーーーーいや、怖いよ。

 

ーー球磨ジョークだクマ。さぁ、さっさと歯磨いて寝るクマー。

 

ーーーーわっ。1人で歩けるから。担がないで。

 

 

==============

 

 

「君は、あれか。川内の弟子か、何かなのか」

 

 部屋に戻ったら、例の妖精さんが居た。まだ電灯を点けてもいないのに、部屋がぼんやりと明るい。妖精さんが、光を放っているのだ。物凄く身に覚えのある光――これに触れたら、ふたたび誰かの記憶を見せられ、そしてまた私は、あの頭痛を経験するのかも知れない。彼女はまだまだ、私を寝かす気はないらしかった。いや、ある意味で、強制的に寝かしつけるというか、気絶させるわけだが。

 一体何処から侵入したのか勘繰ったが、何のことはない、今日は普通に入口から入ったのだろう。不用心にも、鍵をかけ忘れたのだ。

 

「今日は、流石に疲れたんだ…。君も知っているだろうに」

 

 なんらの意味もないことを承知で、それでもぼやかずにいられない。先刻、津田さんが言ったことが、自然と反芻された。

 

――それを貴方に植え付けたきっかけが、あの夢だった…。

 

 寒さと不安で、身震いする。今日は、どんな夢を見せられるのだ。妖精さんが、ぽてぽて歩みよってきた。思わず中腰の姿勢になって身構える。

 

「ま、まぁ、待ってくれ。布団もかけずに倒れてしまえば、風邪をーー」

 

 言いも終わらぬ内、妖精さんがぴょこん、と飛び付いてきた。驚異的な跳躍力にまかせ、自身の身長の3倍くらいを彼女は跳んだ。思わず、その体重を受け止めようとしてしまい…私は昏倒した。

 




いよいよ、大詰めです。
鬼も出るし、蛇も出ます。
でもあなたなら大丈夫。
多分。

P.S.
桃の節句作戦終了。正規空母10隻は辛かった。

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