サルベージ   作:かさつき

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 暫くして戻って来たのは、那珂さん1人だけだった。

 曰く、ヒトミさんは「のぼせちゃった」らしい。今は涼しい所で休んでいる、とのこと。ヒトミちゃんに聞かせられない話も出来るでしょ、なんて那珂さんは双方に、随分気を遣ってくれたようだ。私が礼を云うと、しかし彼女は首を横に振る。照れくさそうに頬を緩めて、誤魔化した。

 

「エラそうなこと言っちゃったし、最後まで付き合うから」

 

 回り道もあったが、赤城さんの推論を再び、先に進めることと、相成った訳である。

 

「過去の司令官たちの多くは、着任して数日経つと、決まって同じことを言いますーー悪夢を見た、と」

「悪夢…私が見たのと同じもの、でしょうか」

 

 赤城さんは頷き、ただし、前任者の中には無口な者もいたから、必ずしも全員に聴取した訳ではない、と補足した。

 

「どんな夢なの?」と那珂さん。

「生々しい恐怖を主観で見る、と。そんな内容だそうで」と赤城さん。

 

 私にも、大いに心当たりがある。前任者は、2度3度と同じような話を聞かせた。そのうち彼女は、尋常でないことが基地に起きているのでは、との疑惑を強めていったそうだ。

 

「初めは、少し気になる程度でした。しかし、彼らの語った夢の描写が、余りに克明過ぎました」

 

 夢は、記憶に残りづらい。例えば、悪い夢をみたとしても、起きた瞬間、その内容を忘れ去っていることがある。何が不快だったのか解らず、ただなんとなく、感情だけが残っているーー夢とは幾分、胡乱なものの筈だ。

 

「皆が皆、例外なく、はっきり、くっきりと。多少の時間を経た後でも、あらすじを語ることが出来る。しかも……」

「……何か、気になることが?」

「人によって、表現の仕方に差違はありましたが、夢の内容がとても似通っていたの。縁もゆかりもない別の者が、同じ夢を見た、なんて……。どうしても、看過できませんでした」

 

 〝悪いものが、基地を覆っている〟ーーそう云う想像、を彼女はした。また、今迄それを、ずっと抱えていた。それは断じて、心の病とか、風土病とか、伝染病とか、人智の及ぶものではない。もっと常軌を逸した力の作用に思われた。ただ、幸いというか、なんと言うか。心当たりはひとつしかないーー妖精さんの仕業と、考える他になかった。

 未だ半信半疑だが、同じく私も、そう考えると一番収まりが良いと、思っていた。

 

「まぁ…前向きに捉えればある意味、怪我の功名かしらね」

「そうでしょうか…?」

「彼女たちの見せるその夢には〝原作〟がありましたーー多分それは、6種類」

「はい、そうなります」

「入れ替りが激しすぎたことで、原作の残弾が無くなって、むしろ問題は浮き彫りになった訳ですから」

 

 赤城さんが、自嘲気味な笑みを見せた折。電子メールの新着を知らせるポップアップが、顔を擡げた。

 

「お…。届きましたよ、例のメール」

「では、それを見ながら話しましょうか」

 

 那珂さんと赤城さんは、私の横まで移動してディスプレイを覗き込んだ。私がファイルを開くと、横3、縦19の表が、ページのど真ん中に陣取っている。表の各セルには、情報が随分簡素にまとめられていた。

 

 初代。精神の不調、情緒障害。希望退職。

 2代目。精神の不調、統合失調症の診断を受け、病気退職。

 3代目。躁鬱傾向、通院を繰り返す。希望退職。

 4代目。極度の抑鬱状態、入院。病気退職。………

 

 ずっとこういう具合だ。この中に越川氏は入っていないのであろうーー切り悪く、19人。字面で見ると、なかなか鮮烈である。本当に全員、精神を病んでしまっている。ふと、赤城さんが声を上げた。

 

「あら?これ…。ちょっと違いますね」

「ん……何かありました?」

「ズレがあるんです。この…初代、とある人は、2代目なの。越川さんもいませんし……どうしたんでしょう」

 

 少し思案して、那珂さんに確認をとった。

 

「あの、那珂さん。格納庫に行ったとき、教えて貰ったことですが…。4年の間に20人、上官のクビが挿げ替わったーーでしたっけ」

「そだね。そう教えた気がするよ」

「あれは、初代を除いて20人という意味でしょうか?」

 

 彼女は頷いた。要するに、前任者は21人いた訳だ。私は、間抜けな勘違いをしていた。

 

「え、とですね。それを調べてくれた人が言うには……転任とか転出を、考慮に入れておらず、退職者のみの情報を載せてある、と」

「あぁ…成る程。……どちらかと言うと、転出者たちの情報に期待したのですが」

「それは要するに…瑞穂さんの言った大丈夫な人たち、ですよね?」

 

 少し残念そうに、赤城さんは首肯する。

 

「何か、私の知らない共通点があるのでは、と」

「私の知らない、ということは、もう何かーー」

 

 そこまで言って、言葉を切ったーー赤城さんの呟きが、少し苦しそうに聞こえたので。そうあれば良いのに、と微かに聞こえた気がした。ややあって、恐る恐る尋ねた。

 

「あるんですか……その人たちの、共通点」

「海佐が着任する以前に〝大丈夫な人〟は3人いました」

「3人…って、初代、越川氏…と。あとは?」

「津田さんです。勿論」

 

 少し、盲点だった。確かに、先立って聞いた彼女の想像が正しいなら、たとえ立場が違おうと関係はないか。誰であれ例外なく、妖精さんの標的になるーー要は、人並みの記憶力があれば良い。

 赤城さんの視線は、タバコの煙みたいにふらふらと宙に舞っていた。天井まで昇って、ぶつかって、彷徨した。

 

「彼の仕事机、見たことあります?」

「ええ、はい。結構、散らかってますよね」

「その中に、ね?写真が…飾ってあるんです。津田さんのご家族の」

「伺ってますよ。まぁ、その、故人であることも」

「……旅行先での事故だったそうです。旅客船が座礁、沈没した、とか。津田さんは、数少ない生存者の1人でした」

 

 津田さん一家が乗っていたというその船の名は、私も聞いたことがあった。13年前の大惨事ーー当時私は二十代か。13、という数字に、妙な因果を覚えた。

 

「ねえ、海佐……津田さんの娘さん、似ていたでしょう?」

「……はい。確かに」

 

 確かに、津田さんの娘さんは、ヒトミさんに瓜二つだ。赤城さんの云わんとしていることは、なんとなく想像出来た。あの写真を見た時からずっと頭の隅にあった、ある発想。普通の人間がそこまで着地するには、どうしたって「常識」とか「倫理観」とかいう壁が邪魔をする。まさか、で済ませてそこから先へは進まない筈だーー筈だった。

 

「私たち艦娘は、何なのでしょう?船の記憶をもち、体は女性…?この見た目は、何?妖精さんは、1からデザインしたの?態々、1人ひとりに、個性豊かな見た目をあてがって?」

「よ…妖精さん、凝り性なんじゃない?ほら、格納庫を秘密基地にしちゃうしさ」

 

 那珂さんは、わざと冗談めかして言った。彼女もまた、これから聞かされることを、少し不穏なこととして、理解出来たのだと思うーー同時にそれは、やはり受け入れ難かったと見えた。だが、赤城さんはそのまま、話し続けてしまった。この場に、ヒトミさんは居ない方が良かったのかも知れない。

 

 

「理由は分かりません。しかし艦娘の艤装部分が、旧帝国海軍の艦艇を再現しているのは、間違いない」

 

「であれば、私たちの〝人体のような〟部分も、同じく何かを再現しているのでは、と」

 

「その元となる何か……設計図に類するものがあったのでは、と。そう思いました」

 

「妖精さんたちが海からやって来た存在ならば、海で見たものを元にするかも知れません」

 

「尚且つ、なるべく人の記憶に残りやすいものを採用すると、都合が良い」

 

「もしも…。もしも、ですよ。ある男性の目の前にーー」

 

「ずっと前に海で亡くした愛娘と、そっくりの女の子が現れたら?」

 

「その男性は、娘が戻ってきたと、考えるのではないでしょうか」

 

「決して、忘れられないのではないでしょうか」

 

「ありえないことだと、頭では否定しても、心に、こびり付いてしまうのではないでしょうか」

 

「つまり、私たちの体に適した、設計図とは……」

 

 

 艦娘の〝設計図〟とはーー。

 

「海で、亡くなった人の身体、ですか」

 

 神妙な顔で黙ってしまった彼女に代わり、私が結論を口にした。誰も、頷かなかった。赤城さんが、ふと扉の方に視線を遣るまで、誰も動かなかった。

 

「う、え、えぇと。それで、共通点っていうのは…?」

 

 沈黙に耐えきれず、那珂さんが訊いた。赤城さんは何故か扉に目を向けたまま、暫く言葉を発しなかった。ハッと我に返ったように向き直って、なにやら取り繕った。ただ私は、もう朧気に予想がついている。あの時の質問の意図が、漸くつかめた気がした。

 

「要するに、海で家族を亡くしている人なんですね?その3人は」

「……はい。何れも、事故で。初代司令官は、御令室を。越川さんは、御尊父を」

「なるほど……この間の質問は、そう意味だった訳ですね」

「はい。……再度確認なのですが。海佐に、そう云う人は…」

 

 私は黙って、首を横に振った。本当に心当たりがない。そうなるといよいよ私は、20番目の候補者だ。今は平気でも、いずれは精神を病んでいくのかーーあまり、時間は残されていないのか。那珂さんの顔を直視できなかった。

 

「ま…待ってよ。だって瑞穂さんは、海佐のこと大丈夫だって、言ったんでしょ?何か理由があったんじゃないの?」

「ええ。それは確かです。ヒトミさんのことがあってーー過去に例のない事態があってーー海佐は過去居たどの人とも、違うのでは、と。20人目でも4人目でもなく、1人目なのでは、と彼女は言っていました」

 

 ヒトミさんのことーー彼女が取り戻したこと。私本人の自覚は皆無だが、出来ればそうあって欲しいと思う。赤城さんの視線が、また、扉を向いた。

 やにわに、新たなメールが届いた。また、大淀さんからだった。礼儀正しい彼女にしては、随分簡素なーー走り書きみたいな、付け足しみたいな文章が、ディスプレイの真ん中に横たわっている。3人で顔を見合わせた。

 

 〝今回情報のない人も、次は詳しく調べて、送ります。  大淀〟

 

「……期待、しましょう」

 

 赤城さんが、願うように言った。

 

 

=============

 

 

ーーーーあ……神通さん。いま帰り…ですか?

 

ーーあら、ヒトミさん。どうしました?こんな場所で。

 

ーーーーうん。ふふ、外は、さむい…です。

 

ーー………?

 

ーーーー部屋の中、ちょっと…暑くて。

 

ーーそう?……暖房は適度にね?

 

ーーーーはい…ふふ。

 

ーーど、どうしたんですか。ちょっと、嬉しそうな…?

 

ーーーー暑いのも、寒いのも、久しぶり…だから。

 

ーーああ、成る程……。

 

ーーーー当たり前になる前に、大切に…って。

 

ーーうん…。

 

ーーーー私いま、元気、です。…とっても、元気。

 

ーーうん……良かった。ずっと、暗い顔してましたもの。

 

ーーーー治ったの、海佐のおかげ…なのかな?

 

ーーどうでしょうか……私には、なんとも。

 

ーーーー他の皆も…治らない、ですか?

 

ーー瑞穂さんは、そう信じているみたい。

 

ーーーー神通さんは…?治りたく、ない?

 

ーー私、は…。もう見たい物、ないから。

 

ーーーーで、でも。やっぱり……。

 

ーー良いの。丁度いいんです、足りないくらいで。

 

ーーーー海佐のこと…嫌、ですか?だから…、キツイこと云ったり…?

 

ーーまぁ、ね。優しい人なのは判るけれど、苦手なの。

 

ーーーーどうして…?

 

ーー色々、あるんです。

 

ーーーー色々…ですか?

 

ーーそれと…。私はこの基地を、人間のいるべき所でないと思っています。

 

ーーーーいるべきで、ない…?

 

ーーええ。瑞穂さんにも言いましたが、自分のせいで誰かが壊れていくのはもう、嫌。

 

ーーーーで、でも。あの人なら…。

 

ーー保証がないわ。大丈夫かも知れないけど、そうでないかも知れない。

 

ーーーーそんなの…。

 

ーー確かめようがないならば、出て行ってもらうのが、一番良い。

 

ーーーーそ、それは。その。

 

ーー悪いけれど…こればかりは、本当に。

 

ーーーーい、嫌…です。納得、できないもん…そんなの。

 

ーーお願いです。彼の人生が、狂うかも知れないのよ。

 

ーーーーも、もうだめです。嫌です。聞きません。

 

ーーひ、ヒトミ…さん?

 

ーーーー全部言っちゃますから。キョーハクですから…!

 

ーーきょう、はく…。え、脅迫?

 

ーーーー言っちゃいますから…!神通さん、いい人だ、って…!

 

ーー……脅迫ですか?それ。

 

ーーーー海佐が、神通さんを大好きになっちゃうこと、言いますから…!

 

ーーな。何を。

 

ーーーー言っちゃいますから…!もう…知りませんから…!

 

ーーま、待って、ヒトミさん。何言うつも…。えっ、足速い…!

 




歯車は、少しずつ軋みながら回るんです。

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