サルベージ   作:かさつき

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 寒風吹き荒ぶ10月下旬の北陸で、その美女は水着であった。

 

 

 

「あの………大丈夫……ですか?」

 こっちの台詞である。風邪ひくぞ君。

 

 しばし唖然となる私の顔を、彼女は心配そうに見てくる。

 

 

「迷われたのでしょうか………?私……この基地の者で……良かったら、案内を……」

 

 驚くべきことにこちらの美女は、基地所属らしい。水着で業務にあたる自衛官はいない。となると……。

 

 

「貴女は……この基地所属の艦娘、だろうか」

 

「え………?あ……もしかして」

 

 

 

「はじめまして。来月1日からこの基地に着任することになった、樋口一等海佐です」

 一応職業専念義務の外だが、敬礼。第一印象が大切だ。彼女も慌てて敬礼を返してきた。

 

「失礼……しました。本鎮守府の潜水艦隊第一部隊旗艦、伊13……です」

 

 

 

 第一印象は物凄く静かな人、であった。言葉が途切れ途切れで少々聞き取りづらく、深海棲艦と戦う人類の救世主と言われても大方の人間が訝しむであろう。こう言っては失礼だが、顔に陰影があって幸の薄そうな雰囲気を醸している。

 

 

 

「ほう。第一部隊の旗艦……!かなりの実力者なのですね」

 初対面の人には、ひとまず褒めから入るが吉、祖父の教えの実践を試みた私であった。

 

「あ……いえ、潜水艦娘私だけなので……練度はむしろ……低いほう……です」

 

 

 玉砕した。表情に陰が差してしまった。それは失礼を、と取り繕ったが表情は暗いままだ。ばつがわるくなって無理やり話を逸らした。

 

 

 

「え、と。この基地の官舎は、あの建物でしょうか」

 官舎(民宿)を指しながら尋ねた。

 

「あ……はい、そうです」

 彼女が首肯した。

 

「………」

 しばしの沈黙。どこからどう見ても民宿だがこれは官舎だった、残念なことに。

 

「その……なんとも……味のある建物ですね」

「は、はい……そうですね」

「………」

 

 また沈黙。

 当たり障りのない表現を選んだがボロいのに変わりはない。

 社交辞令がばれたか。

 

 

「あー………また基地内を見学させていただきます。着任前に一通り把握したいので」

「ど、どうぞ……」

「……」

 

 三度目の沈黙。基地内の見学といっても、今いる位置からも大体見えるのだが。

 

 

 参った。会話が続かない。話題を探そうとすればするほどドツボに嵌っていく気がする。元々頭や口を動かすより体を動かすほうが得手なのだ。人は其れを口下手という。

 

「さ、先ほどのお父さんというのは……」

 もうこれくらいしか無かった。

 

「え、あ、ごめんなさい。部外者の方だと思ったので……つい……」

 

「それは良いのですが……なぜお父さん?」

 私が無学でなければそれは男親に対する敬称だ。

 

「年配の方にはこう言うと……角が立たないって……津田さんが……」

 

「年、配…………なるほど」

 確かに矢鱈とフレンドリーな新聞勧誘のお兄さんにそう呼ばれたようなこともあったか。私はそこまで老けているのだろうか。まだ私は独身だ。子どもを持っていてもおかしくない年だが。

 

 

 それはそうと、津田さんとは先程会った事務官の方の名だ。津田幸寿。年のころは、私より一回り程上か。お目出度い名前と暗い雰囲気は少々ミスマッチだ。

 

 

 ただ、事務官と艦娘が名前を呼びあう仲であることには好感を持てる。組織内の横のつながりが強い証拠だ。良いことを知られたし、お父さん呼びを訂正するのはやめておこう。

 

 

「では、私はこれで失礼します。今後ともよろしくお願いしますね。伊13さん」

「あ、ヒトミ、で大丈夫です………。こちらこそ……よろしくお願いします……」

「はい。よろしく、ヒトミさん」

 

 よかった。「い、じゅうさんさん」は少々呼びづらい、と口にしてみて思ったところだ。彼女の呼び名と、組織の人間模様。心の傷と引き換えに、有益な情報を二つ得られた邂逅であった。

 

 

 私は彼女と別れ、官舎(民宿)へと歩き始めた。

 

 背を向けて歩く私を、彼女はじっと見つめていた。

 

 その視線がひどく冷めたものであることに気付かず。

 

 私は、歩を刻んでいた。

 

 

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 官舎へ着く。ここは正しく民宿であった。

 

 まず入り口が土間である。

 

 下駄箱があって、木造の廊下が奥へと伸びている。階段を横目に廊下を奥へと進む。鴬張りなのか老朽化のせいなのか、ぎゅうぎゅうと軋む廊下だった。

 

 突き当りの襖。その横の支柱に釘が打ってあって、そこに木板がかかっていた。毛筆で「樋口」。どうやらこの奥が、私の部屋のようだった。

 

 

 

 襖を開ける。そこは定めて民宿であった。

 

 部屋の中心に卓袱台があり、横に座椅子が並んでいる。

 部屋の隅に小さなブラウン管テレビが置かれている。

 押入れを開けると布団が一式。

 申し訳程度のハンガーラックが、ちょこんとあるのがまたいじらしい。一つだけステンレス製で、ピカピカと光沢があるのが場違いであった。

 障子を開けると秋の日本海。荒潮のオーシャンビューである。

 

 卓袱台上にラミネート加工されたプリント紙があって、でかでかとこう書かれていた。

 

「風呂・トイレ共用。電子レンジは湯沸室に」

 

 

 喜ばしいことに、ここは民宿ではなかった。残念なことに、ここは学生寮であった。寮母さんはいないが。

 

 

 引っ越し一日目にして早くもホームシックの私である。

 

 

 

 ひどく疲れた。

 

 駅で買っておいたサンドイッチをパクついて、今日は早々と寝ることにした。

 

 かび臭い布団は意外に柔らかく、思いのほか寝心地が良かった。

 

 こんなに早く寝るのも久しぶりだ、そんな風に思った。

 

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 ーー津田さん、あの人……会いました。

 

 ーーああ、ヒトミちゃん。どうでしたか。

 

 ーーわからない……です。そんなに嫌な感じは……なかったけど。

 

 ーーそう……か。まあまだ、何ともね。

 

 ーー………あの。

 

 ーー………ん?

 

 ーー次は………大丈夫……でしょうか。

 

 ーー……期待は、しない方がいい。いつもどおりさ。

 

 ーー………。あの人は………何をしたんですか

 

 ーー基地内での暴力行為。それも上官に対しての、ですよ。

 

 ーーううぅ………。

 

 ーーいつも通りです。数か月もすれば、どうせまた……。

 

 ーー………。

 

 ーーさ、そろそろいい時間だ。帰りなさい。

 

 ーー………はい。お先に。

 

 ーーお疲れさまでした。また明日。

 

 

 

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 10年ほど前までは、1等海佐、といえば護衛艦の艦長を務めるレベルの高官であった。しかし、深海棲艦との戦争が、〝人と化け物の戦い″から〝艦娘と化け物の戦い″へと変遷するに連れ、自衛隊の役割も大きく変わっていった。

 

 そもそも、護衛艦に乗って海へ出、戦闘行為を行うことは現状、犬死にと同義であった。深海棲艦に通常兵器は効かないのである。それよりも艦娘たちに戦いを任せ、人間は完全な支援にまわることの効率が良かった。

 

 戦闘の指揮を執ることは、通信で行えないこともないが、それでも現場に出るのは艦娘たちだ。直接戦闘にかかわることは結局不可能なのである。

 そんな状況で、艦隊司令官に求められる能力は、まず第一にマネジメント能力であった。艦隊の編成、演習による艦娘たちの練度向上、資源のやり繰り、艦娘たちの艤装の開発・改修。司令官が決裁を下すのはそれくらいだが、その作業をいかに効率良く行えるかで、基地の戦果がほぼ決まってしまう。

 司令官はいわば企業の社長と同じなのである。稼ぐのが利益か、戦果か、それだけの違いだ。

 

 

 また、艦娘たちを指揮するものに欠かせない資質はもう一つある。

 

 

 深海棲艦と艦娘は、本来人類にとっては対極の存在のはずである。

 

 深海棲艦は人を見たら必ず襲う。不自然なほどに。

 

 一方艦娘は人に対して好意的である。不自然なほどに。

 

 しかし、そのどちらもが不可思議な力で戦闘を行う。

 

 

 妖精さんの存在。問題はこれだ。燃料入りの食事を摂り、海の上を駆ける。矢は戦闘機と化し、主砲は敵をなぎ倒す。魚雷を放ち、爆雷を投射する。

 守護者・艦娘と侵略者・深海棲艦は同一の存在ではないか。そんな疑念が湧くのに時間はかからなかった。

 

 

 司令官の資質とは、恐れないことだ。超自然を受け入れられる懐の深さが何よりも必要だった。そして、そんな人間は、大して多くないものである。私はたまたま、その多くない方の人間だったのだ。

 

 

 だから、私は佐官なんて階級を引っ提げて、ここにいる。

 怖いものを怖がることが、人よりほんのちょっと苦手だから、こんな若造がここにいる。私は別に懐が深いわけではない。情が湧いたのだ、健気な彼女たちに。

 

 ただそれだけ。

 

 

 特Ⅲ型駆逐艦2番艦、響。私の前任基地に彼女がいた。小さい見た目に反して、表情に乏しく感情の読めない艦娘だった。彼女が泣いたのを一度だけ見たことがある。姉と再会した時だ。

 第3次ソロモン海戦にて戦没した姉、1番艦の暁。響の涙で彼女の制服は、海に1度も出ていないのにびしょ濡れであった。

 

 小さな声だったが確かに聞こえた。一人はもう嫌だ、と。

 その時、私は思ったのだ。私にも掛け替えのない家族がいるように、彼女たちにも大切なものがある。

 

 彼女らが私たち人間を守ってくれるなら、彼女らは誰に守ってもらえばいい?

 

 彼女らは戦場において、砲火で、雷撃で、敵艦載機の機銃掃射で傷つくのだ。

 

 私はその分彼女らのかわりに、陸で傷つこうと思った。

 泥を被っても、血反吐を吐いても、周りから唾を吐きかけられても、彼女らの前では笑っていようと思った。

 

 守れなくとも、せめて支えようと、そう思った。

 

 

 

 ふと思い出す。そういえば前任の基地を去る数日前、響が個人的に会いに来てくれた。少し思い出話をした。それだけだった。彼女は、終始いつも通りの無表情だった。ただ別れ際、やたら帽子を深くかぶっていたな、と思った。

 

 自惚れでなければ、あれはひょっとして……。

 

 

 自分は彼女にとって、何者になることができたのか。それは結局わからず終いであった。

 

 

 

 

 

 

 ぴゅう、と一つ風が吹いて私を現実へ引き戻した。

 

 

 顔合わせの次の日の朝。

 津田さんに言われた驚愕の一言。

 

「この町スーパーなんてありませんよ。大体が自給自足です」

 

 着任初仕事は、食料の調達であった。

 

 

 

 現状、私は磯釣りに興じている。釣果3匹。ひとまず3人分。朝食まで残り2時間を切ったところであった。

 

 




漸くほんの少し、艦娘出てきました。

3/30 手直ししました。

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