サルベージ   作:かさつき

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「流刑地……か」

 

 バスをおりて歩き始めた。

 ふ。と白い息を吐いて独り言つ。

 私の声は10月の曇り空に吸い込まれていった。

 

 

 私は今、北陸の小さな町にいる。

 

 

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「とりあえず座んなよ」

 

 

 報告会の日の夜。宿の個室で大島海将は、私と大淀さんに腰を下ろすようすすめた。私は土下座を解いた。大島海将は個室に備え付けのコップに水を汲み、軽く唇を湿らせてから語り始めた。

 

 

 我々が所属する基地から、新幹線で1時間。名古屋で特急に乗り換えて今度は4時間。富山駅から在来線で30分。そこからバスで1時間のところにある小さな小さな海沿いの町。

 この僻地には、なぜか基地がある。艦娘と深海棲艦が現れて間もない時期。日本海側の護衛を名目にして、いくつかの場所で艦娘支援基地の整備が進められた。安全保障を大義名分として、国は税をつぎ込んだ。

 

 

 

 失敗、であった。

 

 なぜか深海棲艦は、日本海側へほとんど姿を現さなかったのである。たまに小さいはぐれが出没する程度だ。数年後に深海棲艦たちは太平洋戦争時の戦場であった海域に多くみられることが判明した。現在うまく機能しているのは、広島県は呉にもともとあった海自の基地ぐらいで、その他の基地は徐々に縮小され始めている。限られた戦力をただの置物にしておくことなど勿体ない、ということだ。いずれなくなるだろうと誰もが思っていた。この北陸の基地も当然そうなるはずだった。

 

 

 

 しかし、とある海将がこの基地の縮小に強烈な待ったをかけたのである。

 

 曰く、飢餓作戦を忘れるな、と。

 

 日本と大陸をつなぐシーレーンは、今や日本海側にわずかばかりである、国は多大な借金までこさえてたてた基地をなんとするのか、呉のみの力に頼るのか、今こそ新たな力を借りて日本海を昔の姿に、とかなんとか。

 

 

 鶴の一声。

 

 

 世論も政治もついでに海自も、そろいもそろってすってんころりん、であった。様々な人が異口同音にそうだそうだと囃し立てた。深海棲艦の登場で滞っていた北陸新幹線の区間拡張に、艦娘の活躍で再開の目途が立ったことも後押しした。

 

 

 目出度く北陸の小さな基地は縮小・廃止を免れたのである。

 

 

 

「変な話だろう?」

 大島海将は、そこで話を切って水を飲んだ。

 

 

 

「ええ、まったくです」と大淀さん。

 

「不自然、ですよね」と私。

 

「そ。いくら〝右倣え″な人間が多くったって付和雷同が過ぎる」

 

 

 

 

「戦略的に意味のない基地残す、なんて世論が叩いてしかるべきよ。それが今日まで何にもない。政治家と海自の上層部、それからマスコミ。この内のどっかしら、もしくは全部で後ろ暗い〝何か″があったのは明らかさ。火を見るよりも、な」

 

「金、だろうね」

 海将は静かに息を吐く。海将の険しい表情を見るのは、実に久しぶりだ。

 

「それも多額の、でしょうね」

 大淀さんも眉を顰めて息を吐く。彼女の険しい表情を見るのは、実に数分ぶりだ。

 

 

 

 

「そんでその中心にいたのが、今日お前さんがノしちまった海将補の上官、件の海将さん」

 

 俄かに放った海将の言葉、そこにある小さなつながり、私は何か嫌なものの輪郭をみた気分だった。

 

 海将は水を飲んだ。コップにはもうほとんど水がなかった。

 

 

 

「件の海将は、そんな金を使ってまで、何故そんな基地を?」

 私は疑問を口にした。価値のないものを残すのは、物好きか物ぐさか、或いは見えていない価値に気付いた者だ。先にみた輪郭は、徐々に確りと形を持ち始めている。

 

 

「3つ目だ」私の言にそう返す大島海将。

 

 

「ここはな、流刑地なんだよ」

 

 今後の処遇。価値のない基地。件の海将。そして、流刑地。点がつながって線となる。嫌なものの輪郭は、もうほとんどはっきりと、私の中で形を持っていた。大島海将はコップに残った最期の数滴を、天井を仰ぎながら飲み干した。

 

 

 

 コップの中の水はもう残っていなかった。

 

 

 

 

 

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 件の基地から最寄りのバス停まで徒歩1時間である。

 荷物を抱えてえっちらおっちら歩き続けてようやく基地に到着した。

 隔てるものがほとんどないので500mくらい前から建物は見えていた。

 

 

 

 有体に述べて、ボロくて小っちゃい施設である。

 

 

 学校の小グランドくらいの敷地の真ん中に一軒家みたいな大きさの建物が鎮座している。

 ----ひょっとしてあれが庁舎であろうか。

 

 そこから少し離れたところには、ちょっとした民宿みたいな建物がある。

 ----まさかあれが官舎であろうか。

 

 そして海辺にはプレハブ造りの、大型バスの車庫程度の建物がある。

 ----まかり間違って、あそこから艦娘たちが出撃するのだろうか。

 

 

 工廠はどこだろう、入渠はどうするのだろう、そもそも基地周囲にフェンスがないのはなぜだろう、基地警備隊はいないのだろうか、ひょっとして場所を違えたか、などなど疑問は尽きない。

 

 いずれにせよ、本日がこの基地への面通しの予定日である。約束の時刻まであまりない。機関銃を突き付けられないかと心配だったが、受付を行う者すらおらぬのだから仕方ない。意を決してーーーできれば場所を違えていてくれ、と願いながらーーー基地(?)の敷地へと歩を進めた。

 

 

 

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「表面上は栄転を装うっていうのが手口だ」

 あの夜、宿の個室で大島海将が言ったことがフラッシュバックする。

 

「身に覚えのない辞令がくるんだ。尤もらしい理由をつけてその駐屯地へ移動せよってな具合に」

 

「最初は短期の出張、企業とかでいう人事交流みたいな扱いだ」

「でもその地の環境に慣れず帰ろうとしても帰れなくなる」

「居場所がなくなってるのさ」

「転出した基地の後釜に優秀なやつを当てる。戻ろうにも戻れない」

「そうして、自分の息のかかった奴を全国に配置して、同時に邪魔な奴らを潰していく、というわけよ」

「さっきも言ったがその基地は陸の孤島みたいな場所さ。最寄りのバス停にくるバスは、1日に朝夕2本だし」

「冬は寒い。大きな町から遠くて不便で、じいさんとばあさんばっかりの町で、おまけにそこの艦娘たちは……」

 

 ふと回想をとめる。最後の大島海将は妙な態度だったことを思い出した。妙に言葉を濁していたような。言いかけたことを止めるとは、先生らしくない態度だ。

 

「ま、いいさ。ひぐっちゃんが行くとは限らないし。今後の処遇なんて言ったけど、そもそもターゲットになるとも決まってない」

 

 その夜は結局それで終わりだった。その後大淀さんに個人的に呼び出され、1時間に渡る説教を受けた。どうでもいいが今度は正座であった。

 

 

 報告会の一件の後、私の中の激情は、燻り続けていた。

 

 

 私のしたことを咎められるのは、まあ良い。庁舎内での暴力行為。どんな理由があれ、社会人として看過されるべきではないことを、私は知っていた。

 

 ただ、私の行為で、大島海将や大淀さん、そして基地内の皆に何らかの不利益があるかも知れないことに、やるせなさと怒りを感じたのだ。

 

 

 その怒りは自分自身と件の海将に向いていた。

 

 収めるべき鞘のなくなった刀を自らの体へ突き立てた様な感覚があった。

 燻った熱を自らに向けて放出したせいで、その熱は逃げ場を失い自身を焼いた。

 逃げ場のない熱は頭の中の仮想敵に向けられて、顔も知らない男の顔を焼いた。

 

 

 その熱が漸く小康するのは、数か月後、自らに辞令が下ったときだった。

 悔しさとなぜか少しの安堵があった。

 

 

 

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 さて、残念なことに、ここは紛れもなく基地だった。

 

 

 暗い雰囲気の事務官の方に案内され、無人の執務室へ案内された。

 前任者は退職したそうだ。本人の意思だという。

 

 私はこの基地のトップとなるのだ。

 

 基地を統べるのがただの若造であるなど、あり得ないことだ。国がこの基地をどうでもいいと考えている証左である。

 

 

 面通しはひとまず終わり、荷物を置いてくることになった。庁舎を出、官舎(民宿)に向かう。家具一式はあるらしいので、私服数着、現金、生活用品がいくつかある。官品の類はすでに自室へと支給済みだそうだ。場所にもよるが日本海は、夏穏やかで、冬に荒れる。季節風の影響だ。肌寒い海風を受けて、私はぶるると体を強張らせた。

 

 

 もう少し厚手の上着を着てくるべきだったと後悔しているところに、声をかける者があった。

 

 

「あの………おとうさん。ここは自衛隊の基地内ですよ………」

 

(おとう…さん………?)

 恥ずかしながら私は独身である。従って子どもはいない。声のした方を振り向いた。

 

 

 

 そこには女性が佇んでいた。それもかなりの美女であった。

 

 

 

 

 




漸くプロローグ部分が終わりそうです。
次回から少しずつ艦娘も出していきますね。

3/30 手直ししました。

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