サルベージ   作:かさつき

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幸せそうな顔で炊き込みご飯を咀嚼する赤城さんは、平生の楚々とした美しさを潜める一方、小動物的な可愛らしさを振りまいていた。

 

「ふぅ、お腹いっぱいです。ご馳走様でした」

そんな彼女が、小ぶりの茶碗2杯程食べただけでそう言ったのを聞いて、私は少なからず驚いたのだった。航空母艦娘は、押しなべて大食家だと思っていたからである。

 

前任基地にも何人か空母がいた。彼女らはこれでもかというくらい、皆よく食べた。

 

鎮守府内の食堂などで食品衛生の管理を任された、鳳翔さんという航空母艦娘がいる。

その彼女が以前、空母の娘たちに「この後出撃なのだから、腹八分目になさい」といいながら、盛りに盛ったり、白米が小山みたいになった大丼を渡していたのを思い出す。

 

別に鳳翔さんはその時、冗談を言っていたわけではない。それだけ盛ってようやく、彼女らにとっては腹八分目なのだ。

日がな一日、出撃に遠征ーーー彼女らは常に動きっ放しなわけだから、沢山食べないとやっていけない。

 

それと比較してみると、赤城さんの現在の様子は、どうしたって違和感を覚えた。

炊き込みご飯の残りが少なくて申し訳ないと思っていたところだったのに。

 

「少なくてすみません、足りましたか?」

彼女が気を遣っているのかと思い、尋ねる。

 

「いえ、とっても満足ですよ」

量も味も、と彼女は付け足した。

 

「ム……そうですか……。小食なのですね。空母の人らは、皆よく食べるとばかり思っていました」

 

「小食……そうかしら、私、この基地の中では食べるほうなのだけれど」

彼女は頬に手を当て、考えこむ。要は、出撃の少ない平穏な海域にいて、普段の消費が少ないのだろう。

 

体力を使わなければ腹も減らない。

働かざる者は、食べようにも食べられないわけだ。

そんなことを考えていると、彼女が思い出したように言った。

 

「この炊き込みご飯、ヒトミさんも食べたそうですが。彼女、ほんのちょっとしか食べなかったでしょう?」

 

「ああ、確かに……」

潜水艦はごく小型の艦艇で、艦娘としては燃費が良い。

その上この基地にいれば、艦娘の中でも飛び切りの小食になってしまうわけだ。

津田さんは、結構食べてくれたのだが。

そうすると、基地の皆にと思って作ったものが、ほとんど男二人の腹に収まってしまったわけか。

 

そういえばヒトミさんの体調はどうなったのだろう。

朝、事務室にもいなかった。

 

流しで茶碗を洗い始めた赤城さんに尋ねた。

「ヒトミさん、といえば彼女。具合はどうなのでしょう……」

 

赤城さんは私の問いに、難しそうな顔で答えた。

「健康状態は、それほど悪くないと思うのですが、ひどく落ち込んでしまっているようで。あの後、しばらく部屋で付き添っていたのですが、ね」

 

「……そうでしたか……結局彼女の発作というのは、何が原因だったのでしょう」

私が聞くと、もっと難しそうな顔を作って、彼女はいった。

 

「それ、は……。私が答えていいものかどうか……」

至極当然である。

誰しもが心の中に、踏み込まれたくない繊細な部分を持っていると思う。

それを昨日今日あったばかりの、どこの馬の骨とも知れぬ男に知らせる筋合いはないだろう。やはり、時期尚早だ。

 

「いえ、すみません。少し気になっただけですので」

 

「うん、そうですね。お見舞いに行ってみてはどうでしょうか」

しばらく勘案した後、古めかしい食器乾燥機のスイッチをひねりながら、彼女は言った。

 

「いえしかし……私などが行っても迷惑では……」

私は尻込みする。しかし彼女は「大丈夫ですよ」といって涼しい顔をしている。

 

「昨晩、ヒトミさんの部屋で、少し貴方の話をしたのですが」

 

「え」

それは初耳だ。

 

「あんまり悪いことは言ってませんでしたよ」

彼女は自前の手拭いで、手を拭きつつ言った。

 

「ち、因みに、どういったことを……」

恐る恐る聞いてみた。

 

「それこそ、ご自分で聞いてくださいねー?」

悪戯っぽい笑みを浮かべて、彼女はウィンクした。

 

 

どのみち今日は暇である。散歩などする気分でもなければ、町に出かけるほどの元気もなかった。

ーーー聞けることは、だいたい聞けたように思う。

あとは今後、自分で調べて、考えて、明らかにしていくしかないだろう。

 

 

折角行くならばお粥か何か、作っていこう。

 

「冷蔵庫の卵、幾つか使ってもいいでしょうか……。見舞いに手ぶらも何ですから」

 

「………ふふ、大丈夫ですよ。心が弱ったときは美味しいもの、ですからね」

ヒトミさんの部屋は2階の突き当り左側です、と彼女は付け足した。

 

こうして、私はヒトミさんのお見舞いに行くことと相成ったのである。

 

「では、私は自室に戻りますね。炊き込みご飯、とても美味しかったです」

茶碗を洗い終えた彼女は、そう云った。

 

「ええ、明日からもまた、よろしくお願いします」

私がそう返すと、彼女は軽く会釈して談話室を出て行った。

 

 

 

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コトコト、という擬音語は誰が考えた物なのだろうか。

鍋で煮える卵がゆの様子を見ながら、ふとそんなことを思った。

 

ゴトゴトでもガタガタでもなく、コトコトだ。

コンロの熱で、湯が煮立って、鍋が揺れる。

その音は何処か、家庭料理の温かみを感じる気がして、私の好きな言葉なのだった。

 

料理をするときに聞こえる音は、匂いに負けず劣らず、それを聞く者の食欲を刺激すると思う。

 

炒めるなら、ジュワッ。

煮込むなら、グツグツ。

焼くなら、ジュウジュウ。

茹でるなら、グラグラ。

 

子どもの頃、遊び疲れてへとへとになっても、嫌なことがあってしょぼくれていても、家に帰ったらだれかの手料理が待っていた。

家に近づくと、母か祖母の作る料理が、音と匂いで私を出迎えた。

それらのあたたかな体験は、間違いなく今、私の血肉になっていると思う。

(因みに、二人が婦人会とかでいない時は、父か祖父が作るーーー大抵そうめんか、うどんであった。)

 

赤城さんは言っていた。心が弱ったときは美味しいもの、と。

 

蓋し至言。体と心は相互作用をもっている。

落ち込んだときこそ太陽の光を浴びるべきだし、ブドウ糖の粉末でも薬と信じれば体を癒すことがあるのだ。

 

出汁の香りが立ち上り、鍋がコトコトと、音を立てた。

スプーンに少し掬って、一口。味は及第点か。少々薄味だが、病人には丁度いいかも知れない。粥を少し冷ましてから、茶碗とレンゲと鍋をもった。そろそろ昼飯時。この際自分の分は後回しだ。

 

なんとかヒトミさんには、元気になって欲しい。

自分のエゴだが、この基地の皆には、なるべく元気で、前向きに生きてほしいと思う。

 

 

多分これも、そのためのお節介だった。

 

 

 





いつもより短め。




P.S.

夏イベ始まりましたね。
E-3ですでに詰まって小説書いてる丁提督がここに。

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