陸上進化。イ級改め、イロハ級 作:あら汁
一体、俺が寝ている間に何が起きたのだろうか。知らぬ間に話が展開されている。
どうやら昨日、楽園に来ていた提督の連れである、曙さんと姫さん揉めていたみたいだった。
喧嘩に発展した結果、今日の昼行われる演習で決着をつけると。
乗り気じゃない姫さんはマスターに言われて、渋々参加。俺は孤立するであろう姫さんの助っ人に入る。
相手は以前より対立していた艦娘さんが多数。姫さんは提督にやけに辛辣で、無能だと言い切っていた。
多分、それが原因だろうなとは思う。口が悪いのは姫さんの性格だし……。
しかも今回、実弾使うと言い出して流石に正気を疑った。
上の人たちが姫さんと俺のスペックを知りたいがため、敢えて行うらしい。
海に出ても逃げるか、追っ手は倒しているゆえ、本気で戦うことはない。
殺すことじゃない。俺たちは生きるために戦うだけだ。だから、逃げられれば深追いはしない。
その為に、倒すための戦いをして見せろとお達しが来てしまった。
心配して雷さんとかも演習を見に来ていた。許可を得て、鎮守府の湾内が見える位置に座っていた。
「鬱陶しい……」
今朝から姫さんは不機嫌だった。その筈で、彼女は今、なれない艤装に手間取っている。
足がない彼女に、明石さんは戦闘用の艤装を改造して武装搭載の義足を作り上げた。
元は魚雷直撃などで足を失った艦娘用の装備らしい。そこまでして戦わせるのもどうかと思うけど。
兎に角、姫さん用のデータを解析して特注で仕上げたそれを装備して、よろよろと姫さんは歩く。
酸素魚雷を始めとしてギミックを仕込まれた義足は、陸の上で練習してから演習に入る。
「大丈夫?」
「歩くの、久々だから……大丈夫よ、そのうち慣れる」
覚束ない足取りで、一緒に外へと向かう。
俺も新型の主砲を内蔵して貰った。以前のものは、いつの間にか使って壊れてしまったと言う。
なので、試作の駆逐艦の連装主砲を組み込まれた。背中に装甲も背負い込んで、さながら鎧。
追加として、折り畳み式の砲身も脇に装備。武装オタマジャクシってのも中々怖い。
俺達駆逐艦の規格みたいだが、深海棲艦には通用しないのか、とうとう戦艦の主砲まで姫さんは持ち出した。
あんなデカイ口径の主砲、姫さんの細腕で耐えられるのかな。
今回は俺達にたいして、鎮守府側も容赦なかった。
相手は、曙さん、天龍さん、電さんに暁さん、飛鷹さんと言う軽空母の人に加えて……大和さんが名乗りをあげた。
「そう。大和はあたしたちを事故に見せかけて、殺すつもりなのね」
勝ち目はない。正直、やる前から結果は見えている。
単機で敵を撃滅する最終兵器に、フルメンバーの艦隊。
姫さんは早々に諦めていた。俺も同感。深海棲艦とは言え、駆逐艦相手に大人げない。
道理で、鎮守府が戦艦の主砲まで貸し出すわけだ。そうでもしないと張り合いがない。
大和さん相手とか、俺達には死刑宣告に等しかった。そこまで鎮守府の怒りを買っていたのか姫さん。
「この際、もう形振り構っている余裕はないわね。イロハ、死にたくないなら殺すわよ。いい?」
「…………うん。そうだよね、そうするしかない」
やっぱり、深海棲艦には艦娘は容赦ないのだ。姫さんが前にいっていた、勝たなければ価値はない。
手段を選ばずに、名目まで用意して殺しに来るなら……俺は知り合いだろうが、殺す。
死にたくない。知り合いだろうが、狙ってくるなら沈めてやる。
死ぬものか、お前らが……死ねばいいんだから。
二人は知らない。此度の演習は、深海棲艦の底力を試すため、絶望的な状況に追い込み、真価を見極める、極めて実戦的かつ重要な演習なのだ。
未だに不明点の多い深海棲艦において、特定の個体が特殊状況において、戦闘能力の向上を見せると報告が入ってきていた。
その個体に人工深海棲艦、駆逐棲姫。進化個体、駆逐イロハ級は分類されると思われる。
一度、とある艦隊が彼らと遭遇し、運よく軽巡が追撃したとき、イロハ級の外見に変異が生じたらしい。
覚醒とも言える変化はすぐに収まったようだが、その報告に気になる一部は大和の出撃を許可した。
無論、大和は単なる飾りだ。彼女が戦えば殲滅してしまう。そこにいるだけでいい。威圧できれば。
ある意味、人間の都合で生け贄、実験動物にされている艦娘。命の保証は無かった。
「……」
提督は歯向かえない立場。言われた通りにするしかない。
出来ることは、バケツを用意しておいてアフターケアをサポートするくらいか。
演習と言う名目の殺しあいが、始まろうとしていた。
皆が心配そうに見守るなか、開始の合図が鎮守府に響き渡る……。
艦娘達の作戦では、大和はなにもできないので、実質五人で対処する。
飛鷹が後ろで航空機で撹乱、支援。曙と天龍で姫を、潜水されたときに対して暁と電でイロハを相手する。
深海棲艦とは違い、知性と理性のある相手。戦法はより高次元にしないと通用しない。
禁忌改修については極秘のため、大和しか知らない。大和は指示だけだして後は砲身を動かして威嚇するだけ。
戦うな。そう言われている限り、彼女はいくら姫が気に入らなくても戦わない。
演習は始まる。分かれて、飛鷹が航空機を発艦。開幕なら爆撃と銃弾の雨が二人に襲いかかる。
二人には対空装備がない。連装の砲身をあげて叩き落とす。そう飛鷹はセオリー通りに考えていた。
が。
最初に爆撃、などという派手な事をしたのが悪手だった。
派手な音と立ち込める硝煙の臭い、立ち上る水柱。殺意があると誤解されても、否定できない。
その時点で、大和の心理効果によって追い詰められていたイロハの精神は再び恐怖で、振り切れる。
深海の怪物が、肌で感じた命の危険に、咆哮をあげて覚醒する。
「いきなりきたのか!?」
陸で様子を双眼鏡で見ていた提督は予想よりも遥かに早い暴走に驚いた。
イロハは突然、見境なしに砲口を動かして乱射を開始した。手当たり次第、動くものは全て襲いかかる。
動かぬ彼を中心に、直線の軌跡が走る。航空機どころか、全方位射撃による誤射まで発生している。
姫に何発か当たるが、姫は気にせずに海上を歩いていた。
回避運動をする艦娘艦隊。大和は飛んできた砲弾を防ぐが、かなりの距離があるにも関わらず、届いた。
新兵器は伊達じゃないと見る。速さも重さも、従来とは桁が違う。
少なくても、最強の艦娘に防御させる程度には威力も速度もあった。
「うぉっ!?」
「くっ!」
天龍と曙はギリギリで回避成功。
避ける事が得意な駆逐や、慣れがある天龍ですら危ない所だった。
「キャー!!」
またも、暁が初手で落ちた。
回避したはいいが、イロハに発見されて、集中砲火を浴びせられた。
連射性能まで向上していた主砲は、打ち返す暇も与えずに艤装を貫通。
爆破して暁大破。あっさり気絶した。
一方、電は逃げ切れてはいたが、余りの剣幕に怖じ気づいていた。
今のイロハは、左目にまるで青白い鬼火を宿している。不気味な焔が燃えていた。
見たことのない現象に、気弱の電は砲口を向けるも、震えで定まらない。
獰猛なうなり声をあげるイロハが、近づいてくる。ヨダレを垂らして、捕捉している。
耳に入る無線に、提督が逃げろと命じているのが聞こえる。然し、睨まれる電は硬直していた。
「……」
至近距離まで詰めてきたイロハ。それ以上は近寄ってこない。
一定の距離を開けて、見つめてくる。
「あ、あの……イロハ。電は、敵じゃないのです。イロハに酷いことは、しないのです。信じてほしいのです」
まるで、こっちを警戒している動物のようだ。イロハは電を恐れている。
そんな風に、見えた。だから電は主砲を下げて、言葉を投げた。
なにもしない。これは演習であって、殺しあいじゃない。
大丈夫だから、落ち着いて。説得するように何度も言う。
知り合いと争いたくない。電の性格は艦娘には不向きだとよく言われる。
でも、この時ばかりは幸いした。
「…………」
言葉が通じたのか、鬼火は徐々に小さくなる。沈静化していくイロハに、手を伸ばす。
「大丈夫なのです。電はみんなと、仲良くしたいのです」
笑顔で、言った。電は姫に嫌悪は抱いていない。
ただ、悲しいことがあったのだろうと察していて、出来れば仲良くしたいと思っている。
その言葉が、イロハをもとに戻した。大人しく、我に帰ったイロハは降参した。
伸ばされた手に、不器用に自分の手を差し出して。
「……イロハとあの子は、友達のようね」
「まーな。あいつはああ見えて結構いいやつなんだぜお姫様。お前はどうする?」
こっちは壮絶な殴りあいをしていた。
姫対処の二人のうち、いがみ合っていた曙が先に沈んだ。
最初はゆっくりと歩いてくる姫に牽制を仕掛けていたが全部無視されて、本命を撃ち込むも足止めにならず。
最終的に、姫の足に搭載された魚雷を、海中に打ち出すのではなく一度落としてから水平に纏めて、蹴り飛ばすという荒業なのか蛮行なのか分からないめちゃくちゃな攻撃に、対処しきれず直撃。
天龍は喧嘩戦法にはお手の物。
難なく撃ち落として、防いだ。
鬱陶しいと言っていた背後の飛鷹には、走って追い付き、事前に拾ってきた倒れていた曙の半壊した艤装と、対空放火で撃ち尽くした邪魔な艤装を無理やり外して、これも纏めて蹴飛ばして逃げ回る足の遅い飛鷹に至近距離で射出。
まさかの艤装切り離しによる突撃に、飛鷹も逃げ切れずに直撃。
「嘘でしょ……」
無惨に残して失神した。
大和も姫のチンピラみたいなやり方に目を丸くする。
そして、こっちは眼帯海賊と不良お姫様による格闘の真っ最中。
刀を持ち出していた天龍の斬りを、義足の足裏で弾き飛ばす。
袈裟懸けの一撃をバック転で避けて、ハイキックで反撃。
空いた手で受け止め、投げ飛ばして海面に叩きつける。
姫は受け身で起き上がり、追撃の突きを回し蹴りで弾く。
連続の斬撃も、蹴りの連続で相殺する。その度に綺麗な火花が散る。
「どうにもしないわ。あんなマニュアル通りの戦法しかとれないなら、教えが甘いわね」
「そうかい……。でも、提督はああ見えて、道具ってのを大切にするもんでな。物持ちが良いことにこしたことはねえだろ?」
斬りあいと蹴りあい。
白熱したバトルの中、二人は話す。
互いの価値観の違いはあっても尊重はできないかと。
理解できないではなく、敬うことを天龍は提案する。
「それじゃあ、単なる子供のワガママだぜ? 分からないもんを無闇に指摘して、周囲と対立して。自分だけが正しいとでも言いたいのか?」
「…………」
子供という言い方は、合ってると思う姫。決して、自分は大人じゃない。
それは間違いないし、否定しない。天龍の言い分は、耳が痛い。
「本物のお姫様じゃないんだから。そう言うのは、あだ名だけにしておこうぜ、姫。その言い分じゃ、自分まで道具扱いだ。イロハだって言ってたんだろ。悲しいことだと。あいつんとこ、そんな風に思わせんなよ。彼女だろ?」
……天龍の言いたいことはわかる。でも、姫も今さら考えを変えられるかどうか、分からない。
ずっとそれが正しいと思っていた。疑問にも思わなかった。改めて、イロハを出されて漸くだ。
自分は……どうなんだろう。喧嘩をしながら、説得する天龍の言葉に耳を貸す
姫はイロハに感謝しているし、間違いなく好いている。
彼に嫌われるのは……嫌だ。心配もかけさせたくない。
「お前の過去に何があったか、俺はわからねえ。でもよ、自分を大切に思ってくれて、帰る場所があんなら、それでいいじゃねえか。うちの提督がアレなら、俺たち艦娘が支えていく。お前の危惧する最悪の事態にならねえようにしてやるよ。なにせ俺は、世界水準軽く越えてるからな。簡単簡単」
ニカッと爽やかに笑った天龍は大口を叩く。だが、不思議と天龍ならできる気がした。
艦娘は道具、戦うために存在する。でもそれは悲しいことだと恋人は言う。
つまりは、大切な人にそんなことをいってほしくないというイロハの思い。
「……まぁ、いいわ。あたしも譲歩する。少なくても、言い過ぎた。ごめんなさい」
仕方ない。考え方を少しずつ改めていこう。凝り固まった偏屈な女にはなりたくない。
謝罪すると同時に、天龍の一撃が届きそうになる。
「貰った!」
王手、だと油断する天龍。が、甘かった。
「天龍、と言ったかしら。ここからは、あたしも本気で挑ませてもらうから」
瞬間、その切っ先を素手で掴んで、握り潰した深海棲艦が邪悪に笑っていた。
右目を薄暗い蒼に燃やした、深海を照らす不気味なランタンを持つ怪物が目の前にいた。
「……姫、なんだその目」
「あたしによく分からない。でも、たまーにテンションに身を任せると、こうなるの。気分が高揚して、気持ちいいわ。と言うわけで、軽く潰すけど覚悟してね天龍。死なないと思うけど、頑張って」
冷や汗を流す天龍。どうやら、姫のバトルスイッチを押してしまった様子。
そのまま、軽々と壊れた刀ごと持ち上げられた。
(ふ、フフフ……怖い……)
自分の姉妹を見ているような恐ろしさだった。
笑い方が非常に似ている。勝てる気がしない。
投げられて、反撃されながら天龍は、一応和解は出来た感触はあった。
ただし、死ぬほど恐ろしい目に遭ったのは言うまでもない。
追記とする。
姫とイロハはやはり覚醒状態になれる特定の個体と判明。
どうやら、精神状態が本人の供述によると関係しているらしい。
引き続き、調査を続ける。