陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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対立する価値観

 

 

 その日は、上機嫌な提督が複数の艦娘を連れて、昼時の楽園に訪れていた。

 段ボールのなかで丸くなり眠っているイロハ。姫はお会計を手伝うために、レジスターに張り付いていた。

 何だかんだ、手伝えることは率先して二人とも働いている。出来ることは少ないけれど、やれることは全力で取りかかる。

 それが二人にできる唯一の恩返しだった。

 ある程度、客をさばいた時間帯に顔を出した鎮守府ご一行。

 カウンターに数名、腰を下ろした。皆、機嫌は良さそうである。

「さぁ、好きなものを頼んでいいぞ。労いをするために来たんだから、遠慮しないでくれ」

 提督はマスターと話している。何でも難しい任務を成功した労いで、ご褒美なのだという。

 面子は曙、電、天龍、飛鷹、熊野。それぞれ、気前のよい提督に感謝しつつ、メニューを物色する。

「あら、電に曙。久しぶりねー」

 片付けを終えた電が親しげに二人に話しかけていた。

 同型なだけあり、電と雷は双子のようにそっくりだ。

「電、おひさ。元気にしてた?」

「お久し振りなのです」

 仲良くしている様子を、姫は黙って頬杖をついて眺めている。

 別に、感じることなどない。良い働きをしたら、然るべき褒美があるのは当然。

 ……別に、羨ましくなど、ない。

「提督、わたくしはこれに致しますわ」

「私は、じゃあ……これで」

 熊野と飛鷹はすぐに決めた。サービスに出されたコーヒーを優雅に飲む熊野は良いところのお嬢様に見える。

 飛鷹は飛鷹で、何故か普段着が巫女のような袴などの姿なので目立つ。

「おっし、任せろ。僕の自腹だから、変に気遣うことはないぞ」

 経費で落とさず、個人的な褒美であるようだ。本当に、提督に向いていない。

 姫は、そう思う。恰も部下のように扱う彼は、理解できなかった。

 それは、姫が現役時代において、あのような扱いをされたことがないからだった。

 徐々に思い出す、己の過去。艦娘としての記憶。

 彼女らに語れば、忌まわしいと嘆かれ、同情される。

 だが、あの扱いの何がおかしいというのか。考えても姫は常に疑問符が浮かぶ。

 結果を出せずに暴力を受けるのは当たり前ではないのか?

 人間は感情の生き物。思い通りにならなければ、怒る。

 求められた成果を出せないのは提督のせいなのか? だがあの人は姫以外の指揮では結果を出していた。

 つまり、姫の要領が、実力が、技術が低いだけ。悪いのは姫の方。

 実力以上の事は求めていない。事実、途中までは姫もこなせていた。

 なのに……気がついたら、姫は周りから取り残されていた。

 その理由は、姫は自分の不甲斐なさだと分析する。

 提督の望む成果を出せなかった自分のせいだ。内罰的かもしれないけど、あの人を悪く言いたくない。

 姫は今でも、亡くなった提督を、言ってしまえば一途に信じていた。

 あの人は優秀だった。あの人が間違うはずがない。あの人は正しかった。

 全部、姫自身の失態である。落ち度は姫にある。道具として、応えきれなかった無念さが。

 だから、成果を出せた彼女たちの扱いには、なにも感じない。だが、あの言動には違和感しかない。

 艦娘は部下ではない。道具だ。まだ、あの提督は理解していないのか。

 最早言うだけ無駄と判断して、切り捨てた。あの提督は無能なのだ。本当に使えない司令塔はあの男である。

 早々に、姫は彼に期待することを止めた。仮にも独立部隊とはいえ、一応の指揮官。

 だが、彼は信じるに値しない。甘ったれた司令に付き添えば、沈むのは自分とイロハ。

 死にたくないから、彼の言うことには従わない。

 姫の理想とする提督像は、効率と戦果優先とする、機械的な提督だった。

 彼女は知らない。現在の世間の風潮、そのイメージと自らのイメージの解離。

 彼女の想像する提督とは、今の世間では嫌悪の対象となる。

 艦娘は人と同等の権利を、が主流において、元艦娘でありながら旧世代を信じる彼女はまさに異端。

 自らの権利を自ら捨てる真似を、姫は平然と、疑問に思うことすら無い。

 悲しいことに、彼女は自分含めて、艦娘とは艤装を持ち戦場に出る限りは道具でしかないと考える。

 道具であれば、主にどのように扱われようとも受け入れ、もしも不必要と言われたら彼女は死ぬことすら受け入れていただろう。

 つまりは、極端な話、艦娘に意思はないものとしている節があった。

 自分は言われた通りにした。でも結果はでなかった。それは自分のせいだ。

 提督は軍人らしくあった。軍人の本懐を遂げていた立派な人。目の前の男はそれを忘れた無能。

 言うことを聞く必要はない、と断定している。それに付き添う艦娘も理解できない。

 なぜ、口答えするのか。なぜ、抵抗するのか。

 現役時代、そんなやつはとっとと解体されていたのになぜ野放しにされているのか。

 時代は変わったことを、受け入れられない姫。

 何より、鎮守府の上の立場の連中は、艦娘の存在を姫と同じく見ているからたちが悪い。

 所詮兵器、所詮道具。管理する人に歯向かえば即座に処分。それが、彼らの認識。

 姫の言うやり方をして、莫大な戦果を上げる鎮守府は確かにある。

 が、大抵そういう提督の結末は世間に抹殺されるか、艦娘の逆襲を受けて死ぬ。

 どっちが正しいか、と聞かれても誰も明確に答えは出せない。

 艦娘の存在意義は姫の言う通りでもあるし、またある艦娘は自分は道具じゃないと言い返す。

 ならばなんだ、と聞かれて答えられるほど長くは生きていない。

 姫は、戦う艦娘は道具とする。だが、戦うことをやめ、日常にとけ込んだ雷達は人間として扱っていた。

 理由は、戦えないから。雷達は鎮守府をやめる際、艤装に関する記憶や艦娘の能力を全て後輩に託していた。

 今の彼女達は寿命が長いだけの人間擬き。戦うことも出来ないし、能力も人間と同等。

 人の脅威には、なり得ない。

 だから一部では怪物と揶揄される艦娘のなかで、数少ない受け入れの姿勢をとってもらえた。

 姫は言っている。道具が嫌なら戦いを捨てろと。そうすれば、彼女は守るべき人として扱い、命がけで戦う。

 艦娘は、戦場にいるから道具として、姫は見る。自分含めた、全ての戦う艦娘を。

(あたしには、関係ない。あたしは、今は深海棲艦だから)

 彼女はあの人が悪と言われるのが嫌だった。

 禁忌改修を受けたのは自分の意思。提督は強要していないし、命令もしていない。

 そういう選択肢を持ってきてくれただけだ。悪いことは、していない。

 人道に背く事も、していない。勝つための戦争だ。勝たねば意味がない。

 そして、何より。艦娘に気遣いは不要。道具は役目を果たすためだけにいる。

 今、目の前でいちゃついているあの集団が、理解不能の塊にしか姫には見えない。

 あの人のことを思い出す。どうしても比べてしまう。

 向いていない、やる気があるのかも乏しい司令には、従いたくない。

 聞いていればこの数日、呆れることばかりだった。

 例えば、目の前に敵がいて追撃できるのに、艦娘がちょっと大破した程度で撤退する。

 本人は貴重な戦力を失うわけにはいかないと言うが、たかだか駆逐艦が一隻だろうに。

 そんなもの、上に掛け合えば三日もすれば補充が来る。

 それに鍛えるのだって実戦に放り込めば嫌でも覚える。

 大体、その程度で沈む艦娘じゃ戦っても足手まとい。

 沈んだのなら、その程度だったと言うことでしかない。

 なのに、敵を倒さずにして撤退など司令のするべきことじゃない。

 無限に湧いてくる深海棲艦を一匹でも殺して、平和を維持することが大切なのに、分かってない。

 敵は無尽蔵。限りある戦いなら倒せねば、そのぶんやつらは攻めてくる。

 どうして軍人の癖に、そのぐらいを理解しないのか。

 無能と言い切ったのは、逃げ腰や臆病とも取れるその戦争に対する姿勢。

 姫の考え方と、この提督との考えは反対で、命令されても姫は言うことを一切聞いていない。

 深海棲艦であると同時に、二人には拒否権がある。それが亀裂の原因でもあった。

 イロハ含めて、この男に付き合っていると死ぬ確率が上がっている。

 攻撃するときに逃げる、逃げるときに攻めていく。この男に恐らくは戦略と言う文字が無いんだろうと思う。

 イロハをこんな奴に殺させるわけにはいかない。

 救われた恩以上に、提督に殺されるかもしれない危惧を感じているせいで、彼女は異様に警戒していた。

 そして、連日のそういう態度を知っている一部の艦娘は、その態度が気に入らない。

 丁度、この日楽園に来ていた一人が、姫に口喧嘩を吹っ掛けた。

「あんたよね、うちのクソ提督に好き勝手言ってる深海棲艦って。イロハはそんなこと言わないし」

「……誰よ、あなたは?」

 ボーッとしていた姫に、立ち上がって睨み付けてくる髪型が似てる艦娘の少女。

「あたしは曙。あのクソ提督の下で戦ってる駆逐艦の艦娘よ」

 周囲がわざと触れないようにしていたのだが、口よりもずっと提督を信頼して、最早全幅の信頼を寄せる曙が、姫に仕掛けたのだ。

 侮辱されたことを怒り、貶された事を訂正させようとしていたのが。

「あんた、何様? 確かにクソ提督はロリコンだし変態だしエロ提督だけど、無能じゃないわ。訂正しなさい」

 曙はレジ前に立つと、仁王立ちして命令する。周囲は止めるが、姫が一言冷静に返した。

「嫌よ」

 素っ気なく、横目で一瞥する姫の態度が、曙を刺激する。

 反省も訂正もしない。本気で見下しているその言動に、曙はキレた。

 普段こそ貶しまくっている彼女でも、その本音は有能で優しい提督に既に心を開いていた。

 スケベだしバカだしロリコンだし変態だしと言いたい放題言うけれど、口ほど嫌ってはいない。

 寧ろ誰よりも熱く、隠している好意が、少しだけこの時顔を出した。

 暫く、言い争いを繰り返す。あの曙が、と唖然とする提督。

 一方的に可愛がっていたが、ウザいとか思われていると思っていた。

 皆が二人を止めるが、加熱していく曙と気にも止めない姫。

 次第にエスカレートしていって。

「あいつの事を悪く言うようなら、あたしはあんたを敵だと判断するわよ! 元々深海棲艦なんだから、沈めたって問題ないでしょ!!」

「鬱陶しいわね、本当に……。そっちがどうだろうと、あたしには関係ないわ。鎮守府の不利益をなりたいな、やってみなさいな」

 やれるものならやってみろ、と挑発されたと曙は感じた。

 とうとう怒ったホール担当のヴェールヌイが、事態収集のために厨房から借りてきた鍋で姫の頭を殴った。

「姫、いい加減にしろ。まだ営業中だぞ。声が聞こえたらどうするんだ」

「ごめんなさい、ヴェールヌイ。あたしも、熱くなっていたみたい」

 恩人には素直に謝り、しかし曙には謝罪しない。

 それが腑に落ちない曙は、どしどしと怒る足取りで提督に近づいて、言った、

「ねえ、明日あいつと演習させて。対抗で、あいつと決着つけさせてよ」

 呆然とする提督。彼女は名誉のために、演習で雌雄を決すると言い出した。

「誰がそんなもの、受けると思うの?」

 と涼やかに姫は言うが、マスターが騒いだ罰として受けてこいと命じてしまった。

 マスターもこの姫の考え方をどうにかしないと危ない、と思っていたので姫は嫌々ながら従った。

 提督も、明日は特に用事はないので、演習の予定を立てると約束した。曙は本気で怒っている。

 貶された事を、証明する気だ。演習と言う、現実で。

「首洗って待ってなさいよ、駆逐棲姫。あたしは、あんたを仲間と認めないから」

「別にいいわ、認めなくても。あたしの居場所は楽園だし、みんながいるなら仲間なんて要らない」

 真っ向から対立する。姫も曙が鬱陶しいので、叩き潰してしまおうと思った。

 互いににらみ合い、翌日。鎮守府湾内で決着がつくことになったのだった……。


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