陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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覚醒の片鱗

 

 

 見上げても、見下ろしても、青一色。

 波の音だけ聞いて、俺達は仕事を全うする。

「あら。引いてる」

 今日は姫さんと共に漁業の仕事をしている。

 楽園に来てからの姫さんの仕事は、基本的に俺と同じだ。なにせ足がないから、陸上での行動は制限される。

 だが海中では俺と同じで呼吸できるし、潜水能力も並みの潜水艦の艦娘さんを越えると自負している。

 なので専ら、俺と同席して海産物の入手がメイン。

 足がなくとも海の上なら俺に乗っかっていればいいし、人であるから釣りもできる。

 積載量も増えて、食い扶持を稼ぐには文句はなかった。

 クーラーボックスを抱えて、マスターの釣り竿でがんがん釣る。

 沖に出て深海棲艦に襲われても、鎮守府には知らせてあるし、目的も教えた。

 許可をもらっている限り、文句を言わせるつもりはない。

「……鯵ね。ランチのフライにしてもらいましょ」

「ほいほい」

 釣れた鯵を生きたままボックスに放り込み、再び釣糸を垂らす。

 お気に入りという、ヘソだしセーラー服にスカート、サイドテールの銀髪の姫さん。

 性格はヴェルさんに雷さんの口調を足したような感じで、かわいいというよりはカッコいい。

 然しながら、

「お仕事ついでのデートも悪くないわ。ねぇ、イロハ」

「んー……」

 誤解だと何度も説明したのだが、一応俺の恋人であるとも自負していた。

 月が綺麗という台詞は、有名な文豪が使った遠回しな口説き文句だと知ったが、全くの偶然。

 返事が了承だと言うと、死んでもいいというのが通例らしい。

 姫さんは俺の何が良いのか分からないが、譲らないのだ。

 俺には恋愛と言うものは分からない。深海棲艦だし、姫さんのように人じゃない。

 でも、悪い気分じゃないのも事実。だから、恋人でいいと思う。

 唯一、互いに深海棲艦なわけだし。

「いい天気。ある程度終えたら、早めに帰りましょう。教えた時間より早くても鎮守府は何も言わないから」

「そうだね。襲われるのは流石に御免だもんね」

 そう言う俺達はとうとう、武装を許可された。直々に、鎮守府を通して、海軍に。

 民間扱いの俺たちが許された理由。それは、隣の海域を担当する鎮守府が、襲撃されたのだ。

 人に似た、深海棲艦の艦隊に。結果、鎮守府は壊滅。保有していた艦娘さんは沢山、沈んだらしい。

 激戦区だとは聞いてた。でも、防衛艦隊を一艦隊で全滅させるって、姫さんと同型ってどんだけ強いんだ。

 尚、提督は迷わず救援に彼女を出したという。自分の愛する、最強の艦娘。

 大和さんを。言うまでもなく、敵は全滅。数分で滅んだという。

 ……一番信じられないのが、比較的に平穏な海域を担当する鎮守府に大和さんがいる理由だ。

 姫さん曰く、超弩級戦艦である大和さんは一度の出撃で莫大な資材とコストを食う。

 激戦区だと日々の消耗で彼女を動かせない。

 対して、貯蓄のある消費の少ないこの海域では連続運用できる資材も金もある。

 だから、ここにいる。一番の敵、悪燃費を打ち勝つために。

 流石は最強。姫さんよりも強い相手を単機で殲滅。凄まじい戦果と言えよう。

 そんなこともあり、こちらも襲撃される可能性を視野に入れて、戦えるであろう俺達もとうとう、非常時の鎮守府の戦力にカウントされてしまった。

 だから、普段は民間でいざというときは鎮守府所属の深海棲艦という事になる。

 但し、軍所属とはいえ俺も姫さんも戦いたくない。拒否したら独立した艦隊として動けとのこと。

 要するに外部協力者。自己判断でやれって。まあ特例だしね、深海棲艦が味方になってるのは。

 姫さんは最後まで嫌がったが、俺がいるならと渋々了解。なので、俺と姫さんは普段通り生活していい。

 明石さんに再び改造され、体内に駆逐艦の主砲を内蔵してもらった俺と、姫さんは駆逐艦の枠を飛び越えた深海棲艦なのか、大型武装を搭載していた。重巡とかいう艦娘の主砲らしい。後は魚雷とかも少々。

 旧式の余っていた奴を改造している、時代遅れの武器だけれど無いよりはマシ。

 人に向けるなと口を酸っぱくして言われた。当然、身を守る以外には使わない。使えない。

 戦いなんて怖いし、痛いし、演習ですらあれなのに俺に戦えるのだろうか。

「イロハ。敵はいないわ。戻りましょ」

 姫さんは俺の顔を見て、わかったのかもしれない。元艦娘であることは同じだもんな。

 俺がビビってるってことに。

 

 

 

 

 

 

 

 海を泳ぐ俺達は、帰り道砲撃の音を聴いた。

「……あら。襲撃されてるわね」

 冷静に言う姫さんが指を指す。

 遠目だが水柱が何回も立ち上る。ありゃ魚雷か。

 見れば俺よりは小さいけど、駆逐艦の連中が群がって艦娘さんを襲っていた。

 でも二つぐらい、変なのいる。やたら砲身が飛び出た、中途半端に人の部分が残ってる奴だ。

 鎮守府から渡された無線に連絡。

 近くの別の鎮守府に所属する艦隊が遠征中に襲撃されて救難信号を出している。

 至急、増援に入れとのこと。助けに艦隊が出ているが到着までまだ少しかかるという。

「……どうする、イロハ。助けるなら、行くわ。でもその義理は、ないわね」

 今は非常時じゃない。俺たちには拒否権がある。

 戦えと言われて戦うときは、所有する鎮守府が襲撃されたり、艦隊を守るときと約束している。

 この場合は、違う所なのだから、軍の規定がどうだか知らないが、深海棲艦には関係ない。

 俺達はあくまで、貸し出しを受けた武装を持つ民間だ。

 連中は規律に従えとは、言えない。俺達は現在数少ない深海棲艦の味方。

 失うには、色々代償があると提督に聞いている。俺は答えた。

「助けないよ。俺達には、無関係だ」

「そう。じゃあ、帰るわね」

 姫さんは無線に素っ気なく、一言言った。

「嫌よ」

 連絡を寄越した提督は了解とだけ言う。

 そりゃそうだ。俺たちのことを知らない艦隊を助ければ、敵の増援と思われる。

 同時に深海棲艦からも襲われて、二重の危険が降りかかる。

 向こうの人たちが知る保証はない。俗にいう訳ありの俺達は、早々手助けはできない。

 保身でいい。俺が大切なのは他人じゃない。自分に関係ある物だけだ。

 余計なものに首を突っ込んで、リスクを背負うつもりはないし、それで失うには今の日々は幸せすぎる。

 だったら、他人なんて躊躇わずに見捨てるよ。見殺しでいい。俺には、関係ない。

 轟沈していた電さんの時とは、危険度が違いすぎる。届ければいいだけならするよ。

 だが、戦いをするなら話は別だ。俺は助けない。俺と姫さんが危ないから。そんなのはゴメンだもの。

「別に気にしなくていいわ、イロハ。艦娘なら、司令官に任せておけば逃げるときどうすればいいのか、聞いている。統率された艦娘は、バカでなければ弱くもない。まあ、司令にもよるけど」

 淡々と告げる姫さんを連れて、俺は黙って帰る。

 遠ざかる戦闘の音。このまま帰る、つもりだったのに。

 だが不意に、俺は何かを背後に感じた。姫さんも同じ。

「姫さん」

「ええ。追っ手のようね……。こっちまで、巻き込まれたみたい」

 後ろに、波を切り裂く音。こっちに近づいてくる。

 振り返る姫さんが嫌そうに、呟いた。

「軽巡が二機……。逃げ切るのは無理ね」

 取り敢えず止まらずに泳ぐ。

 後ろから轟音が響いて、慌てて回避。逃げ回る。

「提督、聞こえる? こっちにも現れたわ。軽巡が二機、多分ホ級。追ってくるから迎撃するけど。……ええ。じゃあ、落とすから」

 姫さんが鎮守府に連絡して、迎撃許可をもらう。

 俺はただ前を見て逃げる。殺されてたまるか。俺は楽園に絶対に帰るんだ。

「イロハ、あいつらを殺すわよ。これじゃ逃げ切れないから」

 姫さんが言う。戦えと。でも、どうやって?

 俺はただのイロハという駆逐艦で、軽巡なんて自分よりも強いやつとは無理なのに。

「平気よ。あたし、駆逐棲姫はその辺の深海棲艦よりも強いから」

 と自信満々に告げて、

「イロハは気が弱いけど、大丈夫。一緒に戦えば、一緒に帰れる。行こう、行けば絶対に帰れるから」

 パニックになっていた俺に、優しく言った。二人なら、大丈夫。二人で、帰ろう。

 今ここで、頑張って一緒に夕飯を食べよう。生き残るために、今は。

 そう、いってくれた。姫さんは、逃げない。俺は、どうする?

 俺の選択は。俺の、選ぶべき未来は……。

 そこまで考え、突然。

 

 ――俺の意識は、轟音と共に消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 イロハの尾びれに、軽巡の砲撃がかする。

 それだけで、イロハの動きは急停止。

 水柱をあげた先で、イロハは突如水の上に立ち上がった。

「イロハ!?」

 姫は慌てる。説得していた彼が突然、片方の目だけが不気味に明かりを灯した。

 宛ら青白い焔のように左目を変色させて、向きを反転。

 追ってくる軽巡に顔を向け。

 

 凄まじい雄叫びをあげて、泡を吹き開いた口から与えられた砲身を露出させたのだ。

 

(これは……何かがイロハの中で覚醒している?)

 姫は半分は深海棲艦だ。だから、察するように理解した。

 極度のストレス状態、つまり殺されると肌で感じていたイロハが、かすった攻撃で理性が吹き飛び、通常の深海棲艦同様、本能的に敵を殺そうとしていた。

 なまじ高度な知性を持っていたがゆえに、恐怖を知り、追い詰められて抑え込んでいた野生が暴走している。

 証拠に、彼は紅く身体を発光させている。これは何度か見たことがある気がした。

 通常よりも遥かに強力な個体、見た目は変わらないが非常に危険な深海棲艦の一種。

 海の底で見上げた世界にいくつかいた、特別強そうな深海棲艦の姿を、思い出した。

「ガァアアアアアアッ!!」

 四つ足で踏ん張り、射撃体勢を取るイロハ。

 軽巡は立ち止まり、砲撃に徹する。飛んでくる砲弾。上にいた姫は咄嗟に裏拳で弾き飛ばした。

 左右で着弾し、飛沫を上げた。一見すると暴走のようだが、どうやら恐怖で逆上していると見た。

 姫は前屈み、何度も言い続けた。

「イロハ、あいつだけよ。いい、敵はあいつらだけ。あいつらを殺したら、帰ろう。大丈夫、イロハには、あたしがついているわ」

 何度も言い聞かせると、僅かに頷いた。大丈夫、イロハは狂った訳じゃない。

 深海棲艦としての本能が解放されて出ているだけ。姫は飛来する砲弾を弾き、負けじと主砲を打ち返す。

 構えた一発が直撃。黒煙をあげて、沈ませた。

 これで一つ。後は、咆哮するイロハが仕留める。

 怪獣のような破滅的な声が響き渡り、落とされたことで撤退していく軽巡の背中に照準は重なった。

 イロハは最後に、特大に吼えた。

 砲撃の音を上書きすらして、放たれた一撃が流星のごとき軌跡を描いて敵を穿った。

(砲弾がこんな風に飛ぶなんて……見たことない。イロハはやっぱり、普通の駆逐イ級じゃないわ)

 薄々感じていたが、イロハはやはり突然変異か何かした陸に対応できる深海棲艦なのだ。

 貫かれて、爆音を奏で爆発して派手に軽巡は散った。

 同じ駆逐艦とは思えない火力。圧巻の一言だった。

 イロハの左目の焔は、ゆっくりと小さくなった。そして、彼は我に帰る。

「あ、あれ……? 今、何が起きて……」

 呆然としていた。主砲は焔と共に収納されている。

 彼は今しがたの事を記憶していない。姫に何事か聞いてきた。

「敵はあたしが殺したわ。もう、大丈夫。帰りましょう、イロハ。楽園に」

 姫は沈黙する。言わない方が良さそうだった。

 余計なことを教えてしまえば、彼はもっと戦いを忌避してしまう。

 せめて、自衛程度には戦えないと最早海には出られないと見ていいかもしれない。

(イロハもあたしも、深海棲艦なのに攻撃される。奴らには、敵として認識されるなら別の存在と言うことなのかも。気を付けないと)

 改めて、半端者として自覚する。平穏に生きるための努力は欠かさずに生きよう。

 それが、今の姫にとっては最大の課題なのだから。

 


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