陸上進化。イ級改め、イロハ級 作:あら汁
世の提督たちの多くは知らないことがある。
鎮守府に伝わる、艦娘にだけ語られる噂話。
今から数年前。とある激戦区の鎮守府に、それはそれは優秀な艦隊があった。
旗艦に、彼の長門型の戦艦が率いる強豪な艦隊で、幾つもの作戦を成功に導いた優秀な提督がいた。
だけど、その人はもういない。殺されてしまったのだ。自分が指揮するハズの、艦娘の手によって。
真面目で実直で、とてもじゃないが、恨みを買うような人物じゃ無かったらしい。
……人間の評価では。艦娘の評価は真逆だった。悪魔、鬼、外道。
正に悪逆非道を体現したかのような提督だった。憎しみを募らせた艦娘達は提督を恨んでいたと言う。
そんななか、一人の駆逐艦が轟沈したと言うニュースが飛び交った。墜としたのは……仲間であるハズの艦娘で。
理由は、暴走。作戦中に急に仲間を攻撃し、説得不可と判断した長門型に撃沈させられた。
これだけならまだ、救いようがあった。暴走しただけなら、それだけなら。
……無理矢理な度重なる近代化改修の限界を迎えた彼女は、行ってはいけない領域へと、足を突っ込んでしまった。
否。力を求めた彼女に、見せびらかすように提督がちらつかせた行動が、彼女を墜ちる原因にた。
それが、『禁忌改修』。多くの艦娘が恐れる、最悪の結末。同士討ち、仲間割れの悪夢。
本当の敵は、深海棲艦だけじゃない。余裕をなくした、人類そのものなのだと。
提督は、光か、闇か。それは場所によって違う。噂に出てくる鎮守府の提督は、邪悪な闇その物だった。
そういう、顛末。その言葉が意味する内容は噂らしく、想像に任せている。詳細は明かされていない。
でもハッキリしているのは、禁忌改修を受けたら仲間と戦い、人に逆らえばこうなる可能性もあると言うこと。
提督の前で言えば、自分も同じ末路を辿る。最後にそう締め括られた噂。
だから提督たちは多くは知らない。知り得ない。上の連中は秘匿して漏らさない。
ごく一部の、例外を除いて。例えば、禁忌改修を受け深海棲艦『駆逐棲姫』になってもなお。
しぶとく生き残った成れの果てがいるとか。
始末させようとしても逃げきり、真実を公に晒されそうになったりしたら、どうなるか。
その答えは、地方の鎮守府と、喫茶店にあったのだった。
「マスターさんの時代にはもうあったはずよ。近代化改修の技術を応用し、発展させて出来上がった試作の技術だもの。禁忌改修というのはね、サルベージした深海棲艦の身体、又は艤装の一部を改造して艦娘や艤装に組み込むことなの。あたしはそのテストをするための実験機。試作機は……多分死んでるわ。どのみち、禁忌改修を受けると深海棲艦のパーツに侵食されて、艦娘ですら居られなくなる。意識が飛んだり、艤装が暴走したり。最悪、敵と味方の識別も出来なくなるわ。最終的には、ご覧の有り様よ」
翌日。一夜あけた夜だった。
閉店した喫茶店の店舗に、各々集まっていた。
異例の早さで提督は返事を持ってきた。結果は、観察処分。
秘匿義務が発生しており、大事にしない代わりに誰にも言うな。
駆逐棲姫はイロハと同じ扱いで鎮守府が管理しろ、とのこと。
詳しい事は機密情報。提督にも明かされなかった。
シャワーを浴びたり食事をしたり、眠ったりしたせいで記憶が少し回復した駆逐棲姫こと、姫。
彼女は椅子に座って過去を語る。黙っていろと言われても、これは隠蔽して良いことではない。
提督、大和、マスター、ヴェールヌイ、榛名は神妙な面持ちで話を聞いていた。
イロハ、神通、雷は二回で待機。神通は姫をイロハの仲間と言われてすんなり納得した。
元々人を疑うタイプではないし、イロハは気を使ってくれた。雷は……いつも通りだ。
「要するに、駆逐棲姫。君は……」
「姫よ、提督。駆逐棲姫は分類でしょ。名前じゃないわ」
榛名の私服を借りた姫は、改めて思い出せる範囲で詳細を語った。
本名は不明。禁忌改修の詳細はまだあるだろうが、今のところこれが精一杯。
分からないことが多い未知数の方法ゆえ、生存者でも全ては分かりかねる。
他の被験者は大抵死んでいるだろう。
もしかしたら、姫以外にも深海棲艦のなかには、禁忌改修によって生まれた深海棲艦も要るかもしれない。
「ビックセブン、ソロモンの悪夢……。長門と夕立のことでしょうか?」
「さあね。あたしの同期がまだ現場で活躍してるのは驚いたわ。まあ、当然よね。あれだけの強い艦娘、手放す方がどうかしている」
姫はどうでもいいと切り捨てて、語り終えた。
この場の誰よりも、鎮守府と人間、艦娘の闇を知っている姫は、壮絶な過去を送っている。
噂は知っていた大和、大和から聞いていた提督。現役時代から耳にしていたマスター達も悲壮な顔をしていた。
敵である深海棲艦。その一部を、守るべき鎮守府が生み出したという現実。
それをあからさまに隠蔽する本部。これは艦娘という存在を生み出した、人間の業だった。
本人は、仕方ないと諦めて受け入れていた。
「……誰があたしを罵ったかは思い出せない。でも、流れからしたら提督でしょうね。でも、誰が悪いとか悪くないとか、そんな問題ではないの。提督は、執務に忠実だった。あたしは、道具としてやれることをした。後悔もないし、提督を怨んでもないわ。あの人も……必死だったのよ」
こんな仕打ちをされても、姫は穏やかだった。当事者で、不当な扱いを受けていたのに。
大和が理由を問う。すると、
「大和。多分、あなたには理解できないわ。……提督と愛し合っている艦娘には、したくないと思うの」
見抜いてた。大和たちが、カッコカリによる深い繋がりを紡いでいることを。
その証拠に、大和は兎も角提督の指には指輪がある。結婚指輪が。
「提督、あなたは独身でしょう? それがあの人との最大の違いよ」
本当の意味で、伴侶はいない。提督は頷くと、姫は今度はマスターに問う。
「マスター。あなたは、奥さんを亡くしているんでしょう。上に仏壇があったから」
マスターは提督時代から妻がいた。今はもう、居ないけれど。
「マスターは兎に角、提督。あなたには、あの人がさぞかし外道に見えるのでしょう。大和もそう。艦娘を道具として使い回し酷使し、壊れたら捨てて新しいものを使う。嫌な顔をするのは分かるわ」
提督が反論する前に、姫は一度言葉を切る。
大和も、提督を手で制して、先を促した。ヴェールヌイも榛名も黙って聞いている。
姫は、主に提督に向かって言った。それは昨晩、イロハに向かって言った言葉と同じ。
「提督。あなたは、軍人失格よ。もっと言えば、提督に向いていないわ。心が壊れる前に、執務室を去った方が身のため」
ガタンッ! と椅子をはねあげて大和が立ち上がった。
提督への侮辱と受け取り、怒ったのだ。無論、本人も激怒した。
一体何が言いたいのか、分からない。
だが、マスターは理解する。嘗て自分が体験した、覚えのあることだから。
「座れ、大和。坊主、お前さんもだ」
静かに、マスターが制止にはいる。
坊主、というのは提督のことで、マスターが、提督を説教するときに使う呼び方だった。
「……侮辱に聞こえたなら、謝罪するわ。でも、訂正はしない。あなたは提督になるべきではなかった」
それでも変えない姫は、頭は下げても決して意見は曲げない。
最強の艦娘の怒りを向けられても、彼女は気圧されないし、怯まない。
「理由はある。提督は、守るべき対象を履き違えている。違う?」
「!?」
面向かって、そう言われた。心の中が、ざわめいた。
指摘されたくない部分を言われたようだった。
大和が不愉快そうにしているなか、不意に。ヴェールヌイが口を開く。
「……提督が真に護るものは、平和や、民間人。私達、艦娘じゃない。そう言うことなんだろ?」
大和がその一言に、更に眉をひそめる。姫はヴェールヌイに首肯する。
「そう、ヴェールヌイの言う通り。艦娘は道具よ。代理で戦うだけの道具。あなたは、本当の意味で愛する人が居ないから、艦娘に愛情を注ぐ。あたしがあの人を恨まない訳はね、あの人は本当の『提督』だったから。聞いてる限り、結果として道具に殺されてしまったようだけど、軍人として恥ずかしい行動はしていないわよ。ちゃんと、公私を弁えて指揮を執っていた。あなたはどうなの? 何のために戦うの? 誰のために戦うの? 艦娘が好きなら、マスターみたいに鎮守府をやめればいいわ。今のままじゃ、絶対に取り返しのつかないことになる。あなたたちの言う、間違っている提督の姿の方が、あたしは正しいと思うけどね。マスターみたいな才能がないと、行き詰まるわよ。最後まで、全うなんて出来やしない」
姫は、要約すると、提督にこう言いたいのだ。
――大和の為に戦って、恥ずかしくないのかと。
軍人ならば、軍人としての矜持を。
姫は言う。前の提督は既婚者で、子供もいた。彼が戦う理由は、家族のためだった。
家族を守るために鎮守府に着任し、艦娘を操り家族を守り、町の平和を守り、そして艦娘に殺された。
確かに、道具の扱い方は下手くそだっただろう。それは姫も認めている。
でも、彼は人として間違ってはいない。提督とは、平和と、町と、人類を守る仕事だ。
その事に関して、姫は言うなれば尊敬さえしていた。彼は任務に私情を決して持ち込まなかった。
艦娘は人と違って、替えがある。でも人にはそれがない。
どんなに罵られるのも、暴力を振るわれるも、結果が出せなかったからに過ぎない。
提督とて、殴ることを、罵ることを楽しんでいた訳じゃないのだ。
彼は、提督として当然のことをし続けた。恨む艦娘もいたが、慕う艦娘もいたのを思い出した。
不当な扱い? 提督を恨む? バカらしい。
何かを決定的に彼女たちは履き違えている。
結果を出して、人を守り、平和を維持した提督がなぜ悪人扱いされるのだ。
その過程で艦娘が酷使されるのは自明の理。激戦になれば消耗も激しくなる。
艦娘は戦うための存在であり、愛玩する物じゃない。
艤装が、武装が、戦えない人たちの代わりに戦うための証なのだから。
色々と思い出せた姫は、他の艦娘とは自分が違うことも自覚している。
道具は道具。愛着ならまだしも、本気で愛するのなら提督としての本懐を忘れている。
笑顔も、甘い言葉も。艦娘のモチベーションを挙げるための手段だけでいい。
今の大和のような、依存では提督には相応しくない。
マスターのように日々苦しみ、もがき、それでも戦うつもりなら大いに結構。
だがそれで万が一のことが起きたら、提督と大和は責任をとれるのか?
マスターはやってのけた。だから姫は、共に戦ったと言う四人も尊敬した。
マスターもまた、元軍人として敬うべきだと思う。
だが、今の大和と提督は見てて恥ずかしい。
公私混同もいいところで、最早大和と居るために提督を続けているようにしか見えなかった。
他の本気で軍人として戦っている鎮守部と提督に対する冒涜ではないか。
「だから向いてないのよ。失格の意味も理解してもらえたかしら?」
姫はこの際なのでハッキリさせておくと、付け加える。
立場が違うゆえ、意見が対立するのは当然。
だがその爛れた理由で、何時までも続けていくならそれ相応の覚悟をしておけと。
禁忌改修をさせる可能性は、甘いやつにも訪れる。
特に平和ボケして、最初から強大な力を持つ人間は、姫のような存在を量産するかもしれない。
「あたしの為にあれこれしてくれて、ありがとう。でもね、不純な動機で戦って勝てるほど、この戦争は甘くはないの。お願いだから、あたしみたいな艦娘を出さないで。より強い力を求めると、必ずここにたどり着く。あたしみたいに自分から行くのはいいわ。でも、無理矢理押し付けたりできる立場ってことと、大和の為に死んでいい人の命なんてないわ。散っていいのは艦娘だけよ。替えがあるから、道具だから。艦娘はその為に存在する。武器を手にして、戦場にいる限りは、戦わなければ意味なんてない。過剰な愛を注いでも、艦娘には応える術はないわ。覚えておいてね」
最早完全否定だった。
姫は二人の関係を爛れていると酷評する。マスターは耳がいたいとぼやく。
実情を知れば、民間人もこういう反応をする人もいる。
人類を脅威から守るハズの提督が、私情にとらわれるなど言語道断。
提督は痛いところをつかれて、沈黙する。
いつの間にか、目的が刷り変わっているのを言われて落ち込んだ。
彼女の言うことも一理あるし、大和も言い返すにも感情論になりかねない。
彼女はひどい目に遭った。でも、恨まないし憎まない。寧ろ尊敬して納得した。
艦娘は戦争代理の道具。愛する存在ではない。そんなのはおかしい。
ずっと黙っていた榛名だったが、話終えた時ふと思い出した。
ケッコンカッコカリ。あのシステムは、未婚者の男性提督にしか許可が降りないと言う小話。
あれは、現場を悪化させるだけのもんだったのかもしれない。そう、思うのだった。