陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

5 / 23
月が綺麗な夜の下で

 

 ――この役立たずがッ!

 

 嫌な夢を見た。

 水底に沈みながら見上げる真ん丸のお月様。

(そうなのね……。今夜は、満月……)

 何れ程の月日が流れても、あたしは月が好きだった。

 自分のことを忘却の彼方へと追いやり、茫然としか思い出せない愚かな怪物。

 それでも、愚直に力を求めこの姿になったこと。そして、自分が月が好きだと言うことは覚えている。

 役立たず。そう、誰かに罵られた苦い記憶。今でも夢に見る、嫌で色褪せない数少ない過去。

 比べる相手はビックセブン、ソロモンの悪夢。

 そんな風に言われる相手だった。勝てるわけがない。

 素質が違えば、技量も違う。

 比べないで欲しかった。あたしと選ばれた相手じゃ次元が違う。

 戦果を出せないのはあたしのせいじゃない。相手が強すぎる。器用すぎる。

 それでも、あたしは何時も卑下された。屑鉄、スクラップ、ポンコツ。

 必死になって出した結果も、あくびをしながら弾き出される結果に潰されて。

 あたしが悪かったの? あたしが弱いから、怒鳴られて殴られて。

 全部、あたしの自分のせいなの? 今更問うてもどうせ誰も答えない。

 嗚呼、今のあたしは何だっけ? 一瞬、自分が誰なのかすら思い出せない。

 ……駆逐棲姫。そうだ、この間出会した艦娘達はそう叫んで撃ってきた。

 あたしはただ、海面を漂っていただけなのに。どうして、仲間を殺そうと……。

 

 ――仲間? あたしは、仲間だったのか?

 

 まただ。月を見上げながらあれこれ余計なことを思い出すと、鈍痛が頭を襲う。

 気分を入れ換えよう。あたしは不器用に泳ぎ出す。

 今夜は久々に、陸に上がって月を見上げたい。

 そう思った、これこそがあたしの転機。まさか、あんなことになるなんて。

 幸福は、何処からくるかわかんない。生きてて良かった。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、俺は深夜。一人月見をするために人気のない埠頭に向かっていた。

 マスターの許可を得て、月見酒と洒落こむつもりだった。

 まあ本音は、期限切れの大量のビールを発見して、景気よく鎮守府のクソ提督と嫁さん連れて酒盛りしているマスターから逃げたかっただけだけど。

 ノロケの大和さんの相手は勘弁だ。絡んでくるしさ。

 深海棲艦だって、酒は飲めるんだぜ。意外かもしれないが。

 酔っぱらうことはないけどね。水浴びして巨大化、背中に背負ったビール瓶を持っていざ出発。

 のっしのっしと道路を歩き、時々コンビニなどの近くで知り合いとすれ違い、立ち話。

 人間と敵対している深海棲艦が笑い会うって平和で好きだ。これもクソ提督と艦娘さんのおかげ。

 感謝してる。道中、八百屋のおっさんがツマミに唐揚げくれた。有りがたく頂戴する。

 海の方に向かい、鎮守府の前を通りすぎ、警備の人に挨拶して向かう。

 警備の人が「俺も月見酒してーなー」とぼやいていた。お仕事、お疲れ様です。

 俺のことは人畜無害な珍生物で通っておるので無問題。

 まあひっくり返っても艦娘さんには勝てないしな。どうせ俺元々イ級だし。

 そして、鎮守府の近く似る埠頭に向かっていると。

 前方。月明かりの照らすその場所に、人影を発見する。

 女の子かな。シルエットはそう見えるけど、こんな時間に海に?

 そう言えば、神通さん言ってたな。この場所、幽霊出るって。

 ……ないない。バカらしい。理不尽なのは深海棲艦だけで十分だ。

 先客がいるのを気にしないで俺は進む。……よく考えてみれば、俺も酔っ払っていた。

 だから不用意に近づいたりしたんだろう。

「こんばんわー」

 能天気に声をかけて、俺は少し距離を開けて停止する。

 声をかけられたその子は、ゆっくりとこちらに振り向いた。

 銀色のサイドテールが、月光で煌めいて美しかった。

「月が綺麗ですねー」

 朗らかに笑って俺は背中から袋の中身をぶちまける。

 手足短くて、届かないからこうして流れ出たビール瓶とツマミを地面に取り出した。

「…………。初対面で、しかも一言目、陸にいる深海棲艦に口説かれるって凄い経験ね」

 こっちを見ていた紫眼の女の子。ノースリーブの制服らしき姿。

 ヘソ見えてるけど、寒くないのかな。顔立ちはどこか幼い。可愛らしい子だった。

「あなた、性別はオス?」

「一応男ですよ。こんなオタマジャクシでも」

 あれ。俺はそういって返事をしてから気がついた。

 彼女、黒っぽいスカートを着ているのだが。太ももから下の部分。

 要するに、足が……ない。両足とも、欠損していた。

 そして、彼女の座る位置には、水溜まり。しっとりと濡れ、彼女は磯の香りを纏っている。

「ちょっと見ない間に、陸地も平和になったものね。このご時世に、良いことだと思うわ」

「……」

 女の子は、気にしない様子だった。足がない、ってまさか。幽霊の定番じゃないかそれって。

 時刻は静まり返る深夜の埠頭。シチュエーションとしては満点だけど。嘘だろ、おい。

「あたしは幽霊じゃないわ。ご覧の通り。あなたと同じ、深海棲艦よ。一応、だけれど」

 俺の顔を見て、月を見上げる少女は言った深自らを深海棲艦だと。

 陸に上がった、深海棲艦。俺以外にもいたのか。そんなこと、提督は言ってなかった。

 ビックリする俺に、彼女は言う。

「月見酒ってやつなのかしら。今宵の月は格別だもの、分かるわ。あたしもご同伴、してもいい?」

 綺麗な横顔で告げる少女、人に似る深海棲艦。埠頭に一人と一匹の、月見酒が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「へえー。じゃあ姫さんは、元々は違う人だったん?」

「そうね。駆逐艦の艦娘だったと思うわ。だから、あたしは元々は生粋の深海棲艦じゃないの。改造深海棲艦だから、人工物というか、人造棲艦というか……。もう何年も前の話だし、あたしのいた鎮守府はとっくに潰れていると思うけど、どうなのかしら」

 互いに雑談しながら酒を飲む。いい感じに互いの身の上話に盛り上がる。

 曰く、本名は思い出せないが現在、鎮守府に認定されている階級では『駆逐棲姫』というらしい彼女は、姫と呼ぶことにした。

 本人も気に入ってくれたので、姫さんと呼ぶ。

 で、彼女は昔は鎮守府の所属する駆逐艦の艦娘で、今は居場所のない深海棲艦。

 足がなく、海の底で海上を見上げる日々を送っていたのだと言う。

 飲まず食わずでも、海中プランクトンを取り込んで生きていけたので、陸に上がったのは久々だとか。

 ただの気まぐれで俺と出会って、こうして互いに話している。

「喋れる深海棲艦なんて、そうそう居ないし。大抵、艦娘に対する恨み言とかで話し合いにはならないし、駆逐イ級とかの下位の深海棲艦はただ単に襲ってくるの。だから、ゆっくりとお話しするのは本当に久々」

「大変なんだな、姫さん」

「浮上すれば、現役艦娘に問答無用に殺されそうになるし、散々よ深海棲艦なんて」

 しみじみとため息をついて、ビールをあおる。

 俺もひっくり返って大口を開けて、器用に流し込む。

 オタマジャクシ体型でなんか飲むのってキツイんですよこれが。

 手足が短くて口まで届かないから、不格好でもこうするしか。

「あら、イロハ。少し……小さくなってない?」

 姫さんが唐揚げを食べながらそう言った。いかん、水分抜けてきたか。

 一度海にダイブして水を吸い込み、海上で立ち上がり、真上にジャンプして戻る。

 そうすると元通りの大きさになる。

「あらあら。乾くと小さくなるのね」

「一応海洋性物だし」

 人の形になるとどうやらそうでもないのかな。

 ああ、違うか。姫さんの場合は深海棲艦とは事情が違うんだった。

 自分からこの姿になったと言っていたし。

 思いきって、姫さんが何故足が欠損しているのか、予想はできていたけど聞いた。

 俺とて、駆逐艦を冠する深海棲艦だし、知ってる知識として予想できる。

 姫さんは肩を竦めて言った。

「あたしの足は、暴走して轟沈させられたときに、群がってきていたイ級に食われたのよ。幸い、沈む前にまだ艤装が生きていたから射殺して、後は沈んでいくだけだったわ。ここまで自分の身体が深海棲艦に近くなってるとは思わなかったけど、想像できる範囲だもの。驚かないわ。海底で沈んでいたら傷も治っていたの。恐ろしいものね、深海棲艦って」

 昔、というか当初はまだここまで深海棲艦に近い姿はしていなかったと言う。

 だが今は、こうして俺によく似てる姿だ。つまり、姫さんは既に俺と同類。

 人類の敵扱いが妥当と言うことになる。こっちが敵意があろうが無かろうが。

 理解しているので、姫さんは何も言わない。艦娘は深海棲艦を殺す道具。

 深海棲艦は人を、海を侵略する侵略者。敵対視は当然。

「足がなくて、武器もない。そんな相手にも艦娘は容赦ないわ。当たり前よね。任務に失敗すれば、存在意義を否定することになる。戦えない艦娘には価値はないわ。背負った艤装が、手にした武装は、戦えない人間の代わりに戦う象徴だもの。代理で戦場に出ているしか能がないのに、戦えないなら生きていたって仕方ないでしょ?」

「そうかなー……? 俺の知ってる元艦娘さんは無事退役して、元提督と仲良くやってるよ?」

 随分と悲しいことを言う姫さん。達観した顔で言うけど、雷さんたちを見てるとそうは思えない。

 あの人たちは俺の恩人だし、家族と言ってくれるのだ。理解はどこかできても、共感は無理。

 すると、姫さんは羨望すると告げた。

「余程良い司令官に巡りあったのね。羨ましいわ。普通は効率と成果、勝利だけが艦娘の価値よ。どんなに甘い言葉を言われようが、どんな笑顔を向けられようが、あたしは結果を出せなくなったら役立たずって言われて、見捨てられた。現金なものよ、使えない艦娘は無価値って言い切ったもの。提督なんて、見せ掛けの愛情を注ぐだけ。奴等の真髄は軍人。軍人は、道具よりも任務と使命、そして民間人と秩序を愛するわ。イロハの知り合いの元提督さんは、提督に向いてないと思う。道具を愛してしまったら…………おしまいよ。下手をしたら任務失敗で、無関係な民間人が死ぬ。そんな軍人は、軍人失格だと思わない?」

「それは言えるけど……本人も毎日死ぬかと思ったって言ってた」

 自分は提督の仕事が辛かった。マスターは言ってた。

 艦娘と軍人としての責務。板挟みの日々にいっそ、心無き兵器の方が良かったと。

 艦娘のことは分からんけど、姫さんの言うことも一理ある。そんな気がした。

「フフフ。ちゃんとそれでも退役したなら、使命を全うした有能な人だったのね。一度、見てみたいわ」

 姫さんはビールを飲み干した。かなり出来上がっているようだ。

「久し振りのお喋りだから、楽しかったわ。ありがとう、イロハ。あたしなんかに声をかけてくれて」

 そう言う姫さんの酒で赤くなった頬は……寂しそうだった。

 海の底に帰るんだろうか。

 冷たくて、暗くて、寂しい孤独な海の底で、ただ太陽と月を眺めていく日々を続けるんだろうか。

 俺に、それに何かを言えるほど高尚な生き方をしていない。俺とて所詮は深海棲艦。

 化け物の一人に過ぎない。かける言葉を見つけられず、逃避的に月を見上げて呟いた。

 

「月が綺麗……」

 

 

 その言葉に、姫さんはこちらを向いた。呆れている表情だった。

 

「…………あなた、最初もあたしを口説いていたけど。なに、あたしに一目惚れでもしたのかしら?」

 

 ……? なにいってんだこの人。酔っぱらってんのか?

「あたしの話を聞いて、それでも言うって相当なものだと思うわよ。女の趣味は大丈夫?」

「ごめん、何の話?」

「惚けちゃって。誤魔化すならもう少し、マシな言い分にした方がいいわ」

 え、口説いた? 俺が、誰を?

「まぁ……そうね。海の底で一人きりってのも、寂しいし……口説かれても、いいわ。ちゃんと面倒見てくれるなら、だけどね」

 あれ、なにこの展開。一夜の過ちみたいになってる!?

  俺ってば酔っぱらった勢いで、何してくれてんの!!

「……死んでもいいわ」

 死ぬ!? よくわかんないけど、口説いたら責任とれと!?

 さもなくば死んでやるって言ってるよ姫さん! どうすればいいのこの場合!?

 知らぬ間に女の子口説いてその気にさせて、逃げたら死ぬぞって脅された。

 どういう……ことさね……?

 その時運悪く、遠くから雷さんの声が聞こえてきた。迎えに来てくれた、ようだが。

 振り替えると、寝巻き姿の彼女がこっちに走ってきている。

 そして、発見するや駆け寄ってきた。

「イロハ、やっと見つけ……」

 そして、隣でビール瓶持ってる姫さんに気がついて、

「し、深海棲艦っ!?」

 驚いて叫び、慌てて飛び退いた。

「ああ、イロハの言っていた艦娘の人ね。大丈夫、敵意はないし見ての通り、暴れることは出来ないわ」

 酔っ払ってる割には冷静に足を指差し、姫さんは言った。

 ジトっとこっちを横目で見る雷さんに事情を説明。要するに一緒に月見酒してたと。

 警戒していた雷さんだったが、姫さんの身の上話に次第に同情したのか、最後には。

「大丈夫よ、お姫様。私に任せなさい! イロハの恋人として、きっちりと楽園で引き取ってあげるから!」

 一存で勝手に決めちゃった。いや、彼女じゃないです口説いてません誤解です。

 暫し待てと雷さんは携帯を取り出すと、酒盛り中のマスターと地元鎮守府の提督を呼び出した。

 電話口の向こうでビンの割れる音が聞こえた。こっちに向かうと、雷さんは笑顔で言った。

「赤の他人の為なのに、アクティブなのね」

「イロハの彼女は他人じゃないわ。家族よ!」

 いえ、何をいってるんですか雷さん。知り合って数時間で彼女ってお見合いですか。

 冷静に言う姫さんに、胸を張って堂々と答える雷さん。世話好きは伊達じゃない。

 しばらくすると、マスターとクソ提督、大和さん。

 それにヴェルさんと榛名さんも血相を変えて駆けつけた。

 神通さんはもう寝たらしく、不在だった。

 揃った面子に、面食らう姫さん。酔いで赤い顔をする提督が、真顔になり名乗って聞いた。

 即ち、姫さんは何者なのかと。対して、姫さんも真顔で言った。

 

「禁忌改修。この一言で、多分理解してもらえると思うわ」

 

 一言で簡潔に告げる。すると途端。

「クソがァッ!!」

 提督が汚く吐き捨てる。顔は本気の嫌悪感が浮かび、

「……本当に、いたんですね。噂には聞いていましたが……」

 大和さんは目を伏せる。辛そうな表情で。

「……私も、流石に今回は彼らの正気を疑うよ。私はそんな連中の言いなりだったんだな」

「榛名も、同感です……!」

 静かに、ヴェールヌイさんと榛名さんは怒っていた。堪えていた。

 マスターに至っては、持ってきていた瓶を握り締め、握力で割っていた。

 表情はない。でも、滲み出る怒気は俺でも、肌で感じる。

 ああ。きっと、姫さんは人道を外れた行為を自分から受けたんだ。

 でも、多分。そうなるように仕向けたのは――人間の都合だ。

「?」

 雷さんだけは首を傾げていて知らない様子だった。恐らくは、知らなくていいこと。

 俺も、知りたいとは思わない。

「勝つためにそこまでするか……? 僕の提督として、いや。人のプライドに誓って、駆逐棲姫。君の安全を保証する」

 静かに怒るのは皆、同じだった。

 大和さんも、提督も。マスターも。みんな、怒ってる。

「……あたしの為に怒ってるくれるの?」

「そうですね。艦娘として、私は今これまで無いほど怒り狂っています。駆逐棲姫さん、私達に任せてください。二度と悲劇は、繰り返させませんから」

 最強の艦娘すら起こる事案。姫さんは、茫然としていた。

 信じられないように、そして。一言、言った。

 悲しそうな、でも嬉しそうな、そんな笑顔で。

 

 ――ありがとう。と。

 

 

 

 

 

 

 

 追記として、翌日から楽園の従業員が一人増えた。

 足のない、俺が背負って移動する女の子。名前は、駆逐棲姫。

 愛称は、『お姫様』で。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。