陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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対抗演習、帰りたい

 

 元提督と言う経歴ゆえか、マスターと鎮守府のエロ提督は仲が良い。

 新しく転属してきた艦娘さんの対抗演習の相手に、暇なときに俺は駆り出される。

 理由? 一応明石さんに改造してもらったとは言え、深海棲艦。

 時々検査のために行かないといけないのだ。生態系不明の海洋生物ですから。

 今回は検査序でにやっていけとか言われた。相手は駆逐艦数名。

 良かった。あの鎮守府、海の平和を守る組織のくせに艦娘さんに似た海賊が混じってるのだ。

 眼帯して一人称が俺で、刃物持ったり大砲背負ったりしてる女の子。

 あれは絶対に艦娘じゃない。一度演習したら血祭りにされた。容赦なく殺そうとして来た。

 やだ、あいつら怖い。戦闘バカなんじゃないのかアレ。

 こっちは非武装、武器なんて積んでないのに。

 素手同士の戦いならいいんだろうという意味不明な理屈で襲ってきた。

 ええ、死にかけましたよ。武器あろうが無かろうが海賊には関係ないのだ。

 雷さんに慰められながら出発し、町中を移動する。見た目怖いので動く段ボールで。

 スパイの基本だって、ヴェルさんが言ってた。段ボールは優れた潜入道具だって。

 詳しいことは知らん。でもこの移動方法、気に入ってるんで当分やめない。

 目指すは、恐怖の鎮守府だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の入り口で、明石さんと合流。

 艦娘さんたちの装備をメンテする場所に連れてって貰う。

 民間は働く人以外は立ち入り禁止だし、俺そもそも深海棲艦。

 人ですらない。関係者かもしれないけど。

 詳しい名称は秘密なので教えてもらえないけど、その整備する場所に到着。

 一見するとちょっとした町工場。小さな何かが働くこの場所で、俺もメンテを受ける。

 海洋生物なのだが、明石さん曰く一部が機械パーツで構成される深海棲艦。

 その機械部分を解明しつつ、演習に備えて装備一式をお借りする。

 暇をもて余した明石さんが余剰武装を改造して作り上げた俺こと深海棲艦イロハ級専用装備。

 砲撃や雷撃は上の人に怒られると提督が言うようなので、何故か近接武器を毎度使用する。

 ま、俺見た目オタマジャクシなんで、振り回すにしたって不利だけど。

 射撃に至っては背負って撃つ以外は方法がないと来た。

 演習とはいえ模擬の弾薬を使うし、双方怪我もする。

 そこは鎮守府お手製バケツの出番だ。聞くところによると、一種の入浴剤。

 艦娘さんは損傷すると、武装をメンテして本人はお風呂にはいるのだそうで。

 その時怪我を忽ち治す超技術。それが通称、バケツ。

 俺も怪我すると、薄めたバケツを頭から豪快にぶっかけて貰う。

 深海棲艦の怪我もなおるとか凄いな鎮守府。なので怪我は気にしないでいい。

 逆言えば某海賊も容赦ないわけだ。死ななければ良いわけだしな。あの鬼眼帯どもめ。

 案内されて、全身に先ず水を被る。巨大化していく俺を見て明石さん、解剖したいとかボソッと漏らす。

 この人……話せば分かるけどマッドな科学者みたいなことたまに言う。怖い。

 それでもってサイズが元通りになるとそこに服をきる要領で軽量防弾服を着込む。

 見た目はオタマジャクシが一回り大きい薄汚いシャツを着てると言えばしっくりくる。

 で、手渡される今回の得物。……メイスってあんた、女の子これで殴れと?

 明石さんスゴい良い笑顔で死なないから大丈夫。怪我もしないから大丈夫って言い切る。

 いいわけねえだろあんたって人は……。同僚殴る鈍器を、笑顔で渡すって鬼畜か!

 でも普段の演習でもこの人、整備してるだろうし。大砲に比べたらマシと思うことにする。

 納得できないけどね。うん、普段んはいい人なのも事実だしな。

 然し、こんな柄が長いもの、俺使えるかな。体格的に縦には振れないし横からか。

 一応は水面に立たないといけないわけだしなあ。ま、うまくやってみるべ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の湾内で演習は始まった。俺は一人で、水面から顔だけ出している。

 相手は……駆逐艦が三人か。うわ、ガチ装備で来てる。

 主に魚雷と駆逐艦が使える主砲……レーダーも装備してるのかな。

 こっちは詳しい武装の事を知らないし、見た目で判断するしかない。

 しゃあない、いつぞやの巡洋艦の悪夢と空母の悪夢に比べたらマシだ。

 あの飛行機地獄と弾幕地獄は洒落にならんかった。

 上からくるわ、下からくるわで逃げ道なくて袋叩きにされた。なんの演習だよ。

 演習だから殺傷能力は低いだろうけど、バケツの存在があるからなあ。

 また、躊躇いなく沈めに来るだろうか。マジでやりたくない。

「……あのっ」

 このまま逃げてやろうと画策する俺に、相手が一人近づいてきていた。

 見上げると、それいつぞやの女の子だった。

「えと……電を助けてくれたって言う駆逐艦さんですよね?」

「あぁ、あの時の人? 良かった、何事もないようで」

 間近で見ると、本当に雷さんに似てる。茶髪だし、髪型こそ違うけど顔も。

 何か声まで似てるよ、雷さん変装してないよね。

 名前は電さん。優しそうな人だけど強そうな名前だった。

「あ、ありがとうございました。おかげさまで、九死に一生を得たのです」

 改めて、本人にもお礼を言われた。先ほどクソ提督にも言われたのだ。

 詳細は伏せられるが、今はこの鎮守府に異動したらしい。ま、ここなら安心だと思う。

 あのクソ提督は、セクハラで浮気者でろくでなしだが轟沈はさせない。

 沈むことに嫌悪感があるようで、今の鎮守府の風潮に反抗的だとマスターが言ってた。

 戦果さえ出せば文句は言わせない。あの男の信条は長く結果を出し続けること。

 目先の事で熱くならず、その視線は常に未来に向いている。無闇な出撃は消耗増加を呼ぶ。

 有能なんだろうが、如何せん中身がなぁ……。ただのロリコンの変態だし。

「おきになさらず。ここの提督はエロ提督だけど有能だから安心して。あと、セクハラされたら曙さんか大和さんに言ってね」

 俺が言うと、電さんは頬をかいて、苦笑い。

 今日の相手に曙さんいるけどまた不機嫌そう。腕を組んで仏頂面だわさ。

 また曙さんもセクハラされたと言われた。眺めている提督の顔がジャガイモ見たいと言われて笑う俺。

 あと一人は……げ、暁さんだ。あの人、子供みたいな人なのに淑女として扱えとか無茶ぶり言うから苦手。

 取り敢えず、演習には全力で挑むと新人の電さんは張り切る。

 ……ってことは俺のこと誰かに聞いてないのかな。通常の駆逐イ級とは訳が違う。

 練習相手になれればいいけど、痛いのやだから本気出すよ俺も。

 可愛らしい艦娘さんを殴るのは気が引けるけど、背に腹はなんとやら。

 丁寧にお辞儀をして戻っていく彼女を見送り、内心俺はため息をついたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 対抗演習開始の号令が湾内に鳴り響く。

 新人艦娘電、配属されてから日の浅い曙、たまたま暇していた暁は口先でおだてられてここにいる。

 曙はイロハのことを知っているが演習は初めて。暁は舞い上がっていて聞いてない。

 ドキドキしながら電は轟沈していたのを助けてくれたと言う深海棲艦に主砲を向ける。

 心優しい彼女は出来れば演習とはいえ戦いたくない。そんなのだから轟沈するのだと受け入れてくれた提督は言う。

 生きるために戦え。任務よりも生き残れ。その為に責任は提督が背負う。

 そういってくれた彼に感謝しつつ、生きるための力を身に付ける為に志願したはいいが。

 ――相手のことをよく知るべきだった。深海棲艦といえど仲良くしている。

 普通じゃないとは思っていたが、あのオタマジャクシは……予想を超えていた。

「それじゃ、行くよ!」

 曙が先手で主砲を撃つ。オタマジャクシは回避のために泳ぎ出す……がちょっと待て。

 いきなりスゴい速度で逃げ出した! 三人に背を向けて、初手から敵前逃亡。

 主砲は海面を直撃して水柱を打ち上げた。

 あいつは非武装なので、打ち込んではこないと事前に説明を明石から受けていた。

 但し。殴りには来る。メイス持ってるらしい。武器は都合上、持てないけど自衛武器として最低限。

 鈍器所持のオタマジャクシは潜水して姿を隠す。飛沫が収まる頃には海面から消える。

 余裕の表情で、暁が魚雷発射。続いて、各自散開して爆雷も投下。

 海のなかに潜ろうが魚雷の敵ではない。すぐさま反応して爆発する魚雷。

 直撃したと油断する暁。曙は違和感を感じた。いくら奴が武装に乏しくても、対処法を考えないとは考えにくい。

 イ級と違って知恵のある深海棲艦。気は抜けない。

 電もいくつか魚雷を放っていたが慣れていないせいで、検討違いの方に行ってしまっている。

 ため息をつく電の下で。海のなかでは、イロハは無傷だった。

 一度海底にまで降りていって、落ちていた固形物の瓦礫や岩を掴んで、追ってくる魚雷を叩き落としていた。

 メイスは邪魔にならないように、背負っている。

 基本的な感覚は深海棲艦が高いため、彼の目には迫り来る魚雷は視認できている。

 それこそ、武器が持てないぶんのハンデとして海のなかと言う潜水艦の艦娘しか居られない世界で思考する。

 穏便に勝つ方法。怪我させないで、降参させる方法。

 改訂で調達した岩などを投げつけて浮かんでいる爆雷も冷静に処理。

 ソナーで海中を探っていた暁は、まだイロハが健在であることを知る。

 装填していた魚雷を全部撃ち込んだのに、何がどうして生きているのか。

 慌てて、次の魚雷を装填する。が、それが油断だった。

 曙と電はソナーを装備していない。演習の為、余っていた装備を明石に借りてきている。

 普段の装備は、遠征組に貸し出しているので持っていなかった。

 海中のイロハを追っているのか、スケーターのように海面を舞う暁。

 その彼女が突然、スッこけるように消えた。

 正確に言うなら、躓いたようにして前のめりになり、一瞬で海中に引きずり込まれた。

「暁ッ!?」

「暁ちゃん!?」

 まさかのソナー持ちが撃沈。すぐあとにばしゃんと海面は跳ねて、目をバッテンにした暁が浮かんできた。

 被っていた帽子が無くなり、代わりに大きなたんこぶが出来ている。

「あいつ……!」

「はわわわわっ!?」

 舌打ちする曙。混乱する電。

 やっぱりだ。イロハは最初からソナー持ちの暁を狙ってきていた。

 海中にたいして目を失った曙は、目視で懸命にイロハの魚影を探すが見えない。

 パニックを起こす二人を尻目に、暁が追いかけていたイロハ。

 通常イ級の何倍かの速度で海底で逃げ回り、追いかけて離れた暁狙い急浮上。

 その速度が暁のそれとは段違いであり、ギリギリの距離まで接近されて、足を捕まれ海中に引きずり込む。

 尚、艦娘は水上移動はするが水中移動は潜水艦以外は、深海棲艦にはほぼ勝てない。

 普通は海上でやる戦いをこいつは対抗策を叩き潰し、突破して暁を倒した。

 魚雷とて、自動追尾するような高性能なものを演習では使わない。

 実戦ではないのが幸いし、暁は溺れたところを拳骨を食らって気絶した。

 イロハは浮上して、顔を出す。

「あ、イロハ! よくもやってくれたわね!」

「曙さん……。俺だって魚雷ぶちこまれるのは嫌ですって……」

 悔しそうに唸る曙に、ため息をつくイロハ。

 そのまま、海面へと足を出して同じく水面に立ち上がる。

 眺めている他の艦娘達は、イロハとは時々演習をしている。

 戦艦とは断固拒否。巡洋艦や空母は常勝している。苦戦することはあっても質はそう簡単にはひっくり返らない。

 駆逐艦にしてはやたら賢いイロハだが、歴然の差がある相手には白旗をあげる。そういう意味でも賢かった。

 だが、イロハの真価は同じ水面上の勝負でもある。

 獰猛な深海棲艦の唸り声を出して威嚇する。同時に大口を開いて、

 

 ――――ッッ!!!!

 

 二人にたいして、特大の咆哮を上げた。

「はわっ!?」

 食らったことのない深海棲艦の雄叫び。腰を抜かして尻餅をつく電。

 先程の恩人とは思えない獰猛さ。牙を剥いて大きな口で吼える。

 気の弱い駆逐艦の艦娘には効果抜群の脅し。曙も数歩、後ろに下がる。

 冷や汗が流れていた。演習と思えない殺意の色。

『大丈夫だ。あれはやつの強がり。只の見栄だよ』

 提督が無線で言い切るが、狂暴な鈍器を持つ深海棲艦ってなかなか怖い。

 尻込みする二人に、提督が邪悪な笑う声を聞いた。

 それは、面白いことを思い付いた時のワルガキの笑い声で。

『――天龍、木曽。イロハと遊んできていいぞ。改二の恐ろしさを教えてやってこい』

 途端、岸のほうで殺気を感じるイロハ。

 ぎょっとして見返すと、海賊眼帯の二人がこっちに向かってきているじゃないか。

 二人とも、普通とは違う勝負ができるイロハとの戦いが気に入っており、チャンスがあれば当然参戦する。

「ぴぎゃああああああーーーーーーーーーっ!!」

 すると。イロハが絶叫した。本気で怯えている声だった。

 迷わず逃げ出す。見てて可愛そうになるくらい、哀れな姿っを晒していた。

「まあまあ、そう逃げるなよイロハ」

「折角の対抗演習なんだ。……楽しもうぜ?」

 思いっきり楽しそうな姉貴たちは先回りして難なく捕獲。

 じたばた抵抗するイロハを二人がかりで持ち上げて放り投げる。

「うぎゃああああああああああああっ!!」

 イロハ、再び絶叫した。曙は目をそらす。

 かわいそうに。木曽と天龍は強敵との戦いを望むタイプだ。ライバル認定されてる時点でもう手遅れ。

 楽しそうに笑う二人と、逃げ惑うイロハに襲いかかる砲弾と魚雷の雨。

 演習という名前の公開処刑がまたも開かれることとなる。

 追記しておくと、姉貴二人はイロハとは仲良くいたいのだが、イロハがビビって毎回逃げ出す。

 二人して不器用なものだから怖がられているだけなのだ。

 決して、変な人でもないことを名誉のためフォローしておく。


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