陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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夏の始まり

 

 七月にはいると、暑さも本格化してくる。

 真夏日も増えて、下手をすると猛暑日になってくる。

 幸い、楽園は冷房が効いているので暑くはない。

 大体、天気もよい日には基本的に姫たちは漁業である。

 海に潜っていれば暑さも多少は和らぐ。

 そんな頃、楽園に笹が持ち込まれた。

「棚バター?」

「違う、七夕」

 風物詩である七夕の季節がやって来た。

 姫たちに蘊蓄を語る雷たち。要するに、願掛け。

 笹に願いを書いた短冊を飾る。以上。

「ふぅん……」

 姫は早速レジうちの合間を見て願い事を書いて吊るした。

 イロハが見ようとすると、

「イロハは見ちゃダメっ」

「えぇ……」

 見せてくれなかった。照れているのか、頬が赤い。

 念入りに一番高い所にくくりつけた。

「ひでえ、見たっていいじゃん……」

 ちょっと落ち込むイロハ。女心が分かってないとレキが肩をすくめた。

 因みに中身は、イロハとレキともっと仲良く出来るように、という姫らしい願い事だった。

 イロハも不器用に短い手で書いてみた。

 ミミズがのたくったような雑な字で、楽園の平和を。レキは家族円満を書いて吊るした。

 楽園の皆も、それぞれ書いて吊るした。願い事はみんな秘密で。

 そんな夏の始まり。今年の夏は、少し騒がしい予感がした。

 

 

 

 

 

 七月の半ばには町で夏祭りがある。無論、喫茶店楽園も参加していく。

 商店街が主催するのだ、当然である。鎮守府も全面協力で、開催の手伝いもしている。

 地域密着型の方針だから、この町は平和そのものなのである。

「おーっす、こんちわー!」

「なのです!」

「ぽいぽい!」

「失礼する」

 営業中の楽園に、数名の女の子が訊ねてきた。

「いらっしゃいませー……って、長門じゃない。どうしたの?」

 姿を見せたのは私服の天龍、電、夕立、長門の四人だった。

 雷が対応して、ヴェールヌイが気をきかせて二階で寝ていた姫を起こしに行った。

 きっと彼女に用事があるんだろう。姫は寝ぼけた顔で、目を擦りながら降りてくる。

「コーヒーくらい飲んでいけば?」

「そうだな。少し時間はある。ゆっくりしていこう」

 カウンターに座る長門は、四人ぶんのコーヒーを注文した。

 夕立と電はパフェも頼んで、既に幸せそうな顔で食べていた。

「あら、長門……。なぁに、こんな時間に……? 何かあった?」

「ん、姫。丁度お前たちに用があったんだが……寝ていたか?」

 目を擦る姫は眠たげにアクビをして、寝間着のまま店内に入る。

 今まで深夜アニメのごちです、ご馳走はウサギですよね? をリアルタイムで見ていたせいで寝坊している姫。

 昼前から仕事にイロハ達と海に出る予定だったが、長門が説明する。

 どうやら、今日は鎮守府の敷地内でバーベキューをするのだそうで。

 非番の艦娘を誘って楽しもうと言う企画らしい。姫たちにもお誘いが来た。

 一応、独立部隊とはいえ同じ鎮守府に所属する。

参加してほしいとのこと。呼びにきたと長門は言う。

「バーベキュー……ねえ。あたし、そう言うの参加したことないわよ。イロハも、レキも」

「安心してくれ。ある程度、小分けした組み合わせを予定している。そう気まずい空気にはならないハズだ」

 和解してからは普通に話す二人。あの頃の刺々しさはないが、少しばかりまだ壁はあった。

 夕立とも一緒に話すことはあっても、食事を共にしたことはない。

「姫ちゃんも楽しもうよ! 折角の素敵なパーティーなんだし!」

「パーティー……? でも、仕事もあるし」

 無邪気に誘う夕立。口の回りにチョコをくっつけている。

 渋る姫は、一度厨房に行き、榛名と神通に相談。今日はどうするべきか聞く。

 今日のメニューには魚介類は海に行かなくても、冷凍保存しているので間に合うとのこと。

 なので楽しんできていいと許可をもらった。

「お姉ちゃん、お兄ちゃんがお姉ちゃんのかりん糖勝手に食べてるけど……って、何かあった?」

 丁度、寝間着のレキも降りてきた。用件を伝えると姫が行くなら一緒にいく。

 おやつを奪われた姫が怒って二階に戻り、

「ヴェアアアアアアアアアーーーーッ!?」

 と言うカエルの悲鳴をあげさせて、戻ってくる。

 その手には、痙攣して泡をふくイロハが掴まれていた。

「お姉ちゃん……何したの?」

「ちょっと、唐辛子のお菓子を食べさせたの。イロハ、もうやめてね?」

「ふぁい……すんませんでした……」

 怖い笑顔でイロハを連れてきた姫は既に着替えていた。

 同色の青い半袖とミニスカート。かばんも持って、頭にイロハを乗っけた。

 最近のお気に入りで頭に彼を乗っけているのがスタンス。

「レキも着替えてきて。あたしは、行けるよ」

 いく気になった姫に、長門と夕立は笑顔になった。

 一人黙々と天龍はカッコつけてコーヒーを飲んでいる。

 ……慣れてないブラックを飲んで苦しんでいるのは秘密だ。

 電も小さいパフェを食べ終えた。

 レキも戻って着替えて、荷物も持った。

「店の事は気にしないで、楽しんでくるといい。私達にこっちは任せてくれ」

「お願いしますわ、ヴェルさん」

 ヴェールヌイにイロハが頼み、食べ終えた四人はお会計に。

 姫が慣れた手付きで領収書を渡す。経費で落とすらしい。

「それじゃ、行ってきまーす」

「いってらっしゃーい」

 手をふる二人に見送られて、彼女たちは店をあとにした。

 

 

 

 

 

 行く前に食うものを買っていけと連絡を受けていた。

 姫達と同じなのはまさかのこの面子だったらしい。

 長門率いるバーベキュー艦隊はスーパー海域に突入。

 それぞれ、購入するものを分担して探してくるよう指示。

 流石はビッグセブン。艦隊指揮は完璧だ。

 尚、店の前でイロハは待機。ペット扱いで入店は出来ない。

 なので、荷物持ち。近くにある用水路で水浴びして巨大化。

 駐輪場で座って帰りを待っている。楽園の常連さんのお子さんと出会って遊ばれていた。

「焼き肉の肉でいい?」

「ん、そうだな。やっぱ肉は主役だし、多い方がいいよな!」

「はいはい。野菜も食べてね、天龍。……レキ、キャベツと焼きそば見てきて」

「オッケー」

 三人は、メインの肉を予算内で探している。

 メインは肉がいいと言う天龍と、焼きそば食べたいレキ。

 野菜も食べたい夕立と電。長門は任せる、イロハは魚。

 見事にバラバラだった。姫は特にないので、イロハ用の魚を探すがやっぱり高い。

 深海棲艦のせいで海の魚はあまり出回らないので価格の高騰は避けられない。

「川魚にしてもらおうかな……」

「イロハってそのまま魚食うんだろ?」

「調理してあれば、それも食べるわよ」

 パックに入った魚をかごに入れる。

 そのしたには焼き肉の徳用大盛りの肉がいくつも。

 全部天龍のワガママである。生でも食べるイロハだが、本人は調理済みが好み。

 その辺も恋人だけあり、姫はよく知っている。

 彼の好き嫌いはかなり精通している自信がある。

「お姉ちゃん、見っけてきた」

 一キロもあるでっかい焼きそばのパックをかごに入れるレキ。

 食べきれるんだろうか。焼きそば用の野菜も見繕って放り込む。

「あとはお酒よね」

「……は?」

 姫はそそくさと酒をかごに入れていく。

 どうも彼女は何かしらあると酒を飲むという思い込みか何かしている。

 なんの疑いもなく、騒ぐからお酒ありきで、と人数分入れた。

 天龍も嫌いじゃないが、まあ気にしないことにした。

 合流した艦隊が確認しあって、長門も節度を守れば飲酒を許可するからもう止まらない。

 会計して、外で待っていたイロハに、熱中症防止の飲料水をあげた。

 ……常連さんのお子さんが涼しそうに背中に寝そべっても怒らず彼は待っていた。

 そこで別れて、鎮守府に向かう。その頃、既に鎮守府ではカオスが起きていたのをまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に到着。

 背中に荷物と夕立と電と姫を乗っけた巨大カエルがのっしのっしと正門を通り抜ける。

 一度、水道で水浴びして再び出発。イロハの背中は夏の日々には有難い特有の冷たさがあった。

 広場の方に向かうと、既にそこかしこで始めており、しかも一部何だか酒臭い。

 よく見ると、近くのグループで慌てる飛鷹の近くで酒瓶持っている飲んべえがぶっ倒れていた。

 酔い潰れたらしい。羽目を外しすぎている。しかもちらほら、何人か出ている様子。

 空いている隅っこに、使われていない道具一式を発見。これが長門達の場所だと言われる。

「じゃあ、早速始めようか」

 長門の号令でテキパキと準備を始める各自。

 レキは火を起こして、必要な使い捨ての道具を姫とイロハは取りに行く。

 準備が整うと、後は好き勝手に食べ始める。

「いただきまーす」

 レキは早速、焼きそばを炒めて仕上げた。

 食べに来た夕立と電にもお裾分けして、食べる。

「……なあ、イロハ。お前、前にヴェールヌイと飲み比べしたってな。俺とも勝負しないか?」

「天龍さん、それ潰れるフラグっすよ……」

 真っ先に酒を開けて、隅っこで飲み出す天龍。お供に魚を貪るイロハを巻き込んだ。

 肉も適当に焼きながら、二人に焼き魚と焼き肉を楽しみつつ、飲み比べを開始する。

「お前はいいのか、姫」

「あの子達が楽しんでくれれば、あたしはいいわ。見ての通り、お酒も飲んでるし」

 トングを持って、率先して肉を焼く姫と長門。

 姫も酒片手に初っぱなから飛ばす。時々焼いた野菜をつつきつつ、みんなに配る。

「……まさか、一緒に食事の席を共にできるとは思わなかったよ、私は」

「最初が最初だしね。今はもう気にしないけど。あたしも、前に進めたと思うわ」

 しみじみ漏らす長門に、傍に立つ姫も言う。

 すれ違っていたあの頃が遠い過去に感じる。

 今は、互いに寄り合っても苦しくないし、怖くもない。

 罪の意識はまだ長門の中にあるし、あの頃の彼女のことも忘れられない。

 でも、良かったと確かに思う長門。普通では叶わない幸運を長門は手にしたのだ。

 忘れてしまったとしても、償えるチャンスを。もう一度、護れるチャンスを得ることができた。

 それは正に奇跡なのだろう。長門は謝ることも出来た。救われたし、再び誇らしくありたいと思えるようになった。

 間違いなく、姫によって長門は歩み出せたのだ。夕立も、仲間達も。

 だから、姫に長門は感謝している。言葉で表せないほど、強く。

「姫……ありがとう」

「?」

 思わず呟いた感謝の言葉に、姫は首を傾げただけだった。

 今はただ、この時間を楽しもう。平和で優しい、この時間を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

「……姫、そんなに酒が強かったのか?」

「うん? あたしよりもヴェールヌイの方が強いわよ。それに天龍と一回飲んだけど、共倒れしたし。強くはないんじゃない」

「そ、そのわりにはハイペースで消えているんだが……」

 夕方になった鎮守府に飲兵衛が沢山現れた。

 困惑する長門の隣で、顔を真っ赤にした姫はふらふらになっていた。

 一人で大半の酒を独り占めして、足りなくなったら他の場所から貰ってきて飲んでいた。

 長門は素面だが、ここまで姫が酒好きだとは知らなかった。

 向こうでは、天龍を乗っけたイロハが一緒になって寝落ちしているし、デザートを堪能している夕立と電はいいとして、レキが他の艦娘から食べきれなかったあまりものを頂いてひたすら食べ続けているのだが。

 要するに、グダグダだった。片付けをする面子が減っている。

 ぼちぼち撤収する周囲を、姫は泥酔しながら眺めている。自覚なしに、彼女も相当酔っぱらっている。

「ふっ……まあ、いいか。こういうのも、たまには悪くない」

 つい、腕を組んで苦笑する長門。たまの宴会だ、こういうのも平和の象徴と言う事にした。

 世話のかかる艦隊の子らだ。旗艦として、率先して後片付けを始めた。

「いたっ」

 姫も手伝おうとして、千鳥足のせいで転んだ。

 ちょうど、寝落ちする天龍に被さるように。

 そのまま、数秒後には寝息が聞こえる。姫まで寝てしまった。

「やれやれ……」

 珍獣に乗っかる艦娘と、海に沈む夕日のコラボ。

 中々見られるものじゃない。つい、笑って長門は無事な三人を集めてやることを開始する。

 今日も一日、平和であった……。


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