陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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鎮守府同士の僻み

 荒れている。外は曇天の空で、土砂降りが続く。

 梅雨だから当たり前。然し、なぜ室内でもこれほどまで荒れているのだろうか?

 鎮守府の艦娘用の談話室。シンプルな洋室で、ソファーやテーブルなど必要最低限がおいてある。

 他にも共有で暇潰しなどが出来るように娯楽関係も多い。そんな中、イロハ達は口論を傍観している。

 レキは光景をただ眺めて、姫はため息をついて、イロハは無関心でそれぞれやりたいようにしていた。

 見つめる先では、見学に来ていた他の鎮守府の艦娘と電たちの言い争いが続いている。

 イロハは姫の頭に乗っかって、姫は窓から見える土砂降りの雨に視線をうつし、レキは置いてあったダーツであそびはじめた。

 最初、見学者がこの鎮守府には過剰な戦力があるから、一部くらい異動させろと提督共々噛みついてきた。

 まあ、田舎には勿体ない過剰な戦力であることは事実だし、妬みもあるのだろうが。

 当然、反発する艦娘たちと喧嘩をはじめて、仲裁した大和も巻き込み収集がつかない。

 軈て話題は変わって、甘いだの恥さらしだのと相手も興奮して吐き出すから余計に拗れる。

 ギャーギャー騒がしい談話室の中で、参加せずに傍観している姫や一部は呆れたり冷たい目で見ている。

 下らない口喧嘩。罵り合っているだけのばか騒ぎに関わりたくない。

 だが入り口付近でやっているから出られない。仕方なく終わるまで黙っているのだ。

 正直、鬱陶しい。駆逐艦同士、軽巡、重巡同士でしょうもないことでよくやる。

 大和は途方に暮れている。執務室では提督同士でもあげ足取りをしているようだし。

 蒸し暑さで苛立っているのだと姫は決めつけて、雨を眺めている。

 戦艦たちや空母たちはある程度落ち着いているが、宥めても落ち着かない彼女たちに頭を抱えている。

「くだんないわねえ……」

「早くやめてくんないかなぁ」

 雨の音と喧騒を聞きながら、二人は荒れる海を眺める。梅雨になると海も荒れる日が多い。

 漁業に出られないので、最近では山の方で地元の猟師さんに手伝っている。

 艦娘とて、海以外でも活躍はできる。山で山菜、キノコを採取したり、害虫や害獣の駆除をしていたり。

 無論、一種のバイトなので少しばかりお礼の品は貰っている。

 現物支給で1日働いてくれるなら安いものだと好評であった。

 今日は休みでみんな出掛けているので、雨が降る前に鎮守府に顔を出したらこの様だ。

 喧しいこの上ない。相手方は、戦争をしている自覚が足りないと言っている。

 だから甘いだのと言うのだ。宝の持ち腐れ、指摘は間違いでもない。

 個人がどういう姿勢で挑もうが勝手だし、艦隊行動に支障を出さなければ問題はない。

 本質は深海棲艦の駆除。それには変わらないし、方針を決めるのは本部だ。

 鎮守府に決定権はないのだから。それでも気にくわないので噛みついている。

 特に電は考えが甘い。和解や穏健とも取れる拒否の言動が顰蹙を買っている。

「電に加勢しなくていいの?」

「俺がでしゃばったら余計に加熱するよ。ほら、俺たち深海棲艦だし」

「そうよね……」

 頭の上にいる、イロハに小声で問うと、当然の返答。

 姫達の立場は微妙であり、加勢したいがややこしくするだけ。

 袋叩きにされている訳じゃない。同じ艦隊の子達が味方している。

 それだけで安心だし、我関せずを貫けばやがては過ぎていくだろう。

「煩いなぁ……」

 ダーツに飽きたレキも加わって、彼らは外の雨を詰まらなそうに見ている。

 早く終わらないかと、黙っているときだった。

 一人が、不意にこっちを見て叫んだのだ。

 

 ――なぜここに、深海棲艦がいるのだ、と。

 

 それはヒートアップしていた彼女たちにとって、都合のよい共通の敵を発見した瞬間。

 元々、ここには捕まっている深海棲艦がいるという情報は広まっていた。

 運悪く、彼はここにいた。だから、ターゲットにされた。

 そして、二人の厄介な仲間を刺激するはめになった。

「上の連中が決めたことに反発するなんて、艦娘の分際で随分と大口叩くわね」

「文句があるなら、かかってくれば? 次は血祭りにしてあげても、別にいいんだよ?」

 ギロリと、その深海棲艦を頭にのせた艦娘とそばにいた艦娘が振り返り、紫眼で睨み付けてくる。

 サイドテールの艦娘が吹っ掛けてきた一人に言い返す。

「彼がここにいるのは正式な決定の元よ。文句があるなら提督を通して本部に言えば? 尤も、艦娘の扱いがアレな連中に進言しても、握り潰されて意味なんてないけどね。目的も理解できないバカは、戦ってさえいればいいのよ」

 隣にいるショートカットの艦娘も嘲笑う。

「短絡的だね。深海棲艦殺すだけが仕事だと思ってる、浅はかさが滲み出てるよ可愛そうに」

 思いっきり見下した態度に怒り、こっちで口喧嘩が始まった。

 イロハに黙れとレキが目線で言う。艦娘だと思われている、二人の方が言い合いには有利だった。

「いいよねー、戦うだけの艦娘ってさー。目の前の深海棲艦を殺していれば、それでいいんだもん。気が楽で」

「同感。考えることも放棄できる立場が羨ましいわ」

 先程から揉めている相手の主張は、深海棲艦を全滅させて戦争終結を図るというもの。

 確かに一見すれば、正しい意見かもしれない。煽って挑発する。

 傍観していたが聞こえた範囲で笑うと、当然怒る。慌てて他の面子が仲裁にはいる、が。

「……彼がここにいる理由も理解できないアホじゃ、そのうち餌になるのは関の山ね」

「想像力が足りないよ。建造されたときに忘れたんじゃないの?」

 二人は憐れむように笑った。可愛そうに、という表情に更に火に油を注ぐ。

 完全にわかった上で、相手を誘っている。

「いい加減にしろ。お前ら、何が言いたいんだ」

 姫にも怒る天龍の問いを、待ってましたと姫は反論を開始する。

「決まってるでしょ。ただ闇雲に殺すと言っているだけの単細胞に、教えてるだけよ。戦争のやり方ってものをね」

「そうそう。殺せばいいってだけなら、艦娘だけじゃその内負けだして、人間も艦娘も全滅しておしまい。人類終了のお知らせ待ったなしだよ」

 殺せばいい。殺すことが戦争の勝敗。常識だ。

 だが、こうも言える。深海棲艦に前提が常識など通用しない。

「日々戦って自覚しないの? 殺しても殺しても、連中にはキリがない。相手は海の底からやって来る、無尽蔵に等しい戦力があるってこと」

 姫の言葉に、眉をひそめる。何が言いたいのか、本当に理解できていない。

 殺していればいい。それしか考えてないからその先を想像できない。

「まさか、平和ボケして和解するためにここにいるとでも思った? ホントに勘弁してよ、バカじゃないの。それでも艦娘?」

 レキが肩を竦めて、心底呆れた。どうしてこう、単純にしか物事を見れないのか。

 彼女等を見てると艦娘の将来性が心配になる。レキは次世代兵器なのだが。

「研究するために、捕獲したに決まってんじゃん。あのさぁ、深海棲艦だって日々進化してんだよ? それに対応できなくて勝ち目あると思ってんの?」

 そう。イロハのいる理由は、モルモット。姫もレキも、それには変わらない。

 自分のことも含めて、よくわかる。自分達は、都合のいい実験動物でしかない。

 意味を知る仲間達は、自虐や自嘲を込めた意味合いだとすぐに分かった。

「もしもよ。もしも、深海棲艦が陸に対応できる進化をして、沿岸部から内陸部に侵略してきたらどうするの? 見たことある? 連中には既に、足もあるし武器もある。その気になれば、陸上の制圧だって出来るだけの戦力もあるのよ。それを、あたしたちが沿岸で抑えているだけ。現在は、均衡を辛うじて保っているだけ。敗戦になったら、あいつらは遠慮なく、攻めてくるわ。そこからさきは、虐殺でしょう。沿岸部の悲劇が、戦火として広がるのは分かる? それを阻止するために、本部は出来ることをしているのよ。そんなことも理解できずに、よくもまあ偉そうに言えるわね。考えていることを放棄したから、鎮守府の言うことだけ聞いてるから、価値観が都合のいいようになるんでしょうが。他人を避難する前に、凝り固まった偏見をどうにかしなさいな。深海棲艦がいるだけで、一々うっさいのよ」

 特大のブーメラン。嘗ての姫その物見てる気分だった。

 なにも聞かず、なにも考えずに自分だけが正しいと思っていたあの頃を思い出した。

 視野の狭いことを言っているのを認めずに意固地になっていた、あの時の姫。

 他人から見れば、こんな風に白けた目で見られていたのだ。流石に恥ずかしい。

「それに、戦争のやり方を考えて判断するのは提督と本部よ。艦娘同士で言い合ったって、所詮意気込みは変えられても根本は変わらない。我を通せば、規律違反で解体される。……分かる?」

 解体、という言葉を聞いた途端、皆冷静になった。

 本部の意向に逆らえば、艦娘は簡単に殺される。集団行動を優先する軍隊に、勝手は許されない。

 許されるのは、本部にも負けないカードを持っている一部。姫たちがそれにあたる。

 だから、姫たちは我を通せるし、反抗するときは遠慮なく反撃する。

「……いつ終わるか、分からないのは認めるし、電のようなあまっちょろい子もいるわ。だけど、それはあなたたちには無関係でしょ? 同じ鎮守府でもない、況してや艦隊も違う。文句を言う理由はない。違う?」

「そうそう。関係あるなら幾らでも喧嘩すればいいよ? でもさ、何で関係ないほかの鎮守府に口出しするの? それ、単なる僻みとかやっかみじゃん」

 ぐうの音が出ない正論だった。黙り出す、彼女たち。

 元々、無関係の関係者がやり方が気に入らない、戦力差が納得できないと言う理由から始まったもの。

 姫は不毛な口喧嘩に、確実に止めをさした。

「あんまり、うちの鎮守府に喧嘩を売ってくるなら、本部に掛け合うわよ。そっちの艦隊、全員痛い思いしたい? ここの提督を甘く見ないことね。何でこれだけ戦力ある理由はね、ここには化け物が潜んでいて、その化け物を抑えるために嫌々召集された艦娘を率いているのよ。過去には殺されそうになったわ。あなたたちの提督に、艦娘すら敵わない相手を抑えることが出来るの?」

 嘘はいっていない。その化け物がレキであり、以前起きた鎮守府襲撃のことを思い出して、渋々納得した。

 本物の敵は、海ではなくここにいるから、過剰な艦娘たちが存在する。言わば保険。

「発言力も当然、強いわよ。あなたたちの大切な提督、左遷されられるかもよ?」

 これが止めだった。口論を吹っ掛けてきた相手方は完全に黙る。

 不自然な事を説明され、勘弁願いたいので沈黙しか選べない。

「……あまり、べらべらと喋られても困ります。慎んでください」

 沈静化させるための多少の嘘とハッタリだと分かった大和が助け船を出す。

 低い声で警告する。姫は僅かに顎を引く。お礼を言うと、同じく大和も。

「あら、怖い。化け物をぶち殺す怪物がそういえば、目の前にいたわね?」

 この際、抵抗する気力も奪ってしまおうと姫は更に話を盛る。

 大和も意図を理解し、仕方なく乗った。

 真実を知る艦娘は、大和だけ。天竜たちも、喋れないためこの二人に成り行きを任せるしかない。

「……おちょくっているんですか?」

「事実でしょ、最強の艦娘さん。ここにはビッグセブンやら、あなたやらが必要なのが納得できないってまだいうなら、いっそ試しに異動してみたら?」

「冗談でもやめてください。私達以外の誰が、アレを抑えると言うんですか?」

 大和のネームバリューは伊達じゃない。

 嫌悪感丸出しであの大和が言うと言うことは、相手は大和たちが束になってかかっている相手だと印象づける。

 次第に、相手方の顔色は悪くなっていく。血の気が引いていくと言うか。

「ま、そうよね。並みの鎮守府が瓦礫に変わる怪物だもの。……大和たちがいる理由、分かってくれた?」

 正体は言えないけどね、と締めくくったそれで聞くと、全員首を横に振った。

 イメージとしてとんでもない怪物が潜んでいると印象づけた。

(わたしの扱い、意外と酷くない……?)

 レキは内心、ちょっと傷ついた。誇張あっても大して間違ってないが。

「確かに一見すると不自然だと思います。ですが、ここには事情があるんです。ですから、どうか分かってください」

 最後に大和が頭を下げて、口論は収まった。大和が終わらせれば、相手も強く出られない。

 結局、相手の提督にとうとう本部から来た憲兵が介入、揉めていたのを回収していったらしい。

 どこから聞き付けてきたのか知らないが一先ず解決した。

 提督の胃痛が更に加速するなか、雨の降る季節は夏に近づいていく……。


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