陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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地元の提督、クソ提督

 

 ――戦艦大和。

 その名前を聞いて、彼女を知らぬ存在は艦娘さんにも深海棲艦にもいない。

 誰もが認める、最強にして伝説の艦娘。

 超弩級大型戦艦にして、一人で艦娘一艦隊に匹敵する戦果を出した無敵の存在。

 その重厚な装甲に傷をつけた深海棲艦はおらず、大鑑巨砲主義が叩き出す海を割る轟音に沈まぬ敵はいない。

 嘘かまことか、眉唾物の逸話まであるらしい。

 曰く、ショックカノンなる新型兵器を主砲とする。

 曰く、三式何とか弾は陸まで届く超射程がある。

 曰く、深海棲艦は彼女を前にして生きて帰れない。

 曰く、同系列の戦艦は空を飛ぶ。

 曰く、更には宇宙にまで旅立てる。

 曰く、彼女の最終兵器ははど……。

「落ち着いて、イロハ。大和さんはそこまで艦娘離れしてないです。普通の艦娘ですよ」

「えっ?」

 頭から段ボールをかぶり、近所のおばちゃんから聞いた話をすると、一人が苦笑いして訂正した。

 大和さんって艦娘さんだったんだろうか。彼女は知り合いだと言うがどうだろう。

「確かに滅多に表に出てきませんし、一度出撃したら敵艦隊は必ず壊滅しますけど」

 やっぱ異次元の怪物だった。だから人類に喧嘩を売るには愚行なのだ。

 ダメだ、そんなのがいたら絶対に勝てぬ。深海棲艦終了だわ。

 共闘したことがあると言う、某戦艦の艦娘さんは大和氏についてこう語る。

 強い。速い。硬い。重い。

 何でも、大和氏は一度出撃したら必勝である。

 但し、運用すると鎮守府の運営が傾く。出撃にかかる費用は駆逐艦の15倍。

 一度で、だ。どう言うことだ。大和さんがでると、雷さんサイズが15人も出撃できるとな。

 強いけど、お金は破格にかかる。使いすぎると、海軍の家計が火の車。

「……何でさ」

「諸々の物品が特注とか、後は兎に角武装のサイズが大きいから、ですかね」

 えー。つまりは、最終兵器大和? 何処の漫画ですかそれは。

 と、まあ半分くらいは事実とはいえ実際は最強にして最終の艦娘。

 俺にも分かりやすくすると楽園の一月の売り上げの倍、お金がかかる。

 大和さんの最大の敵は経済なのだ。勝てるわけがないよ。

 お金がなければ、防衛も戦争も遠征も出来ない。基本だ。

 朝っぱらから哨戒及び、天然ワカメの採取を行った俺は、厨房担当の一人と喋っていた。

 今日も喫茶店、楽園は通常営業しております。小さな喫茶店だから、店員も少ない。

 今はモーニングとランチの間の暇な時間。

 カウンターには常連の八百屋のおっさんがサボりを口実に、嫁さんから隠れてマスターと話している。

 ホールに二人、厨房に二人。俺は番犬ならぬ護衛艦。おさわり禁止を無視するマナーの悪い客に噛みつく役。

 見た目が怖いってことで普段はホールの隅で頭から蛇のかかれた段ボールをかぶり過ごしている。

 だが役目を果たすときは、深海棲艦独特の威嚇で、危険生物がここにいると警告するのだ。

 尚、過去には警告を無視して雷さんにお触り決行した愚か者がいた。

 そいつは利き手に歯形が残る結果となった。次はないと言う意味でホントに噛みついた。

 全く。セクハラは許されぬことだ。元艦娘だからってさわっていいと思うなよ。

 そんな感じで、雷さんとかがホールに要るときは俺が護衛艦して、マスター不在の代理で治安維持。

 マスター居るときは無いんだけどねセクハラは。なにせ常連客がやるもんだから、最早お約束だよ。

 雷さんも甘やかすから、代わりに俺が牙を剥く。厨房の二人にした場合は、血の池が出来ることだろう。

 艶やかな長い黒髪に、女性らしい美貌。橙色の瞳は手元のボールに向いている。

 私服にエプロン姿のこの女性は、榛名さんという。元、戦艦の艦娘さん。

 楽園の料理担当で、モーニングセットとかの考案とかもしている。

 今朝採ってきた新鮮なワカメの使い道を相談しているのだ。

 結果として、本日の日替わりランチの味噌汁にいれることになった。

 最近じゃワカメの味噌汁も飲めないからね。他の店だと結構お値段するんですこれが。

 そのぶん、楽園では現地調達に体力以外コスト無しの俺がとりにいくので、コストダウン。

 安価で提供できるわけ。榛名さんの腕もあって、評判は上々。

 明日はランチに海鮮カレーにしたいので、行ってきてくれと頼まれた。

 無論、行ってきます。おこぼれ貰えそうだし。

「榛名はそんなに凄くはないです」

「ややや、榛名さんってばご謙遜を」

 照れたように控えめに笑う榛名さん。

 謙虚な性格は昔かららしいが、そこがまたいいんだよね。

 俺でもかわいいと思うもの。モテモテだろうな、きれいな人だし。

 ……うちのマスターが雷さん含め、皆さんにナンパしようもんなら烈火の如く怒るからいないと思うけど。

 普段は穏やかな老紳士なのに、何であの時だけキレるのだろうか。

 尚、結構な年齢の元鎮守府提督の楽園の名物マスターですが。

 腕っぷしは軍人だったってこともあり、超強い。

 それこそ、人間の大和氏。一度出ると敵は壊滅。

 榛名さんはマスターを心底心酔してるから靡かないだろうし。

 もう一人の神通さんは人前にあんまり出たがらないし、ホール担当のヴェルさんはいつもクールだし。

 雷さんはまあ世話焼きだし人気あるけど、あれは孫に対する態度だよなぁ……。

 セクハラ大好き、地元の鎮守府のエロ提督は論外として。あんにゃろうは有能だろうが許さん。

 次触ったら噛み砕いてやるあの手癖。いや、鎮守府のアンチ提督、曙さんにチクったろ。

 あのクソ提督が口癖の曙さんならエロ提督でも矯正してくれるだろう。

 うちのマスターとマトモに物理的にやりあう奴はきっと俺と同じ深海棲艦の一種だと思う。

 榛名さんと喋ってると、ホールの方で呼び鈴が鳴る。お客さんだ。

「イロハ、持ち場に戻ってください」

「了解しました」

 この半端な時間にいつもくるとなると、……噂をすればなんとやら。

 あの野郎のご登場ってか。よし、噛もう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぴぎゃあああああああーーーーーーーーーッ!!」

「!?」

 その人たちを見たホールで瞬間、俺は本能的に悟ってしまった。

 裏返った絶叫をあげて、置いてあった愛用の段ボールのなかに逃げ込んだ。

 あの野郎、最終兵器大和さん連れてきてやがった!!

 一介の駆逐艦相手に超弩級大型戦艦とか大人げないぞ!

「……あの。何で、イロハは隠れてしまったのでしょうか……?」

 某大和さんは困ったように聞いているようだった。

 俺は段ボールに隠れてガタガタ震えていた。

 一見しただけで分かるぞ、俺でも。絶望的な戦力の違いを。

 あの女性には歯向かわない方がいい。轟沈させられる。

 俺の深海棲艦としての本能がそう言っている。

「あー……。ごめんなさい、大和さん。イロハ、一応深海棲艦だから艦娘が自分よりも強いって直感で分かるらしいの。多分、大和さんが怖いんだと思うわ、深海棲艦の本能的に」

「……そうなのですか。お礼を言いたかったのですが、残念です」

 雷さんがフォローしてくれている。残念そうな声が聞こえてくるが、俺は出ないぞここから。

 殺される。圧倒的パワーで殲滅されてしまう。

 あの赤い傘を持つポニーテールの女性に主砲を叩き込まれたら砕け散る。

 死にたくないから、断固出ないぞ。怖いものは理屈抜きで怖いんだ!

 敵意無くても理由無くても。深海棲艦と艦娘は本来敵対してる。

 その前提が、自分よりも上の存在に対して忌避をするんだ。生存本能、ってヤツかも。

「大和。まあ、気を落とすな。あいつは基本的に嫌なやつだが、いいやつでもある。後で僕がお礼言っとくよ」

「ありがとうございます、提督」

 大人げない提督め。あの白い軍服と眼鏡をしている変態エロ提督め。

 前回のお返しに最強の艦娘を率いてくるなんて。ひどい男だ。

 後で曙さんに言いつけてやる。

「ところで、ヴェルちゃんと雷ちゃんは、今日もかわいいね。今度一緒に食事でもどう?」

「丁重にお断りするわ、提督さん。うちのマスターから、ホイホイついていくなって言われてるから」

「私も遠慮させてもらおう。正直いって、身の危険しか感じない」

 あんにゃろう……俺が動けないからって、早速ナンパか。

 此のために大和さんを連れてきたのか、姑息な手を!

「…………」

 うん? 何だか流れが変わった?

 この段ボールのなかにいる俺ですら感じる、肌を突き刺すような感覚は何だ?

 しつこく食い下がる提督のそばから感じるこれは……まさか殺気!?

 俺に対するもんじゃないのに、身構える圧倒的パワー。

 おおう、ヤバイぞこれ。身体が更に萎みそうだ……恐怖で。

 その時、すさまじい音が店内に響く。

 他にいるのは、厨房で注文の品を作っている榛名さんと神通さん。

 あとは言うだけ無駄と諦めてコーヒーを準備しているマスター。

 ナンパされてるヴェルさんと雷さん。それとクソ提督。

 ……音を出したのはどうやら、大和さんだったようだ。

 次に提督の呻き声と、ドスの効いた大和さんの脅しが聞こえてきた。

「提督……駆逐艦好き(ロリコン)も大概にしてくださいと、何度言えばご理解して頂けるのでしょうか……?」

 後に聞いたら、あのすごい音は大和さんが提督の首を絞め上げている音だったらしい。

 ハイライトの消えた目で、持ち上げた提督は完全に足が浮き上がっていたって。すげえ大和さん。

 ついでに言うなら、大和さんは秘書艦っていう旗艦だったのだ。

 艦娘には大変名誉なことなのだが……いやそうじゃないよ。何で大和さんが提督殺そうとしてんのさ。

「提督。提督の秘書艦は誰です?」

「や、大和さん……デス」

「提督。提督が指輪を贈って、ケッコンカッコカリをした相手は誰です?」

「や、大和さん……デス」

「その私のいる前で、公然と浮気ですかいい度胸ですね、提督」

「め、滅相もございません」

「そんなに小さな子が好きですかそうですか。私とは対極的ですね、何が言いたいのですか?」

「い、いえそんなことは……」

「確かに私は強いだけ、硬いだけ、悪燃費で運用しづらくて出るとこ出てますよ。挙げ句には大きいですよいけませんか?」

「いえ、本当に他意はないんです。軽く食事に誘っただけで」

「提督の駆逐艦好きは知ってます。ですが、私だって見てくれても良いじゃないですか」

 何か最後には泣きそうな声である。

 マジでクソ提督だなこのメガネ。嫁泣かしてるぞ。

「提督さん、ちょっとフラフラしすぎよ。大和さんの気持ちも考えなさい」

「同感。これじゃ、ただのクソ提督。曙の言う通りになる」

 二人にも言われている。多分本当に知り合いを飯食いに誘っただけなのだろう。

 本人も大和さんの焼き餅に困惑してる様子だ。

 恐々段ボールから顔を出すと、泣きじゃくる大和さんを慰める雷さんとヴェルさん。

 マスターがキレてクソ提督にカウンター越しにアイアンクローして説教していた。

 何してんだこいつ……。丁度榛名さんたちも厨房から顔を見せて目を丸くしていた。

 あーあーもう修羅場みたいになってんじゃん。どーすんのさこれ。

 俺知らないよ、提督の自爆なんだし。とりあえず、大和さんが冷静になるまで一時間程かかった。

 その間本人はマスターの手により、頭蓋の軋む音を激痛と共に受けていたのだった。


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