陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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二章 オタマジャクシは進化する
崩壊するパワーバランス


 ――最近、この鎮守府のパワーバランスが崩壊し始めている。

 そもそもは長閑な田舎の海域。比較的安定した海域で、激戦は殆どない。

 然し、彼の登場によって状況は一変した。

 駆逐イロハ級。進化なのか突然変異なのか知れない、喋るイ級が波打ち際にうち上がっていた。

 第一発見者は海軍退役の元艦娘。保護し、検査を受けたのち、地元の鎮守府に使役された。

 それからだ。駆逐棲姫という海軍の闇を知る少女が現れ、次世代兵器のレ級が現れ、駆逐棲姫を抑えるために主力艦隊を異動して、着任させた。

 現在、鎮守府には大型戦艦が四人いる。

 大和、比叡、霧島、そして長門。

 特に提督の嫁とカウンターとして用意した長門は規格外のスペックを持っている。

 加えて、独立部隊の存在もある。駆逐二隻と、次世代兵器が一つ。

 正直言えば、激戦区の艦隊を鼻で笑うぐらい、馬鹿げた戦力が集まっている。

 本来、ここにあるべき戦力ではない。戦艦は兎も角、駆逐艦と言い張っている某二人は、特に。

 ……姫は、漸く過去と決別した。記憶のない自分を受け入れ、歩き出した。

 もう、彼女には自らを縛る鎖はない。長門と和解し、過去の戦友とやり直したい彼女の物語は終わらせよう。

 ……お気づきになっている方も、そろそろ居るのではないだろうか?

 主人公、イロハの存在である。は、楽園の住人たちを恩人と言っている。

 だが、……それ以前の事は、何も語っていないのだ。

 思い出してほしい。駆逐棲姫、レ級。この二人は人間が関与して生まれた存在。

 然し、イロハは。本当の意味で、単なる深海棲艦なのだ。

 なぜ、そんな姿に変化したのか。彼は誰にも語らない。

 海軍の情報に詳しいレキですら、海にいた頃の兄を知らない。

 説明もへったくれもない。単なるイ級だった。

 体験したことを説明するだけなら、彼だってしている。

 進化をしただけであって、中身が変わったわけではない。記憶は引き継いでいる。

 だけれども、それだけで自我が覚醒するのかと言われたら……黙るしかない。

 進化の秘密。彼はまだ、自覚していない。自らの可能性、陸上進化の真骨頂は、これからだと言うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在、イ級について分かっている事を整理しよう。

 深海棲艦のなかで最も生息数、活動地域の広い、分類駆逐艦。

 ロ、ハ、ニ、と数種類確認されており、後に連れるだけ強い個体になる。

 基本、雑食。海にいる魚などを主食とする。下手をすると共食いなどもするらしい。

 体内に駆逐艦の主砲を内包し、戦闘になると口腔内に砲身を展開、口を開いて撃つ。

 更に自前で魚雷精製能力も保持し、一定期間で酸素魚雷に匹敵する魚雷を体内で精製する。

 その他、自我を持つ例は極めて少なく、艦娘にとってはただの雑魚。

 そういう認識が多い。だが、イ級には厄介な傾向がある。

 艦娘を好んで偏食するのだ。何処からか戦場に現れ、倒された艦娘に集団で襲いかかり捕食する。

 大きくても精々自転車サイズ。然し数の暴力で一人に襲い掛かるので、大抵狙われたら最後だ。

 轟沈した艦娘は、殆ど生きて戻れない。何故なら、イ級達が残らず平らげてしまうから。

 そして、時々妙に賢いイ級が現れる。目が赤かったり、黄色かったりする個体だ。

 そいつらは効率のよい狩りの仕方を知っている。ゆえに手強い。

 海軍では特殊個体を、赤をエリート、黄色をフラグシップと名付けた。

 取り分け、某鎮守府にいる特殊個体は非常に珍しい。

 自我を持つ、対話できる進化個体なのだ。彼は前提として進化している。

 それを踏まえて、海軍はフラグシップ改と階級付けた。

 一番強い個体になる。尚、駆逐棲姫も同レベルに向上が見られるため、彼女も同義とされた。

 レ級に関しては最初から研究結果であるフラグシップの機能を搭載している。

 それ以前にそこまで追い詰める相手がいればの話だが。

 イロハ級に関しては、イ級の頃の事はただのイ級だったらしい。

 体内を何度か調べてみたが、進化の名残なのか他の深海棲艦の特徴を残している。

 下手をすると、まだ進化をすると実際目にした明石は思う。進化途中なのかもしれない。

 オタマジャクシとカエルの、半端な姿。いつか、完全なカエルになったとき、彼は陸上に適応する。

 体内を鎮守府の現場にて対応した改造を施している為に、駆逐艦の枠は越えている。

 砲撃、雷撃、潜水、速力、判断能力。レ級のもとになっただけあり非常に高水準で纏まっている。

 恐らくは現存する駆逐艦のなかでは最強の一角と言える。主に、改造のお陰で。

 更に大胆な改造、あるいは改修、もっと言うと新兵器の搭載を検討されているなんて、イロハは当然知らない。

 独特の生態をもち、研究者たちの興味を引き続けている黒いオタマジャクシ。

 とうとう、面白半分に彼の可能性を見たい研究者達の、暴走が始まろうとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

「見てみて、イロハ。これ、あたしの新装備。似合うかしら?」

「おぉー……カッコいい!」

「ふふ、ありがと。新型っていいものね。凄く使いやすいわ」

 とある日。鎮守府に呼び出された三人は、工場に通された。

 聞けば、試験的に二人のために新型の艤装を開発したいので、協力してほしいと言われたのだ。

 明石がメインとして、他の鎮守府の艦娘、通称メロンさんという謎の存在の助力を得て、試作品が完成した。

 レキは尾っぽと一体化しているので追加武装で収まっている。

 姫とイロハの戦力増加は、鎮守府に大きく貢献する。

 既に駆逐艦の規格を通り越している二人には、通常の艤装では役不足。

 専用装備の方がメンテが楽なのだ。正規品を与えると無茶な負荷で大抵壊しやがるので。

 基礎的な身体能力は姫とイロハは駆逐艦としてよりは足の早い重巡という感じである。

 姫に至っては戦艦の艤装にも慣れて、頑張れば使いこなせる。

 但し、本来の艦娘の戦術を完全に無視した破天荒な戦い方がメインのため艤装は壊れる。

 そのため、明石泣かせだった二人にこの度、提督から資源の無駄遣い防止を名目とした新型配備が決定した。

 姫は背負い込んだり、持ったりするよりは義足として装備した脚部に全てを集約した方が効率がいい。

 そもそも、他の艦娘が水上を『滑る』に対して、姫は飛んだり跳ねたり潜ったりで兎に角乱暴に使う。

 しかも攻撃は蹴りが主体で、砲雷撃戦を先ずしない。

 至近距離で自爆まがいの魚雷爆裂や、主砲を押し付けて暴発させるなどの天龍の荒っぽさが際立っている。

 必然的に接近しての戦いが主体。主砲が役目を果たしていない。殴りあいは本当に殴りあいになる。

 尚、艦娘による白兵戦だが、好んでやるのは姫や天龍、木曽などだけで大半はそんなアウトローな戦法はまずチョイスしない。

 天龍はカッコいいからという理由で刀を持ち歩くが、実際剣術の手解きを受けて実戦で使用している。

 姫は単なる我流。どうやら沈んだときに艦娘の戦術を忘れたらしい。本能的に楽な格闘を好む。

 明石に貰った試験艤装。軽量で頑丈、整備が楽なように姫の意見を取り入れて作り上げた。

 基本は義足と同じ、武骨な見た目。然し足の底に小さな収納式ナイフを装備。

 蹴りに切断を付与する隠し武器だ。更にパーツ交換で脇に魚雷や機銃、各種主砲を取り付け可能。

 手持ち武器として、対艦ブレードもマウントしてある。内蔵式で膝を曲げて取り出すので、場所を取らない。

 深海棲艦の艤装もバターのように切断できるし、実は天龍の刀と材質が同じなので纏めて発注できる。

 兎に角互換性があったほうが経済的。新型と言えど、資材は既存のものを使用している。

 手持ち無沙汰の両手は基本的に使わない。

 軽いほうが素早く接近できるし、最悪相手の艤装をぶち壊して投げ付ける。

 戦い方が非常に野蛮なのは今に始まったことじゃない。天龍顔負けである。

 イロハに見せるように、上機嫌でくるくる回る姫。それを見て羨ましそうなイロハ。

 足癖の悪いお姫様だが、イロハ艤装は最早人と違う設計をしていた。

 曰く、イロハは主砲のような大火力を好まない。自衛さえできればいい。

 彼の得意分野は対空砲火。機銃による掃射、乱射。実際、データでは機銃のほうがよい成績になっている。

 魚雷などは演習でも嫌がるし、手数で身を守りつつ、撤退する時間稼ぎや後方支援。

 姫の背中を守るようなスタイルが彼の得意な戦術。だが、それでは火力が足りない。

 戦艦クラスの深海棲艦と戦闘した場合、火力負けする。ならば、対空ロケットランチャーでも使えばいい。

 丁度、大和に使ってもらおうと思って作ったはいいが、大和の艤装の規格に合わずに放置されていた30連装のロケットランチャーが倉庫で眠っていた。弾薬も主砲連射に比べたら安いので、こっちをイロハ用に改造。

 ついでに、巨大なイロハは背中に背負えばかなり広い面積を確保できる。

 潜水していても使えるように、弾丸を小型魚雷に交換しておけば、水中でも発射できる。

 連装の機銃を試しに載っけてみた。イロハは戸惑った。なんじゃこれは。

「……オタマジャクシが、多重砲身の針ネズミに……」

「これはひどい……」

 天に向かってそびえ立つ多重の機銃。それは針ネズミを彷彿とさせる。

 鏡を見てイロハは思う。見た目超怖い。何この怪獣。

 主砲を取っ払って対空装備にしたら針ネズミになったでござる。

 全方位無差別射撃も出来そうな程に大量の機銃と対空ロケットランチャー。

 上手く死角をカバーする明石の腕前もある。しかも、見た目ほど重くはない。

「お兄ちゃん、フルバーストとか出来そうだね」

 レキが出来上がった兄の姿に笑う。純粋に褒めているが、イロハは褒められた気がしない。

 防水ボックスに予備マガジンを入れてあるため、撃ちすぎても大丈夫。

 まあ、加熱した銃身を冷まさないといけないのである程度は慣れ。

 因みに艤装扱いなので、ちょっと工夫してオタマジャクシのイロハでも自在に使いこなせる。

 ……システムが違いすぎて、某メロンさんも手を焼いていたのは秘密だ。

 唯一の艦娘以外の艤装使用者。好き放題改造できてメロンさんは大喜びだったが。

「試し撃ちしてみますか? 提督に許可は貰っていますので」

 装備した二人に、明石は提案する。試運転を兼ねて、湾内でちょっと試し撃ち。

 二人は笑顔で頷くのだった。

 

 

 

 

 

 

 梅雨とは、じめじめした暑さに項垂れる時期である。

 天龍、電は非番だったので自販機のある艦娘休憩室でだれていた。

 扇風機は全開、エアコンは節電のため使えず、窓も開けっぱ。

 ソファーに座り込んで、冷えたジュースを飲んでいた。

「然し、あっついな今日も……」

「なのです……」

 他にも氷を頭に乗せているもの、自前の扇風機を持ち込んで独占するもの、最早死にかけているものと室内は死屍累々。

 そんな中、ぐったりしていた飛鷹があるものを発見。

 外を闊歩する、銃身の塊を見たと騒ぎ出した。

「は? ガトリング背負ってる怪獣?」

「何なのです?」

 何事かと天龍と電が窓の外を見る。ジュースを吹き出した。

 ……確かにのっしのっしと四つ足の何かが歩いている。なんだあの歩く針千本。

 後ろ姿でもうすごい。

 すごい数のガトリング背負って、何かロケットランチャーまで装備してる。

「ああ、イロハかあれ」

 よく見ると見覚えのある尾びれだった。

 そのまま海に飛び込んでいく。近くには明石にレキの姿もある。

 姫も既に海の上にたっていて、暑苦しい中一人でシャドーボクシングよろしく激しく動いている。

 訓練か何かだろうか? 

 そんなことを考えていると、イロハが空に向かってロケットランチャーを発射。

 次々飛び出すミサイル。綺麗に飛んでいくのを自分で機銃を一斉掃射して叩き落とした。

 凄まじい爆発と煙。そして焦げ臭いのが風に乗って流れてきた。

 煙のせいで、むせる休憩室にいた艦娘。

「すげえ装備だなありゃ……手合わせしてもらおうかな」

 煙が晴れると、恐らく爆音で驚いて気絶したイロハを持ち上げるレキを見ながら、天龍は呟く。

 面白そうな装備だ。興味がある。天龍は直ぐ様部屋を飛び出した。当然、挑みにいくのだ。

 電は換気をしながら、取り敢えずブーイングをする室内をどうにかしてほしかったのだった。


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