陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

18 / 23
前に、進んで

 

 夜の演習の許可を得て、うまくいけばそれでよかった。

 だが現実は非情、無情の連続で。結局、起こるべくして起きた事柄。

 

 ――夕立の『解体処分』が、正式に決定したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 姫との顔合わせ一件で錯乱したこと一件で夕立は艦娘として致命傷をおった。

 ……戦えなくなってしまったのだ。救護室に運び込まれた夕立は、鎮静剤を打ち込まれ漸く大人しくなった。

 だが、翌日から出撃しても思うように動けず的になり、大敗を重ねるようになった。

 異変を感じた提督が演習を延期。同時に姫にも事情を聴くが特になにもしていない。

 その場にいた天龍もそう説明して、彼女に非はないと判断。

 本人に問うが大丈夫と言ってばかりで教えない。挙げ句には死に急ぐような勝手な真似も突然増えた。

 戻れと言うのに言うことを聞かずに大破しても出撃しようとする。

 とうとう同じ艦隊の艦娘まで危険にさらして、危うく沈むところだった。

 見かねた本部が遂に口をはさんだ。それが、暴走する可能性がある夕立の、解体処分。

 このままでは鎮守府に余計な被害が出る。改善の見込みなしと判断された。

 転属組はまだ鎮守府に慣れておらず、仲違いを起こしていた内部では夕立を嫌がる声も出ている。

 提督は反発したが、当然正式決定した処分は覆らない。これは鎮守府の為なのだ。

 夕立と同じぐらいの経験を持つ駆逐艦は幾らでもいる。補充は後で出来る。

 ……当たり前の結末だった。夕立は、解体される。

 艦娘にとっての解体の二文字程恐ろしい言葉はない。

 人間で言うなら死刑宣告。僅かな資材と引き換えに、彼女たちは死ぬのだ。

 解体は本部で行われ、連れていかれる艦娘は恰も売りに出される子牛の如く。

 死神の踊る曲がよく似合う、そんな光景だった。

「どうにかならないのか提督!」

「無理だった。裏から根回しされて、全て手を潰された。もう、撤回は難しいだろう」

 執務室で項垂れる提督に噛みつく長門。折角の姫との演習が、潰えてしまった。

 何より、夕立の意志が見えない。長年苦楽を共にした彼女は塞ぎこんでいる。

 引き渡しは明日。明日、夕立は資材に変わる。連れていかれる。

 既に時は遅い。手は打てない。長門は、無力さを痛感していた。

 まただった。また、無理解によって仲間が一人減ってしまう。

 なぜだ。なぜ、夕立は暴走している? 死にたがり真似をする?

 必死に考えても、何が原因なのか分からない。

 姫は関係ない。あの時、姫はなにもしていない。

 この時点で致命的な勘違いをしている長門には、夕立の心情を察することは出来ない。

 死にたがってる? 違う。夕立は、死にたいのだ。

 もう、生きる事が嫌になって、わざと解体されるように仕向けていた。

 罪悪感に堪えきれない。自責に殺されるくらいなら、死を持って償いとする。

 自分勝手な考えと自分自身に嫌気がした。何もかもどうでもいい。

 兎に角、死にたかった。死んで楽になりたかった。

 その安易な逃げを選んだ自分に更に愛想をつかして、より死を望んだ。

 執務室で二人が打ちのめされる頃。肝心の夕立は、鎮守府を抜け出していた。

 最期に沸き上がる小さな欲望。

 星空を見上げたくて。この世界に、お別れをするように。

 幽霊のように、彼女は町の方に歩き出す。人混みに紛れれば時間稼ぎも出来るだろう。

 そんな浅はかな考えで、彼女は――選択を誤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと買い物行ってくるわ」

「はいはーい!」

 明日の仕込みに忙しい神通達に断りを入れて、姫は夜食を買いに近くの年中無休のスーパーに向かった。

 元気よく雷の返事を聞き、二階ではヴェールヌイの部屋でじゃれているイロハ、寝ているレキをおいて。

 裏口から出た姫は、また寝間着の半袖とハーフパンツ姿でふらりと出る。

 我、夜の戦に全てを賭ける! と書かれた意味不明な半袖だった。姫の趣味は迷子になりつつある。

 例の演習の子とは聞いた。聞き取りもされたが、姫には最早関係ない。

 何もしないで勝手に発狂したのだから、もう姫の関与するところではない。

 延期とされていた演習も中止になるだろうし、別の手段を講じれば済む。

 あのストーカーが最近、暴走してとうとう本部から解体命令が出たことも知ってる。

 自業自得だ。どうなろうが、姫はなにも感じない。嬉しくもなければ悲しくもない。

 元々通り名しか思い出せず、禁忌改修前後の僅かな記憶しかないなら、思い入れもへったくれもない。

 生前負けていた、程度の認識。死ぬなら死ねばいい。今はこの繋がりを無くせば無関係の存在。

 夕立の事は、姫は全く気にしていない。それより残された長門の方を優先する。

 居なくなるなら知ったことじゃない。姫にとっては所詮、他人事。

 相手の思いを知らなければ、こうもなる。

 ならば、知ってしまえば? 姫はどうなる? 

 運命のイタズラは嫌味なものだ。出会いたくない相手と、引き合わせるのだから。

 

 

 

 

 

 買い物を終えた姫が、楽園に帰る途中。小さな、寂れた公園の前を通りかかった。

 あるのは一本の街頭とブランコ、滑り台ぐらいの小さな公園。

 姫はそこで、ブランコに座って夜空を見上げる人影を発見した。

(あの子は……)

 知っている顔だ。いたのは、夕立。明日、解体されるはずの艦娘だった。

 なぜ鎮守府にいるはずの彼女がこんなところにいる? 

 真っ先に思い付くのが、死にたくないがゆえの逃亡。逃げ出したのだ。

 ならば、何故にこんなところに留まっている? 見つかるのは時間の問題。

 だったら、またストーカーか? だが先回りした様子はない。

 魂が抜けたみたいにボーッとしているし。

 違和感しかない姫は、どうするか考える。鎮守府に連絡……は無理だ。

 お財布以外に持ってきていない。ここで見張るのも得策じゃない。

 ……仕方ない。方法は無さそうだった。後で面倒になるのは嫌だ。

 ここでぶん殴ってでも連れていく。それでいい。

 姫はため息をついて、そっちに近づいていく。

 足音に気がついて、夕立はこっちを見て目を見開いた。

「あっ……!」

 顔に浮かぶ、失態の表情。逃走の気配に先んじて姫は潰す。

「騒がないで。逃げたら、骨をへし折ってでも捕まえて鎮守府に連れていくわよ」

 強い脅しに面白いように竦み上がって硬直する夕立。

「勘違いしないことね。明日、解体されるはずの艦娘が逃げたってなれば大騒ぎになる。巻き込まれるのは嫌だから話しかけただけよ。大人しくしなさい。さもなくば、本当に半殺しにするから」

 本気だった。関係のない相手だから、遠慮なく一発蹴り飛ばして鎮守府に戻す。

 姫には関係ない。こいつが死のうが殺されようが、もう知ったことじゃない。

 艤装のない陸上なら姫の方が強い。夕立は、すると。

「……殺してくれるの?」

 地面んを見て、言った。表情は髪の毛で見えないが、暗かった。

「あなた、……春雨ちゃんじゃなくて、誰でいいんだっけ?」

「姫。今のあたしは、姫と呼ばれてるわ。尤も、思い出せない本名は、その麻婆だかスープだかのお供みたいな名前かも知れないけど、今のあたしは別人よ」

 ……本名は春雨かもしれない。だが、所詮は禁忌改修の受けたときに失った名前だ。

 今は、イロハから貰ったこの名前が、彼女の名。

「そっか……。やっぱり、別の人なんだね……。漸く、あたしにも理解できたっぽい」

 俯いたまま、夕立は溢す。悲しい声色で。

 今夜はやけに大人しい。何時もみたいに騒がない。明日、死ぬのだから当然か。

 姫は冷たく見つめている。油断せずに、見張る。

「死にたくないから逃げたの?」

 解体される話は知っていると脅す。

 すると夕立は素直に吐露した。恐らくは、本心を。

 

「…………ううん。あたし、死にたいの」

 

 予想外の返答に面食らう姫。死にたいのに、こんなところにいた。

 最期に、一人で星が見たくて逃げただけ、と白状する夕立。

 明日死ぬから、違反だって怖くない。死ねば同じだ。

「死にたいから、仕向けたってこと?」

「うん。もう、生きてるのに疲れたから。色々、嫌になっちゃった。だから、死のうかなって」

 肯定される。姫は変貌ぶりに唖然としていた。

 あのあと、一体何があったんだろうか? 別人になっている夕立。

 俯いたまま、姫に言う。

「もし、あたしに恨みがあるなら……殺してもいいよ。殺さなくても、殴っても蹴っても踏んでも、好きにして。……あなたには、その権利があるから」

「そんなもん、ないけど?」

 何か罰を与えてくれと言われている気がして、直ぐ様反論。

 顔をあげた夕立は姫を見上げる。驚いていた。

「だから、何度も言わせないで。覚えてないって言ってるでしょう。昔何があっても、あたしは思い出せないの。そんなことで、あたしを一々巻き込まないでよ。あたしのことでもし、何か引きずっていたり苦しいと思ってるならこの際だし、言っておくわ。あたしは許すから。あたしがあの時、禁忌改修を選んだ理由は、ただ結果が欲しかっただけ。結果を出したかっただけなの。禁忌改修前後の僅かな記憶なら、ギリギリ覚えているから言える。そっちは何も悪くないでしょ。……死なれる前に、伝えておくよ。あたしの方が迷惑かけたと思うわ。忘れてて、ごめんなさい。何て言うか、言えることこれぐらいしかないけれど」

 明日には彼女は死ぬのだ。

 言えることを言っておかないと後悔すると思って、姫はありったけ言いたいことをぶちまけた。

 矢継ぎ早に、謝って、許して、そして気にしないでと慰めて。

 結局、何しに来たのか忘れてしまう。聞いてるうちに、夕立は涙目になってくるし。

 泣かせたんだろうか。死にたいと言う子に、酷いことを言ったのか。

 焦る姫。何分経験のないシチュエーションに、右往左往している。

 その内に、夕立は声をあげ大声で泣き出した。溢れる涙をぬぐおうともしない。

「な、何で泣き出すの!? あたしにどうしろって言うのよ!?」

 訳のわからない姫が仕方なく、抱き締めて宥める。寝間着が涙で濡れていく。

 困惑する姫には分からない。夕立は……少しだけ、救われていた。

 本当は夕立は姫に許してほしかった。見殺しにしたこと。助けられなかったこと。

 彼女を追い詰めていたこと。気持ちを分かれなかったこと。たくさんのことを。

 ただ、謝りたかっただけだった。涙声で、ごめんなさい夕立は姫に言った。

 ごめんなさい。一言を言えずに遠回りして、姫に嫌われて、散々後悔して。

 崖っぷちで、漸く夕立は救われた。

「……ええと。昔のことは、その。当事者なんだけど、ホント分からないから。兎に角……気にしないで? ほら、あたしが沈んだもの自分のせいだし……」

 しどろもどろで説得して、夕立が泣き止むまで背中を撫でていく。

(何しにこに来たのかしら、あたしは……)

 嫌っていたはずの相手に、言いたいことをぶちまけたら全力で泣かれた。

 そしてそれらしい理由も、夕立は説明した。昔のことを後悔して、謝りたかったと。

 それなのに、うまくできずにすれ違って迷惑かけた。それも、ごめんなさい。

「……そう。あたしも、ごめんなさい。話、聞こうとしないで突っぱねて。苦しかったのね、夕立。それに、皆を苦しめているのは、あたしなのね。分かったわ、ちゃんと話しましょう」

 姫にも一因がある。拒否を続けたせいで夕立はこんなことになった。

 天龍の言うとおりだった。話してみれば、知ってみれば意外とどうとでもなる。

 知っていれば嫌うこともなかった。ただ、すれ違って互いを傷つけていただけ。

 こんな簡単な問題だったのに、姫も夕立たちも、やり方を間違えていた。

 でも、もう大丈夫。互いに思いは通じた。理解しあった。だから、先ずは。

「夕立……。本部の連中は、明日の何時に来るのかしら?」

「……?」

 顔をあげた夕立が見たのは、青白い焔を右目に宿した、深海棲艦の姿。

 でも、不思議と……今は怖くない。むしろ、優しい光に見える。

「仲直り、というか何なのか分かんないわ。でも、死なれたらあたしは大変、困るのよね。折角理解しあったってのに、すごーく困るのよ。……死にたい?」

 夕立は首を振る違う。今は、姫と仲直りした今は、死にたくない!

 自分勝手だと思うけど、それでも。

「分かったわ。先ずは、楽園に来て。……撤回させるから。物理的に。あたしに任せて。今までのお詫びって訳じゃない。あたしを沈めたことを後悔してるなら、あたしにも悪いところは少なからずある。償いをするなら、あたしだってしなくっちゃね」

 姫は夕立の涙をぬぐい、そのまま手を引いて歩き出した。

「えっ……ひ、姫ちゃん?」

「その呼び方でいいわ。別人だけど、前のあたしの責任は取る」

 冷たい言い方。でも以前と違って……どこか親しみがある。

 最初からやり直すなら、姫も受け入れようと考えた。

 過去も今も、自分であるなら覚えなくても自分なのかもしれない。

 もう、細かいことはどうでもいい。取り敢えず、夕立の解体される話は取り止めにさせる。

 物理的に、やるしかなさそうだ。

 楽園に連れて帰った夕立に、皆は目を丸くした。

 あの姫が、嫌っていたはずの夕立を連れてきたのだ。

 丁度、鎮守府で夕立が逃げたと気付いていた頃。

 姫は提督に恐ろしい一報を入れた。初めての、自発的反逆行為。

「提督。ちょっと今からレキ連れて、本部行ってくるわ。根回しした連中、痛い目みせてくる」

 それは、本部が何よりも恐れていた事態だった。姫とレキが、本部にカチコミしに出掛けていった。

 条件は夕立の解体の撤回。数時間のうち、朝方になりかけた頃。

 鎮守府に夕立の解体が撤回される連絡と、レキと姫の手綱をしっかりと握れと言う苦情が来た。

 カウンターとして用意した筈のカウンターのために姫が動くと言う本末転倒なことに、本部はまた被害が出た。

 彼女たちに逆らうと、命はない。一部のお偉いさんは、完全に姫たちに逆らえなくなった。

 都合の悪い部分から生まれた、人工深海棲艦に事実上、一部が白旗をあげ、夕立の命は守られた。

 レキも不満はない。敵じゃないと姉が判断したのなら、そうするまで。

「…………胃痛が酷い」

 提督の胃痛が増すばかりだが、その辺は彼の頑張りに期待しよう。

 かくして、姫と夕立の仲直りは紆余曲折を経て、丸く収まるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。