陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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それぞれの思い

 酔っ払いって怖い。つくづくそう思う。

「…………」

 酔っ払った勢いで約束してしまった姫は、目元に影をおとして俯いていた。

 ノリとテンションに身を任せた結果がこれだ。ストレスでお腹いたい。

 翌日。鎮守府に顔を出した姫は目が死んでいた。

 死にかけのイ級よろしくの紫眼で、提督に呼び出してもらった因縁の相手を待つ。

 大丈夫、戦闘服着てきたし、どうせ後戻り出来ないし後は野となれ山となれ。

 天龍との約束したのだ。破るのは言語道断。逃げ道はないのだ。

「……姫、焦点が昇天してるぞ?」

「夜の戦の時間だゴルァ……」

「何処の漫画の台詞言ってるんだ、落ち着け」

 鎮守府の入り口。昼下がり、休日の天龍に付き添いを受けて姫は決意を新たにした。

 過去との因縁を断ち切る。その為に、相手と本音を言い合うのだ。演習で。

 言いたいことがあるからはっきり言えばいい。殴りたければ殴れ。殴り返すから。

 と言うわけで、夜戦の演習を沖合いでさせてもらう事にした。

 天龍を通して提督には伝えた。蟠りがあるよりは良いと了承を得た。

 後は相手次第。応じない場合は、姫は一切の関わりを切って、無視することにしている。

 事実上の最後の手段。姫だって覚悟はある。後味は悪いけど、前に進むためならする。

 ただ、正直言うと勝ち目はない。相手は戦艦とバカみたいに強い駆逐艦。

 駆逐棲姫と言えど駆逐艦。常識的に考えて、夜戦という有利な状況でも勝ち目は薄い。

 しかも長門はビッグセブンの通り名があるほど、強力な艤装を使う。

 万が一、直撃しようものなら……一撃大破は免れない。

 深海棲艦と言えど、戦艦の一撃は耐えられない。

 自分から仕掛けておいて何だが、冷静に判断すると愚行そのもの。

 後には引けないし、進むしかない。退路はない。行くしか。

「…………その、待たせたな。遅れてすまない」

 何処か戸惑いがちに、長門が姿を見せた。その後ろには、例の駆逐艦たちもいる。

 尋常ではない姫の雰囲気に圧倒されつつ、用事を訪ねる長門。

 初めて、姫から接触の申し出があった。何事かと訝しげに来てみればこの有り様。

「……………………」

「!?」

 長門は姫の様子を見て絶句した。

 眉間に影のさす、険のある表情でこちらを見ていた。

 恰も、メンチを切っているチンピラのような顔……いや、違う。

(あの表情……一度見たことがあるな。深海棲艦の中でも強い奴だった)

 港湾と呼ばれた深海棲艦も、あんな風に血走った目で艦娘たちを睨んでいた。

 壮絶な戦いを経て辛勝した事を思い出した。彼女は本当に、最早長門の知る春雨ではない。

 直感した。これがきっと、ラストチャンス。あんな顔をするほど、長門達は取り返しのつかない罪を犯した。

 仕方ないと言えるかもしれない。けれど、長門の誇りは、あの日から失われた。

 仲間に艤装を向けた瞬間、悲痛な顔で殺してやると叫んだ春雨の気持ちを知れなかった自分が何よりも情けなかった。

 戦艦として、旗艦として仲間の事を誰よりも知っていると傲慢な考えを持っていた。

 だが結局、彼女の事を何も分かってなかった。だから、沈めることになった。

 皆、後悔した。誰一人、春雨の気持ちを感じていなかった。知らなかった。

 ずっと一緒に戦ってきたはずなのに。何時から置いていってしまったんだろう?

 仲間だったと思っていた長門は、自分に情けなさを恥じた。そして自らの罪とした。

 春雨を殺した自分は、誰よりも生きて苦しむことが沈んだ彼女への贖罪になると思っていた。

 だが、彼女は生きていた。記憶を失い、敵として。戸惑った彼女は、対話を望んだ。

 せめて。せめて、一言。詫びる事を許してほしかった。然し彼女は拒んだ。

 当然の事だ。殺したことを許してほしいと言われて誰が許す。

 記憶がなかろうが、切っ掛けになったと知れば拒絶するのは当たり前。

 だから、生きる限り苦しみ続けることが罰だと思っていた。

 だが……。

「ヨルノイクサ……ハジメマショウ……?」

 澱んだ海底の色をした瞳。強い憎悪と怒りを感じる。

 怨念返しが、始まったのだと感じた。

 ストーカーをする駆逐艦たちを止められず、ストレスを与え続けた事への反撃なのだろう。

 怯える夕立達。明らかに殺気だっている。演習の申し込みなのに、殺害予告に聞こえる。

 片言の要約をすると、話し合いをしてもいいけど夜戦のなかで、互いに言いたいことを言う。

 話し合いだとうまく話せないから、殴りあいで一発殺らせろと言いたいようだ。

「分かった。その演習、受けよう」

 長門は受ける。殺意にまみれた視線と言葉。

 それだけの事をしたのだ。当然の報いを本人から受けるのは……裁きなのかもしれない。

 罪悪感を感じ続けた数年が、亡霊の裁きを受ける日により終結する。

 長門にとっては、ある意味救いなのかもしれない。

 そう思う自分に嫌気がさす。何処まで卑怯な艦娘なのだ、と。

 こんなことを感じていること自体、最低で下劣な存在だと自覚する。

「ハッキリ、サセマショウ……タガイノタメニネ……」

 彼女の言葉に首肯して、長門は覚悟する。己の終焉と、裁きの時を……。

 一方、夕立は。

 ただただ、怯えていた。

 あの姿は夕立の知る春雨じゃない。ただの深海棲艦だ。

 面影があるだけで、別人なのだと漸く理解する。

 ……殺される。初めて、深海棲艦に恐怖を覚えた。

 戦場では勇猛果敢、時には狂犬とすら揶揄される夕立が。

 一人の義足の深海棲艦に、戦慄している。間違いない。彼女は、怖い。

 戦って勝ち目はあるのか? 聞くところによると、艦娘の戦い方は通用しない。

 況して、深海棲艦より高い知能と知識と経験を持つ元艦娘。

 いくら数年前は戦果で勝っていたとしても。改二と呼ばれる夕立でも。

「ケッチャク……ツケテヤルワ……」

 メンチだけで此方を竦み上がる程の眼力を持つ深海棲艦には、勝てない。

 殺意が漏れている。あいつは、殺すまで戦いをやめない気だ。

 そういう猛獣みたいな、化け物みたいな目をしてる。

「……」

 いつ、彼女の逆鱗に触れた? 思い出せる事は幾つもある。

 きっと、月見酒を邪魔したときだ。あの時には既に、夕立達の死刑は決定済みだったんだ。

 どうしよう。ただ、話したかっただけなのに。

 夕立はパニックを起こしていた。仲直りしなきゃ。ごめんなさいって。

 もう一度、最初からでいいからお友だちになりたい。

 春雨じゃなくていい。今の彼女を受け入れて、もう一回友人として、チームとして組みたい。

 都合のよい話だと思う。夕立はそれが本音だった。一度は殺す真似をしていて、ひどい話だ。

 でも、チャンスがほしい。謝って、お詫びをして……やり直したい。

 深海棲艦だからと差別したことは、本気で後悔している。

 彼女の妹と言う存在が目障りだったのは事実だ。

 でも、だからと言って差別していい理由にはならなかった。

 自分はバカなことばかり繰り返している。

 気持ちばかりが空振りして、気がついたらストーカーをする駆逐艦になっていて。

 挙げ句の果てには深海棲艦だからと差別して、最悪なのはさっきから自分勝手なことばっか考えている。

「……それじゃ、あたしは行くわ」

 用件を伝えた彼女が行ってしまう。

 夕立は背を向ける彼女に何を言えばいいか分からない。

 否、言える道理などない。アノときの見殺しは、長門と同罪だ。

 自分だけが罪が軽いと何処かで思っているのかもしれない。本当に最悪な女だ、夕立は。

(……あ、分かったっぽい)

 ふと、自覚する。……彼女に、一体加害者である夕立は何を求めているのだろうと。

 自分勝手なことばっか言ってるくせに。許してほしいと思ってるくせに。

 そうやって自分が罪悪感から解放されたいだけのくせに。

 彼女の事を、本当は怖いって思ってるくせに。

 みんなの事を思い出せない彼女を責めていたくせに!!

(あたしって……ホント、最悪っぽい……)

 加害者なのに被害者面している自分がいた。

 酷いのは春雨。悪いのはあんなことを選んだ春雨。

 覚えていない春雨。襲いかかった春雨。

 

 全部、春雨の自業自得!!

 

(違うッ!! 悪いのはあたしだ!! 見殺しにしたあたしだ!! 助けられなかったあたしだ!!)

 

 助けるって言うその言い方が高慢だよね。上から目線だよね。

 そうやって仲間の時代から、春雨を見下してきたんでしょ?

 実際、あの子はああなったのは誰のせいかなー?

 ほらほら、よく思い出してみて? 

 一緒に戦ってきたとき、約たたずって言われた原因誰だっけ?

 比較されて、提督の寵愛を受けていた勝ち組は、誰だったかなぁ……?

 

 ――ねぇ、『ソロモンの悪夢』さん?

 

(ああああああああああああああああああッ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 突然、夕立が頭を抱えて絶叫した。

「!!」

 天龍と共に楽園へと帰ろうとしていた姫は振り返る。

「夕立、どうした!?」

 長門が駆け寄り問いかけるが、夕立は錯乱していた。

 突如泣き出し喚き散らす。ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す。

「なんだ、ありゃ……!?」

 直ぐ様人だかりが出来て、夕立を取り囲む。遠巻きで見ていた天龍も驚いていた。

「……」

 数秒、姫はその方向を黙ってみていた。興味がなくなったように、再び歩き出す。

「お、おい姫……!」

 慌てて天龍も追い掛ける。彼女の歩くスピードは異様に速い。

 なにも言わない姫だが、その足取りが心情を現していた。

 逃げたいのだ。顔は青ざめ、血の気が引いている。

 彼女の感情が、姫にも聞こえて見えたように。

「大丈夫か?」

「…………ええ。まだ、大丈夫、よ……」

 歩幅を合わせてとなりに歩く。姫の視線は下を向き、返事は弱い。

 天龍は必死になって姫が自分のせいで夕立が錯乱したことを否定していることに気がついた。

 ただ、演習の申し込みに呼び出しただけ。緊張して目付きが悪くなって片言になってしまった。

 何も悪いことはしていない。悪くない、なにもしていない。

 そう、反芻するように姫は小言で自分に言い聞かせているのだ。

 自覚はないだろう。殆ど反射的に自己防衛するための正当化。

 互いに少し会話するだけでこれだけメンタルに悪影響を及ぼす間柄。

 詳細を知らない天龍も眉を寄せる。

(こいつら……艦娘同士で殺しあうようなことでもしたってのかよ?)

 極めて正解に近い予想であった。事実、姫は長門に『処分』された過去がある。

 姫は無意識で自我のバランスをとっているぐらい、精神が揺らいでいた。

 思っている以上に、姫の心は失った記憶のせいで追い詰められている。

 天龍がその機微に気づかないわけがない。

 天龍はビッグマウスであるが、同時に本当に実行できる。

 単なる大口ではないゆえに、駆逐艦の艦娘に慕われているのだから。

「姫、一回深呼吸してみ」

 信号機で止まったとき、肩を叩いて言った。

 大袈裟に反応する姫に、手本として自分もする。姫も続けた。

 数度繰り返して、動揺していた姫も次第に落ち着いてきた。

「ありがとう天龍。落ち着いてきたわ」

「そうか。まあ、やることはやったんだ。後はあいつら次第だ」

 できることはした。相手の対応を待つのみ。

 少なくても、もうひと悶着ありそうな空気だったが。

 二人は、そのまま楽園へと戻っていくのだった。 


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