陸上進化。イ級改め、イロハ級 作:あら汁
いたちごっこ、という言葉をご存知だろうか?
もとは子供の何気無い遊びの一つだったという。
それは同じことを繰り返し、延々と終わり無く続いていく不毛な遊び。
今のこの状況も、似たようなもんだと姫は思う。
一度は好いていたハズの楽園の面々。それが疑問を持っただけで嫌いになり、天龍達の好意に甘えそうになってる。
だけど、それもまた嫌うための布石にしかならないだろう。
何故なら姫たちは深海棲艦。天龍達は艦娘だから。
抗うことの出来ない、敵味方の垣根がある。越えられぬ種族の違いがある。
もう、姫には周りが信じられない。イロハも、信じる気持ちよりも疑う気持ちが勝る。
レキは迷うほどの感情移入してない。ただ、家族を守る。ゆえに迷わない。
「ってな訳で。酒盛りすっぞ」
姫たちの部屋に来た天龍は、ニヤリと笑って荷物からビンを取り出した。
腹を割って話すために酒の力を借りるつもりか。
最近酒盛りばっかしてる気がする。姫はことある事に酒盛りをしていた。
イロハとの出会いと言い、今回の発端と言い、酒が絡むとろくなことがない。
然し酒があろうが無かろうが、何れは表沙汰になっていたこと。ちょうどいいのかもしれない。
「はわわわ……。天龍さん、いつの間に持ってきたのです!?」
「そこのコンビニで売ってた」
同伴していた電が気づかぬ間に買っていたのか。晩飯を買いにいったついでだとか。
「いいわ。あたしも、やけ酒したいと思っていたの。イロハはどうする?」
やけ酒か。姫は自分で言いながら思う。深海棲艦のクセに随分と馴染んできていた。
問われたイロハは、段ボールの中で既に何か食っていた。天龍が与えたらしく、
「うぐっ。……これかてぇ……」
ひっくり返って抱えた大きな干物と悪戦苦闘していた。飲むと言うよりは食うか。
レキは眺めているだけでよいとのこと。一応参加。客間から持ってきた布団を狭い室内で敷いた。
電は小さいので天龍と添い寝。二人はベッドで寝る。
そういえば、二人の私服は初めて見た。天龍は紺色のジャージ上下。
登り竜が描かれたカッコいい奴だ。電はお子さまが好みそうなパジャマが可愛い。
「そういえば、酒の席ってのは初めてだな。まあ気張らずに行こうぜ」
こんなときでも眼帯は外さず、紙コップに酒を注ぐ。いきなりテキーラとは意外と攻める。
「……電はジュースでいいのです……」
彼女は持ってきていたオレンジジュースを注いでいた。酒を飲むつもりはないのだろう。
「あら、電は飲まないの? ヴェールヌイはかなり飲むのに」
「ヴェールヌイちゃんは特殊なのです。酒豪と一緒んされても困るのです……」
姫は酒盛りならそれはそれで、気分を入れ換えたいこともあり積極的に行くことにした。
レキは持参した麦酒をがぶ飲みしている。イロハは今回は酒は遠慮するとのこと。
どうやら雷の姉妹の中で、ヴェールヌイは格段に飲兵衛らしかった。
一度真似した姉の暁が失神したらしい。確かに何度か見ているがあれは凄い。
「お、意外とノリいいな姫」
「月見酒が好きだからね。止めないわ」
普段は提督などにも止められると言う天龍。参加する姫に、笑った。
「そーだよな。俺達、互いに知らないことが多い。だからこうやっていけば、意外とどうにかなるもんじゃねえか?」
肴を開いていた姫に言う。顔をあげると、目は笑ってない。真剣そのものだった。
ため息をついて、姫は俯き作業に戻る。
「……知れば、どうにもならないこともあるわ。知らなかった、知りたくなかったってことも世の中沢山ある」
一理ある言い分に、天龍は否定せず肯定せず、受け止める。相当根の深い事なのだろう。
電は降参して出てきたイロハを抱き抱えて、苦闘する干物を小さくしてあげた。
「さて、そんじゃ……腹割って話そうや、姫。俺でよければ言いたいこと全部聞くからよ」
紙コップを持って、言った天龍に、テキーラを煽りながら姫は一度沈黙する。
ここまで譲歩されてしまえば、言わないワケにもいかない。
腹を割って話すなら、溜めているよりは幾分マシかもしれない。
イロハは巻き込まれただけだし、レキは気にしてないし。実質、姫の問題なのだ。
確認すると二人とも良いといってくれた。好意に甘え、全てを打ち明けよう。
弱い自分ではどうしようもないから、酒の力を借りて……。
「いいわ。あたしも、本音で喋るから……」
言ってしまえば、疑心暗鬼。
自分達に危害を加えるかもしれない、相手が怖い。
差別される理由はあるし、どうしようもない事も分かってる。
人間も、艦娘も、深海棲艦の敵でしかない。逆も然り。悲しいけど、それが本質で。
イレギュラーな三人は、海軍にオモチャにされている事もある。
だから、最近信じられなくなったと告げた。
「よく、天龍が聞くでしょう、怖いかって。ええ、全力で怖いわよ。信頼していた相手に裏切られるかもしれない。殺されるかもしれない。今日だってそう。天龍は仕事で襲ったんでしょうけど、あたしたちはなにもしてない。ただ、海底で大人しくしていたのに襲ってきた。これが現実よ。あたしたちが深海棲艦である以上、襲われない理由はないわ。寧ろ今、こうして無事であることが生殺与奪を海軍に握られている証拠。あいつらの気紛れで殺されてもおかしくない。誰も……信じられないわ。深海では同胞にも襲われて、陸に上がれば敵だらけ。……あたしたちの居場所はどこにあるのよ? 誰を信頼すればいいの? ここにいるあたしの家族以外で、誰があたしの苦しみを理解してくれるって言うの。艦娘は深海棲艦の敵よ。敵視されて当たり前。だったら……あたしたちが敵視してもいいでしょ。敵同士なんだから」
酔いが回って饒舌になり、溜まっていた鬱憤を全部ぶちまけた。
天龍は黙って聞いていた。電は泣きそうになっていた。
レキは平然と聞いており、イロハは代弁してくれた姫の言葉が本心だった。
「…………これが、あたしの本音よ。イロハも同感だっていってくれた。レキは理解してくれた仲間は二人だけよ」
イロハが頷き、肯定腕を組んで、天龍は唸った。渋い顔だった。
スッキリしたように、姫はまたテキーラを煽る。
電が何か言いたそうにしていたが、天龍が先ず口を開いた。
「姫、サンキューな。本当の気持ちを教えてくれてよ」
そう言った天龍は穏やかに笑っている。一口酒を口に運び、続ける。
「考えても見れば、恐ろしい話だよ。俺なら堪えられないな、本気で。姫の言動にも納得したわ」
天龍は思った。逆に立場になれば良い。深海棲艦しかいない深海で、三人だけの艦娘の毎日。
いくら周りが親切でも、善意しかなくても疑ってしまえばこうもなろう。ゾッとする、孤立した世界。
艦娘と深海棲艦は敵同士。だから、例外となる姫とイロハは周囲を恐れる。
大義名分があるから、信用しすぎたら……遠慮なく殺せるのだ。
姫には精神的な余裕がない。一度始まった疑心の膨張を止められない。
感化されたイロハも同調して、余計に助長させている。唯一余裕のあるレキは傍観していて動かない。
成る程。確かに……これはツラいし、キツイ。不安にもなるし、イラつきもする。
そもそもの発端は多分、新しく転属してきた艦隊の面々だ。鎮守府でも噂になっている。
姫と転属組は過去に何か揉め事を起こしていて、数名がストーカー紛いのことをしてると。
どうやら、事実だったようだ。機密が多いらしいから深くは知れないが、姫がそうするのも筋が通る。
「……まあ、なんだ。俺は深海棲艦としてお前は見てねえ。姫って言う個人で見てるつもりだよ。その辺はマジだから、疑うのは勘弁な?」
「今は疑ってないわ。演習で戦ったときにも思ったけど、あなたも大概お人好しね」
「誉めてんのか?」
「ええ」
姫はさらっと、天龍に関しては今は信頼していると言った。
演習の時と言い、無駄がない天龍の思考。姫は僚友だから、深海棲艦だろう人間だろうが気にしない。
豪胆と言うか、単純と言うか……。殴りあったら既に友達、みたいなヤンキースタイルの思考だった。
分かりやすい真っ直ぐさが、姫の疑心をすぐに払拭させた。
「お前、曙とも仲が悪いよな。何でだ?」
「同族嫌悪でしょ。互いに子供で意固地だから、衝突するのよ。あたしもあの子は今でも嫌いだし」
意地っ張りで子供っぽい言う姫。子供は兎も角意地っ張りなのは事実で、姫も頑固。
ゆえにぶつかって喧嘩をする。これで二度目だ。しかも互いに謝らないから余計に拗れる。
「……仲良く、出来ないのですか?」
小さく、電は呟く。みんな仲良くしてほしい。
彼女は常にそう願っている。深海棲艦とか艦娘とか関係なく。
でも現実は、深海棲艦だから、艦娘だからと言ってすれ違う。
それが、電はとても悲しい。
「電さんは、優しすぎるんだよ」
ボリボリと乾物を貪るイロハが胸のなかで答える。
「仲良くって口で言うのは簡単。でも、実際はこれが結果だよ。俺達と艦娘さんはね、例外であっても必ず何処かで争うんだ。それは人間同士でも、深海棲艦同士でもあり得る話。仲良くしたくても、できないこともある。結局、理屈もそうだけど感情も大きいし。好き嫌いの問題は、簡単じゃない」
電は綺麗な心を持っている。死にかけても尚、善意を信じる清らかな心。
でも清濁あわせ持つこの世界において、その考えは危険すぎる。
仲良くなれればそれに越したことはない。
だが、それは相手にその意思がある場合のみだ。深海棲艦の例外ですらこの様。
意思疏通のできない侵略者に和平を持ち出せば滅ぶのは人間と艦娘だ。
彼女の願いが現実になるのはほぼ不可能と断言できる。
電の思考では、この辺を省いているせいでたどり着かない。
愚直なまでに善意を信じる愚か者。電はそういう一面が強いから、鎮守府でもお花畑と揶揄されていた。
「……全てを信じろとは言わねえ。だが、目の前の連中くらいは信じてみたらどうだ? 楽園の連中は、お前の敵じゃねえよ。少なくとも、鎮守府の艦娘よか信じられるぜ」
「分かってるわよ。でも……それでも、怖いのよ。マスターもみんなも、人間と元艦娘じゃない。個人として、見ることも……うまくできないよ……」
姫はすっかり弱気になっていた。根本が異なると言うことが、こんなに苦しいなんて知らなかった。
肩を優しく持つ天龍は、俯く姫を励ましていた。レキはマイペースに飲みあさり、聞いてない。
まあ、レキ程割りきり出来れば姫もよかったのだが、彼女もまた信じたいと思っている。
板挟みの状態が辛くて、安易な逃げ道を探していた。レキは前提として細かいことは気にしない。
勝てる相手で悩むほど、感情がない。彼女にあるのは盲目的な家族愛のみ。
二人が無事ならそれでいい。極論、深海だろうが陸上だろうが地獄だろうが家族がいるから着いていく。
依存しているし、役目を自覚している。メンタルが強いのは余計なものがないのと自分のあり方を確立している。
その違いだった。
「イロハは電の命の恩人なのです。酷いことなんて出来ないのです。裏切るとか怖くて……したくないです」
「…………」
「それに、イロハは友達なのです。種族とか、立場とかそんなのよりも電は気持ちを優先するのです!」
此方は、電の純粋さがイロハを信じさせていた。純真とも言える心は、偽り無くイロハに語りかける。
彼女の思いは、綺麗すぎる。だからこそなのかもしれない。イレギュラーにも、届くのは。
「……そうだね。電さんは、信じていいかもしれない」
顔をあげるイロハに、にこやかに電は言った。
「なのです。もう、さん付けは要らないのです。電と呼んで欲しいのです」
呼び捨てでいいという彼女に、イロハは答えた。
「ありがとう……電。俺は、電を信じるよ」
まるで天使のような無垢さ。抱き締められたイロハと抱き締める電は和解できた。
無事に解決した素面組に対して。
「いっそ演習で本音ぶつけようぜ、姫。縁を切るにしたって、相手の気持ちも聞いた方が後腐れ無さそうだろ? 俺も手を貸すからよ」
「…………気持ち?」
「つまりだ。互いに、殴りあって言い合ってスッキリさせようやってこと。このままじゃあ、諦めないと思うし」
ヤンキー特有の喧嘩が近道というバイオレンス思考になっていた。
姫も本人を叩きのめしてスッキリしたかったのもあり。
「そうしましょう。ありがとう天龍。原因だけでも解決しておいた方が良いわよね!」
「当たり前だろ。うだうだ考えてると、凹むだけだぜ」
結果、長門と夕立などの連中に喧嘩売ることにした。酔っ払いの思考って怖い。
唖然とする電とイロハを尻目に、二人は意気投合して更に酒を飲み始めた。
翌日二人は、二日酔いで見事に潰れたのは言うまでもない。
レキとイロハでその日の仕事は終えて、イロハが変わって雷達に謝った。
一応解決したものの、姫は四人に水臭いだの、家族はみんな同じだのと有難いお説教を受けて、深く反省するのだった。