陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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仲良く出来ないワケ

 

 ……埠頭の一件があって以来、姫は彼女たちにより強い反発をするようになった。

 夕立のレキに対する差別意識を知ったからだった。

 それは、深海棲艦と艦娘であるなら当たり前だ。戦争をする相手を嫌わずに何ができる。

 敵対心がなければ電のように迷いが生じて死にかける。正しい心意気といっていい。

 殺しあう関係であるし、侵略者と守護者の立場は反するものである。

 だから、当然。況してや、半端者である姫とレキ。イロハは完全な深海棲艦なのは周知の事実。

 が二人は機密の下で誕生した存在が忌避されるキメラ。

 艦娘の変異の成れの果てに、艦娘の技術の応用で生まれた深海棲艦。

 生粋の艦娘とうまくできるはずが無かったのだ。イロハはただ、進化しただけの個体。

 ややこしい事情なんて存在しないから、上手く噛み合えば仲良くできる。

 二人は海軍の事情が重なって、誰とも仲良くなんて出来ない。

 だって向こうは敵だと思ってて、それが現状常識。自覚した。如何に、人類の味方である深海棲艦が歪であるか。

 ……姫は、折角和解した鎮守府の艦娘とも壁を作り始めた。逃げる先は妹と恋人のところ。

 同じ深海棲艦の苦しみを、イロハとて分からない訳じゃない。

 いつ不要と言われて殺されるか、考えてないようにしていただけで根本の不安は何時でもあった。

 自分の生殺与奪は、人間に捕まれている。それを本当の意味で助けてくれる同族は、二人しかいない。

 ……雷たちのことは信じている。でも……所詮は、人間の味方になるのでは?

 姫の不安はイロハにも波及して、二人は疑心暗鬼に陥った。互いに気持ちはよく理解できる。

 恋人と言う関係以前に、この陸上と言う孤立した世界で、支え会えるのは誰か。

 苦楽を分かち合える同族は誰だ? そう考えた時、答えは隣の笑顔だけ。

 事実、イロハは鎮守府のモルモット。どんなに取り繕うと変わらない現実がここにある。

 一度加速して膨れ上がったマイナスの感情は、分かち合える同族への感情移入が始まる。

 守るのだ。イロハを、姫を。唯一無二の深海棲艦を。妹は上二人の不安を感じ取っていた。

 が、フォローもしない。なにせ、自分より弱い旧式に負ける気はない。

 全て一人でこなせるように造られたこの身体、家族の為なら喜んで振るう。

 裏切られるかもしれない。殺されるかもしれない。言ってしまえば被害妄想の始まりである。

 可能性を捨てきれない二人と、困難を突破すると決意している妹。

 違和感を当然、周囲は感じ始めていた。日常のちょっとしたことで、それは発露している……。

 

 

 

 

 

 

 ある日は、神通が厨房で包丁を持って料理していた。

 たまたま材料を裏口から入れていたイロハは、手元が狂って落としてしまった包丁に過剰に反応して、一心不乱に逃げ出した。

 神通が謝る前に、脱兎の如く。ただ、床に落としただけなのに。

 首をかしげる神通だった。

 また違う日は、暁と電が楽園を訪れて雷とヴェールヌイの第六駆逐の面々が久々に集まり、語っているとき。

 姫は一瞥して、無言でレジから離れていった。一言、普段なら声をかけていくのに。

 ヴェールヌイが姫の横目に気がついていた。曰く、警戒の色が見えたと。敵意の意味も込めた。

 三人は何事かと聞いても、姫は気のせいと言い切り、逃げる。

 最近では、レキと共に居ることが格段に増えた。以前にも増して働くようにもなった。

 というか、明らかに楽園の面子と被らないように行動をシフトアップしている。

 朝は早く、夜は遅く。マスターとも最低限会話はするし、問いかければ反応もする。

 然し話題は早く切り上げ、そそくさと身内のところに戻る。雷達は避けられる理由は互いにないと話し合った。

 鎮守府に聞いたら、無線連絡以外では顔を出さなくなったらしい。演習も言い訳をして出ない。

 …………怪しい。四人は、とうとう三人を強襲した。訳を聞くために、自室に押し掛けたのだ。

 無論、マスターも平和的にいこうとしていた。が、イロハに至ってはマスターに及び腰になっている始末。

 最早強行策しかないと踏み切り、突入。が、いつの間にか鍵がついているではないか。

 何故か開かない扉。榛名が強引に開くと、室内は変わった様子はない。然し本人たちが居ない。

 雷が壁に張られた置き手紙を発見。仕事をしてくると書いてあった。また、言い分をつけて逃げたらしい。

 ここまで露骨になると、悩み事の可能性がある。誰かと何かで揉めたか。

 察した彼女らは、皆が言うまで無理に聞くことを止めた。微妙な立場である三人には、相応の悩みがある。

 自分から打ち明けてくれるまで、待つことにした。結果としてこの判断は正しかった。

 帰る場所、と認識している二人にとっては……やはりここは、楽園だったから。

 

 

 

 

 

 

「イロハ、大丈夫……? 尾行されてない?」

「平気だと思うけど……」

「大丈夫だよ。艦載機で上空から見張ってるから、近づいてきたら絶対わかるよ」

 過剰に回りを気にして、三人はとある崖に来ていた。ここには、仕留めた深海棲艦の艤装を隠してある。

 いざとなったときに逃げ出せるように、普段から少しずつ貯蓄を始めていた。

 深海棲艦を解体して、体内の艤装を引きずり出し、意外と詳しいレキが簡単に整備して隠してある。

 艦載機の関係も、運良く大破した空母をレキが襲い、艤装を強奪。艦載機を収納している。

 レキは単体で全てが出来る。砲撃、雷撃、艦載機の発艦から着艦、艤装の保管まで尾っぽが機能する。

 しかも深海棲艦を捕食して取り込み、機能をそのまま使える互換性まであるという規格外のスペックだった。

 流石は次世代に完璧最強をコンセプトに開発されたこともある。破格に強い味方。

 鎮守府にもバレないように、こそこそと、然し着々と準備を進めている。

 仮想敵は鎮守府を想定している。姫も戦えるように、レキも手探りで深海棲艦艤装を改造してくれている。

 明石だけが、艤装のスペシャリストではないのだ。倒すときは、倒せるだけ倒して深海に逃げるつもりでいた。

 飲まず食わずでも姫は海中プランクトンを取り込めるし、イロハはまあ野生に帰ればその通りに生きるだけ。

 レキも普通に魚とか食べていれば生きていける。なので、あとのことも割りと問題はない。

 仲間は居ない。深海棲艦にも敵と認識される三人は、三人しか居ないのだ。

「…………よし。戦艦の艤装も隠し終えたわ。戻りましょう」

 崖底の険しい海底に潜り、いつも通り隠しておいた。

 艦娘が叩き落とした深海棲艦艤装もイロハが拾ってきて、レキが修理、補強する。

 元々深海棲艦の艤装は沈めておいても問題はない。隠すにはバッチリだった。

 三人は、バレないように潜水しながら町の方に戻る。が、レキが不意に海面を見上げた。

(……どうしたの?)

 泳いでいた姫が、振り返り問う。

 深海棲艦は互いに、無線なしにテレパシー的な感じで通話が出来ることが最近分かった。

 海中では圧倒的に有利なわけだ。この事は報告する気はない。知られたら不味いから。

(艦載機、撃墜された……。多分、艦娘の砲撃。哨戒していた艦隊が近くまで来てるみたい。やり過ごそう)

(オッケー)

 空の上で警戒していた艦載機が撃墜。見回りの艦娘にやられたと判断。

 大人しく、海底で隠れている三人。黙視できない深い海域までわざわざ沈む。

 暫くしても、海上にいる艦隊が離れない。それを見上げていたイロハが一つ漏らした。

(……ソナー持ってる人が居るんじゃない?)

 海中の様子が分かるソナー。駆逐艦の誰かが持っているのだろうか。

 様子を見ていた三人だが、不意に上の方から何かが投下されたのを見る。

 あの特徴的な形は……。

(機雷!?)

 絶句する姫。潜んでいる何かを炙り出すために、落とした可能性が高い。

 逃げないと直撃する。姫でも爆雷は嫌だ。イロハも勘弁願いたい。レキは微妙な顔で見ていた。

 慌ててイロハに姫は跨がって、イロハは急速発進。レキも続いた。

 逃げ出した直後、爆発する機雷。間一髪だった。

 が、予想通り艦隊が追いかけてくる。ご丁寧に魚雷まで撃ち込んで。

(やっぱりあたしたちを目の敵にしてる! 艦娘は深海棲艦の敵じゃないの!)

 なにもしていない。海底に潜んでいただけ。それで攻撃されて、追い回される。

 そういう役割だとしても、理不尽すぎる。逃げ回りながら、だが反撃はしない。

 した場合……居場所を失うリスクは、まだ辛うじて判断できていた。

 あくまで、なにもしない姫たちに対する敵意に過敏になっているだけ。

 こっちから仕掛けるときは、相手に絶望したときだ。まだ、早い。今はまだ。

(クソ、しつこい!)

(逃げ切れるかな)

 焦るイロハと、共に泳ぐレキ。

 かなりの速度で逃げているのに、まだ相手は追いかけてくる。

 焦燥感だけが募る。やがて、浜辺の方に近づいてきた。

(もう潜水は無理ね。浮上して、相手によって対処を決めましょう)

(分かった)

(了解)

 姫の提案で浅瀬になりつつある為に浮上する。ざぱっ、と海面に互いに顔だけ出す。

 すると。

「ん? なんだ、姫じゃねえか。何してんだこんな夜更けに?」

 追ってきていたのは、眼帯の艦娘。刀を持っていた、天龍の艦隊だった。

「天龍……?」

 一先ず、知り合いであることに安堵しつつ、海面に上がる。

 背後には、曙などの駆逐艦が待機する。天龍は旗艦のようだ。

「さっき、変な白いたこ焼きみたいな物体が旋回運動してたんで、深海棲艦の空母が居るかと思ったんだが、レーダーに異常はねえし、怪しいと思ってたんだ。お前らか、あれ?」

 白いたこ焼き。遠目で見ればそうだろう。レキが空母から奪っている艦載機だ。

 口があったり前歯があったりグロいが、立派な航空機である。

 丁度遠征帰りでその道中、発見したので追撃したとのこと。

 天龍提督に無線で姫たちのことを伝えて、異常なしと報告。

 一応、信用はされているのだろうか。曙はこっちを、特に姫を睨んでいるが……。

「仕事してたのか? だったら悪かったな、邪魔しちまって。俺たちは戻るから、適当に切り上げろよ?」

 何も答えないでいる三人に、自己完結した天龍が戻ろうとする。

 すると。

 

「待ってよ天龍。ちょっと、イロハに姫。質問に答えないで帰るつもりなの?」

 

 曙が口をはさんだ。無言で立ち去ろうとする姫たちは足を止めた。

 天龍が食って掛かる曙に訝しげに見る。

「……何が言いたい曙?」

「行動が怪しいって言ってんのよ。一目散に逃げたって、潮が言ってるわ。普通、上に来たら顔を出すでしょ? 互いに知ってる間柄だし。しかもあの海域、海底にカニとか貝とか居ないはずよ。……何で潜んでたのよ?」

「…………」

 成る程。言う通りだ。確かに仕事で通すにはあの場所は無理がある。

 つまり、曙は疑っているのだ。姫たちを。言う義務などない相手に、教えるのが当然のように。

「魚とるにしたって、道具を準備してない。……ねえ、イロハ。何をしていたの?」

 あくまで、疑心を持っている曙と、その仲間の駆逐艦。こっちの味方は……天龍も納得してるので無理。

 誰も居ない。怪しいのは認めるが、答える必要が果たしてあるのだろうか?

「答える理由は、無いわね。あたしたちが海底で何をしていようが、鎮守府には関係ないわ。事前に、報告しているのに詳細を語る必要は、皆無よ。どうせ理由を教えても、疑うんでしょう? 顔に書いてあるわよ曙。信用できないってね」

「なっ……」

 煽るように挑発して答える姫に、曙は激昂しかけた。それを天龍が制する。

「曙、落ち着け。……なぁ、姫。最近、お前らの様子がおかしいのは俺も知ってる。何かあったんだろうってのも、想像はつくぜ。だが、今のはひでーんじゃねえか。幾らなんでも言い過ぎだ。何をそんなにイラついている? 俺でよければ、話を聞くぜ? 無論、誰にも言わない。タイマンでだ」

 ……訂正しよう。天龍は、こっちの話を聞こうとする。

 目線を合わせる、数少ない味方になるかもしれない艦娘だと。

「……ごめんなさい。ちょっと最近イライラしていて、イロハとかも巻き込んで、みんなを避けているの。暫く、放っておいてくれないかしら……」

 何故だろう。強烈な不安を感じていたのに、天龍の前ではあっさりと口に出せた。

 イロハも何も言わないが、警戒の色が少しだけ解けた。レキは様子を眺めている。

「うーん。経験上、悩みがあるときは誰かに打ち明けた方が気が楽になるぜ? まー、短気な曙がいると言いにくいよな」

「何ですって?」

 腕を組んで、怒る曙。天龍は笑って謝り、そして告げた。

「うっし、今日は思いきって外泊すっか! ダチの為だもんな!!」

 何かをノリで決めて、細かいことは気にしないと詮索せずに流した。

 不満そうにしている駆逐艦たちを説得して、プライベートなこともあると言い、そして。

 

「ってな訳で、一晩よろしくお願いしますっと!!」

 

「……なのです」

 

 何か、夜遅くに天龍と電が楽園に押し掛けてきた。

 鎮守府からお許しが速攻出たらしい。

 姫達の不審な行動に手を焼く提督が解決してこいと比較的仲良しな二人を遣わせたのだ。

「……どうして、ほっといてくれないのかしら」

「雷さんみたいだ……」

 疲れた顔で連れてきた二人を、マスターも了承。

 結局、逃げられる筈もなく、二人を姫たちの部屋に泊まらせることになるのだった。


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