陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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姉妹の関係

 ――嘗て、姫は一人の艦娘だった。

 その時は礼儀正しく、大人しい性格の駆逐艦であった。

 決して、禁断の道に歩むような性格はしていない。

 当時の仲間はそう思っていた。だから、彼女の気持ちに気付けなかった。

 常に劣等感を抱いていた姫は提督の役に立ちたかった。

 置いてきぼりにされても、彼女は純粋に褒めて欲しかった。

 それだけで良かったのに。彼女は日々苛む感情に負けて、示された可能性を選んだ。

 禁忌の力。受け入れてしまえば何と甘美なことか。この溢れる自信、負ける気のしない高揚感。

 これから行ける。結果を出せる。そう思っていた、最初は。

 でも出撃したら、変わった。目障りな仲間を殺して自分だけが提督の一番になればいい気がしてきた。

 だから仲間なんて要らない。自分だけが一番で、このパワーで全てを焼き尽くす。

 先ずは劣等感を与え続けてきた旗艦を沈めてやろう。そして、同型の駆逐艦も皆殺しに。

 ……同型は、一人いればいいのだ。敵を倒し終えて消耗してるときに、襲いかかった。

 殺せると思ったのに。あいつには、あいつらには禁断の力でも勝てなかった。

(私は……やっぱり勝てないんだ……)

 どう思われていようがどうでもよかった。沈みながら思った。

 勝てないのは、才能と経験の差。強い艦娘じゃない姫は負ける運命だったのだ。

(提督……ごめんなさい。私は、海の藻屑となります。どうか、私の分まで、深海棲艦を……)

 涙を流し、鮮血と共に深海に消えていった過去の姫。そして数年後。

 同じ深海棲艦によって、月光を見上げるだけだった深海の姫君は陸に上がった。

 全てを与えてくれた、優しき恋人の存在によって。今、姫は幸せだ。

 ……思い出せない過去なんて、捨てたい。本音はそれだ。

 あの子達は鬱陶しい。何時までも何時までも、無理矢理思い出させようとする。

 過去があるから今があるなら、今が大切だから過去は封じる。それでいいじゃないか。

 一度は墜ちた身だ。今更仲間面する気はないし、よりを戻すつもりもない。

 何時までも過去に固執する同型なんて……もう要らない。今は、楽園が居場所なのだ。

(あたしの姉妹は……家族は、楽園のみんなだけよ。あいつらは仲間じゃない。家族じゃない)

 暫く経過しても、未だに関わってこようとする嘗ての同胞に、苛立ちが募る姫。

 そろそろ、切り捨てるべきなのかもしれない。因縁を、そして……海に沈めたい柵を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きれいな三日月だね」

「そうね。悪くないわ」

 とある初夏の夏の夜。埠頭に、レキと姫の姿があった。

 例のごとく、月見酒である。初めて、イロハと出会った思い出の場所に、姫は妹をつれてきた。

 片方の髪の毛を垂らして、薄手の半袖とハーフパンツ。レキもお揃いの物を着ている。

 あれ以来、レキは楽園の裏方としてよく働いている。

 尻尾を持つ異形のために、表にはあまり出られない。どう頑張っても背中が不自然に膨らむ。

 そこで、イロハが提案したのが丸めた尻尾を背負ったリュックなどに押し込むこと。

 ちょっと改造して収納出来るようにしたそれを背負ったらうまい感じに尻尾が隠れた。

 今はこれで外に出掛けるようにしている。レキは姫と同じで世間知らずの少女だったが頭はよい。

 常識と言うものをかなり早く学習した。おかげで平穏が続いている。

 性格も無邪気で可愛いので、姫も戸惑いながらも仲良くしていた。

「良かったの、お姉ちゃん。お兄ちゃん連れてこなくて」

「いいのよ。イロハったら、ヴェールヌイと飲み比べしてて、出てきそうになかったもの」

 楽園でも酒盛りをしていた。イロハとヴェールヌイと雷が、商店街の福引きで当てた酒屋の商品券で買いまくったお酒を折角なので三人で。

 ウォッカをがぶ飲みするヴェールヌイに負けじと、イロハも挑んでいた。茶化す雷も相当酔っぱらっている。

 姫たちはばか騒ぎする三人に断って出てきた。神通や榛名、マスターは商店街の飲み会に出席しているのでいない。

 コンビニで好物の唐揚げを購入したふたりは、こうして月を見ながら駄弁っていた。

「唐揚げって美味しいね。今度一緒に作ろうよ」

「いいわよ。まあ、成功するかはわかんないけどね」

 料理は勉強中の姫と、物覚えの早いレキはそんなことを言っていた。

 平和な夏の夜。波の音を聞きながら楽しんでいる。

 ……三日月か。姫は酒を飲みながら思う。

 メイス振り回したり地面から出てくる三日月も好きだが、空に浮かぶ三日月も好きだ。

 星空に一際輝く、美しい月を見上げるのが唯一の日課だったからか。

 艦娘の三日月は知らない。堅物で実直な子だ。提督と仲良しならそれでいい。

 姫の着る半袖には駆逐艦は最高だぜ!! という意味不明なロゴが入っている。

 服屋で気に入って速攻買った。因みにレキのは戦艦が簡単に沈むか!! という余計意味不明なロゴ。

 ネタ半袖だった。それはともかく、ツマミが切れた。レキが思った以上に食べる。

 一度立ち上がり、レキに留守番を言いつけた。姫はコンビニに買い物にいってくる。

 まだ用意した酒は残っている。レキは笑いながら返事。まあ大事を起こす事もないだろう。

 姫は酔っ払った頭でそう判断して、一度出掛けた。それが致命的なミスを生むとは、思わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 コンビニで適当にホットスナックを選ぶ。序でにアイスやお菓子も購入。

 すると、上下ジャージ姿で顔が紅潮する出来上がったヴェールヌイと遭遇。

「やあ姫。まだ飲んでいくのかい?」

「そーねー……。暫くしたら帰るわ。まだそっちも続いているでしょう?」

 そう問うと、肩を竦めるヴェールヌイ。

「イロハが思った以上にタフでね。飲み比べは延長戦を開始した。これは負けられない」

「どんだけ飲んでるの……」

「なに、ウォッカを一本一人で消費した程度さ。まだまだいけるよ」

 程度というにはかなり飲んでいる。互いに酒臭いのは分かったので、そこで一度別れた。

 レジ袋を下げて埠頭に戻ると、不振な人影を発見。レキに絡んでいる。

「……」

 あの子は我慢している様子だった。何やら良からぬ空気も遠目で感じる。

 姫は持ってきた袋の口をしっかり締めると、走り出す。徐々に加速し、突撃。

 複数の人影は、レキを責めているようだった。酔っ払った頭で短絡的判断を下した姫の答えは、

 

 

「邪魔よ」

 

「うおあっ!?」

 

 足音に気がついて振り返った人影目掛けて飛び蹴りを放った。

 不意討ちされた人影は悲鳴をあげてそのまま海に吹っ飛んだ。水しぶきを立てて落ちる。

 着地した姫は止まらない。レジ袋をレキに投げると、急展開に立ち尽くす複数の相手を残らず蹴り飛ばし海に蹴り落とす。

 悲鳴が重なって、穏やかな夜の海に波紋が広がった。

 顔までは見てないが声からして女か。だからどうした。

 いちゃもんをつけてくる相手には蹴り飛ばすという措置で、彼女は座った。

「ただいま。大丈夫?」

「うん」

 姉のバイオレンスにも動じずにレキは笑顔で言った。二人して相当酔っている。

 海では溺れるような声がしたが無視。死んでないなら別にいい。

 姉妹は気にせず駄弁って買ってきたアイスなどを食べ始める。

 レキもなんも言わないので、酔っ払いだと決めつけていた。

 海から戻ってきた連中は、懲りずにまたこっちに来た。

「お姉ちゃん……しつこいから、追い払っていい?」

「止めときなさいな。鎮守府所属が民間人に手を出していいと思ってるの? さっきのは大義名分があるけど、次はないわ。ほっときなさい」

 棚上げして姫は顔をしかめるレキを宥める。海水でずぶ濡れになった連中は姫に話しかける。

「いきなり蹴飛ばしてくるとはな。足癖の悪い艦娘だ」

「……?」

 どこか親しげに、苦笑いする声。振り返ると、例の連中だった。

 途端、辟易した顔になる姫。

「……またなの? いい加減、ストーカーはやめてほしいわね。戦艦の名が泣くわよ、ながもん」

「いや、だから私は長門だと言っているのだが」

 それは姫が普段から避けている集団だった。

 名前は思い出せないし覚える気もないが、……誰だったか。

「長門、五月雨、村雨、夕立。それに追加するなら時雨とかもいたと思うよ」

「なんか増えてないストーカーの数?」

 レキがそんな風に言うから、姫も付きまといの対応はドライだった。

 涙目の五月雨、悲しそうな村雨、レキを睨む夕立、そして……長門。

「わざわざ居場所を突き止めてまで来るなんて本格的なストーカーね。一体何のつもりか知らないけど、今は気分がいいの。殺される前に失せなさい。警告は一度までよ」

 月を見上げて突き放す姫の言葉。酔いがある分、普段より刺々しい毒を吐く。

 酒を仰ぐ彼女は、みなの表情など見る気もない。どんな顔をしていても今の姫には関係ない。

 ますます泣きそうになる五月雨、悲痛になる村雨、唯一睨む夕立は言い返す。

「……深海棲艦に言われたくないっぽい」

 それはレキのことを敵だと言い切っている証拠だった。

 経緯を知らないとは言え、いってはいけないことを夕立は言った。

「あたしも深海棲艦だけど?」

 そこで顔だけ振り返る姫。軽蔑の眼差しだった。

 慌てて夕立が言い直すが、時は遅い。長門は、何も言わなかった。

 レキも気にしていない。弱い艦娘がやっかみを持ったところで怖くもない。

 さっきだって、姉妹といっていいのは白露型の艦娘だけと食いかかってきた。

 愚かなものだ。姫のデータを生かされた真の姉妹は、レキただ一人。他のは遠い過去の忘れ物。

 今頃すがるところで、姉の心は靡かない。妹はレキだけなのだ。

「あたしはね、月が好きなの」

 姫が夜空に浮かぶ三日月を見て呟いた。

 独白に近い言葉だったが、皆反応する。

「夜空に浮かぶ月はとても美しいでしょ。だから、それを隠す雲が嫌い。折角の月が見えなくなる。星も隠す雲なんて、消えてなくなればいい」

 淡々と、続ける。何が言いたいのか、長門には分かった。

 多分、否定の言葉がまた出てくる予感があった。

「雲が雨を降らすから、雨も嫌い。五月雨だろうが時雨だろうが村雨だろうが、夕立だろうが。雨も、降らなければいいのにね」

 強烈な拒絶だった。キライだと、本人がハッキリ目の前で言い切った。

 顔もみたくない。彼女の言動は、まさにそれだった。

 嘗ての仲間をストーカー呼ばわりしてる時点で分かっていたがこれはキツイ。

 長門も俯いた。ただ、話がしたいだけ。でも姫は、とりつく島もない。

「春雨ちゃん……」

「あたしはそんな名前じゃないっていってるはずよ、鬱陶しいわね何時までも」

 五月雨がこぼした言葉に、姫は舌打ちしてこっちを見る。明らかに苛立っていた。

「湿っぽいのよ、ジメジメと。あたしは昔のことを思い出せないと告げたはず。それをしつこく思い出にすがるような真似をして……関わらないでと何度言わせれば気が済むの? 気にしないっていってるんだから、そっちだって忘れればいいでしょう? 元より一度は沈んだ身よ。死んだも同然なんだから、死人に執着するのをやめなさい。死人だっていい迷惑だわ」

 姫はこの数日、口を酸っぱくしてやめろと言った。提督にも頼んだ。

 なのに止めない。文字通り、付きまとう。何がそんなに姫に関わってくるのか。

 昔の名前らしい『春雨』の二文字。姫は麻婆春雨でもなければ春雨スープでもない。

 そんなやつは知らないのに、こいつらは知らない誰かの名前で姫を呼ぶ。

 だから、鬱陶しい。

「……は、いや……姫。その辺にしてやってくれ。もとはといえば、私が原因だ。責めるなら私にしてくれ」

「あらそう。じゃあ消え失せて頂戴、ながもん。目障りよ」

 居なくなれと拒否された面々は、とぼとぼ悄気て帰っていく。

 また、失敗した。一言言いたいだけなのに、それすら彼女は聞いてくれない。

 やっぱり恨まれているんだろうか。嫌われているんだろうか。どうすればいい。

 昔は一緒に戦えた。なのに……。長門は引き際かと考える。

 無理はものは無理なのだ。諦めた方がいい。彼女の逆鱗に触れる前に。

 ……これは罰なのだ。長門が受けるべき罰。永遠に苦しみ続けろと本人が態度で示している。

 受け入れよう。罪人の長門には、これが当然の事なのだから……。


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