陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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そして、世界は動き出す 後編

 ――別に、人間を恨んでいたり、憎んでる訳じゃない。

 わたしは単に、自分の基礎になった人に会いたかっただけ。

 だから、邪魔しなければ誰も殺さないし、必要な犠牲って言うのは知ってるつもり。

 もっと言えば、たとえ邪魔したとしても、殺しちゃいけない相手もいる。

 最低限でいいの。強い子が弱い子に勝利を譲る。強い人の義務だし、常識でしょ?

「……強いな、流石は次世代海洋兵器と言われるだけはある」

 ちょっと時間を遡るね。

 此処は情報にあった鎮守府だと思う。

 お姉ちゃんとお兄ちゃんを追いかけていったわたしを出迎えたのは、沢山の艦娘といっぱいの提督達。

 取り押さえようと襲いかかってきたので軽く逆襲。わたし強いもん、艦娘にだって負けないよ。

 ちゃんと怪我しないようにもしたし、わたしと殴りあいした鎮守府の提督も感心したように呟いた。

 近くにいた戦艦の艦娘が、危ないと言うけど……そこまではしないってば。殺しに来た訳じゃない。

 加減したから、お風呂はいれば回復するぐらいにしたもん。回りに死屍累々になっちゃったけど。

「白い軍服、ってことは提督だよね。そっちも十分、人間にしては強かったよ」

 尻餅をつく提督と、それを見下ろすわたし。無傷なのに、あの人はボロボロだった。

 でもこの人、勇気あるなあ。艦娘と混じって戦うってすごい度胸と胆力。物怖じしないんだ。

「提督とはコミュニケーションが取れるなら、一つ教えておくね」

 この人は他の提督とは違うらしい。

 形振り構わずかかってくる真似はしなかった。

 利口な人は、わたしは嫌いじゃない。

「別にわたしは、この鎮守府を壊したりしないよ。目的はあくまで、お兄ちゃんとお姉ちゃんだもん。それで、これ以上被害出したくないなら、足止めは諦めてね。勝ち目がないのはわかったでしょ?」

 言い聞かせるように念を押すと、もろ手を上げ降参した。

「……そうだな、完敗だよ。お前の大体の事は想像ついてる。大和、もういいよ。大和が白兵で勝てないならうちの子達じゃ全員無理だ。危害を加える気もないって言うし、大人しく通そう」

 へえ、わたしたちの事は知ってるんだ。なら、話は早いね。

 まだ抵抗する戦艦の艦娘は無視して、聞いた。

「なら、どこまで知ってる?」

「……お前が姉っていってる姫のことなら、最低限。本人からある程度は聞いた。お前はそのデータとノウハウが入った後期型ってことぐらいは想像してる」

「オーケー、大体正解だよ。じゃあそれなりには、知ってるんだね」

 この提督は利口な上に有能だ。事情をしってるから、抗うことはしない。

 部下思いなのは良いこと。ここには、一度用事はないし早く追いかけよう。

「あ、そうそう。用事終えたらまた来るから、よろしくね提督。今度はちゃんと従う。安心して。暴れたりしないことも、誓う。海軍の情報も覚えてきたから、お姉ちゃんとお兄ちゃんの上官であってるよね?」

 わたしが背中を向けると、彼は言った。

「ああ、正解だ。成る程、頭がいいわけだ。お前、さては固定観念を見越した上で陸から来たな?」

「うん、そうだよ。一応、深海棲艦扱いみたいだけど、どっちかって言うと艦娘に近いと思うんだけどなぁ」

 身体は深海棲艦だけど、海軍生まれのわたしはルーツは艦娘と同じだと思う。普通なら鎮守府襲わないけど。

 戦艦の艦娘も知っているのか、悔しそうに呻いた。そーいえば、そこそこ強かったっけ、この人。

 他の人たちは、海から来るもんだと思っているから、海の方に警備を出す。

 詳細を知らないとはいえ、普通海軍所有の兵器だったら海って言うのは浅はかだよ。

 足があって会話できるなら、陸から来るって分かる。艦娘だってそうするはず。

 町にいるのは多分聞き込みの人たちだ。見た目わかんないのに闇雲に探して見つかるわけないのにね。

「もういい。正体は分かったから、追いたければ追いかけろ。その代わり、用が終わったらとっとと本部に帰れ。うちに来るな。これ以上物理的な被害を出すなよ、頼むから」

「え、やだよ。あの人達、鬱陶しいもん。しつこいし」

 何でまた帰らないといけないのさ。戻るわけないじゃん。

「…………じゃあ、どうする気だ?」

「ここの戦力になる気で来たよ。今回は、襲ってきたから逆襲したけどね」

 元々、二人の事は調べているし。この鎮守府の独立部隊なら、わたしはそこに配属になるだけ。

 それだけの交渉の道具は用意してあるし、無理を言うなら吹き飛ばしてでも叶えてみせる。

「また、僕の胃痛が増えるのか……。次世代型の運用テスト? どんなエリートがすることだよ、全く……」

 ぼやいた提督も立ち上がった。凄い、傷が浅いとはいえ艦娘より早く立ち直った。

 そして、警報が鳴り響く鎮守府の様子を一瞥して、インカムから聞こえる緊急無線に応答する。

 苦い顔で、応答を繰り返して、切る。そしてわたしに言った。

「不味いことになった。哨戒をしていた他の鎮守府の艦隊が、無数の深海棲艦の艦隊に囲まれているらしい。もとを言えば、お前ように警戒していた応援の艦隊だったんだけどな。どうやら、急襲されたようだ。至急、救援を出せってさ。……この様だがな、お前のせいで」

 わたしを試すように見る。責めるような口調。

 つまり、本当に敵意がないなら、証拠を見せろってことみたい。

「うん、そう言うことなら責任もって助けにいくよ。それが条件?」

「わからん。ここまで大がかりなことになれば、提督程度の権限じゃたかが知れる。だが、お前が結果を出せば、襲撃の事で迷惑被ったこっちに、詫びぐらいにはなるだろ。そこから先は自分で決めろ。でき次第じゃ、考えよう」

「て、提督……」

 わたしを捕まえろって言われている割には、穏便な方法を取る。

 そう、妥協するんだ。しかもわたしに譲歩する、と。倒れる艦娘は、困惑したように見つめる。

 但し、監視として遠征帰りで、無事な艦娘とこの人を同伴させる、とのこと。別にいい。

「分かった。じゃあ、提督の言うことを聞く。お姉ちゃんとお兄ちゃんと一緒でいいなら」

「好きにしろ。仕事はしろよ、次世代型」

 握手を求められ、わたしも応じる。先ずは、こう言うときは何て言うんだっけ。そうだ。

「無闇に暴れて、ごめんなさい」

 頭を下げて謝る。悪いことをしたら、当然。

「……変なやつだな。まあいい、早く姫のところに行け。こっちも応急処置したら出す。連絡はしておいてやる。積もる話は帰りにでもしてこい」

「お気遣いありがとう。ちゃっちゃと殲滅してくる」

 さてさて、初陣に抜錨か。なんとかなるかな、あんまし同類のこと知らないわたしでも。

 ここの指揮官は幸い優秀みたいだし、するっきゃない。責任とらないと。

「そうそう、名前押しておくけど、提督さん」

 上官なんだ、呼び捨ては不味いので言い直してわたしは仮の名を告げた。

 

 ――超弩級重雷装航空巡洋戦艦レ級。それが、わたしの名前だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 応急処置を終えて、大和が出撃する頃。

「な、何が起こってんだおい!?」

「はわわわわわっ!?」

 遠征帰りの二人も合流。困惑するなか、休まずの出撃を詫びて、提督に命じられた。

 騒ぎを起こした新型の手伝い兼、監視。奴は独立部隊と合流予定。

「レ級……って、それ深海棲艦の階級じゃねえか!! 本当に味方かよ!?」

 艤装を背負った天龍の言う通り、階級が深海棲艦のそれと同じ。

 しかも滞在していた経験のある他の鎮守府の艦娘と提督をタコ殴りにして出撃中。

 大和にも素手で勝利する腕っぷし。新型は伊達じゃない。

「で、でも……話し合いには応じてくれたんですよね?」

 電が恐々訊ねると、大和は首肯。敵意はない。襲われたから逆襲した、それだけの話。

 簡単ではない現実だが、レ級にとってはしんぷるなものらしい。

 言うなれば、自衛しただけ。だから鎮守府の施設はみな無事だし、怪我人の度合いも軽い。

 一応、筋は通っている。理解はできないが。

「……チンピラみてーな奴だな。心配だぜ」

 お前が言うなと姫が言いそうな感じだったが、救援として三人は鎮守府を出撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大体、理解したわ。その子が来るまで、待機してる」

 一方、その頃。近海沖合いで、姫が唖然としていた。

 疲弊していた提督から無線を受けて足を止める。

「どったの?」

「あの女の子、あたしたちのデータを使って作られた、海軍の新型らしいわ。敵意はなかったんですって。これから合流するから、哨戒していた他の鎮守府の艦隊達が襲撃されているから、増援に行くんだけど、その子も連れてけって」

 提督がどうやら、説得したらしい。艦隊に入れて、連れていけば大人しくするらしいんで面倒よろしく、とのこと。

 よくもまあ、話し合いで解決したものだ。大騒ぎになってるけど。

「まー、確かに見た目は普通の女の子だったよね。姫さんと似てたし」

 イロハも敵じゃないと分かり安堵していた。能天気にそんなことを言う。

「何が?」

 流石に鎮守府に喧嘩を売るやつと似てると言うのは心外。イロハ曰く、雰囲気とか肌の色とか。

 言われてみれば似てる気もする。凄く真っ白なのは共通している。

 海の真ん中で突っ立つ二人。内心、姫は苦しかった。

 案の定、やるとは思ったけどまさかこんな短期間で仕上げているとは予想外。

 やっぱり、余裕がないと人間は何を仕出かしてもおかしくない。

 しかも一方的に慕われている様子だったし、どう扱えばいいんだろう。

 イロハは姫の苦痛は何となく察している。あの女の子は姫と同じような過程で生まれたのだろうと。

 だから、まあ来ちゃったら受け入れる。彼は前向きに考える。というか、諦めた。

 腕を組んで黙る姫と、空を見上げるイロハ。波の音だけ聞いていると、数分後。

「おーい、お姉ちゃーん、お兄ちゃーん!!」

 手を振りながら、さっきの女の子が海面を走ってきた。

 黒いフードつきのコートを前開きする目立つ格好で。

 よく見れば、瞳が姫と同じような紫眼。顔立ちはどこか雷に似ている。

「あー、やっと追い付いたよ! わたしのこと、置いてかないでよもー!」

 急停止して、呼吸を整えながら二人に親しげに言う。初対面なのだが。

 騒がしい女の子は、イロハと姫に取り敢えず自己紹介。

「はじめまして。突然のことで、驚いてると思うけど、わたしは実際妹にあたるの。超弩級重雷装航空巡洋戦艦、レ級って言います」

 完全に深海棲艦だった。人工の深海棲艦だと軽く説明される。

 姫以外の人工深海棲艦。初めて見る現物に、イロハの目が点になった。

「機密に触れることは言わないで。聞いたら巻き込まれるでしょ。話はわかったから、あたしたちの言うことを聞ける? 勝手に暴れない? 味方を撃たない? この三つだけは最低限守ってもらうわ」

 厳しい顔で言いつける姫に、妹――レ級は、敬礼して頷いた。復唱して、言うことは絶対聞くと約束。

「よろしい。あたしも出所がアレだから、大声では言えないのよ。そのへんは察して」

「大丈夫。二人のことは、しっかり調べてきたから。分かってるつもりだよ。お姉ちゃんのデータと、お兄ちゃんのデータが流用され完成したのがわたしこと、レ級なの。だから、妹って言うのもわかってもらえた?」

「はいはい。まさか、深海棲艦になってから妹ができるなんて思わなかったけどいいわ。言うことを聞くなら、妹と認める。イロハはどうする?」

 ずっと黙っているイロハは会話を聞いていなかった。

 ずっと一つのことを考えていたのだ。それは、

 

「よしっ。妹、お前の名前は『レキ』だ!」

 

 長すぎる名前を略して愛称をつけていたのだ。

 姫は呆れた。何をしてるんだこの彼氏は。

「イロハ……遊んでるんじゃないの」

 これからややこしいことが控えているのに、何をいっているのやら。

 本人は大歓迎だった。レキ、という名前が気に入っていた。

「ありがとうお兄ちゃん、素敵な名前だよ! じゃあ、今からわたしはレキって名乗るね!」

「おう、レキ。よろしくな」

「よろろー!」

 あっさりと受け入れてやがった。

 現実逃避か、あるいは単純なのか……。

 常識的に考えて、疑えよと思うが自分等深海棲艦だった。人じゃない。

「頭が痛いわ……」

 非常識な妹、レキを連れて姫は戦場に向かう。

 頭痛を覚えて、この先の不安に頭を悩ませて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無数の艦隊が、沖合いで混線になっていた。

 鳴り響く砲撃、爆裂する魚雷、降り注ぐ銃弾の雨。

 異なる鎮守府の艦隊が近くで迎撃を余儀なくされたせいで、混じりあって戦っている。

 互いの戦術がぶつかり合い、まさかの艦娘の攻撃が互いにスレスレの瀬戸際で迎え撃っていた。

「な、長門……そろそろ、不味いっぽい……」

 とある鎮守府から応援に来ていた艦隊は、かなりの損害が出ている。

「くっ……応援はまだか!?」

 応戦する旗艦の戦艦が叫ぶ。

 拠点にしている鎮守府に救難信号を出してはいたが、向こうも何者かに襲撃されて、機能不全に陥っていたようだ。

 先ほど、救援を出したと入電したはいいが、こちらも長くは持たない。

 そもそも、相手は最近近海に出没し、複数の鎮守府を壊滅させた深海棲艦艦隊。

 しかもそれが、狙ったのごとく複数同時に現れた。鎮守府を滅ぼすほどの実力は侮れない。

 事実、百戦錬磨の艦隊はそれぞれ苦戦している。なにせ空には無数の艦載機。

 それを操る艦娘同様、人に似たの空母の深海棲艦が何人もいる。

 加えて、戦艦の深海棲艦に駆逐イ級などの小型に、騒ぎに気がついて寄ってくる連中含めてキリがない。

 対空砲火だけでも手一杯なのに、次々とイ級などが群がってくる。

 こいつらは大破した艦娘を狙って補食しに来たのだ。

 支援砲火をして、おこぼれを貰おうとしている。

「くっ!」

 爆撃、銃撃、そんなものが上から投下され、魚雷で足元も襲われる。

 油断したら、殺される。轟沈もあり得る。撤退したくても逃げる暇すらない。

 戦艦の率いる艦隊は既に被害が大きい。駆逐艦が数名負傷、弾薬も艤装の燃料も底を尽きそう。

 そんな状態で戦い続けること、数分。

 

 ――とうとう、恐れていたことが起きてしまった。

 

「如月ちゃん、後ろっ!!」

 

 艦隊の一人が、よい一撃を頭にもらい、意識が混濁してふらついた。

 そこに艦載機爆撃、イ級の襲撃が重なった。

 呆然とする少女。その視界には、イ級の不気味な口のなかと、上から降り注ごうとしている一撃が霞んで見えた。

 仲間が叫ぶ。慌てて迎撃して叩き落とすも、発射されている爆撃に間に合わない。

 イ級も、海上から飛び上がり彼女を食い殺さんと大口を開いて、飛びかかった。

 誰も、間に合わない。近くにいるものは、庇うには離れすぎていた。

 動けぬものから死んでいく。それが戦場における摂理。

 助けられない。旗艦を勤める彼女の脳裏に焼き付いた過去の記憶。

 また、自分は失うのか。自分は守れないのか。その手で、仲間を殺すのか。

 

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 思わず叫んだ、戦艦長門の悲痛な叫び。

 救えなかった仲間の人生は、ここで終わる。悪意の水底に沈む。

 また覚悟をする、そんな風に考えてしまう。

 

 その、刹那だった。

 

 突然、目の前に人影が躍り出る。華麗に跳躍する、逆光の人影。

 同時に、不気味なシルエットも海中から姿を見せて、割って入った。

「!?」

 飛んできた爆撃を、平然と至近距離で蹴り落として爆発させた。

 飛びかかろうとしていたイ級より、更に巨大なシルエットが噛みついて、海面に叩きつけた。

 爆風と爆煙で視界が遮られた。その間にも生々しい音と、イ級の断末魔が耳に聞こえてくる。

 煙が晴れると、そこには。

「……ギリギリだったけれど、間に合った。ということでいいのかしらね?」

 腕を組んで、黒いセーラー服を来ている艦娘がいた。

 白い髪型はサイドテールにし、へそが見える格好で、両足に艤装を集約して、紫目で空を見上げていた。

 そばでは、妙な生物がイ級をイヤそうに吐き捨てている。

 ……黒い、オタマジャクシ?

 にしてはかなりの大型で、全身に装甲で身を包み、両脇に連装砲を装備して、短いながら手足が生え、長い尾びれを持つ黒々とした目の怪物。

 言うなれば出来損ないの巨大なカエルとオタマジャクシの中間。

 大口から噛みついたイ級の鮮血を垂らして、赤く染めた海水で口を濯いでいる。

「うぇぇ、鉄くさ!」

 しかも喋った。なにこの両生類。

 新手の深海棲艦だろうか……?

「…………支援艦隊の者、か?」

 旗艦は呆然とする。沈められそうになっていた艦娘は無事で、珍生物が気遣って背中に乗せている。

 ふらついていた彼女も、自分の乗る生物に目を丸くした。

「ええ。遅れてごめんなさい。連絡貰ったから、先行して来たのよ。敵の撃滅はあたしの連れがするから、あたし達は撤退を支援する。あと、聞いた話だと大和、電、天竜三名が支援してくれるわ。数分でこっちに来る。持ちこたえてくれる?」

 淡々と確認する肌が白い艦娘。インカムで提督と連絡し、到着を報告。

 然し……連れと言うのはこの新手のカエル擬きのことか。

「あの……然り気無く、砲口向けるのは止めてくれませんかね……?」

 突然乱入してきた謎の一団。向こうでは、艦載機を操る空母を、似たような姿の深海棲艦が襲っている。

 フードの深海棲艦は、蛇の頭に酷似する尻尾で広げた口で、空母を食い殺している。

 血を撒き散らし、零距離で砲撃を叩き込み破砕。笑いながら、次の獲物に飛びかかる。

 艦娘とは思えない残虐なやり方に思わず、目を背ける。

 白い艦娘の仲間らしい、深海棲艦。言葉を話し、睨み付けて艤装を向ける如月に攻撃しない。

「やめろ、如月。その深海棲艦は、増援だ。今しがた助けられただろう」

 撤退しながら、旗艦――長門はたしなめる。カエル擬きは彼女を背負って、仲間の所に連れていく。

 旗艦と思われる艦娘にイロハ、と呼ばれて振り返る。彼女はカエル擬きに詳しく説明している。

 そんな中でも、敵は追撃してくるが彼女らは気にせず片っ端から打ち落とし、噛み殺し、沈めていく。

 流れ作業となった戦闘。手傷をおった一人が、その姿を見て、見覚えのある艦娘を思い出す。

 彼女の髪型は、あの人に似ていた。でも声も違う、口調も違う。だけれど、似ている。

 沈んでしまった彼女は、轟沈する時にイ級に足を食われていた。目の前の義足の艦娘は、誰だ?

 長門も強烈なデジャヴを感じていた。目前の少女は、知り合いを彷彿とさせる。

 ……一体、何故だ? この手で止めをさした現実を、とうとう受け入れられなくなってしまったのか。

 似たような艦娘が、危険な場面で現れたから混乱しているのか。このビッグセブンと呼ばれた長門が。

「……ん? ビッグセブン?」

 他の艦隊の誰かが、ビッグセブンと呼ぶ。その声に反応して、少女はこちらを見た。

 紫の瞳が、長門を捉えた。疑問を浮かべる、そんな色で。

 同時に、疑長門の心は確信へと変わった。いるはずのない、生きているはずのない亡霊が、いる。

 今、共に戦場に立っている。どこか深海棲艦に似た、変わり果てた姿で。

 自分が殺した、嘗ての仲間が。

 

「……お、お前は……春雨……なのか?」

 

 震える声でいった言葉に、艦隊の一人が強く反応した。

 紅い瞳が、サイドテールの髪型を見て、辛いことを思い出して。

 自分も沈むことを覚悟した窮地に、その艦娘は、深海棲艦を連れて現れた。

 知っているからこそ、合致した。

 涙が溢れてきた。二度と会えないと思っていた彼女が、敵の姿になってでも、助けに来てくれた。

 

「春雨ちゃんっ!!」

 

 大声で叫んだ。すがるような声だった。

 他の付き合いが浅い艦娘が聞いたことのないような、戦場の彼女を知る艦娘からすると信じられないくらい、弱々しい声だった。

「……誰のこと? あたしはそんな美味しそうな名前じゃないわ」

 言われた彼女は覚えていないようだった。でも二人には分かる。

 姿こそ激変していたが、彼女は間違いなく――!!

「あたしだよ春雨ちゃん、夕立だよ!! 覚えてないの!?」

「ごめんなさい、忘れたわ」

 彼女、夕立が問うても素っ気なく忘れたと言う謎の艦娘。

 今は違うというのか。然し、異名には反応した。

「イロハ、余計なことは言わなくていい。今はレキをどうにかしないと。あの子ってば、本当に敵を撃滅する気みたい」

 カエル擬きが何か言おうとするが黙らされた。

 大和達も到着し、何故か負傷している大和の指示で、全艦隊は撤退する。

 しつこく追ってくるイ級を踏み潰す彼女の言う通り、嬉々として深海棲艦の群れに突貫して暴れている一人の怪物。

 尾っぽから硝煙を上げて、敵を血祭りにあげていた。あれでは戦いではなく、虐殺ですらない。一方的すぎた。

「面倒なことになりそうね。こっちの二人といい、あの子といい……」

 横目で見る彼女の紫眼は、何処か冷たかった。

 結果的に撤退は成功。増援の深海棲艦に似た何かが大暴れして敵を撃滅。皆殺しにしてしまった。

 それも、たった一人で。それぞれの鎮守府へと帰還した彼女らはその謎の増援に対する質問を提督にしたが、満足のいく答えは帰ってこなかったと言う。

 それは、後日異動を指示されたとある数名の艦娘にたいしても、同じだった……。


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