陸上進化。イ級改め、イロハ級 作:あら汁
――悪夢。その存在は、決して許されるものではない。
「わたしは、何のために生まれたんですか?」
敵を滅ぼすため。
「わたしは、誰を守ればいいのですか?」
人類と町の平和、そして未来を。
「わたしの敵は、誰ですか?」
深海棲艦。
「わたしの家族は、何処ですか?」
お前に家族はいない。お前は道具だ。
「わたしの家族は、何処ですか?」
繰り返す、お前は一人だ。道具なのだ。
「わたしの家族を、何処にやりましたか?」
くどい。お前は、兵器だ。家族などいない!
「わたしの敵は、この人ですね?」
……!? おい貴様、何をしている!? その方向は、ラボ……!
「ワタシノテキハ、ニンゲンデス!!」
貴様、まさか意識を深海棲艦に!?
「おっとっと……。気は抜けないな。でね、お兄ちゃんと、お姉ちゃん。家族の敵が、わたしの敵……だから」
止めろ、何をする気だ!!
「知ってる、分かるのわたし。お姉ちゃんと、お兄ちゃんに酷いことをしたの、海軍なんだよね。人間なんだよね。だったら、そいつら全員、わたしの敵だよ。わたしは、…………。家族のために、人間を、深海棲艦を、海軍をやっつける!!」
何を言っている!? 誰か、奴のセーフティを起動しろ!
このままでは、奴はラボを破壊するつもりだぞ!!
「調子に乗るから、そうなるんだよ。わたしを最強にしたのは誰かな? わたしは案外家族思いなんだ。ゴメンね、ちょっと顔出したいから、ここから出ていくけど。邪魔する気だろうから、力ずくで押し通っちゃう!」
貴様、人間に……主に、逆らうつもりか!?
バカな、ここまでの自我は貴様にはないはず!!
「母なる海が教えてくれるの。わたしは、仲間を守る為に生まれた。幾多の同胞の、犠牲の上に。経験が入った亡骸を、弄ぶからわたしはここにいる。わたしの心が、感情が生まれたのは、復讐がキッカケ。でも、そんな風には行動しないから、安心してほしいな。みんなには悪いし、深海棲艦としてではなくて、申し訳ないけど。でも、操り人形になる気もないから。大人しく解放してくれるなら、なにもしないよ?」
……なに、セーフティが起動しない!?
何故だ、何故動かないのだ!?
「んー……? 首輪のこと? もう壊れたよ。ううん、壊したよ。あれ、もしかして壊したらまずかったのかな」
貴様、こんなことをしてただですむと思っているのか!!
我らに産み出されて起きながら、反逆などと!!
「思わないよ。解体される気も、処分されるつもりもない。やっぱり、邪魔するんだ。じゃあ、…………死んじゃえ!!」
響く轟音。崩壊する施設。燃え上がる山吹。揺れる黒煙。響く断末魔。
(準備完了。さて、歩いて川に入って、川下りして、そこから海に出て……方角はどっちだっけ? 今の砲撃で資料燃えちゃったかな。まあ、いいか。端末は向こうのビルに残ってるし、データベースだけ引っ張り出しておけば情報であの人たち脅せるだろうから、後は必要なのは物資かなぁ……)
小さき悪魔は産声をあげる。作り出された最強を、まだ見ぬ姉と兄のために。
この力で、大切だと思う二人を守るため、揺りかごを壊して抜錨した。
「――開発コード『超弩級重雷装航空巡洋戦艦』。お兄ちゃん、お姉ちゃん。今、妹が会いに行きます!」
とある山岳部の、深海棲艦研究施設で、爆発事故が発生した。
研究員は軒並み死亡。施設は壊滅し、鎮火するまで数日経過した。
尚、海軍上層部の情報によると、開発中だった次世代海洋兵器が一体、脱走したとの情報もあった。
我が国の鎮守府すべてに通達。可及的速やかに、その個体を回収せよ。如何なる犠牲を払っても構わない。
事実上、その次世代海洋兵器には艦娘では勝てない、最強の個体であることを通達する。
高度な自我を持つ可能性が高く、指揮系統の情報を奪取して逃走中。
民間人に危害を加える可能性があるので、十分注意されたし。
そして、追記の極秘情報を限定的に開示する。
その個体は、特定研究対象深海棲艦、駆逐イロハ級及び駆逐棲姫に接触することが予想される。
他鎮守府より、主力艦隊に匹敵する戦力を投入する。全戦力をもって、次世代海洋兵器を回収せよ!
暫く、外出をするなと言われた。突然の出来事だった。
町に出るな。海に出るな。楽園から出るな、なんて。
「……何故なの?」
「なして急に?」
マスターに言われても、納得はできない。
深海棲艦の二人は、外出禁止令に不服そうだった。理由は機密だと言われれば是非もない。
また、鎮守府がらみのことらしい。今回は真面目にヤバそうだった。
何だか見かけない艦娘が楽園にも出入りしているし、知らない提督を見たと雷が教えてくれる。
二人は不満だったが、言われた通りにする。仕事もするなと言うなら大人しく二階で過ごそう。
姫が娯楽を覚えるようになってから二週間程経過した頃だった。
「イロハ、甘いわよ」
「ぬおおおおーーーー!!」
二人は最近、雷とヴェールヌイが遊んでいるゲームを借りていた。
大乱射スナイプムラザーズとかいう射撃ゲームで、村人を射撃しながら進めていくゲームだ。
村人もまた、武装しておりスナイパーを攻撃してくる。仲間も射殺できる、タイトル通り大乱射であった。
日々、姫に付き合うイロハは、実に不健全な生活をしていた。これではまるで軟禁だ。
数日もすると、
「姫さん……俺、海に出たいです……」
「海に出たら、そこで生活終了よ」
バスケの漫画を読む姫に合わせて、ひっくり返って退屈なイロハは悶えていた。
暇だ。兎に角、暇だ。禁止令出されてから、神通達もやりにくいとぼやいている。
町全体が、刺々しい。どこにいっても、殺気だった艦娘、艦娘。みんな血眼でなにかを探していると言った。
楽園に来る常連も、渋い顔で鎮守府が忙しそうだと言っている。
何が起きている。どこもかしこも、様子がおかしい。そして渦中にいる二人は、身動きできない日々が続く。
更に日時は経過して、日に日にイロハはおかしくなっていた。
「深海棲艦ぜってぇ許さねえっ!!」
ある日はオレンジを食べながら特撮を姫と共に眺めて、
「…………はい?」
ある日は紳士な警察官のドラマを姫と見て、
「月が綺麗ですね」
ある日は文豪の小説を姫と読んで、
「気合い、入れて、逝きますっ!!」
ある日は姫と共にカレーを食べて、
「…………」
最終的に、姫の娯楽体験の一通りの同伴していた。そして生気の乏しい目になった。
というか姫は、軟禁なら軟禁で、状況に対応していた。趣味探しに没頭している。
「……姫さん、もう……ゴールして、いいですかね?」
「何処に?」
暇すぎて死にそう。働きたい。仕事しないと罪悪感で気が狂う。
仕事を欲するイロハは窶れていた。雷が心配したほどだ。
マスターも、したの仕事を手伝うぐらいなら許可した。
イロハに何かさせないと、深海棲艦に戻りそうだった。
「仕事……仕事ォ」
動物の癖に勤労なのはいい。だが、このままでは姫は兎も角彼が持たない。
虚ろに独り言まで言い出した。なので、そこそこ働かせる。
その判断が、間違いだったわけなのだが……。
「こんにちはー」
ある日、楽園に一人の女の子がお客として訪れた。
「いらっしゃいませー」
いつも通り、ホール担当の雷が対応していた。
たまたまマスターが出掛けているタイミングだった。
レジに姫、段ボールのなかで番犬をしているイロハ。
案内されてカウンターに座る女の子。
派手な格好だった。黒いコートをきているのだが、水着の上からきてるのかヘソから胸まで前開き。
真っ白な肌をする、紫目でショートヘアで、背丈はそんなに大きくない。
姫は小銭を取りに奥に引っ込んでいたが、暫くすると戻ってきた。
「あの、わたしお兄ちゃんとお姉ちゃん探してるんですけど、知りませんか?」
人探しにしているというよく笑う女の子。
その子が、奥から戻ってきた姫を見て、席を立ち上がり、突然大声で叫んだ。
「あっ、お姉ちゃんっ!!」
呼ばれた姫は驚いて、目を見開く。
何事かと思って、そう呼ぶ少女を見た。
「お姉ちゃんだ!! じゃあ、お兄ちゃんもどこかにいる!?」
騒ぎ出して店内を探し回る。雷とヴェールヌイが慌てて止める。
閑散とした店内には彼女しかいない。段ボールに近づき、中身を見ると。
「お兄ちゃん、みーつけた!」
そういって、イロハを取り出した。
「……へ?」
唖然とするイロハ。絶句する姫。
彼女は、誰? 見に覚えのない家族の存在。だが。
姫は刹那、直感的に感じた。それは、楽園の危機。
同時に、雷とヴェールヌイの……大切な人の危機。
「イロハ!! そいつから逃げて!!」
大声で叫んだ姫は、そのまま抱き抱える少女にハイキックを放った。
鋭く切り込む一撃に、少女も驚くが片腕で軽く受け止めた。後ろを見てなかった。
イロハがその隙に脱出し、言葉を失う二人にも姫は叫ぶ。
「ヴェールヌイ!! マスターに連絡をして! こいつはあたしたちが引き付けるから!! 早く!」
慌てて、イロハを拾うと逃げ出した。
何事かと混乱するイロハを連れて兎に角走る。
「あっ、待ってよお姉ちゃん!」
女の子も後を追って出ていった。
残された二人に、厨房から榛名達も顔を出す。
「榛名、マスターに電話だ!! 姫の危惧が現実になったぞ!」
「は、はいっ!!」
二人には以前、話していたことだった。それだけで通じた。
神通たちもただ事ではないと察して、店前の看板を準備中に下げて、やれることに取りかかった。
商店街を走る姫。腕のなかで、イロハが問う。
「イロハ、多分あいつはあたしたちと同じ深海棲艦。よくわかんないけど、あたしたちと海軍が関係しているのは間違いないわ。鎮守府の連中があたしたちに外に出るなって言ったのはこの事を恐れていたから! そうすれば合致はする!」
走りながら、説明する。要するに、鎮守府の上層部が絡む面倒なこと。
そして深海棲艦なら、町中にいるのは不味い。暴れだしたら被害が直帰する。
後ろをイロハが見ると、コートの女の子は着いてきていた。待ってよ、と言っている。
「チッ、逃げ切れない……。こうなったら」
姫は上着のポケットから携帯を取り出すようにイロハに言った。
言われた通りにして、番号を押す。
コールで、誰かが出た。この声は……地元の提督?
「提督、姫よ! 緊急事態発生、今すぐ明石にあたしとイロハの艤装を用意させて!」
切羽詰まった声で叫ぶ。通りすがる歩行者に訝しげに見られても、知るものか。
「……えっ?」
「ん……?」
誰かとすれ違ったとき、そんな声が聞こえたが知らない。
構っていられない。今は緊急事態なのだ。
電話の向こうで、提督は直ぐ様明石に命じた。理由は聞かない。
ニュアンスで感じ取ってくれた。そして問われる。
「……楽園に、深海棲艦と思われるやつが来たわ。あたしたちを、兄と姉と呼んでいたわ。例の件で関係ある奴かもしれない。あたしたちが、町から出来るだけ遠ざける。今、丁度ここには艦隊が集まってるんでしょ? あたしたちがそっちまで誘導するから、提督は連絡しておいて。出来れば支援も。天龍とか電とか、事情を知ってる子を寄越して!」
二人のことは他の鎮守府には知らされてない場合がある。
その場合、一緒に攻撃され共倒れの可能性もあった。
息をのむ気配が聞こえる。通常の深海棲艦の行動原理とはかけ離れた現実に、提督は硬直していた。
代わりに、彼女が対応する。
『分かりました。今、沖で哨戒している艦隊にも連絡をいれておきます。まさか、特定されていたのは予想外でしたが、こちらも対処しましょう。上手く鎮守府まで誘導してください。私が迎え撃ちます』
「助かるわ、大和。あと、沢山の水もお願い」
秘書艦の大和だった。冷静に対処し、取り敢えず鎮守府まで逃げ込む。
深海棲艦と陸地で戦うという理解不能の事態に、パニックを起こすイロハ。
「待ってってばー!」
得体の知れない深海棲艦。喋ってる。コミュニケーションを取れる。
姫の危惧が現実になった、というのを自覚した。それが追いかけてくる。
「イロハ、兎に角鎮守府まで逃げましょう!!」
走り続けて、海の方まで駆け抜ける姫。
鎮守府の入り口が見えてきた。中でも既に大騒ぎになっていた。
警備の人に中にはいれと急かされ、急ぐ。足を止めずに、明石のいる工場へと向かった。
「お待ちしてました! イロハ、高速で武装をつけます! 大和さん達が迎撃している間に、早く!!」
スタンバイしていた明石がイロハに水をぶっかけて巨大化。
テンパっているイロハを任せて、義足を艤装に履き替える。
鎮守府内部とはいえ、町に近いこの場所では大事にはできない。
況してや、艤装なんてもってのほか。物理的に武器に聞かない深海棲艦には陸地で戦うのは不利だ。
そもそも、陸上に深海棲艦がいること事態が、常識はずれなのだが。
外の方で派手な音が聞こえる。大和や艦娘に加え警備の人も加勢しているのに、何が起きている!?
内線が響く。艤装を切り替えた姫、ものの一分で組み込まれたイロハが慌てて、海の方に駆け出す。
明石が内線に出て、叫び返す。
「大和さん達が負けて突破された!?」
捕獲しようとして、逆襲されてしまったらしい。
怪我人も出たというが、死人は出ていない。不幸中の幸いだった。
やっぱり、海で対処するしかない。二人の哨戒をしているという、艦隊に向かって、海上を疾走していった。
背後では、その様子を上から眺めていた追っ手が、ニコニコしながらゆっくりと鎮守府内部を歩いていた。
その軌跡には、倒れて呻く関係者と艦娘たちがいた。
「か、怪物……だとでも言うの……?」
手痛くされた大和はボロボロだったが、まだいいほうだ。
大半の艦娘を怪我させられた。これでは、追撃できない。
雷、天龍は幸い無事だ。大和と共に、奴を追いかける。
未曾有の大事件。鎮守府を殺意無く襲った無垢なる襲撃者は、海へと出ていった……。