陸上進化。イ級改め、イロハ級   作:あら汁

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姫の改心

「イロハは、調子はどう?」

「全然、ダメダメ……」

「そう……」

 何でこうなった。

 身体中が痛い。鈍痛で動けやしない。

 これが、最強と謳われる艦娘のパワーか。

 件の演習の翌日。俺達は倒れた。

 昨日の演習は大和さんに姫さんが粛清され敗北。

 決着は、大和さんの一撃で幕を閉じた。

 俺は殴られる姫さんを咄嗟に庇って大破。電さんが制止した理由がわかり、そのまま気絶した。

 まさか、素手で殴られるだけで意識飛ぶって誰が思うよ。

 後で散々謝られたけど、大和さん穏和に見えて、殴るの眼帯二人よりも痛かった。

 俺が気絶したのち、後処理は姫さんが責任をとって済ませたという。

 事の発端は姫さんの揉め事だし、妥当だろう。

 そして、姫さんは自分の了見の狭さを反省して、一同の前で謝罪してきたと伝えてきた。

 理解はできずとも、努力はすると明言した上。

 天龍さんとの戦いで、なにかが変わったんだろうな。

 理解するまでに痛い失敗あったわけだし。これで蟠りを消えて万々歳。……訳がない。

 大和さんに殴られた痛みが抜けねえ……。バケツ使って傷は癒えたのに、何でや。

 姫さんも翌日、古びたベッドの上から起き上がれない。俺も敷物を詰めた段ボールから出られない。

 揃って、全身を鈍痛が襲っていた。

「しんどい……」

「同感……」

 これは今日の仕事はお休みするしかないな。泳げたもんじゃねえもん。

 現在、姫さんの部屋は二階の隅っこにある、空いていた部屋を借りている。

 元々は、物置だったがちぃっとスペース確保してそのまま利用中。

 俺も今はこの部屋でお世話になってます。前は雷さんと同室だった。

 因みに鎮守府が気を聞かせてくれて、義足をくれた。

 提督が明石さんと共にジャンクパーツから作り上げていた。

 無論、武装はないシンプルで武骨なデザイン。姫さんは何度か練習して、歩く程度は出来るようになった。

 後は頑張って走るくらいはできるようになりたいとのこと。

 提督にも謝罪しているしもう喧嘩もしないでいい。平和平和。

 ただ……。鎮守府の上の人たちに完全にマーキングされたみたい、俺達。

 何か姫さん、天龍さんとやりあってるときに右目が変な風になってた。

 俺も演習の一部の、記憶がない。爆撃されたとのことも。

 今朝、姫さんが教えてくれた。本当は、黙っていたかったことだといって。

 俺達は特殊個体の深海棲艦で、追い詰められたり感情が昂ると戦闘能力の向上が見られる。

 俺が記憶がない時は暴れていたと言われる。元に戻してくれたのは電さんだったと。

 どうして、俺がそんな力があるのは、分からない。でもそれなら、戦いは余計に怖い。

 狂って姫さんを殺しそうで、でも姫さんは俺よりも強い。暴走しても止めると言う。

 戦いを恐れたら、生きていけない。生きるために戦う。それは俺が楽園にいる為の方法。

 逃げるな、と警告された。逃げたら居場所は無くなる。それが嫌なら、目を背けるな。

 一人じゃないんだ。みんながいる。だから、俺は向き合うことにした。

 この力と。失いたくない世界を続けるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうやら、イロハは眠ってしまったようだ。

 姫は鈍痛で気だるい身体を起こして、室内を見回す。

 散乱とした風景。荷物は半分ほどの面積を占拠し、居候と世間では言う自分の荷物は余りにも少ない。

 服は大体、榛名は神通の着古したものを譲ってもらい、深海棲艦の時に着ていた昔の名残ぐらいしか私物はない。

 日用品はお下がりで十分すぎるほどで、姫は人工の深海棲艦。侵略者の仲間のはずなのだ。

 だがそれを言えばイロハも同じで、戦い嫌いのイロハと、海底から月を見上げる以外に日課の無かった姫。

 陸に上がってからの生活は正に楽園だった。ゆえに、思う。

(あたしは……ここに馴染む努力をしないといけない)

 陸上では厄介なお客さん、悪く言えばただの新参者。

 礼儀知らずの言動は控えないといけない。それが常識と言うものだ。

 姫は恥じる。今までの言動はまさにワガママの極みで、後悔しかない。

 ここは冷たくて、暗くて、寂しい孤独な海の底じゃない。

 温かくて、明るくて、満たされた陸上の楽園。

 求めていたものを自ら壊すところだったのだ。猛省する。

 鎮守府の彼女たちと、そこそこ良好なかんけいにならないと、いけないだろう。

 その為には、見聞を広げないといけない。起き上がった姫は、荷物を漁る。

 何かないかと、時間潰しも兼ねて物色すると、複数の書籍とCDを発見。

 更にプレイヤーも見つけて、埃を払って起動。入れて、小さな音で聞いてみた。

 歌詞カードに書かれた歌詞を眺めて、聞く。……悲しい歌だった。

(艦娘の……心情を描いた歌)

 轟沈した時の無念さ。憧れを抱いて初めて抜錨したときの思い。

 聞いているうちに、ちょっとブルーな気分になる。身に覚えがある気がした。

 嘗ては艦娘だった姫にも、こんな時期があった。それが気がつけば深海棲艦。

 ……生きていれば、色々なこともある。海の色に例えた歌詞を見終えると、そのまま流し続けて書籍に手を伸ばす。

 ひとつ目は、小説だった。提督と艦娘のラブロマンス。葛藤と禁断の恋に揺れる艦娘が主人公。

 軽い気持ちで読んでいくと、段々とイライラしてきた。

 多分、価値観が違いすぎるんだと思う。フィクションとはいえ、身近に丁度それらしき人がいる。

 あれは禁断でも何でもない、ただの……いいや、やめよう。

 姫は半分ほどで、乱暴に投げ捨てた。まるで昼ドラだ。

 提督が本部からきた憲兵に撃たれて、それを介抱する主人公のシーンで限界が来た。

 一時間ほど読み更けていた。次に、気分転換に艦娘についての解説をかねた、海軍監修の分厚い書籍。

 小難しい単語が多いが、要するに艦娘は深海棲艦に対する切り札だ、的なことが書いてある。

 機密に触れない程度の民間に公開されている情報。言うまでもなく、禁忌改修については書かれていない。

 でも、ふとここで姫は疑問に思った。自分は、元々は艦娘で深海棲艦に改造されてここにいる。

 艦娘は『建造』という表記をされている。つまり、物扱いなのだ。

 それはいい。知っている限り、姫は禁忌改修のテストタイプ。データ収集の個体だ。

 これから推察するに、実戦配備の建造を視野に入れていたのか?

 深海棲艦に対する切り札。でも深海棲艦は世界中の海にいる。海外産の艦娘もこの国で運用されている。

 理由は、深海棲艦の登場したばかりの頃、その脅威を正しく理解していなかった海外の海軍は全滅したからだ。

 深海棲艦相手に敗北を重ねて、現代兵器は意味をなさないと広めるきっかけになった。

 その課程で、海外の海軍基地は深海棲艦に制圧されて、今では人類は比較的被害の少ない内陸部にしかいないと聞く。

 侮っていた結果が海岸線よりの後退。艦娘を建造はできても、運用は難しい。

 だからこの小さな島国に物資など支援しながら、戦力を送り込むのだ。

 遠征で、自分の国の海域を取り戻してもらうために。これは常識だ。

 だが、そこで疑問が浮かぶのだ。艦娘だけなのだろうか、深海棲艦に対する切り札は。

 そして、本当に深海棲艦には現代兵器は効かないのか。まだ一つだけあるはずだ。

 人類最強の、諸とも滅ぼす破滅の光が。それは、使っていないのか?

 禁忌改修は、言わば艦娘の強化、発展の一つ。ならば、無尽蔵の相手をするならもっと賢い可能性がある。

 その答えに行き着いたとき、姫はゾッとした。あり得る。今の余裕のない人類なら、追い詰められたら絶対にする。

 ……聞いてみるか? マスターには怖くて聞けない。事情を知ってるのは、榛名、ヴェールヌイ。

 あの二人になら、聞ける。昔は同じ艦娘だったんだ。

 事情を知っていた二人なら、教えてくれるかも。昼休みにはいったタイミングで、姫は二人を呼んで、尋ねた。

 自分の疑問に持っている事を。エプロンをしたまま来てくれた二人は、神妙な顔つきで唸る。

 イロハは眠っているから、気にしないでいい。聞かれても、問題もないだろう。

 榛名が前者の質問に答えた。

「榛名達も、詳しい事は聞いてません。でも姫が言う……水爆なら、確か深海棲艦には効果はない、と榛名たちの時から言われています」

 そう、人類最強の破滅の光、それは核だ。

 あらゆる物を吹き飛ばす、最後の手段。なんと深海棲艦には、意味はないと言われた。

 ヴェールヌイが補足する。

「シミュレーションでの結果に過ぎないらしいけど、放射能は無意味に環境汚染をするだけで、肝心の深海棲艦には効かないんだそうだ。だから、使う前から結果は見えてる。答えはノーだね。使ってないけど、自滅するから使わない。使えない。だから、深海棲艦には艦娘でしか対抗できない」

 そう締め括るヴェールヌイ。その通りだ。海洋生物と言いながら、生物兵器と大差ない怪物。

 確かに、核で死滅したら艦娘は必要ない。

 同時に、姫の後者の言葉に反応した。身をもって経験していることを。

「本当に、深海棲艦には艦娘でしか対抗できないのかしら」

 その言い方に、眉をひそめるヴェールヌイ。榛名も首をかしげた。

「どういう……意味?」

「あたしが結果よ。深海棲艦には、深海棲艦なら。同類の存在なら、勝てるんじゃない?」

 そう。深海棲艦には、深海棲艦を使えば勝てるかもしれない。

 事実、野生の深海棲艦同士で殺しあう所は目撃しているし、姫も深海棲艦には勝てる。

 ヴェールヌイは顔も渋くした。榛名は成る程、と頷いた。

 道理でもあるし、その可能性は十分にある。同時に、思うのだ。

「数に限りがある艦娘だけじゃ、そのうち物量に負けて、勝てないかもしれない。だから、あたしみたいな艦娘と深海棲艦の混ざりものを作る技術を研究していた。前にいったよね。あたしはテストタイプ。つまり、あたしの技術を応用した、完全な人工深海棲艦も、出てくるんじゃないかな。例えば、艦娘が仕留めた深海棲艦の死骸をサルベージして、組み直す。そして艦娘の建造技術で生き返らせて、使役する……とか」

 姫はゾッとするこの考えを、打ち明けた。

 艦娘なら、どう感じるだろうか。心配そうに見ていると、

「…………あり得ない話ではありませんね」

「可能性としては、考慮すべき事柄だと思うよ」

 肯定する。二人とも、禁忌改修の内訳は知っている。その上で考えた。

 海軍のことだ。新たな戦力として、艦娘以上に従順で強力な戦力を欲しているに違いない。

 只でさえ面倒くさい艦娘の扱い。世間の風当たりも厳しいなか、それに代わるなにかを探すのは必然。

 ならば、化け物には化け物を。

 深海棲艦の研究はいまだに途上ではあるが、既存の技術と合わせて応用とすればどうだろう。

 過程において、姫こと駆逐棲姫が誕生したのは恐らくは偶然。

 失敗作として処分され沈んだハズの彼女が深海棲艦として生きていたのは嬉しい誤算であるあろう。

 何度かデータを取っているようだし、決して無視できる可能性ではない。

 加えて、イロハの存在もある。進化個体である彼の事を追加すれば、軈ては純度百の人工深海棲艦が艦娘の代替として登場しても不思議ではない。

 深海棲艦は世間から見ても化け物だ。多少、雑に扱っても今ほど文句も言われまい。

 艦娘よりも運用が楽で、強力な兵器。しかも深海棲艦の死骸から造れるならコストも安上がり。

 姫と言う存在があるなら……笑える話ではない。他にも生まれているかもしれない、人工深海棲艦。

 人類は可能性があるなら何でも試す。況してや、それが戦争なら。

「我ながら、洒落にならない推察しちゃったけど……あたしは、事実そういう存在。自分で選んでおいたけど、更なる悲劇を生む要因になってる。そうならないことを祈るしかないわ」

 後悔はない。駆逐棲姫という深海棲艦になっても、生きているだけまだマシ。

 深海棲艦に殺されて、足以外に食われていたかもしれないと思うと恐ろしい。

 願わくは、海軍がそんな怖いことをしないと願おう。まだ艦娘の数は足りている。

 状況はそこまで最悪ではないと思いたい。

「姫、自分で追い詰めるような真似はするな。君は、君だ。ただの姫しかない」

「そうです。姫が起きてないことを怖がる必要なんてないです。それに、もしそうなってもそれをしたのは向こうの都合。姫には、責任を感じることもないんですよ」

 二人に励まされる。確かに、少しネガティブになりすぎていた。

 ありがとうと礼を言って、姫は暗い考えを吹き飛ばす。

 何時までもこんなことを考えていたら気が狂う。勘弁願いたい。

「それよりも、楽しいことをしよう姫。今聞いていた音楽に興味はあるのかな? なら、私が好きなアーティストのCDを貸すから、聞いてみてほしい」

「榛名はオススメの小説とか、良ければ紹介させてください」

 落ち込み前に、二人に誘われる。そういえば、娯楽とは無縁の生活だった。

 この際、今の時代の楽しいことを謳歌しよう。辛いことばかりで下を向いているのは良くない。

「そうね。じゃあ、お願いしていい?」

 姫は何とか、ぎこちなく笑って言えた。陸に上がって、久々の笑顔を浮かべていた気がする。

 もっと、笑おう。笑えば幸せは来るという。先ずは笑顔を、姫は目指すことにした。


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